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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

南砺の学校給食はすごい

2012年08月01日


      南砺の子どもたちは
      幸せだ。

      学校給食。
      他所の市とは
      格段の差がある。
 
      



 築2年目という、福野小学校。
 夏休みだから、静かだが、
 これが小学校か、とびっくりした。

 南砺市の、
 小中学校給食調理員60人の
 夏季研修会に、お招きいただく。
 とちのみさんは、
 県内でも数少ない、栄養教師。
 
 外は熱いが、
 冷房の効いた、すばらしいランチルームで、
 みなさん、熱い一日研修会。
 
 まずは、10班に分かれての
 5テーマの調理に挑戦。
 南砺の食材を使用することが条件。




 岩魚のから揚げ赤かぶあん、珍しい。
 試食では絶品の出来。頭から完食した。




 上野さんちのビーフごはんは面白い。
 柿酢あえのりんごも。スタミナ食。




 豚肉と里芋のピリ辛みそ焼き、力がつく
 地元の食材が光る。




 五箇山とうふのカレーあんかけごはん
 洋風里芋だんご汁。
 



 かぼちゃと、黒豆揚げがおいしかった。
 カリカリ、と甘い。




 子どもたちの楽しみ?1は、
 給食の時間。
 参加者のバイキングも楽しみ。
 私もお相伴にあずかる。




 みなさんが腕を振るわれた、
 調理の成果品。完食。
 岩魚が、こんな料理に化けるとは。




 まるで、フレンチ?イタリアン?
 和風レストラン?
 南砺の子どもたちは、幸せだ。
 
 毎日のことだから、みなさん手慣れたもの。
 美味しかった。子どもに帰りたい。

 とちのみさんが
 研修会一切を仕切られていた。感謝。
 なかなか、体験できない機会でした。
 みなさんの地道な努力が、
 熱気が伝わってきます。

 県の地産地消県民会議で、
 県内の学校給食を知事といっしょに
 体験する機会が多い。
 滑川、射水市も体験してきた。
 次の予定も入っている。

 たいていが給食センター食。
 南砺は、それぞれの学校で、
 みなさん、手塩にかけてがんばっています。
 実は、食育もふくめて、
 南砺の財産、ではないでしょうか。

 午後の講演。
 美味しんぼのマンガから、
 南砺の食文化が、
 日本の食の原点であると、
 取材うらばなし。

 ごちそうさまでした。ごくろうさまでした。
 続きは、また。
 






 

ある、まちづくり

2012年08月02日


       暑いさなか、
       お盆前はなにかと
       行事やイベントが熱い。




 北陸3県の観光ボランテイアガイド
 北陸大会in南砺のみなさん。
 美術館研修と、意見交換会に。
 福井、石川で顔見知りのリーダーたちも。
 新幹線対応で、民間の連携はたいせつ。
 ごくろうさま。




 
 今朝の各紙。
 地域づくりの事例。ご参考に。
 
 まちづくり条例で生まれたあるケース。

 在来のりんご農家と
 その10倍の新住民とで
 早朝からの農薬散布や、
 因習的なボスへの反発などが
 かねてから、くすぶっていた。
 条例制定を機会に、プロジェクトを
 立ち上げた。

 自治振興会、公民館、
 小学校、保育園が、
 協議、試行錯誤を重ねて
 地域づくりのテーマを抽出。

 数えてみたら、この小さな地域には
 30もの組織が存在していた。
 それをひとつに。

 協働のまちづくり課と市議も見守る。

 テーマは、
 地域の誇り。子どもの未来への
 夢をはぐくむ。
 あわせて、後継者難の農家への
 エールを送り、ブランドを
 地域ぐるみで作り上げた。

 急なプランで、ゆるキャラの
 予算がない。
 住民あげて、強制でない募金で
 あっというまに、制作費を集める。
 
 子どもは地域の宝。
 農業も地域の柱。
 とにかく、楽しくやろうと、
 わずか1年で、地域がひとつに。




 アドバイザーを頼まれたのに、
 逆にブレーキをかける役。
 今の時代、小さなコミュニテイが、
 まちづくりの基礎単位。

 地域の課題は、地域で解決する。
 行政や、議員は、そっと後押し。
 住民が主役だから、最初から
 情報公開などは問題にならない。

 降ってわいたような話に、
 JAさんが大喜びで、逆に応援も。
 公民館には、
 笑い声が絶えない。

 



日本のブータン?南砺?

2012年08月03日

      南砺の子どもたちへ、
      さらなる、
      美味しい、安全な
      給食を提供するために
      熱心な勉強会。

      地元の食材をふんだんに使った、
      子どもへの「食育」
      その前にプロの「食育」?




 「美味しんぼの南砺」という題で、
 人気漫画の取材ウラ話。


           日本全県味めぐり/小学館

 富山編は、シリーズのなかでも
 完成度が高い。第84巻

 南砺での取材は10年前で、
 14市町村(当時)83品目も料理が登場。
 海辺以外は南砺市で20種。
 原作者の雁屋哲氏は、
 すっかり南砺ファンになった。




 とりわけ、素材のすばらしさ。
 発酵食文化の宝庫と、種麹。
 究極の農民の「報恩講料理」のすごさ。
 平野部のお寺と、五箇山の民間を
 同時に再現、体験取材。

 日本一の干し柿は、
 和菓子のルーツであり、和菓子の味の
 すべての基準となっていること。
 勘違いで三社柿が水島柿の誤植




 日本のブータン「南砺」
 自然につつまれて、
 心ゆたかに暮らす、変化に富んだ、
 源泉は、篤い信仰心。
 歴史の裏打ちがあるくらし。
 多彩なまつりと、伝統の技。
 豊かな食材と伝承料理。
 現代の「日本のブータン」と呼びたい。

 先日、ネイチャーツアー会社の
 社長が、ブータンから帰ってきた。
 5000メートルの山岳地帯を歩いて
 幻のピンクのケシの花を求めて。

 なんとか生きて帰ってきたと
 笑いながら電話があった。
 しかし、経済的な貧しさは信じられないとも。

 富山県も、南砺も、
 世帯収入は東京に次いで全国2位。

 農業県を、水を制御して、
 工業県に変身させた先人のおかげ。
 そのぶん、手間のかかる野菜は
 全国最下位となった。

 経済的な問題では、ブータンが
 現在抱えている、情報化と
 急激な消費社会移行への混乱がはじまる。

 南砺、富山県は、
 世帯の消費支出は全国トップ。
 されど、
 「幸福度」という主観的なモノサシ。
 「心の充足感」と置き換えてみたい。
 そこは、ブータンに負けている。
 グローバルに比較してみることも
 意味がある。

 調理実技研修のみなさん。
 暑い中、一日カンズメの勉強会、
 子どもたちは、うれしい夏休み。
 未来の南砺人のために、
 がんばって!





 



南砺の才能

2012年08月04日


       熱中症にならないように、
       しごとに熱中、
       なんて、
       さぶ〜なるギャグ。




 この一週間。
 大学生の、学芸員実習を受け入れて、
 スタッフと一緒に、諸作業。

 館の次回の企画作業や、
 収蔵資料の分類などという、
 地味なワークショップが続く。




 京都、新潟の大学で学ぶ。
 南砺市に自宅がある。
 
 前日に課題を出して、
 家で、企画案を仕上げてもらう。

 やさしくて怖い先輩の前で
 プレゼンテーションの実務。

 みんな驚いた。ポイントを良くつかんで、
 無駄がない。
 若さを感じる企画提案。
 すぐにでも使えそうなレベル。
 ベテラン達が
 内心、舌をまく。


 美術館、博物館の学芸員は、
 女性にも活躍の場が多いこともあって、
 いま、人気職種。

 現場でみっちり実務研修が、
 義務付けられている。
 都会地では多いが、
 最近、福光美術館を希望する学生が
 増えてきている。
 小さい館のほうが、
 なんでも体験できる。




 新規公募では全国から100人も殺到。
 超せまき門。

 現代にとって必要な
 プレゼンテーションの実務について、
 広告会社時代のノウハウも
 講義で伝授した。

 就活、婚活にもすぐ役立つ、
 ウルトラE難技も大サービス。


 より、クリエーテイブで、
 さわやかな風をふりまく、才能。
 隔世の感がある。きなるい。


 地元南砺で生かせないものかと
 つい思ってしまう。

じょうはな線を守る

2012年08月05日

       オリンピックは佳境。
       アーチェリーの的をみつめる瞳は、
       すずやかだった。
       水泳のメドレーリレー、
       男女サッカーはつい、
       夜更かし、寝不足に。
       昼寝の15分が貴重となる。


       城端線は居眠りには
       向かない座席だが、
       それでも、うとうとする。
       



 眠気覚ましに読む、週刊コミックの
 モー○ングにときおり、掲載。
 「カレチ」という、国鉄時代の
 専務車掌の物語が泣かせる。

 戦後の日本を復興させた、大動脈。
 当時の職員の意気も高かったし、
 男が惚れるような、
 見事な人間関係のある世界だった。

 赤字、労組対策などで、
 民営化への過程で、若者と上司の
 葛藤のドラマで、つい涙。




 城端線、氷見線の国鉄時代。
 シンガーソングライターの
 伊藤敏博氏も、若き車掌だった。

 富山写真語・万華鏡
 247号が出来た。
 
 氷見・城端線

 人気のインタビュー・ページに
 はれあたまさんが、
 伊藤敏博の城端線時代の紹介。




 写真家、風間耕司氏の労作。
 氷見線と城端線のすべての駅を撮影。
 一級の障害者。痛い足を引きずって、
 暑いなかを、県西部を駆け回っての
 労作。
 いま、配本と集金をひとりで。
 好きな富山に住んで50年になる。

 中に1枚、私の写真。
 2006年10月28日、福光駅。
 吉江中学のボランテイア活動。


 


 城端線の始発駅、
 運転手、車掌の交代。
 車両のやりくりで、氷見線の
 藤子不二雄さん原画の
 まんが列車も走る。




 暑いのに、
 みなさん、ごくろうさん。




 JRになっても、
 きりっとした、
 乗務員の使命感はかわらない。
 きょうも、
 みどりの南砺の田園を快走する。











 稲も穂をはらみはじめた。











「村人たち」のまつり

2012年08月06日

       広島原爆忌
       4回目の転職の、
       直接の上司が被爆者。
       富山市へ転勤されていた。
       
       その方のおかげで、
       今日がある。
       不幸な一生だった。
       ひとり黙禱する。




 暑いから、この写真、
 ではありません。

 きょうから、福光美術館の
 市民ギャラリー。

 南砺の写真家5人による、
 
 南砺の自然とくらし展

 池端 滋氏 (平)
 安念 余志子さん(井波)
 池田 義信氏 (福野)
 新谷 俊雄氏 (城端)
 片岸 勉氏 (福光)

 現代女流水墨画展に併せて、
 南砺のまつりや風景などを
 地元写真家の作品で。

 ベテランの写真家に混じって、
 不肖、私の写真も1点、
 特別に混ぜてもらった。

 昨年の、
 道の駅福光、巨大紙風船揚げ。

 富山写真語・万華鏡の
 最近号「道の駅」246号に、
 掲出された写真ですが、
 皆さんに推されて。
 おだてに弱い性格がもろに。

 旧石黒村の
 平均年齢70歳の村人たちが、
 本気になって、遊ぶ姿。
 題して「村人たち」

 新谷さんの「石かち」
 利賀村の山祭りの若者たち。
 身震いするほどの、
 一瞬の表情が、
 切りとられていて、ショック。
 村のイメージが変わる。
 写真のチカラは大きい。


 8月26日(日)まで。
 お盆にどうぞ。 

ふたつの洗濯

2012年08月07日

       空気が乾いて、
       なんだか秋の風。
       洗濯ものの、
       乾燥する速さがうれしい。

       つれあいは、
       まだロンドンで、
       ハンドベルを振っているはず。
       日本から200人も。 



 残していった、
 洗濯ものを取り込み、折り畳む。
 久しぶりのお仕事。

 ん?ピンクの
 かわいいシ○○ツ。
 どちらが前か、後ろかわからない。
 考えてみたら
 考える程のことではないが、
 女は、不便だなあ。


 伸び放題の元気な
 庭の雑草は、
 愛おしいと思う場合ではない。
 1時間も、草刈り機を
 振り回すという肉体労働。
 体中がぐっしょり。
 五箇山で農作業しているくせに、
 庭がボウボウでは、
 お盆に帰ってくる義兄たちに
 顔向けできない。

 洗濯機に放り込んで、
 それでも、
 あっという間に乾く気持のよさ。

 びっしり詰まった玲子ちゃん。
 だいぶん、隙間が出来てきた。
 なすびの、よごし。
 キャベツと解凍した豚肉の炒め物。
 キンキンに冷えたビール。
 外食せずにどこまで保つか。

 会議が済んで、列車に。
 北陸線、ほくほく線、新幹線。
 車窓の景色がいい。

 これも皆、命の洗濯。


 東京のホテルから、入力。
 午前7:45

プロの仕事

2012年08月07日

        なかなか、
        迫力のある入道雲が
        出てくれない。
       
        貧相な、コレ。




 そんなこと言ってたら、
 天に通じたのか、怒ったのか、
 明け方、ざっとお湿り。




 うだる季節は、コレ。
 そばに限る。

 萱笑さんへ久しぶりに。
 プロのそば打ちは、迫力が違う。
 一回に打つ量がはんぱでない。

 ふだんは、素人そば打ちさんの
 仕事ばかり拝見、指導を受ける立場。
 芸術のような洗練された世界。

 なかじま屋さんは、
 會津若松の桐屋さんで1年、
 みっちり修業された。
 そば打ち日本一のお店です。
 今度の大震災の風評被害に泣かれた。
 唐橋さんとは、なが〜いおつきあい。

 萱笑さんは信州戸隠。
 會津スタイルにやや近いが、少し違う。
 リズミカルなソバ切りの
 見事さにしばし見とれる。




 20年くらい前。戸隠で
 世界そばプレサミットがあり、実は、
 私もパネリストで出たが、
 週刊写真誌、フライデーにでっかく…
 何やっとるんだ、と笑われる。

 そばによる、
 地域おこしのアドバイザーとして、
 全国あちこちへ出没。
 會津でプロ集団を前にして、
 講演したことも。
 利賀村民がいかにがんばっているか…

 そのあと、信州大学の氏原先生らと、
 世界そば博覧会in利賀。
 あれからもう20周年を迎える。
 小さな村に、
 13万5千人呼び込んだ。




 南砺で、
 會津と戸隠の直伝の
 プロのそばが味わえるぜいたく。

 私は食べるほうのプロ?
 

 夕方から、東京へ。
 すてきな、かわいい彼女に
 会いに行きます。
 るんるん。♪〜


 



 

 


息抜きのはずが

2012年08月09日

      息抜きのはずの
      東京行きが、
      ちょっとハードに。

      まる2日間で、
      会議3つ、セミナー1つ、
      展覧会2つ、
      打ち合わせ3つ、
      懇親会1つ。

      福光、井波、高岡、
      東京、富山市と、
      目が回る。
      我ながら、
      何やってるのやら。

      でもお堅い本読了。




 義兄の彫刻グループ展。
 東京の高島屋百貨店で。

 国画会の中心メンバーでもある。
 「石空間展」は第7回目。
 チェコのプラハへで3年目の
 甥も出品していて、
 ついこの前まで
 あの、まだ大学生だった若者が
 肩を並べている。

 こっちが歳をとっただけか。


井波・高屋の産業遺産 (追加訂正)

2012年08月10日


 地元の関係者から、資料をいただきましたので、
 訂正加筆します。ありがとうございました。


      32度でも、
      涼しく感じるこのごろ。

      南砺の環境の基本計画。
      審議会が開催。
      そのおりに、
      南砺市内の現地見学。




 ショッキングだったのは、
 廃屋になって40年ぐらいの
 崩壊したままの民家。




 改善されたとはいえ、
 まだ畜舎からの排水汚水が、
 渦巻いている、河川。
 この下流に大勢の市民が暮らす、
 町部がある。




 岩木地区の里山再生事業。
 隣接して、
 イノシシの獣害防止電気柵。
 こんな、民家もあるところに
 出没するようになった。
 
 里山の手入れとも関係する。




 井波・高屋地区の保存会の有志で、
 大変な苦労を重ねながら、
 維持されてきた螺旋水車の館。

 外見は大きいとは言えないが、
 中に案内されて驚いた。
 文化財の宝庫で、よく残されたものと
 地域の想いが伝わってくる。

 なかでも、らせん水車は、
 小水力発電の第一人者、
 瀧本裕士からも高く評価されている。

 60年前に作られ、20年間活躍。
 いま注目をあびる、らせん水車。
 用水から導水すると、
 すごい勢いで回転を始めた。




 ワラ打ちや、脱穀などで村の
 共同作業に大きく貢献した。




 むかし、これで育てられた経験。
 懐かしい「つぶら」まで。
 明治時代の手作りスキーも珍しい。




 海外や首都圏から、
 やってきた来た観光客が
 真に求めているのは、
 南砺の暮らしと文化の
 ホンモノである。

 クリエーテイブ・シテイに
 南砺市が指定されたのであれば、
 地区の有志の皆さんが、
 手づくりで守り育ててきた宝物を
 南砺の宝物に、
 昇格させられないものか。

 若い人たちに
 継承できてこそ、文化。















 





南砺の統合保育園のなまえ

2012年08月11日

       超高齢化
       超少子化

       避けて通れない。
       しかし、
       子どもは地域の宝。
       子育て環境の整備は
       時代の流れ。


                      写真は市外で。   

 50年前、幼児の子守りは、
 兄弟の仕事だった。
 親は仕事に忙しくてかまっておれない。
 教育は祖父母のしごと。
 8人兄弟だったので、それが当たり前。
 保育園の経験はない。

 子育て環境は時代とともに変わる。
 まして、働く母親にとって、
 支援のしかたも変わる。

 南砺市の保育園統合は時代の要請。
 福野ひまわり保育園、
 支援センターあっぷるに続いて、

 福光南部保育園、井波保育園の
 支援センターも含めた名称選考作業が続く。

 ネーミングはむずかしい。
 数十年は地域の顔になる。

 選考のガイドラインとして、
 ?子どもや保護者に親しみやすい。
 ?所在地のイメージ
 ?南砺市らしいネーミング。
 などが準備され、公募された。

 決めるのは、えてして男性、年配者。
 それを、あえて、
 「子ども目線」で、ということで
 お母さん、保育士さんの意見を
 最優先させて議論がすすむ。
 地域の自治振興会などが、
 それを後押しする。
 
 南砺市の市章。
 マスコットマーク・なんとくん。
 みな、小学生の発想とアイデア。

 南砺市ならではの、
 まちづくりの文化でもある。
 他市ではあまり聞かない。

 

花娘と逢う。

2012年08月11日


      昨年春に、
      カザフスタンへ。

      通訳やってくれた、
      マルジャンさん。
      マルちゃんと呼んでいる、
      ファンが日本に多い。

      通訳の仕事で
      日本へ。
      いそいそと東京へ。




 実は、この花娘さんに、
 お願いしていたこと。

 カザフスタンで発行の
 岩絵の専門書を探してほしいと
 メールで依頼していた。

 日本人で数人しか見ていない、
 世界遺産の岩絵。
 
 チューリップもさることながら、
 アジアに残された
 岩に描かれた5000点の
 すばらしいアートが気になる。

 大草原、丘陵の一角だけに存在。


                    2011年4月

 ここまで、こだわると、
 どうしょうもない。

 やおら、彼女が
 持ち出したのが、
 カザフスタンのシルクロードの
 豪華本である。
 嬉しいプレゼントである。


        マンモスと擬人化した太陽が世界的に有名。
        かっては森林地帯だった。


 お返しに、
 万華鏡のチューリップ特集号を
 どんと、プレゼント。

 このロシア語の本と
 写真を見て、来年の4月に
 何人かが、カザフスタン行を
 はやくも希望した。
 4月中旬。チューリップの
 花園へ行きませんか。


                私の撮影です。

 原種の花園は
 この世のものとも思えない。
 向こうでは雑草扱い。


中央がアンナ博士、右は妹で植物学者オルガさん


 まるちゃんと、
 世界一のチューリップ博士が
 案内してくれます。




 自然のなかに咲く花、
 そして
 人間の美しい営みや歴史を
 愛する人たちに
 友人として外れた人はいない。




 

がんばった南砺平高校

2012年08月13日


       がんばった、
       南砺平高校郷土芸能の
       みなさん。

       受賞常連だけに、
       地元で最高賞という期待は、
       みんなにあったが。
       
       全国紙の富山県版の
       女性記者の記事は
       青春の舞台にかけた
       南砺の誇りにあたたかい。

       駅にあふれる、高校生たち。
       オリンピックのかげに、
       ハイテイーンの
       祭典が終わった。

    



 つれあいが、リバプール、ロンドンから
 風邪をおみやげに帰ってきた。
 食事は今度は二人分つくる。
 老老介護のレッスンである。

 ロンドンの閉会式。
 音楽、ステージ、照明と映像の
 オンパレードである。

 規模と、次元は違うが、
 30年前の置県100年式典、博覧会、
 学びピア、とやま緑化際、
 国民文化祭のプロデユースを。

 企画段階では熱くなる。
 本番では、みんなが熱くなる。
 そんなとき、
 ひとり現場で醒めていなければならない。
 うまくいって、当り前。
 何が起きるかわからないからだ。
 
 オリンピックの開会式、
 閉会式は、さすが、というだけでなく、
 やられた!うまい!決まった!と
 楽しむだけでなく、
 はらはら、ドキドキしてしまう。
 因果な商売だった。

 利賀村在住の
 吉田亜輝男氏は、長野オリンピックの
 開会式や広報で、
 大変な苦労された方。


 北京オリンピックや、
 北朝鮮の国家的セレモニーが、
 一糸乱れぬ統制された、
 巨大なマスゲーム。
 人間の顔が見えなくて
 不気味だった。


 それと比較するだけでも、
 救いである。

砺波市長候補

2012年08月13日
      
          となりの花が
          ちょっと、気になる。



    
 砺波市市長選挙の
 候補者選び。

 Hさんは、市政改革に熱意のある方。
 なにかとお世話になった。




 Nさん。
 現場をあちこち。そして県庁の中枢に
 抜擢された方。
 
 好奇心旺盛で、異業種交流会で
 幹事もしていただいた。
 たぶん、現射水市長の縁者。
 センスがいい。
 温和な人柄は、
 上田現市長に近いイメージ。




 どちらも、
 砺波市に必要な候補。





 いつも問題になるのが、
 「行政経験」
 これがくせもの。

 3000人もの県庁職員。
 人材の宝庫、は30代まで横並び。
 あとは差が出る。
 どんな組織でもおなじ。

 県庁の担当分野は広く、
 ほんとに種々雑多。
 そして圏域全部に目配り。
 誰も助けてくれない職場。
 自分で何とかしなければならない。
 競争も激しいから、切磋琢磨。
 結果、鍛えられる。




 自分の立場をフルに、
 部下や外に対してはキツイ。
 上にもうまくアピール。
 このタイプがいちばん困る。

 調整型。人あたりがよく、
 敵ができない。とんとんと偉くなる。
 上品で学者タイプ。
 県教委などにも多い。

 また良くも、悪くも
 処世術にたけた人。
 典型的な官僚タイプ。
 バランス感覚抜群で、如才ない。
 頭もいい。
 ただ、面白くない。

 魅力のあるタイプ。
 バランス感覚は当然として、
 ことの本質を見抜く眼力。
 部下にやる気を出させる、やさしさ。
 生い立ちや、挫折をバネに、
 アイデンテティーを確立している人。
 決断力があって、
 自分の夢を抱いている。

 残念な事に、
 あまり偉くならない。
 
 少ないけれど、
 大きな組織には、そういう人が
 育つ土壌がある。
 






おぼんです

2012年08月15日



        雨の晴れ間に
        庭の草刈り。

        空蝉。うつせみ。
        大伴家持も
        紫式部も、
        テーマにしている。
        意味もいろいろ。

     



        こちらは、
        せっせと、山椒の葉を
        くらって、終齢。
        よく見るとかわいい。
        ナミアゲハ。




        お盆です。
        まじめに、おしごと。
        来年の企画会議。

        夕方には、
        お里の墓参りで、
        ご先祖さまにごあいさつ。

        いつには、
        盆と正月いっしょの、
        けたたましい生活。


        きょうぐらいは、
        まじめに。
        




 

棟方志功が泣いている

2012年08月16日


       お墓参りの途中、
       見事な虹。
 
       子どもは、虹が大好き。
       自然のなかの
       かがやくような、にじの色。
       アニメとは違う。
       ホンモノ。




 棟方志功は南砺市で、
 子どもたちの絵の指導に
 まめに、出向いた。

 一枚一枚。なめるように。
 いなかの子どもの発想の方がいいとも。
 そのエキスをいただいて
 世界の板画家に。

 中でも旧山田村小学校の
 若き教師、片山佐太郎先生が熱心。
 無名の棟方志功の作品展に
 初めて出品謝礼を払って、
 志功を感激させ、終生のおつきあい。

 絵も、音楽も、小説も
 思想を表現する著作物である。
 子どものお絵描きも
 巨匠の作品も、まったく同じ。

 私の失意の20代のころ、
 小さいけれどピリッと光る、
 看板屋さんの社長に拾われて3年。
 現場仕事をしていた。

 看板は、出来たときは実に鮮やか。
 しだいに年月とともに風雪にさらされ、
 汚れ、朽ちていき、無惨に。
 風情といえば、それも景観。


 人や自然、芸術は
 もともと商品化にはなじまない。
 町づくりのテーマには、配慮がいる。

 いまも、駅前や町なか、小川のほとりに、
 レプリカが風雨に晒されたまま。

 棟方志功の著作権を管理されている方。
 「困ったもんですなあ。
  まちづくりの機運に水をさすと
  恨まれるご時世だしねえ」
 そんな電話をいただいた。
 地域の活性化というお題目が得てして、
 正義であると、独り歩きしやすい。

 北陸新幹線の開業で、
 南砺の町や五箇山の景観が魅力に。
 木彫りの町並み保存や、
 曳山の似合う景観づくりへの長年の努力。
 美意識の高さに敬意を払いたい。
 
 しかし、個人的な感想であるが、
 巨匠の作品を、安っぽい
 看板ブランドにしてしまうと、
 はたして、町の品格、
 風格と言えるだろうか。

 お墓参りではないけれど、
 棟方志功も、地下で泣いておられよう。



   ごめんねムナカタさん2007.10.12

 南砺の子どもたちの「思想」を
 つまり「思い」「想い」を大切にした
 棟方さんの気持ちを
 町づくりに生かしてほしいものだ。
  
 

城端線と小矢部川

2012年08月17日

      小矢部川の
      旧福光町地域では、
      やたらと橋が多い。
      20本近いはず。
      
      めでた花火の舞台。




 黒部川、片貝川、早月川、白岩川
 常願寺川、神通川と、
 県東部の大河川は日本一の急流で、
 暴れ川が代名詞。

 ところが、小矢部川は
 唯一、船便が利用できる、おだやかな川。
 今でいえば、空港や、
 新幹線のようなものであろう。
 南砺の大動脈であった。




 120年前(明治15年)に、
 はるか上流の刀利谷から、欅の巨木
(長さ14メートル、回り3メートル)を、
 村民、近隣の信徒たちが
 京都、東本願寺の再建のため
 献木した際、山の尾根まで運び上げ、
 さらに小矢部川へ落し、
 河口の伏木まで流送された。
 そこから日本海、瀬戸内海を通り、
 京都東本願寺まで送った。
 現在、御影堂のいちばん大切な場所に立つ。
 (福光町史・加藤享子執筆)

 富山写真語・万華鏡の
 247号「氷見・城端線」を
 編集していて、
 初めて、氷見線・城端線が連結されて、
 ことしがちょうど100周年、と
 いうことがわかった。

 記念すべき年、なのに
 セレモニーひとつないのは寂しい。
 
 北陸新幹線開業で、
 城端・氷見線の存在が大きく浮上する。
 掛け声だけでなく、
 もっと、わずか100年前のことも
 振り返るべきと痛感した。




 北陸本線よりも早く、
 城端線が作られたときに出資したのは
 多くは福光などの地元だった。
 新幹線の地元負担云々どころではない。
 100%民間出資!

 伏木は天然の良港。
 北前船で賑わい、高岡は商都になる。
 大金をふところに、
 大船頭達は、ひそかに小矢部上流へ。
 川上の郷と称されるところが、
 彼らのばくち場であった。
 鄙にまれな、観音町の花街には、
 その前史がある。

 古来、南砺の発展を支えてきた、
 小矢部川の役割は明治になって、
 城端線開通へ、そして伏木へ結びたい、
 というのが悲願であったろう。 

 昭和の大合併で、困ったこと。
 それは、小矢部川を挟んでの
 村どうしの対立、であった。
 合併で、一体感醸成のために、
 交流の密度を高めるために多くの橋が
 生まれることになった。
       −歴史はくり返す−




 そのひとつ高宮橋から。
 夕立の風景をスナップしてみた。

 子どものころ、木造で完成したとき、
 三夫婦による渡り初めと、
 餅まきを覚えている。
 現在の「たかんみゃばし」は
 その後の橋梁である。




 福野に、日本一の
 橋梁メーカーがあることは、もっと
 PRしてもいいのではと、
 駅のホームで本数の少ない列車を
 待ちながらいつも思う。


 
 
 


 

志の輔師匠の裏方さんたち

2012年08月18日


       ご縁あって、
       富山市中央通りの
       てるてる亭へ。
       初体験。つれあいと。
       先日、
       劇場を見せてもらった。




 志の輔のこころみ。
 演目は、その日の直前に決める。




 日本で、いちばんチケットが
 取りにくい落語家というのが東京の評価。
 落語協会を脱退した師の談志。

 真打になった弟子の志の輔、
 席亭、つまり寄席にも締め出され、
 自分で落語の舞台を探す。

 落語は、江戸文化の粋。
 芸能界と無縁のとやま。
 まして、漁師町出身者に、
 まずチャンスはあり得ない。




 芸能生活30周年のお祝いが先日。
 そして、昨日のてるてる亭。

 師匠の無名の頃の大変さを
 いつもまじかで見てきたが、
 志の輔も偉いが、
 それを支えた富山の人たちである。




 富山のマネジメントは、
 民放の元アナウンサーの女性。
 仕事を作って支えたのは、
 そのライバル社の若きデレクターたち。
 そして、東京のNHKデレクター。

 垣根をこえたマスコミの現場の人たち。
 お互い、モノづくりの苦労がわかる。

 スポンサーも、
 砺波の酒蔵のおやじ。
 いまは銀行。30年間変わらず。




 無名のころ、
 35市町村(当時)を、全部まわりたい。
 それで、県民会館に、
 県内35市町村の観光、広報担当の
 若い職員に集まってもらった。
 一民間芸能人が呼びかけて。みな驚く。

 タイトルを、
 「志の輔来歩35」というネーミングを
 提案して、実現できた。
 無名の落語家が歩いて、ライブの
 出前をやります、という洒落。

 寄席のロビーには、そのとき以来の
 市町村の特産品が並ぶ。
 
 とやまの人は、
 芸能人にとって、いちばん評判が悪い。
 客席の反応がいちばん悪いのは有名。
 だから、とやまで受けたら、
 全国でヒット、バカ受け間違いなし。
 何人もの芸能人から聞いた。

 30年かけて、
 日本一笑う県民に、志の輔は耕した。
 それを支えたジャーナリストたち。
 久しぶりに、みなさんにも再会。
 師匠も、この人たちを
 とても大事にしているのはいい光景。

 地域を変えるのは、
 がんばる人の志の高さと、
 それを応援する、無欲の人たちの存在。
 単年度の、それも
 補助金頼みでは、地域の文化は
 根付かないというお手本。

 みんな元気をいただいた。







笛椅子ぶっく

2012年08月19日


       夏らしい、
       入道雲が湧いてくる。

       夏野さんが、
       砺波市長候補に、
       降って湧いたというのは、
       失礼かも。

       県庁のもと地方課。
       現市町村課で、
       県内自治体のお世話を。
       砺波や南砺を含めて、
       その
       ポジショニングに熟知。

      



 ひなが、椅子に座って
 パソコン画面とにらめっこ。
 ブログを通して笛を吹く。
 それで笛椅子ブックというわけでないが、
 フェイスブック。

 必要から、登録してみたものの、
 まだ、入力もままならぬ。
 超アナログ人間には、難物。

 ちょっと気になるのは、
 その人の人脈が透けて見えること。
 セキュリテイはいろいろあるが。

 デザインや編集、
 プロデューサーの仕事は、
 人物探し、に尽きる。
 何かを大事に抱いている人を見つけること。

 人間、誰しも
 闇の世界を秘めている。
 宇宙の暗黒物質みたいなもの。

 ヒッグス粒子のように、なんでも
 貫くものでも、わからない。
 スーパーカミオカンデのような
 超高感度の検知器で、わずかな燐光を
 見つけることが必要になる。

 芸術家の創作活動と作品の秘密も、
 その交遊関係から、
 ひもとくことも多い。

 テレビなどで著名人が書斎の
 本棚でインタビューを受けている時も、
 その背表紙が気になる。

 どんな人と付き合っているかで、
 その人の心の闇も見えてくる。
 プライバシー、とはちょっと違うが。

 人が抱いている暗黒物質を
 プラス思考で検知し、
 大きなエネルギーを生み出すという、
 そんな仕事を続けてきたことになる。

 考え過ぎであるが、
 フェイスブックなどのSNSが
 すさまじい勢いで、地球規模で進展。
 便利であるけれど、
 ちょっと、気になるこのごろ。


ミレー、見られる

2012年08月20日

        自然の造形。
        パロが、甘えている。




 とやまに、 
 ミレーの小さな美術館が
 9月1日に誕生する。

 いろんな経緯があって、
 全国に誇れるギャラリーに。
 しっとりと、名画を楽しむ空間になる。

 目玉は、
 晩鐘、種蒔く人、羊飼いなど
 教科書でおなじみの名画に
 匹敵する大作であり、
 バルビゾン派の著名な作家が
 網羅されている、
 密度の濃い内容になるだろう。

 県立近代美術館は20世紀美術の
 流れがテーマであるが、
 ミレーとバルビゾン派は、
 印象派の誕生する原点でもある。

 初代小川館長は、
 日本人が好きな印象派を
 あえて除外した。

 新幹線の開業を機に、
 富山市内の見どころを整備するのに、
 いろんな思惑や、動きが加速する。




 過疎。
 限界を超えてしまっている。
 よその成功事例に
 学んでいる余裕はないのでは。

 こんど、上平で、
 みんなで赤カブの種をまく。
 「ミレーの種蒔く人」ではないけれど、
 まかぬ種は生えぬ。
 全国から、楽しみながら、
 汗を流す。学ぶ。
 ことしは16組に増えた。

 同じ南砺市民どうし、
 できることはいっぱいあるし、
 智慧を出し、
 汗を流すのもいいのでは。 
 





        

松村謙三さんと新潟の大地主

2012年08月21日

       ちょっと、
       お盆をやり過ごして
       東京から3家族。
       
       東京の義兄の、
       そのまた義兄家族も
       とやまがお気に入りで、
       第二のふるさとになった。

       3日目は、
       新潟の博物館へ。
       米山さんから、雲が出た♪
       



 かねてから、招待されていた
 新潟市の北方文化博物館。
 越後屈指の大地主の館で、1370町歩、
 屋敷は8年がかりで、8800坪、65室。
 私室を入れると80室。

 




 富山市の豪農の家、内山邸。
 (現、県民会館別館)
 その5倍くらいの、気の遠くなるような館。




 ご当主、7代目伊藤文吉氏。
 博物館館長でもあり、
 北信越博物館協会を作った人。
 新潟でのシンポジュウムで
 意気投合して、
 数年前から家族ぐるみのおつきあい。
 あいにく、お出かけ。
 
 昨年は、立山の雪の大谷へご案内。

 お父さんが、大正9年に渡米、名門の
 ペンシルバニア大学へ。5年間。

 ご本人も、
 世界数十カ国を渡り歩かれた。




 目のくらむような美術品。
 いづれ、借用を。
 貴重な、古い時代の朱鷺のはく製。
 天皇皇后さまに、お目にかけた。




 終戦。GHQの機先を制して、
 松村謙三さんは、農地改革案を出す。
 戦勝国に一歩も譲らない。
 意気込んできた進駐軍は、目を白黒。

 みずから、地主の立場で。
 全国の地主、小作の関係は無くなる。
 世界史でも奇跡的とされる、
 無血の革命的な土地解放を主導する。

 6代、7代の伊藤家も例外ではない。
 屋敷もGHQの強引な指示で、
 アパート群に接収されることが決まっていた。

 日本に民主主義を徹底させ、
 アメリカ化をもくろんでいた。
 日本的なるものを抹殺させたかった。

 そこへ24歳の青年将校の
 ライト中尉が来た。
 なんと、偶然にもペンシルバニア大学の
 後輩であった。
 しかし、数年間は隠していた。
 通訳に引っ張られるのを恐れた。
 ライト中尉は、
 しだいに日本文化のとりこになる。

 流ちょうな語学力と、
 お互いに日本の生活文化を、
 後世に残すための意見が一致した。
 戦前からの博物館構想の夢を語る。
 かくして、保存が決まり、
 田畑はゼロに。屋敷は法人に。
 広大な山林は残った。
 戦後の日本の博物館認可の第一号になる。

 松村謙三さんの、占領軍アメリカへの
 したたかな交渉。
 伊藤文吉氏の、見識と
 情熱が、世の中を動かした。



    前庭に建つライト中尉への
    感謝の碑。亡くなるなで交遊が続く。


 昨今の、島嶼の領有権をめぐる、
 歴代政権の外交センスの欠如と
 ふがいなさを、
 この二人の地主のドラマから
 痛感する。
 圧倒的な力の差があった時代に…

 蛇足:
 昭和20年、県知事より権限を持つ
 占領軍富山部隊長の
 メダリア大尉が、まっさきに
 疎開中の棟方志功を遠路尋ねている。
 周囲の眼が変わった。







3つ子の魂100までも

2012年08月21日

       子どもは、
       3歳までに、しっかり
       親孝行してしまうという。

       実家の新顔の
       子猫も
       これまた憎めない。
        



 東京から
 三組のファミリー。

 中に、すっかり富山ファンに
 なってしまった縁者家族も。

 身重の若いお母さんが
 子どもが2人になったら、
 ちょっと来れないからと、
 ぜひにとやってきた。
 東京生まれ、東京育ち。




 ちょうど3歳になった、
 外の外の孫、ハジメくん
 寿司屋さんで
 卵焼きでごきげん。

 3歳児ひとりに、
 おじいちゃん、おばあちゃんが8人も。
 すっかり、引っ掻き回される。

 少子、高齢社会とは、
 こういうことか。




 まったく、ぐずらず。
 ニコニコ愛想がいい。

 仕事部屋のアトリエへのこのこ。

 「ヒゲのおじちゃん。
  (おじいちゃんでないのが
   彼の気くばり)

  おへや、かたづけたらいいよ」

 全員爆笑。

 一本取られて、シャッポを脱ぐ。
 らいねん、
 ちゃんと、見にくるからね。
 バイバイ」

 3ッ児といえども、あなどれない。

 幕末に日本を訪れた
 外国人がびっくりしたこと。
 町も村も清潔。
 リサイクルの徹底。
 子どもを宝物にしていること。

 終戦後のこと。
 上平、旧越中桂の分校に、
 夫婦で赴任の寺崎先生が、
 数戸しかない集落の
 子ども中心に暮らしている話が
 記録集に残る。

 報恩講料理の感動。
 子どもたちが二泊三日の修学旅行へ。
 その間、村は
 死んだようだったという。

 長い教職生活だったが、
 あの桂分校の
 わずかな時間が、
 実に鮮烈な体験だったとも。

 呉羽のご自宅で
 その話をされたとき、
 奥さまともども
 涙ぐまれた。

 峠を越えた隣の
 飛騨加須良は離村。

 それにショックを受けて
 越中桂も廃村。
 境川ダムに沈む。

 いまも、
 桂湖には、全国の
 わかものたちの歓声がひびく。
 




火事!

2012年08月23日


       いきなりの雷雨
       おしめりかと、ほっとして、
       駅へ向かったら、
       入道雲。
       まだ、ゴロゴロ。




       落雷で火事だ!
       町の人たちが飛び出す。
       そのうちサイレン。

       BlueNightさんの
       生々しい、ブログの写真。

       予期せぬ災害
       お見舞い申し上げます。




 地震、カミナリ、火事。
 やはり怖い。
 おやじは、梅ちゃん先生の
 ドラマにだけ登場する、
 天然記念物。


 もうひとつ怖いもの。











 駅前で見かけた
 こわいもの。

 わが人生、
 何度狂わせられたことか。
 
 気を付けなくては♪






三本松の物語り

2012年08月24日

     つれあいの、
     父親の命日は昭和20年、
     8月17日。
     終戦の2日後に
     ソ連軍侵攻で現地召集。
     戦死。

     母親は、2人の息子と、
     生まれたばかりの
     乳飲み子(現つれあい)の
     3人を連れて、
     乞食をしながら、2年がかりで
     朝鮮半島を南下、帰国。





 母子寮、実家、大火で貸家、
 そして夫の実家の空き地で暮らす。
 山で掘ってきた、
 松の苗を3本、庭に植える。

 60年。
 大木になったが、2本は赤松。
 茶の間から、夕陽に紅く映える。
 旧満州の大陸の夕陽もかくや。    




 ことし、4月3日。日本列島を
 大暴風雨に。
 井波は、ことさら大変だった。
 屋敷林の巨木が家屋を直撃も。
 数百万円かかった方も。

 我が家も、
 この松の太枝が折れた。




 ようやく、造園屋さんに。
 プロの仕事は手際がいい。
 でもこの猛暑のなか、
 汗だらけになりながら、ご苦労さま。




 3兄弟が、
 すこやかに育つようにとの願いをこめた、
 この三本松は、
 村のどこからでも見える。

 義母は、
 保育園に勤めながら
 3人を大学へ。
 いろんな歴史のあかし。
 貴重なシンボルツリーです。















何人ものミスター新幹線

2012年08月24日


       北陸新幹線が、
       すぐそば。

       40年間に、
       何人もの
       「ミスター新幹線」
       さんがいる。


                   富山駅舎工事

 昭和39年10月、
 東海道新幹線が開通した。
 その翌年、
 砺波商工会議所会頭の
 岩川毅さんが、いちはやく
 北回り新幹線を提唱して、国を動かした。
 すごい速さと、着眼点。
 
 当時の試算で7000億円あれば、
 東京から大阪まで、
 フル規格、国の100%
 出資で開通した。


 2代目は、
 北陸経済連合会会長の原谷さん。
 北電会長で、石川県人だったことから、
 石川県に強かった。

 3代目。
 中沖豊さん。富山県知事。
 東京から大阪までの10の
 都府県の幹事県がずっと富山県。



           

 富山写真語・万華鏡226号
 「新幹線は、いま」
 取材に、リタイアの中沖さんを訪ねる。
 2年前のこと。

 やあ、久しぶりと握手。

 「金沢から先が、
  つながってこそ新幹線なのだが」
 と、ひとこと、ぽつり。

 先般、金沢での
 首長も出席の大きな会議で、
 敦賀、大阪伸延をめぐり、
 フリーゲージか、フル規格か、で、
 森元首相が大暴れ。
 関係者が対応に翻弄される。

 とかく、国家的プロジェクトは
 政治に翻弄されやすい。
 3人のミスターの執念が形になるまで、
 なんと40年もかかった。
 その間、高速自動車道が整備される。

 「鉄道」か、「自動車」か。
 国の基軸路線をどちらを主とするのか、
 並行のまま、ずるずるときた。

 並行在来線も。
 よく見えてこない。
 今より、
 不便にならないでほしい。



テレビ異変が起きている

2012年08月26日

       日本一の暴れ川
       常願寺川。





 富山市市民45万人が、
 この水系を飲料水にして暮らしている。
 市民は、その水瓶「有峰」の
 恩恵はまったく自覚していない。
 街の開発に熱中していて…




 河口近くの西の番霊園に、
 鳶山大崩れの際の、地すべり。
 その土石流の大転石がある。
 大災害は東日本だけではない。

 民放テレビの世界で
 大地すべりが起きている。


 かって、水戸黄門。
 KNBで放送。BBT開局で
 富山テレビで放送。
 チューリップテレビができると、
 こんどはこちらから。

 民放の5つのチャンネルの内、
 とやまは3つだけ系列局があり、
 他の人気番組を買う。
 なんでも鑑定団も。

 テレビ朝日は、
 ケーブルテレビで見られるが。
 しかし、40年以上、
 視聴率が最低の系列でもあった。

 テレビ界で三冠という業界用語がある。
 全日、ゴールデン、プライム、と
 それぞれの視聴率が、スポンサーを
 集める、CM料金、などに連動するので、
 局も広告会社も最重要テーマ。

 その万年最下位系列が
 この半年、トップを独走している。
 株価も跳ね上がった。

 3.11
 報道各社は現地で、踏み込んだ
 取材と報道ができなかった。
 それを反省したテレビ会社の社長が、
 東電ほか、利害関係社の
 株を売ってしまった。

 本来のジャーナリストの仕事をやれ。
 社長の姿勢で、現場が勇躍。
 突っ込んだ報道番組が生まれる。
 報道番組が見る見るうちに変わる。
 関東地区で視聴率が上がり始めた。

 フィギュアスケートも好評。
 バラエテイ番組も大胆に模様替え。
 ドラマは、ちと弱いが、
 「相棒」などは、民放で
 タブーの2階建て放映。
 つまり、連続で放送。これが好調。
 
 我が家でも、見たい時間に、
 見られるからと、生活の一部に。
 「また殺しかい」とからかうと、
 猛烈に反発。
 脚本、俳優がいいんだからと。
 
 広告主への配慮がない、
 NHKはその点、気が楽。


 民放でも、やればできるという例。
 テレビ業界が変わりつつある。
 

五箇山を耕す

2012年08月27日

      五箇山にも
      早くも秋の気配。
      こんな
      猛暑のなかで。

      相倉の棚田は、
      2週間後に稲刈り予定。

      そばが満開




 みんなで農作業の日in五箇山
 上平地区で、
 五箇山かぶらの種まき。
 16組、100人が参加です。
 初回から参加というグループもあり、
 ほとんどが県内。




 目の前が岐阜県という県境
 楮集落の皆さんがいっしょに。





 とにかく暑い。
 五箇山だからといっても暑い。
 ご苦労さまでした。




 午後から、相倉で
 明るい社会づくり運動の
 研修会講演。

 北陸新幹線の対応についての課題。
 五箇山の原風景について語る。

 時間に余裕があって、 
 合掌の家、勇助の池端さんへ。
 2階が、写真家・池端滋氏の
 歴史、現代記録写真の展示室に。




 写真歴50年。
 貴重なものばかり。
 そして、住んでいないと撮れない、
 すばらしい合掌の里の
 日本の原風景。

 2階の窓から、
 村の風景が見渡せる。
 若い女性が、1時間も
 身じろぎもせずに眺めていた姿が
 印象的だった。




 カルチャーのラテン語の語源は
 「耕す」ということらしい。

 生活があっての世界文化遺産。
 耕してこそ、守られる。





 幻の五箇山かぶら
 伝承の赤カブの種さしあげます。
 量に限りがありますが。

 楮地区の東田区長さんのご厚意で、
 五箇山産の原種、いただきました。
 平地でも、まずまず、収穫できます。
 山間地なら理想。

 2か月半で、収穫。
 ナマでかじると甘〜い。
 葉っぱもサラダ感覚で柔らかい。
 早漬けは最高。

 五箇山の香りがします。
 初雪のあとが、特に甘みを増す。

 234567を踏んだ方、
 ニアミスのかた、
 ご希望の方におすそわけします。
 今が蒔き時。


















1200人が南砺市の話題を

2012年08月28日

       うだる暑さ、
       いつまで続くのか…




 富山県民会館に
 1200人の大集会。
 「元気とやま」むらづくり推進大会。
 年に一度の研修会のようなもの。
 NPOグリーンツーリズムと共催。




 山辺県議会議長のあいさつ。
 都市農山漁村の連携をうたう、条例を
 議員提案で全国唯一、策定。
 グリーン議員連盟のかなめでもある。




 研修の、メイン講師は
 韓国ハーブナラ農園のオーナー
 李(イー)さん。
 昨年、南砺市のみなさんと訪問。
 お世話になった。
 控室で再会、歓談。

 そばの花咲く里づくりイベントは、
 年間40万人も集まる。
 手本は南砺市利賀村のそばまつり。
 まるで、1時間、
 南砺市のPRのような講演。
 大きな拍手が会場から沸き起こる。

 優良活動の表彰(県知事賞)で、
 太美集落、雪峰倶楽部が
 晴れの表彰。赤カブ普及活動も評価された。
 おめでとうございます。

 日韓や日中のナショナリズムの緊張。
 お世話のスタッフも緊張。
 韓国、中国、そして日本も、
 政権末期のとき、国内の不満を、
 隣国との緊張感をあおることで、
 目を反らさせるのが常。
 冷静に対処しなければ。
 
 民間の、顔の見える交流を
 地道に継続することも
 将来にとって大切なこと。




 ロビーでは、特産品の
 展示販売。
 城端ポークを試食。うまい!
 ベーコンは逸品ですぐ求めた。
 夜の、東京からの義兄と
 これで焼酎水割りで乾杯、
 ぴったりの味。



 
 






 

お医者さんにほめられた

2012年08月28日

       あさ。4:54
       きょうも、うだるのか。





       モノを考えるとき、
       中国では三上という。

       馬上、枕上、
       そして厠の上。
       (枕上は妖しげな解釈も)

       さしずめ現代は、
       城端線、明け方の枕の上、
       そしてウオシュレット。
       そのひとつ、
       トイレは第二の書斎。
       生まれつき、
       便所が長いことから。



 
 本棚に加えて、
 世界や国内各地の旅行記念の
 郷土玩具も、書斎のしつらえ。





 このなかに、とんでもない
 2体の郷土人形が混じっていた。
 高さがわずか5センチ。
 越中福光人形と呼ばれ、
 77年前に、創作されたことが
 偶然わかった。
 
 富山写真語・万華鏡248号に、
 辻沢 功さんに詳しく解説を、
 お願いした。

 いつ入手したか覚えていない。



 お医者さんにほめられた

 ずいぶん昔、
 虫歯の治療でかぶせた金属が外れた。
 さっそく、歯医者さんへ。

 昔は歯科通いが趣味ねと
 総務の女性にからかわれた。
 いまの先生に変えてから、
 ピタッと、収まる。

 ついでに、丁寧に検診。
 審判くだる。
 「よくケアされていますね。
  まったく問題ない」

 10年前の、がん。
 名医が、きわめて早期で発見されて、
 執刀で手術。
 事なきを得た。

 いまも3カ月ごとに検診。
 血液検査。がんの再発の兆候は
 検出不可能。
 ついでに、各項目をチェック。
 検尿、血圧。正常。

 「あなたの歳では奇跡です」

 周囲は、みな、何かとイエローカード。
 レッドカードも何人か。
 申しわけない気分。

 主治医はにこやかに、
 師曰く。

 「城端線のおかげです♪」    

 クルマを運転しない。
 歩くしかない。
 城端線に乗る。

 汽車時刻の正確さは、世界一のJR。
 
 出勤も、帰宅も、三度の食事も
 5分とは違わない。
 会社勤めの時とは正反対。
 超規則正しい毎日。




 ありがとう城端線。
 

 


中国、韓国は儒学の国だったはず

2012年08月30日

        秋の七草、葛。
        近寄ってみると、肉食系美女。
  
        繁殖力の強さ。
        アメリカの荒れ地に導入したら、         
        森を侵略し、問題に。

        最高級のくず粉が採れた。
        今は、イノシシの好物。
        



        美術館の庭に、
        楚々と咲く万葉の花、
        萩が彩る。
        そばで見れば、なかなかの
        品のある日本美人。





 日本の、繊細な感性は、
 中国に学び、朝鮮半島を経由して
 この島国で花開いた。

 松村謙三さんは、
 山本宗平先生から学んだ、
 漢籍の素養が、国政を動かした。

 若き日の少年、山崎兵蔵先生も、師は同じ。
 刀利の聖人と謳われる。

 孔子の教えなどの儒学の基礎があり、
 中国の要人や、
 進駐軍のアメリカを叱りつけた。

 その、中国の建国の父、
 毛沢東が国内で権力巻き返しのために、
 文化大革命という、
 史上最悪の運動をまきおこして、
 仏教や儒学を潰した。
 結果、中国4000年の文化も。
 信仰心も礼節もどこかに吹っ飛ぶ。
 カネ、金、かね。

 韓国も、似たような事情。
 経済活動がすべて。
 儒教の国と自慢していたのに。

 疑問を抱いてたちあがったのが、
 ハーブナラ園の李さんでした。
 農業が地域づくりの基礎だと。
 南砺市で学んで。

 さて、日本は?
 残念ながら、隣国をたしなめるような
 松村さんがいない。

 大阪の橋下市長。
 ひとつだけ気に入らない。

 3.11の直後に選挙。
 東日本の被災者にたいするメッセージは
 ゼロだった。今も。
 人間の心の痛みを感じない人。

 外部ブレーンが異常に多い。
 部下の能力を引き出さず、
 外の肩書きのある権威者を乱用する。
 たいがいの自治体の末期症状。

 東京が疲弊しているのをチャンスとして、
 受けのいいパフォーマンが続く。
 関東大震災のときの大阪と同じ。

 脱原発、再稼働支持、
 世論調査の結果を見て、おそらく、
 また変節することだろう。
 鉋屑(かんなくず)のようにペラペラと。

 かっては、小泉チルドレン。
 小沢チルドレン。
 国会を小学校の校庭みたいにした。
 こんどは、チルドレン以下の
 ○○ベビーが大量発生しそう。
 保育所か。
 いや、保育所の方がはるかに健全。

 中国、韓国に物申すどころではない。



 オオマツヨイグサ
 アメリカ原産の外来種が、
 こんな山中まで侵略。
 宵待草とも。
 太宰治や竹久夢二でも有名。 
 




新幹線とツーリズム

2012年08月30日

 
        北陸新幹線と
        とやまのツーリズムについて、
        セミナーを開催した。

        地元旅行社、
        観光関係。
        グリーンツーリズム関係者
        観光、農政担当の
        自治体職員。
        直接汗を流している人に限定。

        外部講師も評論家もいない
        珍しいセミナー。





 予想の倍の参加者で、
 急遽、広い会場を手配することに。
 皆さんの、なんとなく感じている、
 日ごろのモヤモヤの気持ちが
 伝わってくる。

 県内各地での事例活動報告。
 お互いが講師になって。
 ホットな現場の情報の共有が目的。

 分科会も6つに。
 コーデイネーターには20代の女性が
 4人も務めた。これも異例。
 雰囲気が大きく変わってきた。

 体を張って実践しているだけに、
 説得力がある。頼もしい。




 各分野の現場からの報告。
 とやまの観光のテーマの最新の
 傾向や、対応について
 生々しい意見交換に。
 それだけに、素直に耳を傾けられる。
 南砺市からも多く参加。

 たとえば、
 団体が激減、個人とグループ。
 個室に泊まる。
 都会ではできない農と食文化の
 体験と交流など。

 南砺に限れば、新規の観光客は
 泊まるのはたいがい金沢になりかねない。
 金沢をキャンセルしてもらって、
 南砺に泊まってもらうのにいつも苦労。

 このままでは、首都圏からの観光客の
 大半が、65歳以上の女性たち。
 情報過多の専業主婦グループ。
 注文はやたらと、うるさい。

 それでも、いい客筋も存在する。
 そして、南砺市の事例で、
 若い人や学生の参加も話題になる。

 金沢にも東京にもない。
 そして地元も気づいていない資源。
 
 たとえば、
 南砺の赤カブ、真冬の
 収穫ツアーのようなのが感動を呼んだ。


      左が在来種です

 ついでに、終了後に、
 たまたま持っていた、
 五箇山在来種の、
 小分けした赤カブのタネ。
 20人くらいの希望者が殺到、
 あっという間に無くなった。


 セミナーのあとも、
 皆さん、すぐ解散しない。
 日ごろ出会わない顔ぶれどうしなのと、
 具体的な情報交換が求められていると
 痛感した。
 次回は、もっとテーマを
 絞ってすすめたい。
 
 久しぶりのおしめり。
 





 

作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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