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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

宇奈月の浦山で

2012年12月01日

      地鉄本線で、
      旧宇奈月町浦山へ

      ミゾレのせいもあって、
      黒部市と合併したけれど、
      どこか覇気がない。
      うらわびしい。




 
 宇奈月町の中心で、
 駅舎は、無人の小屋のよう。
 城端線の感覚では、
 ちょっと寂しい。

 ここの、うなづき友学館は立派。
 公民館と歴史民俗資料館共催。
 「文化の東西比較」を
 テーマに講演。
 棟方志功の目から見た風土像。

 戦禍から避難したくらし。
 その苦労などについて福島の
 大震災、原発事故と
 重ねあわせて紹介すると、
 みなさん、よく理解いただける。

 熱心な参加者から、
 棟方の鯉の軸を持参され、
 見てほしいとも。
 棟方さんを身近に感じていただいた。
 たぶん、
 公民館の主催で、ツアーが
 やってくるだろう。




 単線なので、電車は待ち合わせ。
 特急電車は、
 内部が木造インテリアで、
 とてもおしゃれです。
 東京の私鉄からの導入とか。

 城端線も、
 電化はされていないけれど、
 充電式の列車が開発された、
 (JR東日本)らしいから、
 いづれ、と思う。




じょうはな線とけや木

2012年12月01日


       まちづくりのブログ、
       なぜか平常の
       3倍のアクセス。
       ありがとうございます。


       気になる城端線。
       木のある城端線。




 高岡駅を出て1〜2分。
 こんな風景が見られます。
 国宝瑞龍寺の
 裏庭を、城端線がかすめて走ります。

 きょう12月1日発売の
 季刊「自然人」に、
 城端線で考えた、というコラムに、
 ちょっと紹介しました。
 意外なスポットです。

 実は、
 となみ平野の散居村の景観と
 けや木の話をしたかった。
 いろんな発見があります。
 民俗の会の
 加藤享子さんの研究に触発されて。

 特集は「冬の日本海と恵み」

 AKBほくりく

 エビ、カニ、ブリの専門家からの話。
 今夜はコレと地酒の熱燗で、
 晩酌といきますか。




 不思議な光景。
 城端線ですぞ。




 城端線は、貨車・貨物を
 取り扱っていない?
 いえ、
 二塚駅は、製紙工場への
 貨物を扱っている唯一の駅です。
 引き込み線に、
 苛性ソーダなどを運んでいます。

 城端線が廃線になっても、
 ここだけ残る?
 まさか。






なんでもない風景

2012年12月02日

        朝、出勤したら、
        こんな、
        鮮やかな飛行機雲

        お天気が
        悪くなる前兆?



              北から南へ
                 
              南から北へ


 天空を、
 一直線に駆け抜けて、一本に。
 乱れない。

 日本の政局も、
 こうあってほしい。
 第3極、第4極?



          4羽います。クリックどうぞ。

 夕方に、
 庭にメジロ軍団。

 この1カ月、居ついている。
 よほど、
 居心地がいいのか。
 10羽ぐらいで、
 敏捷な動きがかわいい。

 紅く色づいた、
 マユミの灌木が棲家。

 五箇山の、
 といちんさにそっくり。
 

 公共土木工事の耐用年数が、
 大事故で問題に。
 新幹線の橋脚で書いたばかり。

 けさの富山新聞、1めん
 ときならぬ桜の花見。

道の駅福光、こんどは

2012年12月03日


        ありがたい快晴。
        熟柿(ずくす)も、
        いい色に。

        昔は、おチラシ入れて
        ずくすいこかく。
        んまかった。
        わかる人いるかなあ。

        熟柿が落ちる寸前。
        機が熟してから、
        パッと手を打つのが、
        小沢さんの
        常套手段ですね。
        こんどは通用するだろうか?




 朝から、県議会大会議室で
 議員さんの勉強会。
 本会議前のちょっとの時間で。

 超党派による、
 富山県議会山村振興議員連盟。
 25年度の予算審議前の説明。
 南砺市も、かかわりが多い。
 関係の、
 県の各部局も緊張して出席。




 自民党都市農山漁村交流調査会
 通称グリーン議員連盟。
 おなじみの顔ばかり。
 その勉強会に呼ばれて、
 短時間ではあるがミニ講演。



         井波・杉森ファームで

 南砺市での、
 アフリカ青年農業研修団の
 南砺での「サンキョソン」体験のこと。
 アフリカの坂本竜馬たち。
 あの大陸の共通語になるかも。

 なんでもない、散居村が
 彼らにとって驚く農村形態でした。

 富山県は、世界の先進農業の学校。

 グリーンツーリズムと
 北陸新幹線の話。
 3400万人の首都圏への
 マーケテイングが決め手、など。

 あと、議員研修会の視察先に、
 道の駅福光が候補に。
 年が明けてからではあるが、
 住民参画の、
 まちづくり、地域づくりの活動が、
 お手本として、
 県議会からも注目されている。



 




 

りんごの気持ち

2012年12月04日
        
         晩秋というより、
         もう初冬。
         枯れる直前の、
         小菊がなんともいい感じ。
         絵に描きたくなる。

         人生も
         かくありたい。



         クリックをどうぞ


 りんごの原産地は、
 カザフスタンの東端です。
 中央アジアの果物です。

 野生、自生の花は、
 すがすがしい。





 りんご栽培の南限は
 富山県。
 霜が遅いため、樹上での
 完熟度が高い。



          アップでアップルめしあがれ

 りんごが、
 早く食べてねと言っています。

 ことしの夏は、
 ことのほか熱く、好天。
 そのためか、
 紅葉と同じで、色鮮やか。

 いまごろ収穫のリンゴが
 最高の味。
 りんご好きには、
 甘さ、酸味が何ともいわせない。

 柿も捨てがたいけれど。

 もっとも、
 りんごの地場産は、
 庭先で売れてしまって、
 市場には数が限られます。


  

棟方志功さんたちの見た風景

2012年12月06日


       棟方志功の
       創作の舞台となった、
       南砺の「だまし川」
       
       地元では、
       豆黒川とも、ナマズ川とも。

       住宅地図にも名前が記載なし。
       山本の方から流れてきます。
       私の、
       おばあちゃんが
       生まれたところ。

       仏画の大家、
       法隆寺の壁画を模写した、
       荒井寛方の娘も疎開。

       戦時中に、南砺の
       娘に会うため郡山を出発して、
       空襲で絶命。

       源流は、医王山山麓でしょう。
       のどかな、
       田んぼの無名の川ですが、
       いろんなドラマを秘めています。




 さらに、戦時中、
 この村に夫婦で避難して住んでいた、
 水墨画家の、下村為山も
 病を得て、帰京がかなわず、
 85歳で、この村で生涯を閉じた。
 村人たちが、
 丁重に葬儀を執り行った。

 川のほとりで、
 良く写生をされていた。

 為山は、俳画の大先達で、
 正岡子規の無二のパートナーだった。
 遠くふるさとの松山を望みながら。
 日本の洋画の開拓者。
 現在の松山市の市章は
 為山のデザインである。

 道の駅に、
 3万円で売られていたのを見て、
 飛びあがって驚いた。
 現在、館長室で飾っている。
 日本のトップの作家(黒部市)
 現代水墨画協会の川端理事長は、
 息を呑んで、
 しばし動かれなかった。

 昭和20年のころ、
 世界的な業績を残した、3人の画家が
 この村人たちと交流していた。
 このだまし川だけが知っている。


新幹線、石川県の観光戦略

2012年12月07日


       さすがの寒さに
       たまりかねて、
       ストーブの火入れ式。




       外にあったシンバを
       取りだしたら、
       中から、突然、
       デッカイ蛾が飛び出した。

       ステレス戦闘機みたい。
       成虫で越冬する、
       フクラスズメ。
       巨大な蛾で、びっくり。
       外へ逃がすと、
       あっという間に姿を消した。
       冬眠中、ごめんね。




 夕方のNHKさんの特番。
 石川県の、
 珍しい新幹線戦略のルポ。

 このところ、富山の場合はと、
 同じテーマであちこち語り合ってきた。
 きのうも、一昨日も。

 金沢戦略はあなどれない。
 観光が基幹産業なのだから、
 富山県とは、
 100年の落差がある。
 
 しかし、
 金沢にも泣きどころがあることも。

 もっとも、南砺市は
 観光資源の宝庫だし、
 人材も豊富。
 だと思いたい。

 いきいき富山のころ、
 ある行政マンが凄腕をふるった。
 人材も集まった。

 その中心には、
 荒山 柑という、万博や海洋博の
 プロデユーサーをつとめた人が、
 いつも指南していた。

 めちゃ頭のいい人で、憎たらしい。
 何度、殺されそうになったことやら。
 この30年間の、
 富山県の骨格はこの人が
 シナリオを描いた。早逝されたのが惜しい。

 いま、富山県の新幹線がらみの
 観光戦略で足りないのは、
 トータルプロデューサーの不在。
 なんでも丸投げ。
 自分のアタマで考えない。

 総合プロデユーサーとして
 仕切るはずだった、
 ある方はさっさと辞めて、
 どっかの市長さんになってしまったが。

 



高岡JA女性グループ

2012年12月07日

       北陸新幹線を
       大津波が襲う!
       あわや、の一瞬。

       では、ありません。
       射水平野も、
       すごい荒天でした。




 高岡市農業センターで、
 グリーンツーリズム研究会。
 黒部市に引き続いて。
 県の観光・地域振興局主催。




 会場に隣接のアグリピア高岡は、
 道の駅福光より小規模ながら、
 農産物特売場で活気がある。
 レストランなどはおしゃれ。




 地場産品を使った、
 メニューが豊富でスタッフが感動。




 この春まで、JA高岡に勤務の
 浦上セツ子さんの報告。
 六次産業ボランタリープランナーでもある。
 農業の一次、二次、三次産業を掛け合わせた、
 六次産業化に取り組む、
 先進地として評価が高い。

 北陸新幹線開業と、
 地域の活性化に、
 農業とどのようにかかわるか、
 などがテーマ。
 みぞれ、アラレのなかで
 参加者はさすがに少なかったのが残念。





 会場に懸けられた米価の変遷の額。

 大正7年、富山が発祥の
 米騒動の米価。
 当時は米が金融商品で、
 投機の対象だったがゆえの騒動でもあった。

 そして、平成5年、戦後最悪の
 不作で、「平成の米騒動」
 そのおりに、この会場で
 富山の米について翌年に、
 米のフォーラムの司会をした。
 生産者、流通業者、消費者が集い、
 なかに米作り日本一の方も参加。
 外米輸入なども含めて、熱気があった。

 平成5年の
 最高60?20,963円が、
 平成22年、富山コシヒカリ
 13,786円に。
 政権が変わるたびに、翻弄される農業。
 そんななかで、
 女性たちが主役で、たくましい取り組みが
 続けられているのに頭が下がる。








戦艦大和

2012年12月08日

       仕事場から
       いつも眺める風景
       いつしか雪景色。
 




 12月8日
 太平洋戦争の始まった日。
 真珠湾攻撃で、
 日本中は昂奮のるつぼ。
 そして、
 日本中が悲惨な結果に。
 こんな歴史は繰り返してほしくない。
 その前年に生れた者として。

 戦艦大和3330余人が、
 あっという間に沈む。
 巨大戦艦の特攻出撃だった。

 宇宙戦艦ヤマトは見る気にならなかった

 助かった、吉田満。
 のちに日銀幹部となり、
 ドキュメンタリー「戦艦大和の最後」が
 ベストセラーになった。

 さらに、
 「男たちの大和」
 辺見じゅんさんのドキュメンタリー。
 たいへんなベストセラーに。
 どちらも、映画にもなる。
 
 奇遇であるが、
 このお二人は富山ゆかりの人。

 そして、
 偶然このお二人にお会いした。

 南砺市担当の印刷会社の営業さんが、
 東京へ連れて行ってくれた。
 親戚だということで、吉田満さん宅へ。
 妹が嫁いでいたとのこと。
 豪華な書斎で、
 もうリタイアされた上品な紳士だった。

 そのような、過酷な体験を
 されたようなそぶりはされなかった。

 高級ブランデーを飲まされ、
 目が回ったのだけを覚えている。
 20歳の事である。

 辺見さんは、利賀村の、
 そばによる村おこしの企画会議で、
 ご一緒した。

 利賀村の出身者の人たちをテーマに、
 ドキュメンタリーにできないものか、
 打診したけれども、
 実現しなかった。

 語り部のお二人は故人に。
 奇遇としか言いようがない。
 ご冥福を祈ります。

 













魔の山と、南砺市と

2012年12月10日


       いきなり根雪ですか
       夏の日照りの
       反動でしょうか。

       選挙のみなさん、
       ほんとにご苦労さんです。 



        ダウラギリ:2006.11.8写す。
        この写真の見える範囲の高さが
        6700mとはちょっと見えない。
        下部は巨大な氷河です。
        撮影地点は標高1500mくらい。


 NHK、昨夜のスペシャル。
 「ヒマラヤ・8000m峰全14山登頂に挑む」
 日本人初の、快挙と呼ぶには、
 あまりに壮絶。
 登山家竹内洋岳さんもさることながら、
 カメラマンの壮挙。

 NHKでも山岳専門を志望する職員は、
 必ず、富山放送局へ。

 立山、剱岳で鍛えられる。

 魔の山、ダウラギリ。8167m
 信州大学山岳部が10数名還らぬ人となる。
 24年前に、
 信州大学のそば博士、
 氏原教授から、現地で聞いた。

 利賀村のツクチェ村との
 そばによる、
 友好提携調査団派遣からほぼ半世紀。
 めざすは、ダウラギリの山麓だった。
 この一帯は、
 チベットから南下した、
 タカリー部族のふるさとでもあり、
 ネパールのそばが主食のふるさとでもある。
 氏原先生が仲介された恩人。


               1989.1.10撮影
  翌日調印式。平成1年1月11日、午前11時。
  NHKスペシャルで3回全国放送


 現在、このダウラギリの麓で、
 タサンロッジを、
 当時からお世話になった、
 アルジュンさんが経営されている。




 奥さんのヒロコさん、
 長女のアヌさん。




 南砺市の人たちは、
 ずいぶんお世話になった。

 しばらく、お会いしていないが、
 どうされているか気になる。
 マオイストが、徹底的に、
 この国を荒らしてしまった。

 隣接地帯のインドのマオイストも
 国内問題になっているが、
 あまり日本に伝わってこない。
 インドリスクは、
 カーストとともに、
 深刻な課題のひとつでもある。
 



     
 





ささやかな 幸せ

2012年12月10日

      予定を狂わせる、
      予期せぬ雪め。
      東京から次々と心配の電話。



 ボンネットを叩く音。
 大粒のアラレ。
 1センチはあるから、
 雹(ヒヨウ)だ。




 庭の渋柿も
 予定が狂っただろう。
 熟柿になるヒマがない。

 一日に、
 腹の立つことは最低1回はある。
 猫がいたら、当り散らした。
 つれあいに、
 当ろうものなら10倍に返ってくるし。

 ちょっと、いいこともあって、
 それで帳消しでもう師走に。

 ささやかな、幸福。
 なんとか一日、予定をこなし、
 あったかい布団にくるまること。

 やれやれと、達成感が、
 いつの場合も、芋焼酎とともに、
 効いてくる。

 夜中、震えながらトイレへ。
 戻ってきたときの、
 わが体温に温められた、
 布団に再度潜り込むのがいい。

 ただ、寝坊は悲惨。





大阪の130万読者に

2012年12月11日


        フラワーライン
        城端鉄道少年団から
        JR駅へ
        すてきなプレゼントです。
       



 美術館は、ことしから、
 企画展開催中は無休としました。
 スタッフ、監視員のみなさんのがんばりに、
 ありがとうを言いたい。
 おかげで、あちこちから、
 感謝されています。
 特に旅行会社からは。
 (愛染苑は従来通り火曜定休)
 小さいかもしれないけれど、
 大きな一歩でした。

 企画展のない今は、
 空調機などのメンテナンス休館中です。
 でも、火曜定休以外は、
 いま、忙しい最中です。

 大阪から
 全国紙の女性記者が取材に。
 130万部の夕刊で、
 南砺市時代の棟方志功さんの
 ゆかりの旅の案内。
 特集1ページです。



 
 志功さんとゆかりの深い、
 知念寺の竜山ご住職が、
 ナビゲーター役。




 ベテランの女性記者。
 そして、
 写真部のカメラマンの熱い迫り方。
 みなさん、マナーがいい。

 折からの大雪で、南砺まで、
 たいへんな苦労された。

 選挙最中と重なっては、
 全国、地方とわず、マスコミさんは
 いまたいへんハードな時期。
 それに正月企画もあり、
 毎日が戦場のはずです。

 広告の現場にいなくてよかった♪

 大都市での夕刊は、
 いちばん効果があります。
 (広告費換算と効果 
  ン千万円できかない)
 南砺市の歴史と風土に、
 特に女性記者は強く惹かれるようです。

 新幹線。大都市圏では
 読者が何を求めているか、
 どんな情報が喜ばれるか。
 そういうアンテナでもあります。
 特に感性豊かな女性のルポは鋭い。

 それにしても、
 世界のムナカタの
 知名度は強い。
 戦禍を避けて避難した疎開時代。
 その生き方が、
 いまの時代に、
 共鳴できるのだそうです。

 
 



12,12,12 とやってくる

2012年12月13日

  きんのは

 2012.12.12

 タクシーチケットの
 日付を書いていて、気が付いた。
 なんということはないけれど。
 確実に、
 新年はやってくる。
 えらいこっちゃ、あれもせんなん
 これもせんなん。




 お役所のなかで、
 もっとも地味な陽の当たりにくい部署。
 統計課。統計担当。
 実際、県庁の部屋はいちばん陽当たりが
 悪い場所にあるのだ。

 しかし、すべての施策は、
 人口動態などのデータが基礎になる。

 25年前、県庁統計課に呼ばれた。
 わかりやすい、富山県の全てが数字で
 1冊で説明できる冊子が作れないかと、
 中沖知事からの提案だった。
 企業誘致のために、あちこち駆け回って、
 説得するためである。
 実力あるのに、知られていない悲しさ。

 現場職員はみんな、燃えた。
 なかでも、若い職員が徹夜で。
 決して外部へ丸投げしない。




 そして、生まれたのが、
 「富山がわかる本」不肖私のネーミング。
 
 これが、全国の統計関係に大反響を呼ぶ。

 知事はポケットから、やおら10万円を。
 みんなで飲んだ。100人はいた。

 勢いがついて、
 ここで編集している「県民手帳」も
 なかなか売れないので、お知恵をと、
 相談されて、2分冊の、
 いまのスタイルのデザインを提案。
 とにかく、
 暮らしに役立つことと、
 富山の姿が見えるように編集。

 けさの北日本新聞に紹介。
 17,000冊も発行。
 県内の書籍?としては超ベストセラー。

 地味な仕事をされている、
 職員がいて、今日がある。


 
 
 

シクラメンのかほり

2012年12月14日



       師走の調子が、
       突然の雪のおかげで狂う。
       遠く、選挙カーの声。

       ときには
       在宅勤務。




 帰るたびに、どさっと会議資料。
 調べものの山。
 本の山はいづれ雪崩に。

 今度こそ、片付けなくっちゃ。

 狭そうに見えますが、
 これでも30畳以上あります。
 天井も吹き抜け。
 それでも、ストーブ一台で、
 20度をキープ。




 鮮やかなシクラメンが、
 ことしも届く。
 いつもネパールへ出かける彼女は、
 かっての部下。

 印刷会社を飛び出し、
 デザインスタジオを飛び出し、
 利賀村のむらおこしをずっと。




 この舞台のイラストは、
 彼女の作品。

 いま娘と富山市でお花屋さんを。

 イラストレーターとしても、
 富山の第一人者、現役。
 40年間、変わらないお歳暮は、
 こんな世相で救い。


 仕事の合間に、
 いろんな人から元気をいただく。

 プライバシーに気を遣うが、
 でも、
 そのまま埋もれさせたくない話。
 日記といえばそれまで。
 でも、
 だれか一人だけでも、
 喜んでもらいたい。
 小さなことの積み重ねが、
 あるとき、
 陽の目を見るかもしれない。
 それで、ブログを書く。

 あの宮沢賢治でさえ、
 生前、原稿料をもらったのは、
 たった一回だけというではないか。


 自分のためのエッセー。

ごくろうさまでした

2012年12月14日

       全国に2つとない、
       そして、
       南砺市に2つもある。

       歴史の証人、  
       「監的壕」は、
       次世代へ引き継ぐべき
       遺産でしょう。




 南砺市のまんなか。
 立野が原のランドマークです。

 ながらく地元老人会のみなさんや、
 有志の人たちの手で、
 保存整備が続けられてきました。
 県の埋蔵文化財センターの
 もと所長さんも高く評価されています。
 「日本の宝です」と。




 しかし、コンクリート技術の
 未熟なころの構造物で、
 劣化がはじまっています。

 その間、なにかと励まし、
 支援いただいた元町議、もと市議の
 岩崎 誠さんが
 惜しまれて引退され、
 送別会が有志の手で開かれました。



 公平、誠実、見識。
 その人柄から、
 南砺市の教育や文化に貢献。
 信頼されていました。




 地域のために、
 献身的な活動されたことなど、
 議員活動をふりかえり、
 そのご苦労を述懐され、感銘をうけました。
 ごくろうさまでした。
 これからも、地域を見守ってくださいと、
 熱い拍手。




 保存整備のため、
 岩崎さんたちが尽力された、
 監的壕からは、
 晴れた日には遠く二上山が望めます。

 むかし家族ぐるみで、
 汗をながして耕してきた、
 南砺の原風景です。








頭がさぶい

2012年12月15日

      21日が冬至。
      それまで、日本列島、
      どんどん暗くなり続ける。
      夜明けも遅い。

      そのあと、少しづつ、
      明るくなることを願いたい。



      県立近代美術館
      絵本の原画、
      クライドルフの世界展
      1863‐1956
      スイス生まれで、
      今日の絵本文化の元祖。
      若い女性が多い。

      作家の生い立ちに心が痛む。
      大きな仕事を成した画家ほど、
      こころの葛藤は大きい。



                   キッズガイドより

      続いて、
      黒部市美術館
      川端豊次水墨画展
      ことし、現代女流
      水墨画展で
      ひとかたならぬお世話になった。

 



      独学で、この道を究め、
      黒部市美術展では
      3年連続大賞。
      現代水墨画協会の
      理事長をずっと続けられる。
      日本の水墨の頂点に。

      ホタルイカ、
      白鷺の大作、新作が瑞々しい。




 富山市総曲輪のグランドプラザ。
 恒例のスケートリンク。
 冬場のイベントに試しに実施したら、
 大人気で継続事業となる。

 その向かいの横丁の、
 そのまた小路の奥が、
 行きつけの床屋さん。

 マスターが独立したてのころから、
 もう47年のおつきあい。

 男のアタマのてっぺんの、
 すべてを知り尽くしている人。
 刈るだけでなく、
 手入れアドバイス(ムダに近い努力)
 
 水墨画なら、墨の濃淡が勝負だが、
 男のアタマは濃いほどいい。

 染め、髭のデザインの維持管理。
 文字通り、
 アタマがあがらない存在。

 ご本人は、
 病院通いの身でありながら
 (一級障がい者)
 病院の入院患者、お年寄りの
 理髪のボランテイアを。

 奥さんも、鋏を握り、剃刀も。

 さんざん奥さんを
 客の前でけなすので、
 いつも助け舟を出す。

 なにせ、相手は刃物を手にしているので、
 うかつなことは言えない。

 女性には、
 ちょっとわかってもらえない、
 男同士の阿吽の呼吸。

 ん?
 最初のつれあいが美容師だったので、
 やはり同じかもね。


選挙の結果

2012年12月17日


       選挙。
       結果は国民が選んだのだから。
       国民のレベル以上の
       政権は持てない。

       せめて、
       日本の歴史の歯車が
       逆回転しないことを願うのみ。

       皇紀2600年に生れ、
       戦争、戦後を
       生きながらえてきた身には。




 ニュースをスルーして、
 もっぱらBS。
 ベートーベンの第九を特集。


                          2008.3.27
 2008年3月、井波で
 「南砺に春を呼ぶ第九の夕べ」
 井波小学校の子どもたちと、
 地元南砺市の合唱団のみなさん、
 南ドイツのカウフボイレン混声合唱団、
 同じくシュトウットガルト弦楽六重奏団。
 フルートの小出信也さんという
 世界トップの豪華メンバーで成功させた、
 あの時を思い出す。

 歓び、ふたたび
 すべての人は兄弟となる


 フランス革命のころ、
 すぐ隣の南ドイツの詩人シラー。
 ベートーベンも、
 棟方志功も心酔していた詩。
 ゲーテよりもドイツ人はシラーの詩が好き。




 実は、南砺市には、
 世界唯一という、棟方の大作版画がある。
 版画は、何枚も刷れるが、
 この「歓喜頌」は数奇な運命をたどり、
 この1点しか存在せず、未来の国宝。

 シラーの詩を、ベートーベンは
 最後の最後で、第九に結晶させた。
 初演は成功したが150年間封印。

 両方に憧れていた志功は、
 この壮大な宇宙に泳遊する、
 9体の女たちを浮かび上がらせた。
 渾身の力を注いで完成させ、
 生涯最も気に入っていた自信作。
 しかし、当時
 この異色の大作は無視された。

 どちらも常識を覆した作品だったから。
 


 二つのドイツの音楽家たちは、
 この版画の解説で、
 大感激して突然歌いだした。
 有名な第九のテノール。
 他の混声のメンバーも合わせる。

 世界のムナカタを実感。

 井波の合唱団ももう中学生。
 ドイツ語で一緒に歌った経験は、
 一生涯の記念になるだろう。



                  2009.10.17 井波瑞泉寺

 蛇足:
 南砺に暮らしていた棟方志功は、
 それまで民藝運動の広告塔として
 なにかと利用されていたことを
 とても嫌がっていた。
 こころは、
 すっかり世界へ向いていた。





 

静かな日 (写真追加)

2012年12月17日


      4割の得票で、
      8割の議席って、なんなのだろう。
      民主主義の本場と自認の、
      アメリカもイギリスも
      2大政党制は制度疲労なのに、
      それを手本にした日本。
      小選挙区では、
      中庸の余地がない怖さ。
      仕掛けたのは、
      たしか、小沢も。自滅。

      松村謙三さん。
      けんそはん。

      病弱で、そして、
      何度も再婚。
      長兄の急逝で
      帰郷。
      家業の薬局店主に。

      県議選に出馬するも、
      落選。
      与党の党首選挙で
      予定通り破れる。

      その姿を見ていて、
      一族で
      政治家になった人は皆無。

      当時、マスコミは、
      最後の井戸塀政治家と。
      つまり、
      気が付いたら、
      井戸と塀だけが残るだろう。

      いえ、
      松村薬局は健在です。

      メデイアの上での
      喧噪。

      謙三さんなら、
      いまの政局を
      どう思われただろうか。
      最下位の投票率。

      テレビを消して、
      新聞の見出しを横目に。




 おだやかな陽ざし。
 つれあいが、
 熟柿の収穫ついでに、ぱくり。
 ぺこさんのご主人ではないけれど、
 アッシュ坊ではないけれど、
 ことのほか柿好き。

 庭には6本の渋柿。
 それぞれ趣きがちがう。
 たぶん、ダラ柿だろう。


       日本一大粒で渋くて甘くなる三社柿、立野が原

 三社柿に囲まれて育った者には、
 ちと頼りない小粒。

 ただ、一本だけ、
 最高の熟柿になる。




 まだ午後1時なのに、
 陽はずいぶん低い。




 イタリアワインに、
 ずくすがよく似合う。

 つつましい、暮らしのひとコマでした。
 









べちゃ雪アート

2012年12月18日

       富山市での、
       県の会議が済んで帰宅。

       べちゃ雪。

       アスファルトの
       ミゾレの上を飛びあがって、
       ばしゃ、バシャ。

       丸い、でっかい足跡になる。

       子どものときに帰って。 

       都会の連中には
       わからんやろうな。




 映画「少年時代」が再び話題に。

 少年マガジンに、異質とも思える、
 柏原兵蔵の原作「遠い道」を
 愛読していたことを思い出す。
 会社で、机の横に置いたら、スタッフや
 関係会社の連中が、
 まわし読みしていた。
 中途入社だったし、技術職なので、
 いつも隅っこの
 机だったので、死角になっていた。
 息抜き空間から、
 何人もの社長が巣立っていった。

 村の小学校から、
 いちばん遠かった集落。
 男の子3人組が、
 つれだって、1時間かけて通学。

 通信簿は、3人で見せ合って
 おしっこは3人並んで。
 雪の上に描くイラストはあざやか。
 トンビござは便利だったが、
 そのうち、うだわらマントに変わった。

 歳暮れの雪は、
 政界のごたごたも、
 蔽いかぶせて、埋もれさせるのだろうか。
 年を越し、春に雪が解けたころ、
 いろんなものが顔を出す。
 


 

狼が出た!

2012年12月20日


      まるで、八甲田山か、
      蔵王連峰の風景?

      ではありません。
      美術館の裏から見た、
      桑山292.5m。

      9年前に、
      50年ぶりに見えた、
      棟方志功の次男、令名さんが、
      「おお、カーヤマ」と、
      懐かしんでいた。

      福光インターからの
      桑山がいちばん、
      山容が特徴的で好き。




 棟方志功記念館の愛染苑は、
 最初のころは周囲が田んぼで、
 正面にこの桑山が望め、
 志功さんは、ことのほか親しんで、
 よく描いていた。




 美術館のロビーは、
 実はこの志功さんが好きだった、
 桑山を借景にして設計されている。
 ことしは、
 桑山をバックにして、
 森の中のコンサートと、
 郷土芸能を4回開催できた。

 棟方さんと、
 支援者の石崎俊彦さんが、この山を
 苦労して登ったときの話が、
 志功さんのエッセイに残されている。

 昔は、この裏谷一帯は樹木が深く、
 狼や恐ろしいけだものが棲み、
 「寝ていて喰われるのは、
  桑山の裏谷」という言い伝えがある。






 現在は害獣として猪が出没、
 電気柵が効果を発揮している。

 



南砺のこの町から

2012年12月21日


      福光新町から、
      坂道を下ると川原町。

      小矢部川が氾濫すると、
      昔は水が浸いたこともある。

      この町に4年間。
      住込みで修業した10代。
      どじょうの、
      かばやきの匂いが漂った。
      野田さんに、「おつかれさま」と、
      プレゼントしたかった。
      なんてふと、思う。

      この町から、富山の産業を支えた、
      富山のくすりのデザインの
      大半が生まれた。 





 詳しくは、
 富山写真語・万華鏡に。
 251号は「売薬 畫(デザイン)」

 新潟の雪梁舎美術館の
 全面的なご支援をいただいた。
 戦前の日本歴史画を席巻した、
 尾竹三兄弟と、
 富山の売薬版画絵師の話。
 棟方志功の版画が取り持つ縁である。

 印刷会社で刷り出しに立ち会う。
 刷り上がった直後の
 インキの匂いと艶が、何とも懐かしい。
 20歳ころに
 印刷会社の現場にいたから。

 年内に配本できそうです。




 松村薬局の、
 ななめ向かいのお寺、願全寺。
 その鐘楼の石垣。

 この川原町周辺も、石垣から、
 家の周りの小さな溝まで、
 この石積みが見られる場所。
 小矢部川の色石なのだろうか、
 詳しいかた、教えてください。

 ジュデイオングさんを、
 この通りに案内したとき感激された。

 「なんて清潔で美しい町。
  きっと、文化度が高いのでしょうね」
 
 旅人は、こんな風情に惹かれるようだ。





12月28日(金)必着です

2012年12月21日


       まだ間に合います。
       なんと版画年賀状公募展
       12月28日必着




 ことしは、
 副賞が南砺市の特産
 もりだくさん!
 たとえば、世界遺産米

 おまけに、
 入賞作品や、
 南砺市にちなんだ作品は
 写真で拡大して、
 雪あかり祭りの巨大紙風船に
 転写して打ち上げます!




 2度楽しめる、
 もう全国で有名になった、
 なんとの名物です。

オアシスか、戦場か

2012年12月21日


       ときたま、
       ゴンッとアトリエのガラスに、
       鳥たちがぶつかる。

       メジロの群れ、
       約20羽がひらりひらり。
       小さいくせに敏捷。

       ときおり、
       脳震盪を起こして、
       目を白黒。
       しばらくして、飛び立つのが常。



   
       そばで見ると、
       野鳥だなあという気がする。

       


       柿の熟柿をねらって、
       カラスが騒ぐ。




       黄カラスウリが
       熟すると、
       器用なツグミの出番。

       キジの雄が
       いよいよ出没する。




       雄が
       数羽の雌を従えて。





       スズメは
       めっきり少なくなったような
       気がする。

       エサが少なくなる冬、
       小さな空間で
       鳥たちがせめぎあい、
       棲み分ける。

       人間も、うまく
       棲み分けられないものか。

まさかの事件

2012年12月23日

         まさかの事件
         全国トップニュース。

         身内の凶悪犯罪は、
         身内にとっても
         身を切られる思いだろう。

         富山のイメージ、
         100の努力が
         一発で消し飛ぶ。




 知り合いのもと消防署長。
 火事現場には、
 事件性が隠れていることが
 割と多いので、
 慎重になるのだと漏らしていた。

 都会の事ばかりと思っていたが。
 富山市も中都市だけれど。

 人間の深い闇。
 やりきれない。
 田舎も都市化。


         

小さな町の記憶

2012年12月23日


       日本中の
       立派なアーケード街。
       賑わったかっての繁華街が
       シャッター街に。

       そんな中で、
       町建てが350年まえ。
       住民は200人?

       そんな町の
       みなさんで協働のチカラで、
       小さな本ができた。

       こういうソフト事業は
       助成金額のわりに、
       経済波及効果は大きい。
       地域づくりの、
       費用対効果、文化面でも。
       ただ、
       10年ぐらいのスパンで
       取り組む覚悟が必要であるけれど。




 11年前に、福光新町さんが、
 350年記念のイベントを企画された。
 そのおりに、
 富山写真語・万華鏡116号に
 写真や記録などを特集(完売しました)
 あさがお通りとして、
 たしか総理大臣賞も。


                   2012.12.12.17:30

 日本で数軒という種麹店に、
 「美味しんぼ」も取材に。

 松村謙三、河合良成さん生誕の地
 とうふは今もよく買いに行く。




 協働のまちづくりの支援で、
 町内あげての出版作業。
 なかでも、企画やインタビュー立ち合い、
 そしてロータリー倶楽部で、
 鍛えられたテープ起こし。
 これが、いちばん大変なしごと。

 松村寿さんがいなかったら、
 完成していなかった。

 10数年前から手掛けて完成。
 読んでみて、
 なつかしい方言の数々。
 若い人にもわかるように解説も。
 方言のわずかな時代の変遷がわかり、
 この面でも学術的に貴重。
 一級の歴史資料となっていて、
 長谷川和衛さんの
 細密ペン画もぴったり寄り添う。
 この町で生まれた、民俗研究家。

 もうひとつ。
 登場する人で亡くなった方も多いが、
 話の大半が、戦争時代。
 翻弄された人生。
 時間を経ると、辛かったことが 
 思い出話に昇華しているのかもと、
 松村さんのお話です。
 
 掲載されている人たちのおかげで、
 今日があると実感できる。
 生きた言葉が忠実に再現されて、
 いろんな匂いが伝わってくる。

 生活に役だっている町。
 強くてあたたかい。
 日本の、小さな町!がんばって!!
 




 

恩人とのお別れ

2012年12月24日

       ホワイトクリスマス。

       富山駅北口。
       イルミネーションが、
       大通りを輝かせる。




 いろんな挫折、転身。
 そのたびに、
 お世話になった恩人が増える。

 その一人、
 新聞社の相談役Sさんが亡くなった。
 享年89歳。
 さすがに知る人は少ない。

 もと、砺波支社長も。
 おそらく、
 東山荘の、ことし亡くなったご主人と
 同僚か、後輩か。

 早稲田大学で、学徒動員。
 特攻寸前で終戦に。
 昭和20年、新聞記者へ。
 正力さんから誘われて、政治家の道も、
 あり得たとのこと。

 法名は、釋○聞。○は本名から。
 聞の一字は「新聞」からとのこと。
 波乱の人生とジャーナリスト魂は、
 多くの後輩を育てた。
 テレビ会社の社長と一緒にご焼香。

 この年代は、酒豪があたりまえの世代。
 しかし、
 実に静かにお酒を飲む人だった。
 ご冥福をお祈りします。

「恋の辻占(つじうら)」のこと

2012年12月25日


     
     お正月に、ふるさとへ帰る。
     そのおみやげに
     人気があるのがコレ。
  
     南砺地方に、全国でも数少ない、
     かろうじて残っていた、
     「辻占(つじうら)」
     南砺地方の古い習俗。
     歳暮れから正月の風物詩。

     「恋のつじうら〜♪」と、
     歌いながら振り売りされた。
     もとは江戸の吉原遊郭などで、
     縁起物として全国に広がる。

     東京の乃木坂、
     記念館の入口に銅像がある。
     乃木将軍と、
     金沢のまちの辻占売り少年。



     明治24年の金沢での実話。東京にて撮影

     乃木将軍が少将のころ、
     金沢の街で辻占売りの少年と出会う。
     親が戦争で亡くなり、
     病床の母親のために働いた。
     親孝行の姿に感動。

     乃木将軍が大枚を与えて励ます。
     その少年が、その恩を忘れず、
     後世、金箔の事業で成功。
     映画、浪曲、雑誌などで
     全国に有名になる。
     銅像はあちこちにあるが、
     肝心の辻占は少ない。
     金沢の主計町に記念碑もある。

     福光で山道夫妻が
     その伝統の技で、
     いまも細々と作り続けておられる。

     富山写真語・万華鏡で紹介。
     228号に特集(完売です)。
     取材のその時は、
     もうそろそろ止めようかとも。

     金沢にもあるが、
     福光の方はアルヘイ糖で、
     長崎・オランダ仕込。
     きれいで、おしゃれ。
     中に、占いの紙片。
     これがまた、楽しい。





 去年は、県東部で、
 初釜に、
 まとまった注文もあったそうだ。

 ことしは、
 富山市の美容院から大量注文。
 お正月来店の、
 お客さまへのプレゼントに。

 南砺のスーパーや
 お菓子屋さんに、一袋15個入りで、
 180円前後。安い!

 婚活や、お正月、初釜にぴったりです。
 2人で占いを合わせると、
 ひとつの結論がちゃんと出るから、
 これが不思議。

 たかが駄菓子。
 1コで2度あま〜い♪

 爆笑間違いなし。

 




かなりぜいたくなイヴ

2012年12月25日


       離れをつくるとき、
       輪島の建築設計士さんが、
       雪見のための、
       屋外照明を用意してくれた。
       
       築15年。
       まだ木の香りがする。
       ノルウエーの白パイン集成材。
       かの国では
       築150年以上の住宅が普通。
       林業が基幹産業の
       サンタさんの母国。

       厳格な森林保護政策を守り、
       計画的な植林と育林。
       そのうえで、
       加工製品で、輸出する。
       日本とはずいぶん違う。

       

       ノルウエーの森?ではありません
       


 こだわりワインの専門店で、
 ちょっとだけ上ランクのシャンパンを、と
 ちらっと言ったのがいけなかった。

 長年の自店でのテスティングで
 てらてらに酒やけしたマスターが、
 飛びあがって奨める。
「ギリシャ騒動のEUで、信じられないほどの
 ワインが出てきた。
 コレは昨年の優勝した、2万円でも
 安いのが5000円ですぞ!」
 つい、その勢いで。




 生協へ注文したケーキ。
 くだんのシャンペンは、調子にのって、
 とうとう2人で1本空けてしまった。

 ま、年に一回ぐらいいいか。

 
 ちなみに、つれあいは、
 イタリアのカトリック神父さんの
 親友が多いけれど、
 生粋の浄土真宗のお西さん。
 私はお東さん。




 

コレはなんだ

2012年12月27日


       ホホジロが、
       梅の小枝に。
       拡大してみると、
       イラガの固い繭を
       突いている。
       なるほど。





       うっすらの新雪。
       コレはなんだ。





       除雪機の
       キャタピラの跡?
       ターンした時の
       不思議なアート。





 新閣僚のニュース。
 民主党のときとの違いは、
 ○○派、が付いていること。
 無所属もあるが。
 自民党が帰ってきたという感じ。

 むかし、
 三木、松村派があった。
 ほかの派閥とは違って、
 清廉潔白、利権に無縁というイメージ。

 むかし、戦前、
 地方に無数の新聞があった。
 かなりが、
 ○○政論などと、
 政治結社の機関誌で始まる。
 政見や政策ありきの感じ。

 いま、若い人が、
 政治を論じると、
 ダサいと思われる?

 1960年〜70年代、
 学生たちはもちろんだが、
 10代のバスの車掌さんや、
 紡績の若い娘さん、
 看護師さんたちが、
 歴史政治、日本の未来を、
 仕事のこと、
 じぶんの生き方を議論していた。
 みんな中卒で社会人になって、
 働きながら。
 カップルは自然に生まれた。

 若い人たちが
 つどう場はいつの時代も大切。

 年寄のくりごと。
 



 


驚いたなあ!

2012年12月27日

      不思議な小包が、
      届いた。
      青森から。
      ???

      名前がすぐ浮かんでこない。
      おそるおそる開く。

      出てきたのがコレ




 ほかに、「美味しんぼ」
 第100号、
 日本全県味巡り・青森編。
 
 やったー!

 ブログでいつもコメントをいただく、
 青森のひなちゃんから。

 地元で、古いアルマイトの
 弁当箱を売っている画像拝見。
 サンキョーアルミと、
 包装のデザインが写っていた。
 なんとか入手したかった。

 三協アルミ(現三協立山)の創業は
 1960年。52年前です。
 そのころは鍋や釜、食器類のメーカー。
 アルマイトの弁当箱がヒット。
 たぶん半世紀前の商品です。
 
 私は、そのころ、
 ホクセイアルミの食器の広告を
 担当していました。
 三ツ矢歌子さんを起用して、
 テフロン加工のフライパンのCMも。

 そのあと
 三協さんにもお世話になった。


     このカットは拡大できます。クリックをどうぞ

 書庫の奥に眠っていた、
 昭和42年の元旦の新聞広告(北日本)
 アルミ会社5社連合の正月挨拶です。

 合併など変遷はありますが、
 建材のアルミサッシで、
 富山県は爆発的にアルミ王国になりました。
 高岡だけでも、
 10年間に12倍の出荷額!

 実は、
 この広告のモデルは父母と兄。
 もともと建具職だったのが、
 アルミサッシの代理店になって多忙に。
 家も私の生まれ育った当時のもの。

 撮影は、
 東京から富山へ移住の写真家、
 風間耕司氏です。
 万華鏡の主宰者です。

 黒部の電源開発で、
 高峰譲吉博士らが提唱した、
 電気の缶詰、アルミ産業。
 精製に膨大な電力を食う。

 戦時中は、軽金属ということで、
 飛行機の部品のジュラルミンを製造。
 紡績工場もみな、兵器工場になりました。
 戦後は、それが、
 アルミの食器産地に転換して、
 今日があります。
 銅器産業の基礎があればこそ。

 実は、父はYKKさんの代理店でした。
 写っているのは、
 高岡のアルミではありません。
 今だからこそ(汗)



 ひなちゃん、
 すばらしいクリスマスプレゼント
 ありがとう!


 ※きょうの夕方6:10〜
  NHK「ニュース富山人」の特集に、
  ひょっとしたら、
  福光の辻占が出るかも?

なんと良いブログ

2012年12月29日


      気にすまいと、
      気になる
      ブログのランキング。

      このところ、
      株価のような乱高下。
      うれしいことに、
      カムバックも増えて。

      いちばんうれしいこと。
      トップが、
      スキー場情報に
      躍り出たこと。


      本来の、なんと‐eの
      大切な役割。
      ブログのメニューが
      盛りだくさんなので、
      8年も経ったら、
      もっとスッキリできたらいい。
      日夜ご苦労されている、
      管理者の腕のみせどころ?


      ガマズミの実・クリックしてみてください

 ブログで、発信していると、
 全国のいろんな分野のスペシャリストから
 意外なアクセスがあって、びっくりする。

 いつもコメントをいただく、
 青森のひなちゃん。
 まんが「美味しんぼ」の
 第100号のプレゼントをいただいた。
 (小学館刊)
 サンキョーアルミの弁当箱と。




 日本全県味めぐり・青森編。
 ちなみに富山の単行本は84号。
 ちょうど、1億冊目というから、
 全国のグルメファンに、
 富山や南砺の食文化紹介のバイブルとして
 今も役立っている。
 井波の里芋、報恩講料理、種麹、
 そば料理、干し柿など。

 全国のマスコミ取材者必携資料でもある。

 青森は青い美しい森の国の意味。
 食文化も発酵、保存食、山菜、
 森の恵みが多いので、
 南砺市の環境と食文化は
 共通し、酷似している。

 第5話に、三戸地方特産
 ガマズミのジュースが話題に。
 自然環境で栽培の健康食品として、
 売出し中。

 ゾミ、ジョミとも。「神の実」が語源説。
 狩猟の「またぎ」にとって、
 雪の山中で、疲れたときに頬張り、
 ぷっと種をはきだして元気をつける。
 そして次の獲物を求めて
 また、旅をする。

 ちなみに、
 我が家の庭のガマズミを口にした。
 甘酸っぱくて、クセになる。
 たぶん、野鳥が、
 山から運んでくれたのだろう。

 ひなちゃん、
 ありがとうございました。 

  

柴田りえの南砺食べ歩き

2012年12月29日


     仕事机の脇の
     小型テレビが故障。
     メーカー修理エンジニアが来て、
     基盤取り替え?
     裏を開けてみる。

     プリント基板のアートのような
     見事な美しさ。
     世界トップメーカー(だった)
     技術とデザインの結晶。

     これが、アジア近隣国で、
     数分の一の価格で攻めてくる。
     日本の英知の産物も、
     人間の値段もどんどん安くなる。
     それが善というのでは、
     たまらんなあ。
 
     製造からわずか5年。
     基盤を取り換えると、
     人件費も入れて、
     買うより高くつくのだそうな。
     どうすりゃいいの?
     もったいない。
     
     愛用のコンパクトカメラ。
     以前なら50万円相当の機能で、
     今は4万円で買える。
     グローバル化の裏面かも。


                2012.9.14相倉にて

 チューリップテレビで、
 なんとの食文化、特別番組。

 柴田りえが
 初めての稲刈り体験。
 半年がかりのスペシャル番組。
 みんなで農作業の日in五箇山。




 農家なのに、
 蚕を飼って、米を買う。
 それがこの村で初めて米が作れた。
 どんなにうれしかったことか。

 かっての、
 立野が原の開拓団も
 同じ思いを。

 こんなことも深掘りしてほしいもの。

 映像が丁寧で南砺の景色がいい。 
 レストランや、
 種麹屋さんの雰囲気もよかった。
 南砺市は絵になるところが、
 いかに多いかが実感できる。




 農ガールさんも
 大活躍でした。ごくろうさん。


なんとカレンダー

2012年12月31日
               無題




 なんとカレンダー
 気になって、拝見。
 Blue nightさんがもの申すとブログで。

 一口でいえば、
 デレクター不在だったのと、
 発注者側で議論を深めれば良かった。
 カレンダーは、
 生活の場で使う「道具」であり、
 1年間耐えうる室内装飾品。
 企画はすばらしいが。

 メインの写真は、
 ショッキングないい出来。
 いい選考。
 南砺にこんな風景が見られるとは、
 という意外性。

 全体のデザイン構成は
 工夫の余地はあったかも。
 それをデザイナー任せではうまくいかない。

 大河ドラマも、朝ドラも
 「意外性」が大切。
  
 印刷会社やデザイナーに依頼しても、
 依頼のしかた、チェックの仕方で
 行ってくるほどの差が出やすい。

 もっといいものを、と欲張れば、
 お金をかけてしかるべき人に。
 ただ、市民の生活感覚にフィットするか?
 また、地元に人材が育たない面も。

 数十万人の都市なら簡単なことだけれども、
 5万人規模の自治体のつらいところ。
 しかし、Uターン、Iターンした人材も
 いないわけではない。もったいない。
 活かす努力。

 考えてみれば、
 棟方志功が7年近く暮らしていて、
 生活のなかで、
 南砺に残された仕事は、
 時空を超えて人を感動させる。

 回り道のようだけど、
 南砺市に、
 クリエーテイブ能力の高い、
 若い人を一人でも定住させれば
 一発で解決するだろう。
 半定住でもいい。

 かって、利賀村に
 洋画家の金沢佑光さんが半定住されて、
 利賀のイメージを変えたように。
 
 

作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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