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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

謹んで賀します新しい年

2013年01月01日


       んで

       します

       しい
      
       のはじまり


             ことしもよろしく
             お願い申し上げます




        暮れに遅くお店へ。
        もう半額のシール。
        アトリエの玄関用。
       
        運転しないのに、
        これしか、
        残っていなかった。
        クルマに
        注意しよう。

        ことしは、
        少し、おとなしくせい、
        と、いう意味かも。

        むりだろうなあ。 




 玄関用。
 これしか残っていなかった。
 残り物に福あり。

 入善のJAと商工会で、
 20年前から、取り組んでいる。
 東京浅草の市場などで
 なかなかの人気。

 シンプルで、
 藁の手仕事の美しさ。
 日本のこころが素朴に伝わってくる。

 減反政策を、逆手に取って、
 わら細工用の長い品種を育て、
 早めに刈り取って、
 いい色を残す。

 勉強会に呼ばれたが、
 教えることよりも、
 教えられることの方が多かった。
 
 左義長には、
 そのまま燃やせる。

 こんなことを大切にしたい。 




里帰り

2013年01月01日

       おだやかな、
       元旦。

       息子も交えて
       遅めのお雑煮。

       辺見じゅんさんの
       テレビ特番。
       よかった。

       年賀状の山。
       少しは減らしたつもりでも、
       それでも山積み。
       
       新聞は広告特集。どっさり。
       これだけで1カ月ぶん
       稼がないと、
       冬の広告の少ないのを
       カバーできない。
       販売店むけには、
       「重たい料」という
       特別料金が設定されているとか。

       かっては、
       12月一杯がこの原稿を
       企画制作していた。
       いい内容の特集は
       つい保存してしまう。


       すいていた東海北陸道

       実家へ向かう。
       恒例の挨拶。
       恒例のさばのかぶら寿しで、
       日本酒で一杯。
       久しぶりの里帰り。
   
       ふるさとの山が
       迎えてくれる。
       いつも見慣れているけれど、
       正月はまた別。
 

       
       

阿川佐和子さんのこと

2013年01月02日


       よせばいいのに
       朝早く新潟市立美術館へ。
       有元利夫展オープン。




       予想以上にいい企画。
       感動したのはいいが、
       帰路、海岸沿いの柏崎で、
       JRが強風で電車がストップ。
       長岡→越後湯沢まわりで、
       正月早々えらい目に。


       文芸春秋刊 8月で17刷60万部、現105万部

 この人と、筑紫哲也さんとで
 飲んだことがある。
 20年前、チューリップテレビが開局。
 記念シンポを富山市で。

 当時、富山の人はこの二人、
 ほとんど知らなかった。
 そのとき、目をぱちくりの美女が、
 インタビュアーの阿川佐和子さん。

 打上げの飲み会で、
 ボーイズライフの話など。
 けろっとして下ネタ。
 会話の達人だけど、それを感じさせない。
 お父さんは、著名な作家・阿川弘之。

 昨年のミリオンセラーはただ一人、
 この人の「聞く力」
 昨年一年で105万部売り上げた。
 ルポライター大賞だろう。
 58歳で独身。関係ないこと。

 インタビュアー。
 ルポライター。
 むずかしくて、面白くて、
 やりがいがある仕事。
 男はどうもダメな世界。
 なぜか女性がいい。


          菊地徳男さん・撮影:はれあたまさん

 前説が長くなって…

 はれあたまさんに
 富山写真語・万華鏡のルポライターを
 依嘱されて1年。
 悪戦苦闘の毎月。

 昨年の251号の東日本大震災の
 ルポが話題になっている。
 出色の出来で、マスコミ、行政から
 注目されている。

 本編のルポの番外編が時に話題に。
 写真の菊池さんのインタビュー。
 水橋の売薬さんの話。

★「震災当日、一人の社員が宮古のお客さんの家で地震に遭いました。お客さんのおじいちゃんおばあちゃんは、浜も近くないし逃げなくていいよと言ってたんです。だが外に出てみると、逃げる車の列がずっと続いてる、これは逃げないとダメだと言うと、おじいちゃんおばあちゃんが薬屋さん連れてって、と言う。そこで二人を乗せて避難所へ向かいます。だが避難所はどこもいっぱい、何カ所か回ったところで知り合いのお客さんに会い、二人を預けて二戸の営業所に戻ろうとしましたが、道はどこも寸断されていて行っては戻り行っては戻りです。食べ物はお店からすべてなくなりガソリンもない。結局道途中のお客さんの家を訪ねて、食べ物や農機具用のガソリンを分けてもらい、二十六時間かけて営業所に戻ってきたというわけです。

 はれあたまさんのルポ一部抜粋です。
 本題とは別に、さらりと記事に。
 そんなところが阿川流。 
 本編も読みごたえがあります。

 ルポライターというのはその気になれば
 だれでもチャンスがあります。

 このブログにも、
 いろんな可能性という例。
 いつかベストセラー作家に?
 よいしょっと!







愛染苑は4日から

2013年01月03日


      棟方志功記念館
      愛染苑は、
      4日(金)9:00から
      開館します。




      テーマは
     
      「神鷹頌展」


      棟方志功は、
      八甲田山で
      出会った鷹に啓示を受け、
      生涯、想いをよせていました。
      めでたい作品です。
   
      そのほか、
      正月にふさわしい作品で
      お迎えします。

      先着のかたに
      すてきなプレゼントも。
      (数に限りがあります)





 福光美術館は、
 申し訳ありませんが、
 メンテナンス工事と、
 展示替えのため18日まで休館です。

 20年近くなると、
 あちこちガタがきます。
 ただいま2階の常設展示場の
 空調設備の工事中。

 (常設展示場は2月上旬まで閉鎖です)

 昨年は、初めててのことですが、
 企画展開催中、
 すべて<無休>でがんばりました。
 雪の多い、冬場に
 まとめてスタッフに休んでいただきます。
 その間のメンテナンスと、
 企画展示場のミニ改装も併せて。 

 職員は、通常通り業務についていますが、
 美術館は休館です。
 御用のかたは通用口へお願いします。
 ご迷惑をおかけします。


 1月19日(土)は、
 なんと版画年賀状展がオープンします。

 5日(土)
 年賀状の審査会です。


棟方志功は寒かろう

2013年01月04日


       思ったより多い。
       棟方一家6人が、
       肩を寄せてこの家に。

       福光小学校の
       グランドの向こうに
       この15坪の小屋。
       何百人の児童と先生が、
       毎日見ていた。

       まわりは田んぼで、
       医王山と桑山だけ。




 そこで、ある小学生が一句。
 
 大雪で 棟方志功 さぶかろう

 ときには、
 グランドでど派手な夫婦喧嘩。
 児童たちにとっては、
 なにかと気になる家族だったらしい。

 この屋根裏で、
 小学生だった棟方ちよゑちゃんは
 せっせと少女雑誌に
 詩を投稿し、ひまわりの常連に。
 
 編集長に3羽烏と高く評価。
 のちに100部限定のガリ版による、
 詩集が発刊され、
 このほど見つかった。

 ちなみに、あとの2人とは、
 中村メイコ。そして
 正田美智子!現皇后さま。

 お城のような正田邸は保存運動も空しく、
 先般取り壊された。
 そこのお姫さまだった。

 一方、数年保てばいいや、と
 志功さんも書いていた
 仮設住宅は、65年後も南砺市に残る。
 不思議な運命。

 

年に数回のこの景色

2013年01月05日

      朝は、急冷却で
      雪の上のかすみが幻想的。
      年賀はがき審査終わる。





      夕方、富山市へ。
      あまりの立山の見事さに、
      久しぶりに
      富山市役所展望塔へ
      (休日も開放、無料)

      管理のおじさんが、
      これだけの日は
      年に数回かなあと教えてくれた。

      都会の方は、
      感動のあまり、
      しばらく動かれないそうだ。

      ニュースで、
      4人の登山者遭難を知る。
      惹きつけてやまない、
      魔の山でもある。
      無事を祈りたい。 



             2013.1.5.16:12 クリックどうぞ

 富山市で初めて建てたのは平屋建て。
 次に建て替えるときは2階建て。
 立山が見えるような2階部屋をつくった。
 剱岳がみごとで、
 年賀状に1枚ごとに手書き写生したことも。
 うれしかったから。

 富山市民は立山が見えるように
 家を設計する。


 公共施設や民間ビルも同じ。
 県立近代美術館、
 富山市役所、新聞社なども。
 立山を借景にするのが定番。

 県庁の知事の部屋もかってはそうだった。
 大きい会社の社長室、役員室は
 例外なしに、
 立山連峰が見える特等席に
 陣取ってござらっしゃる。

 それでも、
 こんな日は珍しい。


正月風景

2013年01月06日


       初詣の越中一の宮
       高瀬神社近くの
       南砺の風景です。




       こちらは、
       宇佐八幡宮の大杉。
       「宇佐」と名乗るのは
       けしからん。
       全国の八幡宮はただの八幡宮。
       しかし、歴史的に証明され、
       これで決着したとか。

       町のどまんなかに、
       自然が共存。
       井波の神社、瑞泉寺、善徳寺
       みな同じ。
       こころの求心力の樹。




       南砺の食文化が
       昨年に相次いで特集。
       発酵食のかぶらずし。
       そして辻占。
       辻占は富山市中心に大人気。
       もう、来年の予約も。


       知られざる実力派。
       南砺の豆腐文化。
       富山市から、
       わざわざ井口まで求める知人も。




       暮れに紹介された、
       福光新町。
       ここの湯葉は絶品で、  
       たまにしか入手できない。

       南砺地方は
       五箇山の固豆腐はいうに及ばず、
       絹ごし、油揚げ、
       かやく(バクダン)も
       県内ではトップの評価。
       南砺の豆腐を食べたら、
       スーパーでは買えなくなると
       県東部の女性たちの声。
       なぜかわからない。
  
       「トッペ」が
       特別の評価がされているが、
       地元では、あたりまえの味。
       京都の湯豆腐なみ。

       もっとも、
       京都の名物、豆腐は
       原料は100%が、富山産。
       艶麗(エンレイ)種です。
       文句なし日本一です。

       また、富山産のソバが
       急上昇の人気。
       正月に、北陸最大の
       製麺会社の会長さんと会った。
       昨年の年越しソバ、
       業界あげて、地場産のソバで
       売りだしたら、完売だったとのこと。
       ほくほくの笑顔でした。





       南砺市。五箇山をルーツとする、
       そば文化が、
       30年かかって、
       やっとこさ、とやまに定着。






こんな賀状

2013年01月07日

        いよいよ、
        こんな季節がやってきた。
        キジさんの
        朝食が済むのを、
        待つふくらスズメたち。




        ふくらスズメは、
        広貫堂さんのシンボルマーク。
        温かみがありますね。
        やさしいですね。




 むかし、自分の勉強もかねて
 デザイナー学院の
 もぐり教授を週に一度。
 その教え子を、
 アシスタントとして、
 臨時採用した。

 学生時代も、職場でも、
 典型的なひょうきん族。
 元気の良さ、明るさは今もおんなじ。

 派手な失恋を機に、
 出身地の金沢で友禅の修業。
 それが、
 もう弟子を取る身分に出世した。
 もう、年増を超えているかも。

 ずっと年賀状。
 ことしのは、

 「ボスのアタマは、
  将来禿るか、白髪になるか、
  みんなで議論したことが。
  30年前だから、時効ですよね、
  あはは、失礼」

 こいつめ。
 毎年、こんな調子である。

 現実は厳しい。
 両方が同時進行中なのだから。 








おらちゃのちゃ

2013年01月08日


      世のなか、
      いろんな技芸の持ち主がいる。
      愛染苑の管理員、
      湯浅直之さんは、
      筆が立つ。





 正月の、
 最初の入館者に、
 湯浅さんの
 手書き扇子のプレゼント。
 毎年恒例行事。

 そのほか、いろいろ、
 景品を用意したが、
 もう無くなっているはず。
 辻占も。

 ふくみつ弁。
 もうそろそろ絶滅危惧種の方言も。

 越中のちゃーちゃー弁は有名で、
 かっての飛騨古川の商工会へ。
 きつね火まつりの手伝いで。
 そのとき、
 富山市から高山までの長い飛騨街道で、
 ちゃーちゃあー弁が
 どこまで使われているか、というのが
 話題になったりした。

 富山へ転勤した人は、
 まず地域に溶け込む手段として、
 なんにでもチャをつけるのが手っ取り早い。
 それからすべてが始まる。
 周囲の態度もあたたかくなってくる。


 そんなもんやちゃ。
 


 

いわゆる「越中強盗」

2013年01月09日


      発売早々の
      週刊文春を読んだ。

      終わりのページに
      週刊誌としては
      控えめな、
      押さえたスプーク記事だった。
      メデイアが当事者という、
      むずかしいジレンマ。

      長年の
      富山県のイメージアップに
      続けられた努力が、
      いっぺんに吹き飛ぶ。

      人気番組「相棒」よりも、
      事実の方が
      先行してしまっている。




 北陸3県の気性を表すのに、
 むかしから、
 借金がかさんで追い詰められたら、

 「越中は強盗する」
 「加賀は乞食になる」
 「越前は詐欺に走る」
 よく知られたたとえです。
 それが現実では、
 やりきれない。

 たかだか200万円台のサラ金。
 
 迷宮入りにしたくないため、
 情報提供者には300万円の提供。

 ならば、
 本人が通報すれば300万円の賞金。
 それで支払っても、
 まだ100万円が手元に残る計算。
 でも、本人が犯人では、
 ありえないし。


 まったくの私見。

 犯罪を未然に防ぐために、
 職場での危機管理。
 いくつもの職場を渡り歩いてきて、
 問題を起こすタイプ。

 「身銭を切らない」
 
 ちょっとした旅の
 おみやげを配ることがない。
 それでいて、小銭を借りる。
 その積み重ね。

 当然、人間関係もぎくしゃく。
 ある日、暴発するようだ。

 小さなことだけれども、
 相手を思いやるゆとりを失うと、
 職場は荒れ、
 こころもささくれだってくる。

 思いかけず管理職になったとき、
 不安で、
 大阪の先輩デレクターに心得について、
 おずおずと相談したら、
 ひとこと。

 「やさしさだよ」

 とはいっても
 日暮れて道遠し

 
 

なんでもないこと

2013年01月11日


       なんでもない風景
       レンズを通してみると、
       また、違って見えるから
       不思議。




       冬こそ、
       観光のチャンス、と
       なればいいのになあ。




       なんでもない、
       あたりまえの景観が、
       東京人には
       カルチャーショック。




 井波彫刻協同組合の
 恒例新年会。

 父親が、建具大工。
 農家なのに、
 木くずのなかで育った。

 彫刻士さんたちの年輪を刻んだ
 顔、顔に
 おやじの面影を見る。

 世界最大の木彫刻職能集団だろう。
 世界木彫キャンプに続いて、
 ことしは、
 木彫刻コンクール公募展。
 5年に1度の、
 ハイレベルなイベントが楽しみ。

 お昼に
 広告協会新年パーテー、
 夜も新年会と3つもはしご。
 
 まだ二日良いじゃなかった、酔い。
 今宵も宴会。
 はあ〜
 

 



宇奈月ショック

2013年01月12日


        宇奈月の名門、
        延対寺荘破綻のショックは、
        新幹線開業を控えて
        これからという時、
        与える影響は大きい。

        ながくお世話になった。
        団体旅行の
        陰りが見えて、
        石川県の老舗温泉も、
        次々と。

        個室、個人、グループ主体が
        旅行の中心になってきた。
        温泉の豪華な部屋で、
        相部屋で、
        刺身を食べるスタイルは、
        問題になっていた。

        ビジネスホテルは活況。

        例外は、七尾の和倉温泉
        それも加賀屋Gの一人勝ち。
        もてなしの質が違う。
  
        どこの温泉街も、 
        旅館、ホテルで客を囲い込む。
        まちの雰囲気は乏しい。

        新幹線戦略で、
        宇奈月のアキレス健だった。
        やっぱりか。

        2年前の国交省調査でも、
        宇奈月温泉全部の
        宿泊客よりも、
        金太郎温泉一館の方が多い。  




 くすりのネット販売OKの
 最高裁判断。
 対面販売が原則という、
 厚生省の敗訴。

 対面販売300年の
 富山のくすり業界にとって、
 大きなショック。
 こと、命にかかわることも。

 富山県薬業連合会で
 くすり300年記念イベントのとき、
 「出会いが効く」という、
 キャッチコピーを勧めた。

 300年培った精神。
 これから難題に。 

大賞に大島彩乃さん 訂正・お詫び

2013年01月13日

     訂正・お詫び
       最下段の入館料、
       小中生無料(通年)でした。
       もうしわけありません。




      美術館は、18日まで
      メンテナンスと、
      展示替えのため休館中です。
      2階の常設展示場の
      空調関係の大修理。
      おおごとです。

      2月6日には、
      装い新たにオープンします。
      ご期待ください。 





      休館中でも、スタッフ総出で、
      1月19日(土からの   
      なんと版画年賀状公募展の
      展示作業でたいへんです。




      ことしの、
      小学生の部で大賞は、
      福光中部小学校5年の
      大島彩乃さんです。




 小学生らしいというか、
 らしからぬというか、
 審査員みんな、圧倒的に推挙。

 大きく伸ばして、
 19日の開会式で飾ります。
 応募作品は全部展示します。




 また、
 いい図柄は、2月9日(土)
 10日(日)の雪あかりまつりの、
 巨大紙風船にして
 大空に浮かび上がります。
 地域ぐるみのイベントです。

 入館料は、
 大人 300円
 高大生200円
 でも、
 中小生は無料です。

訃報・横田茂さん

2013年01月14日


      横田 茂さんが亡くなった。
      草野茂のペンネームで
      渤海同人、
      流離の人々を
      発刊されたばかりだった。
     
      会うと前立腺がんの
      治療について情報交換していたが
      大動脈瘤で急逝。





 (株)シー・エー・ピーの
 山下会長から涙声の案内。

 横田さんは、
 33年前、タウン情報とやまの
 創刊を手がけたとたん、
 3号目で、出版元が放漫経営で破産。
 横田さんには
 若い男性1人女性2人が付いてきた。

 3人の若いスタッフと
 一緒に、「この灯を消すな」と、
 支援のホットスタッフとして
 連日連夜、休日もなくがんばった。

 いちばんの難関は、広告集め。
 編集会議、読者の拡大。

 私の勤務していた会社が遅い始業だったので、
 近くの喫茶店が、
 作戦会議の部屋でもあった。
 「この若い人たちを
  放っておけないよね」と
 肩を叩きあって…

 
   創刊当時のタウン情報

 JTとやま、タクトと
 順調に歩み、新社屋も建て、
 実に多くの雑誌編集スタッフを育てた。
 途中、何度も危機を乗り越えて。
 とやまの、
 雑誌文化を育てた恩人である。

 大阪出身、早稲田文学部、
 新聞記者、デイラーの営業。
 タウン誌のほか、
 文学への情熱を燃やし続けて、
 渤海に小説を連載。
 北陸と大陸をつなぐ渤海使のロマンをルポ。
 一冊にまとめて、
 このほど高志のくに文学館に献本。

 息子や孫ほども
 歳の違う若い連中にとっては、
 父親であり、仲間であり続けた。
 享年85歳。

 合掌



新聞切抜き

2013年01月15日

      溜ったしごと。
      パソコンに向かう。

      おそらく、
      パソコンの機能の3%
      ぐらいしか活用できていない。

      典型的な活字人間。
      
      棟方さんではないけれど、
      学の少ないところを、
      せめて、補うのは
      ひたすら新聞活字が頼り。
      これはという記事は、
      むしり取り、
      改めて後日分類保存。
      むかしからの日課。





 新聞広告の仕事では、
 紙面の下半身、が職場だった。

 いまは、
 上半身の記事が先生。
 アマチュアで文字をいじっている。
 
 日々、日夜、
 身体を張って書いている記者、
 寄稿者、コラムニストには
 とても足元に及びもつかない。

 それで各紙の
 気になる記事を大きくむしり、
 あとでまとめて整理。

 つまり、手間はかかるけど、
 同じ記事を2回から、3回
 目を通すことになる。

 厄介なのは整理分類。
 1カ月に1回できれば上等。  
 大型封筒に日付と紙名をつけて、
 放り込む。
 習慣とはいえ、やっぱり面倒。

 でも、止めては、
 プロの記者さんや書き手に
 申し訳ない。
 そんな繰り返し。 

 早朝、寝床で、うとうと。
 そんな時には、パソコンの改行が
 うまくいかないで目が覚める。
 昔の上司に言い訳していると、
 また眼が覚める。
 
 継続は、
 ちっとも力にならず、
 いたずらに過ぎていく日々…と愚痴。 

 ゆうべ飲みすぎたのかなあ♪
 

   

東京の雪

2013年01月15日



        利賀村の初午
        30年前に、
        北陸銀行さんの
        創業100周年記念
        ドキュメンタリー映画で
        取材した時は、
        子どもだらけだった。

        そのとき、
        古老に聞いたら、
        さらに昔は、
        大人が演じていたもんだと。

        子ども主役になったのは、
        割と近年のことかも。
        昔の原点に、
        戻すことも一策。

        村が大好きという、
        駐在さんは、
        初午保存のためにも
        ずっと貢献。




 この写真はなんでしょう。
 
 トコロテン?讃岐うどん?

 ミゾレが、
 歩道へ流れ込む水で、
 こんなキレイな造形に。

 みぞれのアートを楽しむのが北陸。

 東京、首都圏人口は3400万人。
 テレビニュースは、
 どこもかしこも、7センチぐらいの
 ミゾレ雪でパニック状態。

 暮れに、70センチの
 ドカ雪でも、我々は平気で
 通常通り仕事していたぞ。

 ニュースバリューとは、
 最大多数の最大関心事であると教わった。
 つまり世界最大の首都圏。
 最大多数のこの人たちは、
 東北や、北陸など
 日本の片隅で起きていることは、
 ちょっとした風景で
 終わっているのだろうか。


うさぎ、美味しい?

2013年01月17日
 

      19日(土)
      午前9時半から、

      なんと版画年賀状公募展
      オープンします。

      展示作業もようやく。
      スタッフ総出で、
      仕上げ中。

      全国1000館の美術館で
      年賀状展はここだけのはず。
      全国から応募があります。
      これも、
      棟方志功さんのおかげ。

      見ものは、
      巨大紙風船の展示。

      入賞作品の小さなはがきを、
      地元石黒地区のみなさんが、
      総出で公民館で、
      原画を拡大して塗り絵に。
      3点展示します。
      
      2月の雪あかり祭りに
      打ち上げられます。


      田原瑞希さん(福光中1年)の大賞作品

      協働のまちづくりに、
      地域ぐるみで楽しんでいます。


      そんなとき、
      ひと足、
      気の早いお客さま。




      おなじみの、
      ケンケン、パ。

      野うさぎが見学に。
      モニュメント脇から、
      あちこち足跡。

      里山の中の美術館なので、
      自然の営みが、
      息づいています。 

 「ふるさとの歌が近年人気。

 うさぎ美味し、蚊の山
 (正しくは、うさぎ追いし)

 なんのことか、わからないまま歌う若者。
 うさぎ負いし、なら少しまし。 

 井口村では冬のスポーツだったとか。
 植林の若木を食い荒らすし。

 むかし利賀では、
 若い衆がうさぎを追っかけて捕まえ、
 解体して、
 打ち立てのソバにぶち込む。
 
 現金収入を求めて野麦峠を越え、
 糸曳きに出稼ぎの娘たちが、
 激しい労働で、痩せた体で、
 冬に帰郷する。

 彼女たちに体力をつけてもらうため、
 脂ぎった栄養満点の
 ソバを食べさせた。
 
 現在のシンプルなソバとは
 ずいぶんちがうが、
 そば祭りの原点と言えなくもない。

 利賀の若者たちの、
 なんとたくましく、優しいことか。


 (世界そば博のそば語り会場で古老に聞く)      

      

ありがとう城端線

2013年01月17日

       北陸線、早朝は
       こんな風景も。
       滑川付近。
     
       母校の吉江中学の
       校歌の歌い出しは、
       「はるかなる、はるかなる
        剱の峰を紅に
        染めて越路の朝が来る♪」

       間違っていないが、
       吉江地域からは、
       剱岳は見えないのであります。

       滑川、射水あたりからは、
       医王山や、
       時には白山が見えます。



                     クリックでどうぞ

 新幹線になったら、速すぎて
 こんな風景は撮れるかどうか。




 けなげに、雪の中、
 ラッピング列車が城端線を走る。




 いつもは、擦りガラスみたいな、
 ガラス窓がキレイに。
 JRさんありがとう。
 車窓の撮影が楽しめる。




 城端線の高校生たち
 この2〜3年、
 格段にマナーが良くなった。

 その理由は、
 もっぱら「愛本」のおかげ。
 4人がけの席で黙々と。

 みんなうつむいているので、
 将来、大人になって、
 胸が重力の関係もあって下がる。
 胸が痛む景色。
 余計なお世話よ!(怒)

 若い人たち。
 城端線を共有する青春時代。
 胸を張って、
 この美しい景色を堪能しませんか。

 かっての、
 棟方志功も大好きだった、
 城端線から眺める、ふるさとの、
 山々と散居村。













鳶とカラスの死闘

2013年01月18日

        ナイジェリアの
        死闘。
        世界を駆けめぐる。
        問答無用の強行制圧。

        こんな砂漠の
        地の果てでがんばっている
        日本人がいたことを知った。
        長らくフランスの
        植民地であり宗主国。
        映画「アルジェの戦い」を
        思い出す。

        つい3カ月前、
        ナイジェリアから、
        国の若きリーダーを受け入れ、
        研修してもらった
        ばかりなのに。




 あさ、庭が騒がしい。
 なんと、
 鳶とカラスが、
 くんずほぐれつ。




 猛禽類のトビの
 鋭い爪とクチバシ、
 強力な羽根に
 カラスが敵うわけはない。
 勝ち誇ったトンビの顔。

 アタマのいいカラスは、
 縄張り争いのとき、
 決して1対1で喧嘩しない。
 必ず2羽のペアでいじめる。
 よく、空中戦で見かける。




 勝負あった、
 と、思っていたが、カメラの手が
 震えるようなシーン。

 命と命のぶつかり合い。
 突如、組み伏せられていた、カラスが
 むっくりと起きて、
 逆襲に出た。
 太く大きいクチバシが武器に。




 カラス軍団が30羽。
 低空飛行でトンビを威嚇する。
 ついに、
 カラスは脱出に成功。
 助かったようだ。




 獲物に逃げられた、
 トンビが一息ついていた。

 良かったのか、
 どうなのか判断できない。

 自然界の葛藤は、
 凄惨であり、現実。
 命のやりとりで、カメラは無視され、
 撮影できたが、すさまじい。
 小さな空間でのドラマ。







年賀状は大切な絆。

2013年01月19日

      城端線の事故を
      車内放送で知る。ドキリ。
      高岡をパスして金沢へ。
      タクシーで出勤。
      いつもより早くなる。
      いかに南砺と金沢が近いか。    


      メンテナンスと
      展示替えで、休館だったが、
      第11回
      なんと版画年賀状公募展
      オープニング。

      親子、家族の皆さんで
      久しぶりの賑わい。




 会場の雰囲気が、
 これまでと一変しました。

 地元石黒地区と、道の駅福光の
 みなさんによる、
 コラボレーション。
 巨大紙風船に拡大した、
 年賀状3点が会場を圧倒します。




 ことしも、審査委員長の
 大谷弓子さんが解説。
 いつ見てもカッコいい。
 児童画では第一人者です。

 こんな時代だからこそ、
 手づくりの心のこもった、
 版画年賀状が絆を深めますと
 講評された。





 小学5年、大島彩乃さんの
 大賞作品の前で。




 射水市、一般の部の大賞
 能澤義光さん

 これまで何回も佳作、優秀賞で
 常連さん。
 こんどは、みごと大賞に輝く。

 新湊大橋と帆船海王丸。
 それに立山連峰。
 いいタイミング。
 
 表彰式のあとで、スピーチを
 いただきました。

 なんでも、インターネットで
 済ましてしまう昨今、
 あったかい空気が流れます。

 日の出屋さんのしろえびせんべい、
 世界遺産米、道の駅、
 画材たんぽぽさんからの
 副賞が人気を集めました。
 ありがとうございました。






ワタシは猫になりたい

2013年01月20日

       小矢部川上流、
       太美山公民館の近くに、
       農林漁業資料センターが
       あります。

       現在閉鎖されていますが、
       ここには、   
       もう入手不可能な民俗資料が
       収蔵されています。

       住民たちが、
       持ち寄った貴重な
       生活の歴史です。




       万華鏡の取材のため、
       自治振興会の
       皆さんの特別のご協力で、
       開けていただきました。




       中に珍しいもの発見。
       猫つぶらです。

       自分も含めて、
       兄弟のほとんどは、
       つぶらで育ちました。
       藁の芸術品ですが、
       これは、猫用。

       ペットへの愛情は、
       昔も、ずいぶん深かった。
       猫も大切な
       家族でありました。

       「つぶら」というのは、
       日本の古語だと、
       方言学者の大田栄太郎先生から
       教わりました。
       「丸い」こと。
       つぶらが池、つぶろう、
       つぶらな瞳と同義語。


       こんな貴重な道具や
       民俗資料が
       1000点以上はあるでしょう。




       南砺の基幹産業で、
       日本唯一という麻織り機や、
       山仕事の民具・道具。

       いつの日か、
       光を当てたいものです。
       ここは西日が当たっていますが、
       劣化が心配。

        富山県が誇る?もの。
       それは、
       県立総合博物館を
       持っていないただひとつの県。

       30年前から、
       県の総合計画で作ることが、
       正式決定されているのに。


       北陸新幹線でやってくる、
       首都圏のお客さんは、
       こんな、生活文化に
       触れたいのです。








世界のムナカタを男にした男

2013年01月21日


        お通夜にお参り。
        唱導師は、
        高宮隋順寺ご住職。
        父母、祖父母、先妻も
        すべてお世話になった。

        京都の本願寺でも
        重職のかた。
        実は、
        棟方志功とその盟友の
        吉田龍象を裏方で
        支えたお方。




 今朝の朝日新聞県版。
 読者は多いとは言えないけれど、
 文化関係者は、必読。

 コラムに、
 世界のムナカタに大成させた、
 影の功労者の話。
 
 もと福光図書館長で、
 愛染苑初代館長の故、石崎俊彦さんの話。
 メデイアに載るのは初めて。



   左が石崎さん 愛染忌で 2012.9.13

 
 男の友情を超えた友情。

 石崎俊彦さんの薫陶を受け、
 晩年の全てをお世話された、
 辻澤 功さん(南砺市文化財保護審議会委員)が、
 石崎俊彦さんの遺品を1年がかりで
 整理されたおかげで、
 このコラムが書けた。

 きょう、その辻澤さんのお母さん、
 辻澤とよさん本葬。
 99歳の天寿とはいえ、
 夫を戦時招集で亡くされ、
 帰郷して幼子の息子さんを女手ひとつで
 育てられた。

 合掌


飲めない夫婦異変

2013年01月21日



       ちょっと所用。
       午後3:08
       剱岳が一瞬かがやきを。


                   クリックしてみて!

 旧石器時代人も
 縄文人も
 大伴家持も、棟方志功も、
 おんなじ景色に
 見とれていたんだろうなあ。
 なんて。

 新幹線が来たって、
 東京の連中に
 見せたくないなあ。
 もったいなくて。




 もったいなくて、
 なかなか減らないブランデー。

 もともと、
 お酒と女性は嫌いでない体質。
 しかし、
 感じやすい体質で、ダメ。
 お猪口一杯で真っ赤赤。
 女性にニコッとされただけで真っ赤赤。
 生まれつきの体質。
 情けない。

 それが、広告業というしごと。
 おつきあいで、
 一合くらいまで飲めるように。
 このごろは晩酌で、
 芋焼酎のお湯割りを。

 それをいつも眺めている、
 つれあいは、
 うらめしそうに。

 「ああ、お酒が飲めたら、ワタシの
  どんなに人生変わっていたことやら」
 と、のたまう。

 少し高いイモ焼酎一升瓶を求め、
 (1500円ぐらい)
 お湯割りで、ちびり。
 「ワタシにも一口」

 これがいけなかった。
 かって、日本酒で練習したら、
 気分が悪くなって、
 以来敬遠だったらしい。

 それで、このところ、
 グイッと飲るのが当り前に。
 せいぜいワインを舐める程度だったのになあ。

 このあと、
 どんなふうに化けていくのか、
 台所に空き瓶が並ぶ。

 要経過観察。

文化人新年パーテイ

2013年01月22日


       富山城址まえ
       ANAプラザホテルで
       北日本新聞文化人パーテー
       恒例です。




       パーテーの脇役で
       パーテーの華の登場。




 400人ぐらい。
 ずいぶん長いおつきあいの方ばかり。
 新聞社の幹部が、
 みなさん貫禄ついちゃって…
 お世話になっている方ばかり。

 井波彫刻協同組合と、
 作家の皆さんが
 2つの卓を占領。新年会以来再会。
 



 メインテーブルに、
 石井知事と、南砺市市長。
 SCOOTの鈴木忠志さんも紹介。
 遠くからでも、
 すぐ頭越しに見つけられる。
 いや、失礼。

 北陸新幹線。
 首都圏にも、金沢にもない、
 文化で勝負だと、
 河合北日本新聞会長。

 パーテーは
 それなりに気を遣い
 ポケットマネーを使います。

 会費8000円。
 挨拶やら、久しぶりの再会で、
 ビーフを一口食べただけ。

 食い物の恨みは恐ろしい。
 帰ってからも腹が減り、
 いただいた竹林堂の酒饅頭と、
 芋焼酎。




つらい記事

2013年01月24日


        富山市で北日本新聞の
        文化人パーティー
        多くの詩人に再会した。

        それを育てた人。
        山本哲也さん。

        城端時報を発行し続ける。
        「もうやめようか、と
         何度思ったやら」と
        パーティー会場で。

  

              2010.7.15 城端中学で

 コミュニテイ・ペーパーとして、
 地域の全てが網羅されていて重宝。
 継続は、力の典型。

 1月号につらいコラム。
 「ゴーストタウンの町城端」

 先般、利賀の初午存続の危機、
 そのニュースから、
 限界集落の厳しい現実が表面化。

 ところが、
 山間地だけではない。
 城端のなかでも大きい町が、
 限界集落なみの限界。

 城端に限らない。
 他町でもこのごろ、
 よくささやかれている。

 地域からの情報発信は、
 明るい話題も大切だけれども、
 現実をふまえた、
 厳しいレポートも、
 意味がある。
   

        

快挙!お二人のキルト作家

2013年01月25日

      もめんや日記の
      ぴいすけの母さんのブログに
      紹介されています。


      とやまから、
      2人のキルダーが
      晴れの大舞台へ躍り出た。

      2年前に、
      公立美術館としては珍しい、
      Artキルト展開催。
     
      もとはといえば、
      ぴいすけの母さんの紹介で、
      森田さんらのグループ展で、
      キルトの魅力を知ったことが、
      企画のきっかけです。
      さらに、南砺出身で
      金沢で活躍中の松本睦子さんの
      教室仲間の強力な応援で
      初めての企画が実現しました。
    
      なんと-eブログのおかげです。

      3.11の大震災の直後で、
      危ぶまれたけれど、
      予想の3倍の入館者。

      それも地元ゆかりの
      作家の熱意で実現した。

      2度、3度と足を運ばれた、
      お客さんも多い。
      針と、糸で育った年代の女性が
      とくに熱心だった。

      24日の発表で、
      東京ドームいっぱいの
      外国も含めて
      1520点の中から、
      最高賞に
      森田圭子さんの作品が
      グランプリに輝いた。
      (富山市)

      さらに、
      福光の野畠玲子さんが
      創作キルト部門で2位!

      おめでとうございます。


           2011.4.9 

 以前の南砺市での企画展で
 講師の岡野栄子さんを囲んで、
 約40人で昼食パーテイが開かれた。
 その時の記念写真。
 後列左が森田さん、右が野畠さん。

 偶然である。

 NHKのニュースは見逃したが、
 開会式には秋篠宮妃紀子さまに
 森田さんが解説されたという。

 4月下旬、
 第2回の全国のトップ作家の
 キルト展を予定している。
 そこに、堂々の出品。

 故郷に錦ならぬ、
 キルトの大作が飾られる。

 お帰りなさい。そして、
 楽しみにしたい。

  

厳しいお天気でした

2013年01月26日


       なんとも、
       終日厳しいお天気
       寒波襲来。
       じょうはな線の
       ラッピングがかわいそう。





       こんなとき、
       誰よりも大変なのは、
       JRのみなさん。

       城端線は事故ったけれど、
       1時間後に復旧。
       出勤に間に合う。
       ごくろうさまです。

       部活の高校生たちで、
       超満員。




 予想以上に大変だった、
 美術館の2階、
 常設展示場の空調設備、
 改修、改装が終わる。

 17年ぶりに、
 面目、雰囲気が一新された。

 長年の宿願だった。
 これで、棟方志功さんと、
 石崎光瑤さんの作品が
 一段とグレードアップする。
 うれしい。


乗ろうよ!城端線

2013年01月27日


          キジを写す




          キジを書く




 日ごろ、
 いろんな人に原稿を依頼する。
 厚かましく。

 立場を変えて、
 自分が書くときは身を削るように大変。
 基礎学力の無さを、
 いまごろ悔やむ。
 
 短いのは難しい。
 長いのはくたびれる。
 書き出しまではぐずぐず… 

 ブログのおかげで、
 書くことに抵抗は少ないとはいえ、
 いざ活字に残ると思うと、
 やはり緊張する。

 となみ野公共交通創造市民会議制作
 利用促進のキャンペーン用の、
 かわいいバッジ。
 さっそく1000円で購入しました。

 そんなことも含めて、
 北陸3県で発行の
 季刊誌「自然人」に連載の
 「城端線で考えた」欄に
 城端線のことを書く。

 もう9回目ですから、
 連載させてもらうだけで感謝。

 きょうが締め切りでした。
 編集長の
 やさしい笑顔がちらつくので必死。
 (3月1日発売)

 城端線の存続のために、
 少しでも、
 お役に立つなら。

 通勤で、女子高生に
 見られると思うと、
 うれし恥ずかし♪


 みなさんも、
 森みちこさんデザインの
 バッジをつけて、
 乗ってくださいよ。

 いろんな発見がありますから。

 
 



ベアテ・シロタ・ゴードンさん

2013年01月27日

        元旦の各紙に
        この方の訃報がいっせいに。

        ベアテ・シロタ・ゴードンさん
        1923年生ウイーン生まれ
        89歳だった。
        著名なピアニスト、
        レオ・シロタさんの長女。
        15歳まで東京で育ち、
        戦後GHQ元民生局員




 日本人女性の虐げられていたことを
 よく見聞していたから、
 日本国憲法24条に「家族生活における
 個人の尊厳と両性の平等」を、
 提案した人である。
 戦後、男女同権を謳った恩人。
 売春禁止法、現代の男女共同参画の、
 元となったが、さて…

 日米の文化の懸け橋として生涯を捧げた。
 1954年、ジャパン・ソサエテイの活動を。

 オノ・ヨーコや勅使川原蒼い風、流政之
 そして棟方志功の世話をした。

 棟方志功をアメリカに招き、
 ワシントン大学など、
 全米の若者たちへ、日本の文化を
 講演して感動を与えた。

 その通訳をしたのが小出俟子さん。




 語学研修生として渡米。
 アルバイトに、
 ベアーテさんのジャパン・ソサエテイで
 棟方志功のお世話をされた。

 初対面、いきなり腕をつかまれ、
 大感激の歓迎あいさつでびっくり。

 昨年、福光美術館でのコンサート。
 フルートの小出信也さんは実兄。

 「実はね、妹の若いとき、
  棟方さんのチヤ夫人にそっくりだった」
 
 写真を突き合わせてみると、
 ほんと、よく似ている。



     文殊菩薩は、チヤ夫人と眉がそっくり
     吉祥天さんとも…

 
 小出信也さんは、棟方ゆかりの
 光徳寺さんで、ずっとコンサートも。




 小出兄妹は、
 南砺市へいつも上質の音楽を
 プレゼントされてきたが、
 偶然とはいえ、
 ムナカタつながり。そして
 その源に、
 今はなき、ゴードンさんがある。
 
 人の絆を大切にしたい。





棟方の贋作

2013年01月29日

       まったく思いがけない、
       とんでもない場所に、
       ムナカタさんが眠っていた。





 堂々とした色紙の揮毫。
 ちょうど、
 上市町に窯を作った人がいて、
 棟方さんもよく通い、
 さまざまな絵付けをしている。
 棟方さんの焼物は極めて少ないが、
 石黒宗麿に劣らない作品が残されている。
 (美術館にも大作1点寄贈を受けた)

 疎開時代、南砺のそこたらじゅうを
 ひっかきまわした、棟方志功は、 
 特に書の世界にのめり込んだ。

 なかでも、
 中国の六朝体が好きだった。
 (約1600年前)
 群雄割拠のころ、
 碑文に優れたものが多く残された。
 石に彫り込むことから、
 実に力強い書体が生まれる。

 あらゆる書道家の聖書は「五體字類」。
 その中に必ず登場する書体。

 棟方の板画も、彫刻刀で刻む。
 一目でわかる文字。
 富山時代の7年前後でずいぶん、
 変わってきた。
 ちょうど、六朝体を体得し
 棟方書体が完成した頃であろう。
 たぶん昭和25年頃か。

 棟方志功の贋作は実に多い。
 3倍は流通しているともささやかれる。
 美術館では鑑定しない。
 (東京に正規の鑑定会があるので)
 しかし、調査研究は大切なので、
 持ち込まれたらアドバイスします。

 一目で素人ながら、見当がつくのは、
 自筆のサインの力強さ。
 これはだれもマネのできない六朝体だから。

 戦前から、棟方志功の読書好きは、
 尋常でなかった。
 東京の踏切で列車を待つ間も
 舐めるように本を読む変な人と、
 保田與重郎(日本浪漫派)の目にとまり、
 文学者との交流が始ったほど。

 今も、手紙の解読に苦労する、
 ボキャブラリーの豊かさ。
 読書の賜である。
 福光図書館司書の石崎俊彦と
 ウマが合ったはずである。


 この埋もれている色紙を
 いつか、世に出したい。
 

「うすするかもする」

2013年01月29日


      戦後しばらく
      日本人は、
      蚤、シラミにとともに
      仲よく暮らしていた。

      大人も子供も、
      男も女も、
      相手を選ばない。

      かゆいので、
      着ているものを横に擦ると、
      いっときの快楽。

      それを見て親たちが、
      「うすするかもする」と、
      笑ってはやした。




 驚いた。

 小矢部川上流、吉見地区の
 農林漁業史料館で、
 泥臼を見つけた。
 よくぞ残っていてくれた!
 それも、保存状態が最高。
 これだけのものは初めて。

 どっしりとしたデザインもいい。
 これこそ、究極の民藝品。
 有名な焼物も悪くはないが、
 用の美、ということでは影が薄くなる。
 存在感が違う。
 柳宗悦が見たら随喜の涙のはず。


 中に粘土が塗り込められていて、
 左右にゆすって、
 籾を精米する。
 たいへんな力仕事だったようだ。

 ほかに、片足の千刃稲こきも。
 曲がった木をうまく組み合わせて、
 溜った籾を足で均すのに便利。

 臼擦る、かもする♪

 この原始的な精米作業の様子が、
 子どもの動作と
 結びつけたんですと、
 民俗学者の大田栄太郎先生の書斎で
 教わったが、
 40年を経て、
 いま、やっと納得した。

 「かもする」は意味不明。
 80歳代の方なら、わかるかも。
 どなたか、教えてください。


 大田先生は、日本を代表する
 方言学者で、
 柳田國男先生に可愛がられた。
 東京上野の
 国立国会図書館の書庫主任として、
 膨大な書籍を空襲を避けて、
 信州へ疎開させた。

 さらに昭和20年、
 富山県立図書館長に赴任、
 日本の宝、志田文庫や、
 県の貴重な蔵書を疎開させて守った。
 そのため、
 自分の家の蔵書は空襲で
 持ち出せず灰になった。

 富山市郊外のご自宅へ
 よく教えを乞いに伺ったが、
 6畳の書斎は、方言に関する本で
 洞窟のようだった。
 すきまを作って、臼のテーブルで
 かろうじてお茶をいただいた。

 生涯かけて集められた方言資料は
 大病のおり、これまでと、
 国立国語研究所へ寄贈。大田文庫に。

 その後、また集められた膨大な資料は、
 県立図書館に第二大田文庫として、
 富山市の遺族が寄贈。





 吉見の資料館は、
 まるで玉手箱である。
 日本唯一という民具がいまは冬眠中。
 やがて、
 地元の熱意で、
 蘇ることができるだろう。




 
 
 

金沢の迷い

2013年01月30日


       金沢。
       手ぐすね引いてこの日を待つ。
       いよいよ2年に。
       新幹線。




 国交省の調査でも、
 首都圏のアンケート結果では、
 北陸への観光客の
 60%前後が、
 金沢を拠点にして旅行。

 新幹線が開業したら、
 もっとその傾向が強くなる。
 金沢のウエイトは大きい。

 知名度とイメージの高さ。
 伝統と文化。21世紀美術館。兼六園。
 食文化と、磨きこまれた資源。

 新黒部も、

 新高岡駅も、

 いまは田んぼの中。

 富山駅は、立山へ行くための
 おしっこする所、という、
 強烈な声が聞こえてくる。
 そんなことはないのだけれど。

 ところが、
 金沢にも悩みが。

 ビジネス客は東京から日帰り。
 泊まらない。

 能登は、一次産業主体。
 基礎体力は以前ほどではない。

 白山は、立山との差がある。
 高山植物の宝庫だが。

 100万石の文化のプライドが、
 フランスと同じで、
 お友だちになれない風土。
 生活感のない都市ということで、
 東京とよく似ている。

 こういう危機感が、
 一極集中していて、
 惰眠を貪っていた金沢の
 眼を醒ますことに。
 基幹産業が、観光サービス産業。

 生活が懸かっている

 とやまには、
 こんな危機感、緊張感が少ない。

 とやまは経済的に、
 豊かすぎるのかも?


 
 
 
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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