nanto-e.com archive

なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

南砺の大恩人でした。宇賀田達雄さん

2012年06月01日


       宇賀田達雄さん
       南砺へ見えられたのは、
       わずか1〜2回か。

       しかし、
       南砺市の大恩人です。
       90歳で亡くなりました。




       喪主、頼子さん。(志功のお孫さん)
       


   (次女小泉ちよゑさん提供、長女けようさんは
    まだ高校生、昭和21年正月)


 東京大空襲から、命からがら、
 南砺へたどり着いた、
 棟方一家を待っていたのは、

 偏見、差別、いじめ、耐乏生活。
 信仰上での幻滅と挫折。
 有名になったらなったで、
 トラブルが続き、
 無視した町の文化人たちも。
 遺族にとっては、複雑な想いの地でした。


 民藝運動の広告塔に重宝がられ、
 それでも、脱民藝で、
 世界をめざした時期が、南砺疎開時代。

 そんな行き違いが、
 棟方一家のトラウマとなって、
 絶縁状態が50年続きました。

 それを誠意でつないだのが、
 Nさん、Mさん、Eさん、Iさんらでした。

 また、親交を深めたのは、
 旧町周辺の南砺の作家、芸術家たちでした。

 現在は、おかげで
 遺族とはとても良好な関係です。
 それも、故宇賀田さんの尽力です。

 優秀な朝日新聞記者、編集者でしたから、
 冷静に、そして情熱をこめて、
 棟方の人生と作品を正確に記録し、
 大著にまとめた方が
 棟方志功の長女、けようさんの
 ご主人・宇賀田達雄さんでした。
「祈りの人 棟方志功」
 1999年 筑摩書房刊 ¥8000、703ページ。
 今では、ちょっと入手できません。

 けようさんは、若くして亡くなりました。




 この本をバイブルにして、
 南砺で棟方志功さんに何が起きたのか、
 なぜ世界のムナカタになったのか、
 それを支えた南砺のこころある人々。
 それらが詳細にわかりました。




 棟方夫妻は長男の受験のため、
 3人で東京へ。
 土居さんの家族にこの家を譲られ、
 残った3人の子どもが半年、
 この住居で、土居家の
 子どもたちと共同生活されました。
 高校生のけようさんが、
 棟方家の母親代わりでした。

 2〜3年持てばいいという
 仮設住宅は、土居家が50年守りました。
 町→市へ譲渡され、移転。
 いま、人気スポットです。

 元図書館長で、
 生涯を棟方志功一家にささげられた、
 石崎俊彦さんの遺品と資料を
 この1年間、スタッフで整理、
 研究してきて、
 当時の世相や、
 人間棟方志功の生き方が
 少しずつ浮上してきました。
 風化させてはいけない財産です。



 

アヤメ・菖蒲のふるさと

2012年06月03日

       チューリップのふるさとは、
       カザフスタンの東南部、
       アルマトイの近辺です。
       天山北路。
       中央アジアの花です。




 ところで、日本人が大好きな、
 花菖蒲のさかり。
 いづれが、アヤメか、カキツバタ。

 アイリスの仲間も、
 原産地は、チューリップと
 まったく同じなのです。

 中国の西域、トルファンや
 タリム盆地の天山山脈沿いに流れる川が、
 カザフスタンに入ると、
 イリ川に名を変えます。



            (中央がアンナさん)

 イリ川に咲く花、ということで、
 イリス。英語読みでアイリス。
 現地のアンナ博士が教えてくれました。




 菖蒲のルーツはカザフスタンです。
 至るとことに、
 いろんなアイリスの仲間が
 そこたらじゅうに自生していて、
 いつも踏みつけてしまいます。
 道端、谷間の雑草みたい。

 日本までは、中国を経て
 3000?の旅でした。






 きれいな紫だけでなく、
 ちゃんと黄色もあります。




 アンナさんは、この
 世界の植物や花の宝庫を研究するため
 ウクライナの大学卒業後、
 この地を志願して、生活されている、
 世界的な植物学者です。

 ソビエト連邦時代。そして
 ロシア語圏のため欧米では
 知られていませんでした。

 昨年春に、念願の富山へ、
 そして南砺市へ招待していましたが、
 チェリノブイリがふるさと。
 航空チケット購入寸前に、
 3.11
 向こうから見ると、
 日本列島がすっぽり汚染のニュース。
 カザフスタンの七分の一の
 ちっぽけな島国ですから。
 そんなイメージでした。
 家族が反対して実現できませんでした。

 南砺の彼岸桜、カタクリ、雪椿、
 フクジュソウの自生地を見せたかった。

 昨年、ご主人と息子さんを
 相次いで、亡くされ、傷心の1年。
 心配していました。

 チューリップの万華鏡を送って、
 とても喜ばれました。
 日本語通訳のマルジャンさんが
 メールで伝えてきました。
 ようやく、元気に。
 花が結んだ絆です。












作農さんの個展

2012年06月04日

       美術館の
       市民ギャラリーでは
       昨年から、
       マンスリーアートを
       発足させました。

       会場使用料は無料。
       1階ロビーなので入館料無料。
       広報PRを館でお手伝い。
       南砺市民に、
       ぜひ、紹介したい作品と
       グループを選んで、
       年数回開催しています。




 版画家・作農啓一さんの個展。

 カルチャーの語源は、
 ラテン語で「耕す」ということ。
 作る。農業。お名前から、ズバリの人。

 富山県が全国に誇る、
 版造形展という、子どもたちの
 版画表現運動を長年お世話されてきた。
 会場には数千人の入場者があって、
 驚いた記憶がある。

 作農さんの作品は、やさしい。
 特殊な版画制作技法にも挑戦されていて、
 これが版画なのかと、びっくりした。




 昨年、ご両親、
 最愛の娘さんを亡くされたが、
 意を決しての、前進。




 期間中の土・日の午後は、
 館の研修室で、
 子どもたちの版画教室。
 作農センセイの本領発揮である。

 アートで遊ぼう、という
 南砺市の親子鑑賞教室、代表として、
 南砺の大事なリーダーである。

 ちなみに、棟方志功のような
 派手さはないが、
 画歴を見ると14か国の国際展で
 受賞されている。

 版画で人を感動させるのは至難。
 作農さんには、それがある。






東京では

2012年06月05日

       まんが・美味しんぼの
       原作者、雁屋 哲氏は
       南砺市のファン。

       取材で、
       同じ会社の同期だったことが、
       わかって、意気投合。
       現在は、
       オーストラリア住まい。

       会社を飛び出して、
       まんが家として大成するまで、
       苦難の道だった。
       中途退職のとき、
       尊敬する上司がアドバイス。

       国内で電車に乗るとき、
       どんなに貧乏していても、
       奮発してグリーン車に乗れ。
       自分が、
       卑屈にならないためだ。
       
       そこも、お互い同感。

       首都圏フリー切符なら、
       わずか4000円足すだけで、
       新幹線も含めて往復グリーン。 
  
       打ち合わせで人と逢う時は、
       ホテルのロビーで。
       ムリしているわけではない。
       若い時、失業中に舐めた、
       あのころを忘れないために。
       小さなことだけど。




 六本木の新国立美術館。
 裏通りで、ハマヒルガオの花。
 エルミタージュ展と、
 セザンヌ展をハシゴする。




 ロシア皇帝のコレクションは
 がっかりだった。
 嫌いだったセザンヌは、
 意に反して、目からウロコだった。
 でも、
 大東京の片隅に咲く雑草も
 捨てがたい。




 チェコや、ドイツなら当たり前の
 街の建築物の復元。
 日本では珍しく、東京駅が昔の姿に。
 3階建が戦災で2階建てへ。
 それが、創建当時の3階建のデザインに
 こだわって復元する。
 もうじき、完成するはず。
 ガラス箱のビル群に囲まれて、異彩。

 2か月に1度は東京へ。
 東京の魅力は何か。
 いやなものは何か。

 立つ位置と、
 視点を変えると、
 自分のふるさとが、
 より鮮明に見えるから。



96歳の挑戦

2012年06月06日


       なぜか、わからないが
       夕焼けが美しかった。

       あしたが、いいお天気の
       印であることが多いが、
       台風が、
       東海側を通過するときも
       鮮やかな夕焼けになる。

       災害の兆しの場合も。




       高岡市中田の善興寺、
       前住職の飛鳥さん。
       96歳で、お元気。

       棟方志功が富山を離れるとき、
       最後の仕事をされたお寺。
       二河白道の大作を残された。
       飛鳥さんのお母さんは、
       歌人だったが、
       棟方さんは、自分の母親の
       面影を見て慕っておられた。




 門信徒会会報「可問」を編集され、
 いつも、送ってこられる。

 病苦をおして、東北へ何度も、
 ボランテイアされる若院。

 高岡、砺波、南砺ゆかりの、
 東北の門信徒とお寺を訪問。
 門信徒はみな富山県人とのこと。

 原発事故で、半径20キロの
 警戒区域が多い。

 お寺自身も、数時間帰ることが
 許される状態。

 避難先がバラバラで、
 お葬式が行えないことも。

 納骨もできない。
 墓地へ入れないのだ。

 若い人ほど、遠方へ避難。
 ために、どの家族もばらばらに暮らす。
 シニアは土地から離れない。

 どの家族にも、
 ほとんど、だれか、
 原発社員、関連企業社員がいる。

 200年前に、
 南砺などから開墾された先人。
 原発を運転して、
 東京へ電気を送ってきた。

 いろんな犠牲で、
 今日の政治や経済が支えられてきた
 歴史がある。

 仏法は、生きとし生けるものが
 お互いに命を脅かしたり、
 犠牲が無いようにと願われた教え。


 教団化した仏教が、その
 教えを歪めてきたのではないか。
 そしていま、何ができるのか、
 など、自問された文章が
 などがつづられています。


 



東電のニュース

2012年06月07日


       東電OL殺人事件。
       サリン事件の逃亡者。
       おぞましい大都市の
       暗闇が報じられる毎日。
       朝っぱらから。

       再審。釈放。冤罪?

       ネパールの人たちに、
       心を寄せる一人として、
       一連の報道は、複雑な気持ち。

       かの国の人たちへの
       名誉のために。

       被告は、獄中でマスターした、   
       きれいな日本語を書いている。
       日本人でもあれだけ書けない。

       ネパール人は
       語学の天才かも。
       25年前に、利賀村の
       友好調査団といっしょに、
       ツクチェ村へ行ったとき、
       小学5年生の女の子が、
       ネパール語、英語、
       チベット語、タカリー部族語
       母親が日本人なので
       日本人よりきれいな、
       日本語を読み書きできた。
       なんと5か国語!
       利賀村一行は、
       その子に通訳してもらって、
       道中、助けられた。

       その妹は、
       初めて会ったときは4歳。
       いまは、ハーバード大学
       建築科のはず。

       政変で混乱中。
       アジア最貧国のひとつ。
       しかし、ブータンと同じく、
       心やさしい、誇り高い人たち。




       キイチゴの花。
       紫いろの実がなるのは
       意外と早い。




       野生種に近い、
       一重のバラのつぼみ。
       夕陽にかがやく。



 悪魔の辞典
 A・ビアス著(1911年)

 超一流会社の
 不祥事や、事件、事故
 経営批判がつづく。

 そこで、悪魔の辞典をひもとく。

 【会社】(Corporation)

 個人的責任を負わずに
 個人的利益を、
 獲得できるようにするための
 巧妙な仕掛け

 100年前の
 アメリカの植字工見習いだった、
 著者が出版。
 参った!

 



 


わが百華園 (追加)

2012年06月07日
      我が家の
      百華園です。

      朝のひかりが、
      開いたばかりの花を
      ひきたてます。

      マクロレンズの
      うれしい世界です。



 このバラも、
 原種は、カザフスタンに。
 それが、
 ギリシャの古代神殿に、
 レリーフとなって
 残っているそうです。



          (現地の野ばら)
 

 日本の、
 普通の野ばらと
 同じに見えましたが。




 裏庭に回ったら、
 スイカズラが花盛り。
 吸うと、あまい。
 香りもあまい。

 映画レイルウエイズの
 劇的シーン。
 孫の肌のできものを
 治したいと、おばあちゃんが、
 冬の山の薬草を採取しようとして、
 遭難するシーン。

 実は、忍冬という名前で、
 茹でて貼りつける和漢薬。
 冬も常緑の葉。
 それで忍冬。




 じゃじゃ〜ん
 バナナにあらず。あけび。
 手で授粉してやったら、ボラボラに。
 他株授粉なので厄介。
 アップで撮っているので、
 まだ2センチくらいの可愛さ。



 ことしは、
 チューリップ全滅。
 アヤメは盛大に。
 アケビも、庭の別の場所の株からの
 花粉の相性が良かったのか。
 秋が楽しみ。

 昨日の同行取材で、
 5人兄弟の
 家族のアルバムを見てびっくり。

 考えてみたら、
 私は8人兄弟だった。

 うわてがいた。
 棟方志功は
 15人兄弟だった!
 たわわな、
 アケビの実の
 房を見て思い出す。


 

 




32歳の少年

2012年06月09日


         新しい、
         JRたかおか。
         東京にもない、
         おしゃれで、
         便利な橋上駅舎。

         乗換えの時など、
         2階の広い通路途中に
         トイレがある。
         これが実に、重宝。




 城端線の行く手に
 南砺の紹介、照明入り看板。

 いつも、
 「おはよう!」

 城端白漆蒔絵を伝承する、
 16代目のわかもの。
 32歳にして、『少年』

 きょうもイケメンくんは
 元気だ。

 

うぶ毛の妖しい魅力

2012年06月10日
    
        何かの拍子に、
        若い女の子の、
        えりあしが、
        光って見えると、
        どきりとする。

        本人は気が付かない。
        そんなものだ。




        子どもの時から、
        オニユリの、
        勢いよく伸びる、
        茎が気になっていた。


        燃えるような、
        花も好きだけれど、
        産毛に包まれた、
        たくましい茎が光る。
        おそらく、
        虫避けの役目なのだろう






        そう思って、
        庭を見渡すと、
        伸び盛りのかぼちゃが
        つぼみをつけた。
        これも、産毛?剛毛?
        虫から可憐な、
        つぼみを守る。






        かぼちゃの蔓が、
        つながる絆を求めて、
        首をもたげる。


        年頃の娘を持った
        経験がないので、
        親の心理は、
        あまり、
        よくわからないが、

        虫はついてほしくない。
        かといって、
        だれも寄ってこなくては
        これまた困る。





        庭で、つまらぬ連想。




         おまけです。
         けさ撮れのクマンバチ。
         お主も、やっぱり、
         きれいな花に
         夢中?





    



お化け屋敷

2012年06月10日


       町内から、
       「お化け屋敷」と
       呼ばれた、わが家。
       写真で見ると、
       ステキでしょ。

       ほんとに写真は
       ウソつきです。
       
       右側の煙突のある建物が
       このブログを
       打ち込み中の
       隠居ハウスです。
       周辺は住宅街です。
       晩秋の嵐で、
       枯葉が飛び散って苦労します。   




 玄関から、家まで敷地内に、
 引き込み線用の電柱が2本も
 建っています。
 工事にあわてました。お金がかかると。
 いえ、北電さんが、
 逆に使用料を払うのだそうで、
 へえ〜
 電気を送るのに、こんな
 経費が掛かっているんだと認識を
 あらたに。

 お化け屋敷は、真竹など3種の竹林。
 すごい勢いで、タケノコが出ます。
 毎日が、格闘です。






 いやはや、半端でない。
 つれあいが、敵を討つようにして、
 茹でて、あちこちに配る。
 孟宗よりも美味です。




 それにしても、重労働。(本人にしては)
 殺気立っているし、
 刃物を持っているので、 
 そばへ寄れない。





 ヘリオスで、
 日本現代版画150人展。
 提携されてきた、多摩美大の
 コレクションが展示。




 昨年まで、日本美術家連盟理事長で、
 福光版画大賞展の審査員だった、
 吹田文明さんの作品に再会。
 小林敬生さんの、
 緻密な木口木版の大作も。
 福光版画大賞も受けられた。

 日本の版画教育のさきがけ。
 ただ、木版がわずか。

 いつも棟方さんの白黒で、
 力強く端正な木版画を見ているので、
 版画、と言われても
 ちょっと、頭が切り替わらない。

 ほとんどがエッチングやリトグラフ。
 版画にはちがいないのだけれど。
 時代なのかも。

 24日(日)までです。






講演の依頼

2012年06月12日

       ご町内の
       飼い猫が3匹、
       荒れた庭を巡回する。
       野生に戻るようだ。




 最近、やや増えたのは
 講演の依頼。

 「あの話、聞かせたいもんで…」
 根が、おだてにからっきし弱い。
 すぐ、ホイホイ。

 あとが地獄。
 1時間のお話に、その10倍の
 調べものなど、悶々。
 講演直前まで脂汗。

 「それではどうぞ」とあかるく司会者。
 にこやかに登壇とあいなる。

 柳宗悦など、権威を背負って
 上から目線の話しかたは苦手です。

 それでも、つたない話に、
 耳をかたむけて、
 睨みつけるように聞いていただく、
 人生の先輩たち。

 うんうんと、うなづきながら、
 目を輝かせるおばあちゃん。
 つい、力が入る。

 おたがい、あの時代を
 生きてきた共感が伝わるうれしさ。

 私の場合、一緒に考えましょう、
 という、スタンスが多い。
 それしかできないし。




 最近多いテーマは、
 マスコミで報道されない話。

 北陸新幹線。
 最初に笑うのはだれか。
 最後に笑うのはだれか。
 この地域はどうなっていく?

 首都圏に棲む3600万人を
 どう、ぎゃふんと言わせるか…
 などなど。

 城端線は、氷見線と結婚?
 相性は?




 もう一つのテーマは、
 ふるさとの文学。

 もっとも文学に
 縁遠い者が、
 とやまの文学を
 語ることは場違い。
 まったく素養を持ち合わせていない。
 ところが、県の文学館オープンの
 関係からか、私のほうにまで
 機会がまわってくる。

 棟方志功
 岩倉政治

 この2人の、南砺の巨人。
 文学を通じての、
 意外な、相関関係が見えてきた。

 文学通に面白がられる。
 こちらは、
 お釈迦さまに説法するようなもの。
 冷や汗をかく。




 ま、足元に潜む、
 何かを見つける機会と、ばかりに
 徘徊することになる。
 吾輩は、まるで猫である。
 






 


昭和の富山県、日本一若かった!

2012年06月12日

         ゆうべ、
         富山市の県立高校で
         会合。
         夜間部があります。

         雄峰高校という、
         定時制、通信制、
         専攻科という
         働きながらまなぶ
         高校の同窓会の統合の相談。
         75年の歴史がある。



    富山写真語・万華鏡209号「昭和のかたち」

 旧呉羽紡績井波工場。
 その後、東洋紡井波工場に。

 富山県は、20年前から、全国よりも
 高齢化率が10年も速い県として
 総合計画策定のとき、
 深刻な課題になった。

 信じられないでしょうが、
 富山県は、戦前戦後、いちばん
 若者の多い県でした。
 ほんの、40年くらい前まで。

 それは紡績工場の立地です。
 呉羽から、入善、大沢野、大門
 砺波、井波と。

 東北、北海道、九州、四国、
 石川の輪島などから
 南砺市へ10代の若い
 乙女たちがやってきました。

 そのため、
 南砺分校までつくられました。

 働きながら、高校卒業資格や
 保育士の免許が取れる。
 その魅力もあって。

 富山の現在の豊かさは、
 全国からやってきた、
 若い力が築き、
 それを支えた教師たちがいました。
 企業も、支援してきました。

 それだけではありません。
 旧井波町、庄川町などに
 莫大な固定資産税が
 転がり込んできました。

 それを支えた県立高校。
 歴史とともに、変転はありますが、
 東北などから、
 南砺へやってきた10代の
 女性たちのおかげで、
 今日があります。

 南相馬など、東北が
 東京の犠牲になったのではなく、
 南砺を豊かにしてくれた恩人です。

 大学さえ、義務教育化、しようという
 昨今では、考えられない。

 私も、通信教育で
 高校卒業の資格を得たひとりですが、
 五箇山など、南砺地方は、
 高等教育の谷間にありました。
 でも、ハンデイを背負っても、
 学ぶ努力は、人一倍でした。

 75年後の日本の、
 とやまの、
 南砺の若い人たちの学んだ
 足跡も顕彰していきたいもの。
 そんな、
 お世話をしています。

 



熱送りは、南砺の祭り

2012年06月14日


       温暖化のせいか近年は、
       梅雨が明けるのが遅い。
       土用の三番がことしは
       7月21日(土)ねつ送り神事の日。
       恒例のねつ送り七夕祭りイベント。
       関係者は日程で悩む。




 13日に、井波で
 東となみロータリー例会の
 卓話にゲストで招かれた。
 


     
 新しく、バナーが完成。
 デザインは彫刻家の横山豊介さん。
 福野の夜高の朱。
 井波の木彫の茶。
 庄川の清流の青。
 抽象と具象のミックスの妙。



     (中央公論社 昭和16年刊)

 卓話のテーマは、南砺の文学。
 作家の岩倉政治のこと。
 旧高瀬村出身、戦後城端に疎開。
 棟方志功に多大な影響を与えた人。




 インターネットで奇跡的に入手できた。
 この稀覯本に収録の、
 村長日記と、稲熱病にはモデルがいる。
 旧山見村や井口村など。
 
 稲熱病は、岩倉政治の処女作。
 むくつけき大男が書いても処女作とは…
 この年の芥川賞最有力候補に。
 以来、この作家は
 96歳で亡くなるまで南砺の
 農民の暮らしを書きつづけてこられた。

 高志の国文学館にとって最も重要な作家。
 困ったことに、
 全資料が、富山市立図書館に寄贈。
 数年かけて整理し岩倉文庫となる。




 「いもち病」に、
 村じゅうが死ぬ思いで、格闘する姿。
 いま、改めて読んでも、どきどきする。

 蔓延するネツに、
 土用の三番に終ったはずの太鼓を、
 神社から引っ張り出して、
 狂ったように田んぼのあぜを
 打ち鳴らす村人たちが活写されている。

 ねつ送り太鼓は重要なテーマ。
 南砺地方全域で、この民俗行事があり、
 全国でも、ここだけ。

 三方が山に囲まれ、海が遠い南砺。
 稲熱病の被害が特に多かった。

 全国的には、虫送りがほとんど。

 旧福光町と荒木町が
 ねつ送り七夕まつりイベントにして
 57年目を迎える。
 そのおかげで、今日まで残った。

 本来の農民の、
 切なる願いが伝承された、
 南砺のねつ送りも、活かせないものか。
 北陸新幹線開業時、
 ここだけという民俗行事は、
 日本の無形文化財として
 大切な資源のひとつとなる。









困ります。松村謙三さん。

2012年06月14日

       あれッ
       梅雨に入ったというのに、
       もう夏空?




       散居村は、
       四季おりおりに、
       絵になる風景を
       楽しませてくれる。

       城端線の
       女子高生たちよ、
       スマートフォンに夢中になると、
       そのうち、
       おっぱいが垂れるそうです。
       (育児ママさん)
       垂れるほど、でもないか。
       垂れるのは稲穂。 

       外の景色も
       背筋を伸ばして見てみたら。


   


 けさの新聞。
 南極観測の功績、松村謙三氏

 北村康一九州大学名誉教授が
 最初の井戸を掘った人、恩人の
 松村謙三の遺徳を取材に。

 日中国交回復の
 立役者、ばかり強調されてきた。
 農地改革の
 最大の功労者でもある。

 地元に、
 地道な研究者がいなくて、
 いつも苦労する。
 最初の伝記は、若き日の遠藤和子さん、
 富山市在住だし、
 その他の研究者もほとんど県外。

 松村謙三さんは、
 決して利権に近づかない人だった。

 たいていの政治家は、
 選挙の時など、
 「あの橋はオレがつくった。
  この道はオレがつけた。」
 これが、ふつう。

 松村謙三さんは、
 そういう足跡を注意深く消す。
 これが、後世の研究に困るのです。

 たとえば、県西部最大の
 芸者町だった、
 福光が地盤でありながら、
 当時の政権与党の
 幹部でありながら売春禁止法を
 成立させた!

 国に働きかけた人は
 富山の女性運動家の大窪マスミさん。
 同じく、支えたのは
 松井寿美子女医。
 棟方志功の最大の支援者のひとり。

 法案が通って、
 みなさん、松村先生へお礼に。
 かくて、南砺の名物だった、
 花街の灯は消えて、
 女性差別も消えた。

 マンダラ画家、故前田常作さんも
 パリへ留学できたのも、
 松村先生の見識があったから実現。

 そんな話が山ほどあっても、
 ご本人が一切、自慢されないし、
 記録にも残されないので、
 遠方から取材に来られても、困る。

 富山市や、朝日町、
 射水市の県議の方々でも、
 顔を合わせるたびに、
 いつも、松村先生の記録を
 所望される。
 富山県の小学生たちの
 副読本にしたい。

 自分の政治活動の手本にしたい、
 などと。
 資料が乏しくて、ほんとに困る。

 
 のです。けんそうはん
 

 

協働のむらづくり?

2012年06月16日

        原発再稼働
        消費税アップ
        けだるい。

        臓器移植成功。
        新しい命。
        最後の凶悪犯逮捕。 
        無実の罪から解放。

        明暗わけた日でした。




 100人近い、80歳の元気な顔。
 つべつべの肌。
 山の民は風雪に鍛えられたいい顔。
 爆笑、ため息、爆笑。

 この「刀利」村は地上には無い。
 だが、村民はいる。
 50年前の、写真を見て興奮。




 1年がかりで、南砺の片隅の、
 50年前に湖底に沈んだ村を、
 現代に蘇らせよう、という話。

 刀利谷の聖人、山崎先生の
 目にしたであろう風景がテーマ。

 話の断片を聞いていてショック。
 太美山小・中学校の
 分校が、山奥の刀利分校。

 ところが、さらに小矢部川の最上流、
 県境の大門山のふもとに、
 中の河内、下小屋という集落が
 数軒づつあり、小学校の分校があった。
 つまり分校の、また分校。

 中学生になると、冬は通学がムリ。
 刀利分校に合宿。
 その少年たちと、
 一緒にご飯を炊き、
 近所へ貰い風呂して55年間村民を育てた、
 山崎兵蔵さん。

 もう、みんな大家族でした。
 実に強い絆でした。

 いまの、これからの、
 地域づくりと学び。
 全国の少年たちへのメッセージにしたい。
 日本人のこころに伝えたい。
 南砺から。
 本当にあった話というのは強い。




 福光温泉で、
 谷口先生が、旧村民に
 じっくり、若かりしころの
 話を取材。

 
 若い人たちが、
 なかまうちの議論だけでなく、
 身近な人生の先輩の話に、
 謙虚に耳をかたむけていたら、
 もっと素晴らしい
 まちづくりになる。
 


 ※「刀利 未来」で検索してください。

 棟方展、今日が最終日です。
 4:30までに入館、5:00閉館。
 かっぱまつりのついでにどうぞ。
 二度と見られない、ムナカタさんです。


 

 






        

平均年齢80歳で

2012年06月16日
       夕陽。たそがれ直前。
       人生も、
       そのころ、
       輝きが増すものだ。

       義兄の現代彫刻が、
       どっしりと、
       存在感。



 全国で、前例のない
 ふしぎなプロジェクトが
 南砺市ですすめられている。




 昨年の夏休み。
 東京から、谷口典子さん一家が
 美術館へ。
 亡夫の里へ墓参をかねて。

 ご主人との共著、
 「ダムに沈んだ村・刀利」を
 出版された。
 南砺市が第二のふるさと。




 ダムに沈んで50年。
 離村、離散のもと住民が、
 ことしの2月に金沢湯涌温泉で
 交流会を企画。
 40人も来るかなあ。

 ところが、100人を超過。
 朗読ボランテイアや、自治振興会など
 会場に入りきれないひとたち




 平均年齢80歳ちかい。
 3年計画で、
 南砺の魅力を全国発信しよう。
 地域の元気を見せよう。
 山村を抱えた自治振興会がリード。

 2年目の活動がはじまった。




 同じく、50年前に亡くなった、
 明治34年5月1日
 代用教員で赴任した山崎兵蔵先生。
 まだ、15歳の少年だった。

 55年間、地域の発展と教育に
 身をささげた刀利の「聖人」

 その教え子は、親子3代にわたる。
 その恩師を、自分たちで、
 絵本にまとめて、
 全国へ発信しよう。
 南砺を輝かせよう。
 壮大な、夢を、きょう語り合う。




 応援に駆け付けた、谷口先生。
 東日本国際大学名誉教授で、
 経済学博士、詩人、日本ペンクラブ会員。
 東洋思想研究所・儒学文化研究所所長。

 つまり、真宗王国南砺の
 深層について学問的に研究も。
 世界的な学会もリードされている。

 ビジネスやコンサルでもない。
 南砺のため、地域の応援のために
 駆けつけていただいた。
 同じ土俵での「ゲスト」として、
 心強い仲間である。




 たそがれるには、
 まだ、早い人たちの
 輝きがまぶしい。











かっぱ、カッパ、河童、喝破だらけ

2012年06月18日
   恒例・道の駅福光 かっぱ川柳入賞作品

   村長賞 おたふくまめ(神奈川)
   ナントなく かっぱに似ている志功さん

   だまし川 蛍の星座で 天の川
   ドジョウさえ 首相勤まる さあかっぱ
   カッパ見に 源氏の君が 舞い降りる

   四十過ぎ 婚活シリに火 オレほたる
   だます側 原発増税 喝破され

                        などなど。



 かっぱ供養祭。漫画家、元京都精華大学教授
 かっぱ学者の牧野啓一先生が、おしめりを。




 だまし川のカッパの御使いナマズに
 清酒・成政のお神酒をしこたま。




 目を白黒。白い腹をひるがえらせて、
 だまし川をのらりくらり。ふらり。




 かっぱ村吟行券。牧野圭一さんと
 裏面小泉ちよゑさんのイラスト入り。
 スタッフの力作。ここまでやるか。




 漫画家といえば、この人も出店。さすが。




 仮装コンテスト。毛ずねが不気味な
 かわいい、かっぱ体操が受ける。




 人力車登場。さあスタミナドリンク?




 おなじみ、椿どんさん。熱演に、
 かわいいプレゼント。
 「おじいちゃ〜ん♪」に爆笑。




 エレキステージ。失礼。
 手前の「かっぱ頭」さん。




 とどめは、
 夕闇せまる、だまし川、ほたる道。
 志功さんが名づけた、
 「法林寺ほたる」が出ているそうです。





 やっぱり、かっぱさんも、
 地元園児にはかなわないか。


























  

砺波市長、出馬せず。

2012年06月18日

      じょうはな線。
      砺波市周辺の車窓で、
      散居の風景が楽しい。

      特に砺波市周辺では、
      すごくいい屋敷林か、
      樹木のない豪邸か、
      どちらか。
      豊かなんですねえ。

      立派な屋敷林に抱かれた
      アズマダチにも、
      空き家が増えつづける。

      ちなみに、カナダでは、
      母屋の屋根の
      2倍の高さの屋敷林は、
      ステイタスとして、
      住む人の誇りとなっている。

<

                      (写真は南砺市)

 上田砺波市長、不出馬声明。
 案じていたが、びっくり。

 ご子息の建設会社が
 公共事業を受託。
 議会などで追及されていた。
 市内でいくつもない業種。

 ことの是非よりも、
 景観条例の反発の方も大きい。



  
 世界遺産級のとなみ野の散居村。
 日本の美しいふるさとを
 保全したいという人。
 規制は不便だという人。 

 新幹線開業時、
 観光客をもてなす、
 もうひとつの顔、
 特産のチューリップ生産も、
 後継者は、あと数年で
 ヒトケタ台になりそう。




 上田市長は、県議時代、
 グリーン議員連盟責任者。

 都市住民との交流で、
 とやまの農村を光らせようという、
 全国初の議員提案で、
 同志とともに条例をつくられた。
 議員提案は、
 数十年間なかったともいう。
 みずから勉強会を重ねて。
 NPOの副理事長もお願いした。

 市長のお父さんは、
 松村謙三さんの最大の支援者だった。
 お父さんと一緒に
 松村謙三さんに私淑されていた。
 「中国となかよくしなければ」と、
 そればっかり、聞いて
 育ったものだと笑いながら、
 語られたことも。
 最後の、
 熱い松村精神の継承者。

 観光戦略で、
 連携しなければならない、
 庄川町、南砺市、にとって
 困ったことに。

 全国の顔でもあったのだから。










 

吉江地区のシンボル

2012年06月20日

     南砺市吉江地区は、
     私の父のふるさと。
     母校の中学校。
     ねつ送りのふるさと。




 前から、地区のシンボルを、と
 準備と検討が重ねられた。
 会社勤務のデザイナー
 本田潔さんの作品がこのたび決定した。




 Yの文字と躍動感。
 奇しくも、100年に一度の
 金環食の年。
 3つの円がひとつに連なる。

 審査員として、
 地元には、彫刻家、禅画、書
 日本画i家のベテランが揃っている。
 こういうクリエーテイブな才能を
 活かせるのがいい。
 地域づくりの鉄則である。

 デザイナーの仕事は、
 新しいカタチをつくる、華やかな
 しごとと思われているが、
 実際は、きわめて地味な作業である。
 むかしは、
 図按と呼ばれ、図案に。
 はかりごと、という意味もあるが
 ほとんど職人みたいなもの。

 私も半世紀、デザインに
 かかわってきたが、
 90%は、先輩や、子どもたちの
 アイデアをさらに磨く、
 裏方の作業がほとんど。




  子どものアイデアを、
  カタチにできる余裕。
  県内で南砺市だけです。


 仕事仲間、教え子、など
 200人はおつきあいしてきた。
 ほとんどが、
 失礼ながら社会的な適応が苦手。
 人間関係も、
 まともに構築できない「オタク」「ネクラ」
 じぶんも例外ではない。
 たまに、例外のヒトもいるけれど。

 若干の修正は、ふくみつ光房さんに。
 デザインスタジオが、
 ほとんど存在していない。
 (生活できない)
 南砺市には貴重な戦力である。 
 

災害王国とやま(写真追加)

2012年06月21日

        一年で
        いちばん昼がながい日。
        夜明け前、
        午前4:35

        きのうの失敗。
        ねぼけ眼で、早朝に
        ブログを仕上げ、
        さあ、とポンと押したら、
        私のすべてのブログが
        一瞬、消滅。過去も。
        頭の中も真っ白に。
    
        ドラマで出てくる、
        「記憶喪失」というのは
        こんな気分なのだろう。
        



 さっそく光房さんに泣きついたら、
 いとも簡単に、
 過去の記憶を、復元していただいた。
 データが残っていた。助かりました。 
 ありがとうございます。

 台風一過。
 災害地にお見舞い申し上げます。


 またも、立山連峰が
 巨大な衝立となって、とやまは
 無事だった。





 130年前、
 石川県から富山県が分離独立。
 置県100年記念の式典を
 担当して30年。
 最大のテーマは、災害王国の富山の
 水を制御して築いた、
 先人の物語りだった。





 154年前(安政5)の鳶山大崩れは
 富山県の3分の一が土砂に埋まる。
 富山市も含まれている。
 いまも半分の2億立方?が
 流出せず残る。立山砂防工事は続く。

 日本一の災害王国だった。
 治山治水に莫大な費用が要る。
 石川県にとって、お荷物。
 別れてくれてほっとしたという。

 いまは、水力発電ダムのおかげで、
 日本一のエネルギー源の県。
 地震、水害などの災害でも
 全国トップクラスの
 安全・安心の県とされる。
 豊かなふるさとになったのは、
 わずかこの100年間のできごと。

 火災発生率も全国最下位。
 防火意識が高く、
 防災モデル県であろう。

エコビレッジの人

2012年06月22日
       夕べ、NHKの
       富山からの番組で
       びるだん仙人、
       長崎喜一さんを紹介。

       エコビレッジの達人。



 県境に近い、朝日町蛭谷。
 南砺市でいえば、旧刀利みたいな集落。
 ここで、エコビレッジの
 夢創塾をやっている、長崎さん。
 もう15年ぐらいの同志。
 NPOグリーンツーリズムとやまの
 理事長をお願いしている。




 もとは、県庁の課長さん。
 日本一の、とやまの
 圃場整備の推進者だった。

 蛭谷のさらに奥の山奥で
 ゲストハウスや、ツリーハウス、
 炭焼き小屋など
 15棟を自分で手作りで。
 3匹の山羊やアイガモが迎えてくれる。

 
      (南砺市から視察に来た若いあんちゃん)

 もとは、県の山岳連盟会長。
 国体のとき、
 道宗道コースの整備や審判も。
 昨年、一緒にカザフスタンへ行った。




 地元の伝承文化でもある、
 バタバタ茶のふるさとを大切に。
 (美味しんぼに紹介)
 いま、
 全国から、子どもたちが
 やってくる。
 福島の子どもたちも招待。

 水車や焼いた木炭で発電実験、
 天然塩づくり、にがりで豆腐。
 紙漉きは楮収穫からはじまる。

 とにかく、全てのメニューを
 地元集落の高齢者の協力でこなす。
 福島から若い女性もスタッフに。
 ぜんぶ、自分のオリジナル。
 借り物はまったくない。




 その活動が、ことし
 全国土木学会に認められ、
 数年に1人という賞も受賞。
 
 なぜ、エコビレッジなのか、
 こんどの富山写真語・万華鏡
 第246号「小水力」に
 寄稿いただいた。

 ただ、ひたすら、
 子どもたちの笑顔、がうれしくて、
 集落のじいちゃん、ばあちゃんの
 智慧を集めながら、
 奥さん、愛猫の「うまそ」とで
 フル回転している。

 バリ島へ、いつも炭焼き指導、

 秋には、発展途上国7か国から
 エコビレッジ視察も受け入れる予定。
 夏には、アメリカの
 山岳踏破11年目に挑戦。

 別に、時代に迎合しているわけでなく、
 現場での苦労のなかからの
 発想と、実践を着実にやっているだけ。
 楽しい山男である。
 (夢創塾ブログで検索を。毎日更新)
 
 







 

泊の紋左

2012年06月23日
      朝日町の
      ふるさと美術館で
      開催された、
      岩井幸子さん版画展の
      打上げ、お祝いの会。




      富山ゆかりでは、
      棟方志功に続いて、
      日展の版画で特選。
      先般、ジュデイオングさんも。
      特選はめったにない。




      美術展は新記録の入館者。
      お祝いの会は、
      地元など、100人を超す。
      小さい町の
      小さな美術館であるが、
      福光美術館とは
      兄弟のようなミュージアム。




 お祝いはお祝いとして、
 
 会場は料亭・紋左。
 料理旅館である。
 いまどき懐かしいタイムスリップの
 庶民的料亭で賑わう。
 コンパニオンさんは、キモノ。
 みな、舞台で踊る。
 座持ちがいい。立派。昭和が生きている。

 玄関に小さな一枚の額がある。
 ほとんど目に入らない。
 この1枚の写真が60年におよぶ、
 泊・横浜事件の発端となった。

 後列中央が、細川嘉六。評論家。
 昭和17年に「改造」誌上で、
 「この戦争は、欧米のような植民地の
  ようなやりかたではいけない。
  アジア各国の独立を尊重すべきである」
 厳しい検閲も受けた、穏健な、
 格調高い論文で絶賛をあびた。
 
 細川嘉六が、女将が同級生だった、
 泊の紋左で、出版記念の飲み会。
 記念の1枚の写真が、
 治安維持法をたてに60人が逮捕。
 投獄、拷問、最大の言論弾圧事件に。
 まったくの、でっちあげ。




 ことし、長い裁判で勝訴。
 元KNBの女性ジャーナリストたちが
 特別番組や、出版(梧桐書院)も。




 この事件の舞台となった紋左の
 女将が、官憲の厳しい追及に、
 事実だけを証言して、
 当局の圧力に屈しなかったことが、
 世紀の冤罪を勝ち取る原動力になった。
 とやまの女の強さ。

 県東部の女性には、
 米騒動、蜂の一刺しなど、
 歴史を変えるような、
 女性のパワーが目立つ。


 永遠に歴史に残る
 証人の料亭でした。



 





      
 

この本、数億円。

2012年06月23日


      新幹線で、
      地域がどうなるか。
      どうすべきか。
      尻に火がつき始める。

      それに比べ、
      並行在来線と
      城端線・氷見線が…
      あまり触りたがらない。
      国会のセンセイたち。
      票になりにくい?




 21年前と、
 9年前に出版されたマンガ。
 時価数億円の価値?

 県の総合計画を、美味しんぼの
 キャラクターで、600円で市販。
 コンビニまで配本して4万冊売れた。
 お堅いはずの
 総合計画のPRマンガです。
 内容は、「とやまの水勝負」

 そのころから、
 美味しんぼのスタッフと信頼関係。

 全国味めぐり
 富山県編は1億冊目です。
 今も売れています。

 12の市町村(当時)を駆け巡って取材。
 半分は、南砺市がテーマです。
 料理と食材、70品目はあったはず。
 やはり南砺市が多い。



     (教念寺さんのホンコサマ)

 しかも、その料理が生まれる
 歴史的背景も、きちんとフォロー。

 今も、NHKのデレクターさんや、
 東京の雑誌社の記者は、
 この「美もしんぼ」を片手に
 企画し、取材にやってきます。
 美味しんぼならと、信頼度が高いから。

 大阪や、高知など他県版よりも
 質的に高いと、原作者が。

 10年近く経っても、価値は変わらない。
 県庁へ赴任のキャリアは、
 在任中にこのマンガの味を
 食べ尽くすのが目標ですと、よく聞く。

 旅行者の最大の楽しみは、
 その土地の食文化。




 このマンガの経済波及効果は、
 数億円以上の貢献度でしょう。

 原作者は、オーストラリアに
 住んでいるけれど、
 南砺市ファンになりました。
 貴重な応援団です。






城端線でみつけた

2012年06月25日

      じょうはな線。
      高校生が70%利用。
      土日はどうか。
      編成も少なくなる。

      実は、部活と補習などで、
      結構満員に。





      女性に嫌われては
      生きている甲斐がない。
      ―なんて、きざ。

      でも、古い車両であるが、
      相席してもらうと、
      なんだか、ほっとする。
      それで、
      見栄をはって、こんな本を
      開いてみる。
      すぐ、眠くなる催眠剤。


 


 著者の山口さんは、
 日本語史、そして擬声語の専門学者。

 ちょっとびっくり。
 富山では、1000年前に
 消失した言葉が、生きている!


 なむ、なむ

 なんもなも


 

 古典文法で、「係り結び」の
 なむは、係助詞。これは、
 連体形で結ぶ。
 「花なむ、咲きける」という具合。
 強調するための助詞。
 頭が痛くなるか、眠くなるのが先か。

 日本語が大きく変わるきっかけは、
 鎌倉、室町でこれが消失した、という。
 よくわからない。

 母親たちが、
 会話でよく使っていた。
 「なあむなむ」と続く。

 きっと、真宗王国だから、
 「南無阿弥陀仏」のナムを
 口ぐせにしている方言語彙だと解していた。

 1000年前に失われた言葉が
 富山に生きていることになる。

 古語は田舎に残るとか、
 柳田國男が「方言周圏論」で言っていた。
 つまり、
 偶蹄類の脱糞。牛の運子が
 どぼどぼと中央から垂れると
 周辺に広がって残る。
 たとえが悪いか。

 方言学の太田栄太郎先生の
 書斎で教わった話。

 眠くなったし、高校生たちも
 下車していったから、
 コミックでも引っ張り出して読むか。



           (新しい高岡駅)



 

勝ったのはだれ?

2012年06月26日

       庭に咲いた、
       青いケシ。

       のわけはないか。
       ブータンの
       青いケシを見るツアーが人気。
       いつもお世話になっている、
       旅行社からも案内。
       堀 文子さんも大好きだった。



       ツーリストの冨山 稔さん撮影

 消費税法案可決。

 勝ったのはだれ?
 負けたのはだれ?

 みんなボロボロ。そして、
 自分の顔だけは立つ。

 内輪で、うんざりの政局。

 これが、目を外に反らすようになると、
 それも危険な、道。

 お隣の韓国では、
 テレビ各局が連携して猛烈なスト。
 ゼネストという懐かしい表現。

 3か月前に、KBS(国営)から
 あるNPOが取材を受けた。
 そのドキュメンタリーのDVDが
 まだ届かない。
 ストで遅れているとの話。
 きょうの全国紙でも報道されていた。

 トップからの、権力がらみの
 干渉にたいして現場の
 ジャーナリストが猛反発。
 ようやく民主化運動。

 日本の50年前の
 安保をめぐる闘争にも似ている。

 ヨーロッパは、
 いま、第3次大戦。
 武器は、「金融」
 ドイツが圧倒的に強い。
 人は直接死なないが。

 一歩間違えれば、
 日本や中国、アメリカを巻き込んだ、
 世界大戦にエスカレートしかねない。

 日本は、東日本大震災の
 戦後処理さえ、ままならぬ。

 こんなとき、
 終戦後の日本の近・現代史を
 ひもとくといいかも。
 きっと、
 未来のヒントが見えてくる。


ひたむきに

2012年06月26日


       国会。
       みんな日本のために
       国民のために、
       と、発言。
       でも、「自分のために」に
       聞こえてしまう。


       梅雨の中晴れ。
       五箇山の森の歩道、が
       理想と思って庭づくり。
       朴木も栃も大きくなった。
       度が過ぎて、近所迷惑に。
       造園屋さんの
       見積もりが怖い。




       きのう、富山市で
       定時制・通信制県立高校生
       13人に、
       奨学金贈呈式。

       20年前に、
       経済人の間を駆け回って
       基金を集めてきた。
       苦労してトップに立った人たちの
       個人献金ばかりである。
       ドリーム会と呼ぶ。




 富山県内にあった、
 県立女子高校が、共学に、
 そして廃止になって数年経つ。

 戦前は、女子にも高等教育を、という
 願いが、伝統ある高校に。
 
 地区あげて支えてきた校舎は、
 みな、手入れが行き届く。
 そのまま、廃校は見るに忍びない。

 そこで、社会人の「県民カレッジ」と、
 併設の単位制高校に生まれ変わった。
 教育関係者なら熟知だが、あまり
 知られていないのは、
 ハンデイを抱える生徒たちの高校だから。

 となみ野高校、みどり野高校。
 志貴野高校、そして来春には富山市で
 雄峰高校の新校舎。
 富山県民生涯学習カレッジ地区センターと
 同じ校舎で学ぶ。

 昔は、経済的な理由などによる、
 夜間高校、そして通信制高校だった。
 今は、さらに複雑な事情を持つ、
 生徒たちと、一般市民が
 授業によっては机を並べて学ぶ。

 実は、このシステムは富山だけ。
 文部科学省もびっくり。
 全国から注目されている。

 志貴野以外、すべて
 かかわってきたが、
 これこそ、本当の
 先進的な教育県の姿と思う。
 優れた教育者がいる。

 不登校や心の病を
 克服して、新たな人生に旅立つ姿は
 いつも、涙する。

 地域で、ひたすら
 共に学ぶ。
 富山らしい風景である。




 きっと、いつかは
 実りの時期が来るとスピーチ。







富山県議会の良識

2012年06月28日


      日照りに不作なし
      いもち病(ネツ)に悩まされてきた、
      南砺地方にとって、
      いい兆しであってほしい。

      境川、刀利、臼中、
      そして桜が池のダム貯水の
      有難さを忘れないようにと
      いつも思う。
      先人の水源確保の悲願と、
      犠牲の上に今日がある。

           刀利の聖人、山崎兵蔵の伝記など


      グリーンツーリズムとやま
      理事長の長崎さん。
      夢創塾がKNBで紹介。
      町の子どもたちの
      自然体験です。(リンクしてみました)


 富山県議会の良識

 今朝の北日本新聞、3面。
 県政記事欄のトップに取り上げられた。
 ふだん、いちばん見られない面。
 ぎょっとなる。

 農村交流交付金、継続を。
 全会一致で、意見書採択。

 なんのことか、
 ちょっと見ただけではわからない。


       都市住民との五箇山大収穫祭

 農山村・漁村の食文化を都市との
 交流で活用しようという、国の交付金。
 全国でわずか17億円、
 富山県もわずか220万円。
 それをさらに6か所で。
 南砺市も恩恵を受けている。




 山辺県議や
 上田県議、
 北島、岩田元県議らが、
 全国唯一と言われる条例を作られた。
 「都市との交流による農山漁村の
  活性化に関する条例」(平成15年)

 長ったらしいが、自民党の全県議で、
 議員提案された、全国に例のない、
 <革新的>ともいえる条例。
 南砺市のような、
 厳しい条件の
 山間地を抱えるところでは、
 心強い支援になっている。




 山林や、条件不利な
 山間地の耕作地を守るために。
 食文化も遺産。

 国は、小さな
 ささやかな予算も
 仕分けで廃止しようとしている。
 ふだんは、
 ニュースにもならない。

 県議会のいくつもの
 意見書が否決されたなかで、
 この意見書だけが、
 「全会一致」で
 採択されたというのは、
 県議会の見識だろう。
 ありがたい。
 
 しかし、
 いまの時代、
 ちょっと眼を離すと、
 日本の森や
 山里を
 守る努力が無視され、
 切り捨てられかねない。

 都市中心の論理は怖い。









 

ふぇいすブックいまごろ

2012年06月29日
       ようやく、庭の  
       草刈り。
       外を眺めながらため息。
       暗い、パソコン三昧の日々。
       
       よくもまあ、
       ブログ、更新されますなあ、
       富山市のマスコミ関係知人。
       チェックされてる!

      (そうじゃないんです。
       パソコンとにらめっこばかり。
       飽きて来るから、
       ブログで気分転換)

       どこか矛盾している。




 もともと、なんでも一周遅れの人生。
 ワープロ、パソコン。みんな、
 人より数年遅れて、やっと。
 そのかわり、
 最後まで、おつきあいする。

 増え椅子ブック、じゃなかった
 フェイスブック。
 ツ言った―との区別もつかない。

 20年前に、県のイメージデレクターの
 長沢氏が、
 「これからはインタラクテイブ」
 なんのこっちゃ。
 ITを「イテー」なんて言って
 痛い目に。

 時代音痴なのか、鈍いのか、
 なまくらなのか。
 どちらも合っていそう。

 いくつかのプロジェクトで、
 「これからの情報戦略は
  SNSですよ。」なんて
 わかったようなカッコいい発言したばかりに、
 笛椅子ブックをやる羽目に。

 さっぱりわからん。
 こんなもんに、
 世界で7億人も夢中とは
 信じられん。

 手帳のアドレス数えてみたら、
 950人も記載。
 それでも増え続けるネットワーク。

 不義理したくないし、
 さりとて、
 ますます、時間が無くなる。
 だれが、こんなものをと、
 恨みたくもなる。

 残されたわずかな時間ぐらい、
 自分のために残しておきたい。
 
 でも、時間はかかっても、
 マスターせざるをえない。
 教えて〜

 

利賀のおとうさん、野原啓蔵さん

2012年06月29日
 
        利賀村の
        お父さんと呼んでいた、
        野原啓蔵さんが
        亡くなった。
        享年95歳の大往生。



                     世界そば博覧会会場で

 子どものとき、母親を亡くする。
 おばあちゃんが、ふびんに思って、
 いつも美味しい手打ちそばを作ってくれた。
 その味が忘れられなかった。 

 村の助役時代、選挙がらみで勇退。
 特定郵便局長に。
 簡易保険に加入の人に
 手打ちそばをふるまったら、
 北陸いちばんの実績を。

 推されて村長に。
 無名の県境の、4000人が1000人に減った、
 超過疎の村長は暗いうちから、
 富山県庁へ日参。
 100もある課の若い担当から
 順番に挨拶まわり。

 私が県庁担当して、毎日のように
 廊下ですれ違った。
 県庁は、県内トップクラスの
 「おぞい村」からの訪問から逃げた。
 それでも通った。




 鈴木忠志さん率いる、
 早稲田小劇場の合宿に合掌文化村を貸す。
 村を離れる若者たち。
 村へ来て練習に汗を流す劇団の若者たち。

 村の財政収入の半分を使って、
 野外劇場をプレゼントした!
 野原村長は気が狂ったか!
 村民は思ったものだ。

 中沖知事が後押しした。
 心ある県庁の職員も。
 
 「世界」の演劇のメッカに。
 鈴木忠志さんは「おれの父親」と呼んで
 はばからない。



    ツクチェ村めざして。正面はダウラギリ峰8167?

 そばによる、村おこしも始まる。
 10年で辞める!と宣言して村長になったので、
 宮崎議長にバトンタッチ。
 厳冬のヒマラヤへそばの友好調査団。
 そして、
 第一回「世界」そば博覧会までに。




 無名のおぞい村が
 2つの「世界」タイトルを手にした。
 その最初に井戸を掘った人である。



        村制100周年特別表彰式

 30年前に、商工会の
 村おこしを手伝ったが、
 宴席で、最後まで
 お相手していただいたのが常であった。
 にこやかな乱れない、そして強い酒だった。
 私の好きだった祖父に
 風貌も人柄も良く似ていた気がする。

 晩年、村の片隅の飲み屋で、
 しみじみと、
 「村も、そして私も今日あるのは、
  すべてあなたのお蔭です」と
 言ったら、
 突然、男泣き。

 人を信じ、情報を集め、決断する。
 この村の幸せを実現したい一念。
 あまたの人を育てた、
 男の美学を生き抜いたかたである。
 ご冥福をお祈りします。
 
 合掌
 
 

 


 



作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

2015 年
7
8
9
10
11
12
2014 年
2013 年
2012 年
2011 年
2010 年
2009 年
2008 年
2007 年
2006 年
1
2
3
4

なんと-e   このサイトに関して
2006年より2015年まで運用しておりました「なんと-e.com」のブログをアーカイブとして公開しております。
掲載内容はブログ投稿時の内容によりますので情報によって被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。
公開期限は2020年を予定しておりまが、予告なしに変更又は削除する場合がありますのであらかじめご了承ください。