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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

90年前――母の作文

2012年05月01日
            田んぼに
            水が入ると
            景色が一変します
            むかし、
            各家で苗代田を
            持っていました。
         



            のしろだに
            いち早く水が入ると、
            殿さまたちの
            愛の楽園に変わります。
            夜中じゅう、
            せっかくの早苗を
            踏み荒らします。




    りやう手をついて
 
   ぎゃくぎゃくと

   何をそんなに

   うたつてる

   ほんとになわしろ

   にぎやかだ

      四年 奥野巳知子



 およそ90年前、
 「立野が原」という詩集を、当時の
 文学青年教師、荒井光隆(富山の代表歌人)が
 自費で出版した児童詩集、
 第34号に、
 母親が書いた詩です。
 野村玉枝さんも短歌を残しています。

 陸軍演習場だった貧しい寒村の、
 小学校で、すばらしい教育が
 実践されていました。
 富山写真語・万華鏡200号
 「監的壕」より。

 じいちゃんが夜中に
 カンテラかざして、
 ぎゃわずたちを捕まえ、
 肥桶をいっぱいにして、
 前庭へ置いた。
 連中の大合唱が桶に共鳴♪♪♪
 家じゅう眠れず。

火葬

2012年05月01日

     チェコのプラハ。
     街のすべてが世界遺産。
     その一角に、
     シナゴーグ。聖なる場所が、
     観光スポットにも。

     ユダヤ教の集会所、教会。
     そして墓所でもある。

     聖職者はラビとも。




 敷地内のせまい場所が墓地。
 土葬には信じられないほどの狭さ。
 痛ましい思いをした。

 かって、南相馬へ移住した真宗門徒。
 土葬の土地柄、火葬を宗旨とする外来者を
 忌み嫌い、差別した。
 冠婚葬祭で、もっとも変えがたいのが、
 葬礼の慣習と言われる。





 4月29日は長らく、
 天皇誕生日として親しんだ年代として、
 みどりの日、そして
 昭和の日と変わる。

 その節目の日に
 天皇が火葬と、質素な葬礼を
 みずから望まれた。
 皇后との合葬も含んで。
 勇気のいる決断である。
 生前のご遺言。

 新憲法のなかで、
 初めての象徴になられ、
 ミッチーブームは、
 はるか昔の記憶の彼方に。

石井知事、ひょっこりと

2012年05月03日
       5月はじめは、
       南砺が輝くとき。





 夕方ひよっこり、
 石井知事が来館。
 
 「いちど、来たかった。
  ムナカタ見たかった。」




 雪梁舎コレクション展、
 2階の常設展をたんねんに。
 へえ、ムナカタに詳しいんだ、と意外。

 「どれくらい、ムナカタ作品持ってる?」

 「ま、このコレクション展の
  2倍というところ。
  飾りきれないんですわ」

 知事、市長の肩を叩いて、

 「南砺ちゃ、なんと
  でかいと財産のあるとこや」

   ― これも南砺の財産の
       ほんの一部です―


 ご機嫌で、たそがれて
 霧雨にけぶる、新緑のなかを
 スタッフがお見送り。

 
 きょうは、
 新潟市立美術館でシンポへ。




じょうはな宵祭り、利賀獅子舞

2012年05月04日
       もう26年。
       押しかけ村民として、
       この祭りへ。
       観光客も
       カメラマンもいない。
       ちょっと人数は減ったが。


       子どもの数が少なくなって、
       女の子もがんばる。
       (クリックどうぞ。笑顔がすてきです)


            ここのざいしょの
            笛吹き名人。



 小雨がけぶる、
 五箇山の
 例年より遅めの花たち。
 梨、山桜、花桃、
 いっぺんに咲いた。


 利賀で出会った、
 イタリア、
 ローマからの美女。
 カテリーナさんも。

 城端で、
 またバッタリ顔を合わせる。
 贅沢な体験ツアーだ。
 ミシュランガイドも、
 これから生きてくるだろう。
 ホンモノこそ、
 最大のもてなし。 




 城端大工町の
 山宿のしつらえに息を呑む。

 一代に一回。
 その日のための座敷、庭の造作。
 芳しい朴の大輪の花。
 あすは満開するだろう。
 宵山に実に似合う。




 神さまを真近で。
 数百年の伝統美の芸術作品でもある。
 真新しい畳と家宝の屏風の数々。

 かっては全国にあった、
 江戸時代からの、町民文化の粋。
 ディスプレイ・デザインとしても
 完成度が高い。

 三部屋開け放した、
 緊張感のある展示空間は、
 町衆が磨きこんだ、
 究極の美術館。



             (東下町の宵山)

 5日は、この山宿から
 本祭りが出立である。

 威儀をただした、ご主人と、
 来客が庵唄を所望する。
 これが、またしびれる。

 居ながらにして、
 京都と江戸吉原の
 茶屋遊びができる、
 まさにタイムスリップ。
 国指定の
 重要無形民俗文化財。
 神輿、獅子舞、傘鉾、
 庵屋台、曳山とセットになった、
 日本で唯一の
 洗練された祭りとされる。
 



 天気予報が外れて、
 きらめく新緑に目が痛い。
 袴腰の残雪がまぶしい。

 








新潟でナント市、そして南砺市の話

2012年05月04日
       新緑の
       米どころ越後平野
       良寛さんゆかりの
       弥彦山を横目に
       新潟市へ。
       広い県である。




 新潟県の博物館協議会、
 市立美術館の主催で
 フォーラムが企画され、ゲストに。




 県立や著名美術館博物館が
 80館あまり。
 その館長や学芸員が
 連休中の休日、忙しいのに
 80人も集まってフォーラム。
 みなさん、熱心にメモされ恐縮する。

 新潟市はフランスのナント市と
 友好提携している。

 それだから、なのか、
 南砺市という響きに親近感。

 新館長は、半年前まで
 青森県立美術館で棟方志功も研究。

 皆さんの関心は、
 地域とともに歩む美術館のこと。
 日経新聞、美術連盟、などで
 全国紹介されたことが大きい。

 小さくても、
 先人たちの努力、行政の支援、
 学芸員や地域の作家の参画、
 何よりも裏方の、
 事務担当のマネジメントの
 大切さの話に、
 大きな反響が寄せられ、
 参加者に喜ばれたようだ。
 意外だった。

 終わってからも、
 県立の館長や、裏方で頑張っている
 新潟の仲間の方々が挨拶に。
 なかなか帰してくれない。

 南砺市の文化に対する
 ポテンシャルの高さは、
 すでに全国区と実感した。

 実は、最大の収穫は、
 
 南砺市出身の日本画家
 石崎光瑤の盟友の
 土田麦僊(つちだばくせん)の
 代表作が県立と市立に所蔵されている。
 佐渡出身で、二人は兄弟のような仲。
 かねて、2人展をと願っていたが、
 新潟と富山で連携企画が出来そう。

 そんな人脈と情報交換が
 できたことがうれしい。
 みなさん、南砺のためなら、
 喜んでお手伝いするとのこと。

 お誘いには応じるものだ。





 
 

25年前、城端曳山祭りの紹介

2012年05月06日
           好天に恵まれ、
           という、月並みな表現。
           予報に反して、
           5日はラッキーな晴天。


           4日は、小雨。5日は傘マークなのに晴天。
           そして6日は雷鳴の荒天。ときた。


 美術館のロビーは、
 新緑がまぶしい。

 午前は、
 東京の日経カルチャー・ツアーさん。
 人数限定のスペシャル旅行団。
 午後は、
 川村文乃さんのハープ。
 緑の森のコンサートは好天すぎて、
 心配したが、予想の2倍の入場。


 棟方志功展も予想以上。
 有名館長もゆっくり鑑賞。
 油断ならないお客が、
 毎日のように続く。
 ありがたいことであるが。





 25年前、文化出版局の
 季刊「銀花」67号に、
 城端の曳山祭りを全国に紹介した。
 日本の、地方の
 優れた文化を発掘、紹介された、
 今も古書店で高価な雑誌。
 影響力は大きい。
 この号は特に好評で
 珍しく売り切れたとあとで聞いた。

 前年に五箇山へ
 新人女性編集長を案内して、帰途、
 城端の宵山を見せたら、驚愕。
 飛騨高山の祭りよりはるかに凄い。
 翌年、改めて名カメラマンと
 本格的に特集してもらった。
 私も若輩ながら執筆。

 実は夜祭は初体験。
 ご招待いただいて、ついでに
 図々しく、知り合いの山宿、庵唄所望の
 お座敷をハシゴする。
 ありがとうございました。

 当時の記事を再読。
 「変化を排除することで維持できる祭りだ」
 などと、生意気なことも。

 屏風や軸物を拝見。
 神饌も拝見。翌日町内のみなさんと。
 慰労の宴でいただくのだとか。
 
 散策中に、実にいろんな方と、
 めぐりあって、
 ホンモノの祭りにともに酔う。


 紋付袴のご当主と
 美人の奥さん、娘さんが前列に。
 燭台の灯りで、襟足がなまめかしい。
 前を通りかかる見物衆の
 注目のマトなのが、
 後ろで座っていて不思議な体験。
 庵唄は町内ごとに趣きが違う。
 居ながらにして、
 京と江戸の茶屋文化を味わう。



 クライマックスの、
 帰り山。ゆったりと時間が流れ、
 ギュウ山と愛称される、
 方向展開の見せ場とともに、
 宴は終わる。
 お客さんを送って、帰宅は
 午前さま。














 


原発ゼロの日

2012年05月06日


            春の嵐、突風。
            チューリップも
            うなだれる。



         

            咲いたばかりの、
            桐の花も
            吹き飛んで地上に。





 きょうは、
 ついに原発ゼロの日に。


 むかし、2度の石油高騰による、
 オイルショックがあった。
 官民あげて、
 省エネルギーに取り組む。
 依頼をうけて作った、
 省エネルギーの大ポスター。
 北陸3県にくまなく貼られた。

 利賀村、中谷信一さんの
 からくり玩具。木挽き人形です。




 腕のいい木こりだった、
 父親の姿をかたちに。

 ムダな「力」に
 「エネルギー」とルビを振ってある。

 行政・自治体も、
 電力会社も、
 電機メーカーも
 みんな、
 ひとつになって取り組んだ。
 そして乗り切った。
 いまでも、通用するのでは。





 夕陽の庭のシャガ。
 たそがれ直前のかがやき。

 恥ずかしや、きょうは
 たそがれ寸前の 
 誕生日でもある。


朝っぱらから失礼

2012年05月07日
 

       あさ〜♪
         これぞさつき晴れ。
         庭の雑草は
         あっという間に
         盛り上がってきます。
         もう、刈らなくっちゃあ。

         でも、森のような
         ほったらかしの庭では、
         朝陽に光る、
         雑草の風情も捨てがたい。




 新潟駅で、求めた二品。
 こんな重いもん、
 なんで、と、つれあいに
 呆れられる。

 いつもは地元の地酒。
 でも、この銘柄は、
 かって行きつけの富山市の
 居酒屋のおやじが、
 高知の司牡丹とともに、
 直接取り寄せて自慢していた。

 典型的な下戸なので、
 微妙な味の差がわからない。
 今は、奥さんが続けている。

 利賀村でいただいた、
 センナとコゴメを肴に、
 スイッ。
 極楽極楽。
 センナを
 教わったとおりに調理。
 辛くて飛びあがる。

 性悪の嫁がつくるセンナかな
 


メーデーのこと

2012年05月08日

       雷鳴とともに、
       ボードデッキに松ぼっくり落下。
       濡れていると閉じているが、
       陽が差すとひらく。
       自然は生きもの。




 若い時、5月1日の
 メーデーに参加したことが一回ある。

 昭和30年代前後、激しい労働争議が
 全国的に頻発した。

 それを経験した富山の企業は、現在
 ほとんど、トップ企業として大成している。
 経営責任と、
 働くものの自覚と誇りが
 緊張感を持って育まれていた。

 その経験からも、当事者は、
 労組対策に苦労した。

 たとえば3公社5現業と呼ばれた
 国鉄、日本電電公社、林野庁、
 専売公社、郵政省などの組合も
 大きな力を持っていた。
 みんな、民営化や分割されて、
 経営効率はよくなった。

 JRのように、格段に
 サービスが良くなったし、
 意思決定もスピーデイになった。

(民営化で国鉄は、
 東と西とに分割され、
 北陸新幹線開業についても、
 意思決定が複雑になってしまうし、
 並行在来線も難題が多い。
 採算が優先されてしまう。
 地元負担も大きくリスクもある。)


 いまは、民間企業でも組合員の
 組織率は低下をたどる。
 不況のときは、労働運動も下火に。
 組合員であることの
 連帯感、誇りやメリットが
 なかなか実感できない。

 労働争議の洗礼を受けていない、
 経営者は奢る。
 株主にだけ配慮していればいいのだから。
 
 数十億円を掏ってしまった王子製紙の御曹司、
 オリンパスの粉飾決算、
 2000億円もの年金基金を溶かした、
 AIS投資顧問会社。
 そして非正規雇用者の増大。
 
 労働組合との緊張関係があれば、 
 時には経営者の不祥事について、
 暴走の歯止めや、
 内部からのチェック機能を
 発揮できたかもしれない。

 グローバル化の時代。
 言ってみてもムダなんだろうか。

 

厳しい冬でした

2012年05月08日

        いつになく厳しく
        長い冬でした。
        お世話になった、
        薪ストーブを掃除。
        感謝をこめて、
        丹念に。




 庭の古木の梅や、
 折れた太い枝の始末は、
 ふくれっ面のつれあいが薪小屋に
 積み上げて、今度の冬に
 備えます。
 小枝は、草刈りに邪魔。
 まめに、段ボール10箱に。
 貴重な焚きつけになる。
 ますますご機嫌が悪い。
(ぎっくり腰につき、手伝わず)




 新しい薪小屋の手前、
 野生化した大根の花園になる。




 城端の麦や祭り会場で、
 麦と菜種のタネを売っていた。
 そのナタネの花が庭で自生している。

 さらに、ラデイッシュの
 生き残りが春に咲いて、混合する。

 利賀でいただいた辛味大根も
 これに混じった。

 おまけに、上平の赤カブも
 春を迎えて、混合する。

 アブラナ科は、実に混じりやすい。




 2種混合ハイブリットはF1.
 これは、F4?

 ほったらかしガーデニングの
 結晶、結果です。
 暮れに収穫の大根は
 実にさまざま。
 葉っぱは、捨てずによごしにします。

 やれやれ。










 



小沢騒動―城端曳山を見せたい

2012年05月10日
        小沢騒動や
        問責。
        いま、こんなことに
        時間とカネを
        使っている場合か。




 城端曳山の
 いちばん古いのが「諫鼓山」
 かんこやま

 中国の故事。尭王が、
 「もし、わしの政治が悪かったら、
  この太鼓を叩くがよい」
 諫めるための太鼓。

 善政を敷いたので、鳴らず、
 鶏が留まった。
 それが神さまとともに
 ギュウギュウと巡行する。



      (曳山祭りポスターから)

 この諫鼓山に、載せたい人が多い。
 いや、載せるとけがれる。

 平和の象徴として、
 よく全国の曳山に登場するが、
 諸外国の激しい紛争を
 ニュースで見るにつけ、
 まだ、日本はましな、
 平和なのかも。

 そうこうしているうち、
 政界に、別のことば、
 閑古鳥が鳴くのでは。

 じょうはなの町衆が
 政治家を
 ギュウと言わせてくれている。
 ありがたい。

集団食中毒

2012年05月11日


         富山県民会館で
         現代工芸美術家協会
         富山会展




 なじみの秀作が多い。
 なんと、
 南砺、となみ野の作家が大半を占める!
 それも、この春の
 ザ・セッション!
 アートの俊英展のメンバー。
 いかに、このグループのすごさ、
 結束力があるかを
 思い知らされる。

 許可をいただいて撮影。



 会場を出たら、
 県民会館のロビーで
 ときならぬマスコミインタビューが。




 焼肉チェーン店の被害者家族の
 県への申し入れと、
 記者会見らしい。

 あるNPOの相棒が、もと保健所長。
 事故が起きれば、一週間は
 家に帰れないそうだ。

 イベントのときの飲食許可など、
 なんてうるさい、といつも
 煙たく思っていた。

 とうぜん被害者に同情。
 そして、対応している
 監督官庁の人たちにも
 陰ながら同情。



城端線の魅力

2012年05月12日


        城端線の
        存続、活性化が
        注目されている。

        利用者のひとり。
        内側からの
        リポートです。




        朝、高岡からは、
        高校生で超満員に。
        新一年生は、
        まだ中学生の卵の殻を
        お尻にくっつけている。




 この季節、城端線が
 いちばん輝くとき。
 田園地帯に立地している、
 製紙会社の煙が
 まっすぐに上がる。




 高岡市戸出あたりから、
 砺波市にかけて、
 いい屋敷林が多い。

 特に、ケヤキの大木の
 新緑が、水田に映えるのが最高。




 福野から東石黒あたりが、
 南砺の田園風景として、撮影スポット。




 ふだんは、みすぼらしい屋敷跡。
 水が入ると、蘇る。

 高校生たちは、おしゃべりと、
 ケータイに夢中。
 まじめに、試験ノートを
 見せっこしているのも。

 旅行者は、カメラを向ける。
 本線とちがって、
 窓ガラスはいつもキレイではないが。




 気になる、使われないホーム。
 かっては「常花線」として、
 四季おりおりに、花が植えられていた。
 いまは、荒れたままも多い。

 地元地区の皆さんが
 年に数回、手入れされているが、
 駅によって、温度差がある。

 高校生たちの利用が80%。
 彼らの通学の環境も、
 気くばりがいるのでは。
 本人たちの参加もふくめて。

 城端線を愛するひとりとして。













        

チューリップ生産65%減

2012年05月13日
        チューリップ生産
        65%減少。

        関係者の間で
        ささやかれてきた。
        後継者難。




 最大の原因は、
 ユーロ安と円高とされる。

 しかし、本音は、
 手間のかかる割にもうからない。
 現場の高齢化の影。




 私見であるが、
 消費者ニーズの開拓不足。
 マーケットは、情報産業でもある。



 生産優先の体質から、
 大胆な発想の転換が
 求められる。
 農業全般の課題。




 チューリップは
 中央アジアで生まれた花。
 その生命感と魅力は、
 日本人の感性に似合うはず。
 洋花のイメージが強いが。

 南砺市の
 立野が原は、原産地と
 地質・環境がおなじ。

 

 (自然に殖えた原野、5000万本の花園
 昔の立野が原とほとんど一緒)

 球根栽培も、
 切花生産にも、
 南砺市の風土に似あっている。

 過去12年間4回、
 カザフスタンの原野を
 実際に歩きまわってきたから。

 なお、ここは、
 リンゴの原生地のひとつ。
 そこたらじゅうに、
 野生のリンゴが林に。
 立野が原台地は
 果樹にも向いているので、
 三社柿も適地だった。




 チューリップ生産といえば、
 砺波のイメージが強いが、
 南砺、高岡、
 入善周辺の生産は盛ん。

 日本人のこころに
 さらなる、
 チューリップ本来の魅力を
 提供できる可能性は高い。

 夢のある世界は、
 結果としてもうかる。

 興味のおありのかたは、
 美術館のショップに、
 万華鏡チューリップ特集号(800円)

 中央の種苗・園芸家が
 注目されて、まとめて購入されます。
 


 奥のふかいチューリップ。
 物語が生まれそう。


中国人は「寛大?」

2012年05月13日
 土曜日に、
 NHKさんで、朝いちばんの
 ローカルニュース。
 棟方志功展の紹介。
 好天もあって、
 日曜日は、
 館内はにぎやか。
 愛染苑も遠来のお客さんで、
 昼食も「まま」ならない。



   (志功さんが好きだった、愛染苑のハマナス
    内陸部では珍しい。青森の海岸に咲く)

        栖霞苑を開く会
        1周年の集い。
        福祉会館3階ホールで。



 「松村謙三精神と
  現代中国情勢について」
 
 東京大学 先端科学技術研究センター
 特任教授の
 林 幸秀先生(南砺市荒木出身)の
 記念講演会

 気になる現代中国の
 科学技術のレベルと将来。
 興味ふかいお話だった。

 松村謙三先生は、
 時の政権内にありながら、
 国賊扱いを受けても、
 日中国交回復に政治生命をかけた。

 当時は、いまわしい 
 毛沢東と四人組の最悪の国難の最中。
 その中にあって、
 対等の交流の橋渡しをされる。

 現在の、中国。
 日本に対しては、鬼扱い。
 反日教育は根強い。

 中国人は自国民の評価を
 「寛容な民族」と
 思っているとのこと。
 この、温度差。

 科学技術については、
 日本は優位にあるとはいえ、
 中国の人口の多さ、教育水準など、
 安閑としておれない。

 バブルもいつはじけるか。
 しかし、時間がかかれば、
 日本も影響は大きい。

 ヨーロッパのEUは、
 危機に瀕しても、崩れない。
 なぜなら、
 中国、アメリカ、日本、
 そしてインドなどに対抗するためにも。
 ドイツがかなめに。

 エネルギー問題、
 レアメタルなどの資源、
 最新の情勢と見通し。

 などなど。

 中国との対等な付き合いは必要。
 上下関係ではない。
 松村精神を見直す時期なのかも。


 それにしても、
 政局の内輪騒動で、外交は
 存在感希薄なニッポン。

 天皇陛下におまかせ?
 痛々しい。

 松村謙三さあ〜ん♪
  
 
 

タニウツギ

2012年05月14日

         田植え花
         いま、
         田植えのまっさかり。
         この花も
         まっさかり。




 北海道から、本州の
 日本海側、島根県あたりまで。
 目立つ、この色。

 近年、GWに田植えが集中していて、
 季節のズレがあった。

 ことしは、営農組合や
 寒さ、県の指導などが重なって、
 ちょうどいいタイミング。

 よく見ると、
 実に可憐で華やか。
 水揚げは悪いが。

沖縄復帰40年

2012年05月15日


         沖縄復帰40年。
         八重山の西表島から
         毎日更新される、
         ブログを見て一日が
         始まる。




 昨夜、NHKで
 沖縄の竹富島の上勢頭芳徳さんが、
 島への外部資本参入で
 コメントしていた。懐かしい。

 25年くらい前から親交。
 民俗・民藝資料館を運営されている。
 沖縄の文化を守るため、
 島の文化を守るため奮闘してきた。
 
 数年ごとに
 お会いするのが楽しみな人。

 南砺にも民藝関係で来訪。
「土徳土徳で参ったなあ」と、
 沖縄の現状との違和感をもらして、
 帰っていった。

 本土からのお客さんで、
 富山から、と聞くと、私の名前を告げて
 知っていますか、
 と尋ねることにしているそうで、
 あとで、よくびっくりしたと報告される。

 日本の最南端の
 真宗寺院でもある。

 沖縄戦では、戦略的価値なしと、
 侵攻は受けなかった。
 それだけ、文化財や民俗資料も残る。
 60年かけての個人による蒐集。

 びっくりしたのは、
 「方言札」の現物の展示。
 戦前、沖縄方言を使うと罰として、
 一日首に掛けさせられた。

 税金を未納の人への
 拷問道具も!
 野田首相に見せたいなあ。


 竹富島は、町役場が向かいの石垣島にある。
 でっかい西表島も竹富町。
 海の諸島のまち。
 サンゴ礁に囲まれていて、
 昔の大津波の大災害から遁れた。




 竹富島で年越しソバを食べ、
 外へ出ると草むらに光るものが。
 イリオモテボタル


 星砂のパラダイスでもある。
 観光地ではあるが住民は300人。
 しかし、過疎に悩む。

主夫の生きがい

2012年05月16日


         我が家だけの

         一日の終わりの
         セレモニー?




 たった二人だけの、
 夕餉のあと。
 洗い場は満杯。

 昔の生家は13人家族だった。
 それと比べるとまだ、まし。

 料理に合わせて、
 ワイン、芋焼酎、紹興酒
 大吟醸、熱燗と選択肢。

 しばし陶酔

 醒め始めのころから、
 主夫の勤めが始まる。

 むかし父子家庭だったときは、
 料理をつくる楽しみがあった。
 いまは、後片付けに専念。
 ありがたいこと。

 油ものも、たいがいお湯でキレイに。
 中性洗剤はちょっぴりしか使わない。
 有機の小1本買えば2年は保つ。

 環境汚染に、洗剤の
 潜在的影響力は実に多大であるが。




 ほろ酔い加減で、
 一気にシンクを片付ける。
 ステンレスも水滴を拭い、
 ピカピカに。

 なんだか、作品を
 完成させたような達成感なのだ。

 教師をつれあいにすると、
 かくも教育が
 徹底するという見本なのです。

 あったかい布団に
 もぐり込むとき、
 きょう一日が
 平穏であったことに
 感謝。

 お宅は如何。
 

牡丹の品格

2012年05月16日


       ざいしょの会合のあと、
       川合田温泉に泊めてもらう。

       部屋には、
       白の牡丹の大輪が
       床の間にも
       光瑤さんの牡丹(複製)。 




 牡丹は、どの色も
 品格があって美しい。

 立てば芍薬、座れば牡丹と日本の
 美人のたとえがあるが、
 葉っぱとのバランスは牡丹がいい。

 あさぎりさんも
 俳句に―プロフィールに拝借

 南砺市出身の花鳥画家、
 石崎光瑤はことのほか牡丹が好き。
 京都の自邸に100株育てていた。
 牡丹を描かせたら右に出る人は
 いまだにいない。

 暗いうちから、
 花が開くのをじっと観察し続ける。
 奥さんにおにぎりを作ってもらって、
 それをかじりながら。
 花の生命に命をかけた人。

 虫を取ったり、施肥などの
 世話は本人が、みずから丹精込めて。
 亡くなって、みな枯れた。

 京都の栖鳳記念美術館の
 岡田館長さんは、生粋の
 京都美人。
 その方から「光瑤はんは、ほんとに
 上品なひとですえ」と。
 大ファンだった。

 そう言われると、悪い気はしない。
 自分がほめられた気分になる。
 南砺の人は、品がいい?
 その人が、
 いちばん愛した花だった。
  


苦手なもの―大河ドラマとベストセラー

2012年05月17日

     ことしの大雪と冷害。
     庭の雑草は、
     いきなりの暖気と雨で、
     例年にない急成長の感じ。

     汗だくで、
     電動除草機で草刈り。
     なんとなく、
     地面取りごっこみたいで
     面白くなる。




 好きになれないもの。
 ほとんどの大河ドラマ。

 武将たちの地面取りごっこ。
 覇権をめざして戦争。
 女が巻き込まれ、必死に生きる。

 いつもの、役者が
 絶叫ばっかりする話は疲れる。

 大多数の、
 名なき民の平凡な生き方、
 ささやかな面白さ、男と女。
 どこにも出てこない。




 ベストセラー、○○賞受賞。
 これも苦手。
 めったに手にしない。
 どこか奇をてらう媚が気に入らない。

 が、これだけは
 例外である。
 「舟を編む」三浦しをん著
 光文社刊

 辞書造りの職業小説。
 直木賞受賞作家で、すでに
 10万部のベストセラー。
 ますます鼻につく。うえッ。

 ところがどっこい。
 プロの全国書店員の選ぶ本の、
 グランプリに改めて決まる。
 なんだ、いまさら、
 という声もあったそうだ。

 つづく



辞書づくりの話

2012年05月19日
       第51回
       日本伝統工芸富山展
       高岡でオープン。

       新館長の
       村上さんにごあいさつ。

       染織の
       山下郁子さんらが力作





 日が長くなった。
 早朝に、北向きの窓枠にも
 日が当たると、
 夏モードを実感する。
 小さなことだけど。




 <つづき>
 ベストセラーのこと。




 三浦しをんさんの小説。
 地味な国語辞書づくりの物語。
 書店店員が最も売りたい本。

 富山が生んだ方言学者
 大田栄太郎先生の書斎へよく伺った。
 4畳半が辞書の岩窟状態。
 (以前に大病を患われたおり、
  国立国語研究所へ蔵書を寄贈、
  そのあと恢復後、また蒐集され、
  それも県立図書館へ寄贈された。
  日本には言語・方言学の
  2つの大田文庫が存在する)


 大田先生に私淑して以来、
 自分も辞書マニアになってしまった。

 富山写真語・万華鏡の
 編集を手伝って20年もすると、
 いくつもの本棚を、辞書類が占拠する。
 500冊はあるだろうか。

 現実的には、昨今
 「検索」が役立つ時代に。


 地味な辞書ではあるが、
 みな、日本人の文化遺産。

 そんなことを教えてくれた
 得難いベストセラーでした。 




朴の木の花

2012年05月20日

        10数年前の
        幼木が、   
        いまや数十個の
        大輪を咲かせるまでに。




 日陰の一輪を
 茶の間に挿したら、
 家じゅうがいい香りに。
 香水に
 できないものか。
 どこか、
 ササユリとも似ている。




 城端曳山の
 山宿に欠かせない華。

 大木になるが、
 木目がきつくなく、
 柔らかいので、子ども向け、
 版画の版木に向いている。
 香りがいいし、
 下駄の歯にも使われた。

 縄が池の近くが
 この朴のふるさとです。


速報、茶の間で日食観測

2012年05月21日
 
       125年ぶりの金環食。
        書店のメガネは売り切れ。
     
        そこで、手元の紙筒で
        すぐ観測器をつくる。

        それも朝食中の、
        茶の間で。






 こんな具合です。




 書斎に珍現象。
 ブラインドの糸目の
 小さなピンホールから、
 点々と。




 アップにすると、
 こんなパターンに。




 昨日の夕方、
 掃き清めた庭の通路。
 木漏れ日の
 日食アートです。








 ちゃんちゃん♪

 これで、
 生きている間?見られない。








メゾソプラノ・杉原芳枝さん

2012年05月22日

        もう初夏の
        気分ですね。県庁前。
        噴水公園前で、
        コンパクトカメラの
        望遠でスナップ。
        ボケ具合がいい。
        若い生命感。

  



 この県庁前公園は、
 北日本新聞ホールにも面している。
 20日日曜日に、第18回
 「ANの会」声楽コンサート。

 砺波市をホームグランドにされている、
 安念千重子声楽研究所主催。

 メゾソプラノは、
 アルトよりちょっと高い音程。

 南砺市の杉原芳枝先生。
 セレナータなどの名曲を軽やかに。




 南砺市の市美展。
 絵を始めて日が浅いはずなのに、
 いきなり大賞でびっくり。
 合唱の指導だけでなく、
 みずから新しいステージに挑戦。

 若い脚線美もいいけど、
 若々しい生き方も素敵です。




 南砺市からも何人も
 駆けつけていただきました。




 フィナーレで舞台挨拶。
 手前の地味な服装が、
 わがつれあいドノです。
 声量と重量だけは誰にも負けません。

 おとろしや



 

 

東京タワーを作った人

2012年05月23日
        エアコンの
        いらない季節。

        雪で折れた庭木の
        始末に造園会社の
        若手の職員。

       「あの花、なんですか?」
        桐を知らない。
        そんなご時世か。


       


 つれあいの、母親が植えた桐の木。
 幼い女の子が、
 お嫁に行く時タンスになる予定。
 それが、
 堂々たる大木になり果てる。
 これも、ご時世。




 金環日食に続いて、
 スカイツリーの話題。

 先輩の東京タワー。
 作ったのは、富山県出身の
 正力松太郎。
 日本テレビ設立と同時。

 中学の修学旅行で、
 できたてのタワー見学。
 正力さんが挨拶に。
 選挙区だったから。

 その会場へ、
 松村謙三さんの秘書が
 車のトランクに冷たいオレンジジュースを
 みんなに配った。
 やっぱり、地元からのお上りさん?

 そして数年後に綿貫さんが
 選挙に登場される。

 南砺は、日本の政治家のふるさと。

 日本人は、
 高みをめざす民族性があるのかも。

新幹線戦略とやま県民会議

2012年05月24日

       富山県を縦断。
       北陸新幹線の建設工事が
       いまピークに。




 国をはじめ、お役所は、
 「戦略」という言葉が好き。
 なんだか、高邁な感じがする。
 上から目線の典型だし、
 世の中を動かしているのは俺だ、
 立派な仕事に見えるので、
 そういう課もよく生まれる。

 40年遅れてやってくる。
 でも現実は迫ってくるあせり。

 きょう10時から富山市で、
 約1時間半。
 第一回新幹線戦略とやま県民会議。
 名簿、席次表が
 きんの送られてきた。

 おっかない人ばっかり45人。
 ただでさえ気の小さい者にとっては、
 気が重い。

 もっと早く、
 3年前にスタートしてほしかった、
 大事なプロジェクトであるが、
 避けては通れないし、
 ジレンマ。ああ。

 城端線のことでも、
 しこしこ考えるか。  

 午後から、
 やはり富山市で、
 県民カレッジの講座。
 1時間半
 「棟方志功を支えた女性たち」
 こっちの方がうれしい。
 おなじ「県民」がついていても。

南砺市と北陸新幹線

2012年05月25日
 

        南砺市の魅力は
        五箇山など、
        農山村が控えていること。


 
    第一回新幹線戦略とやま県民会議  
    気が重くなるが、これも義務。




    これだけ、県の経済界や
     政界、などの顔ぶれが揃うのは珍しい。
    面白くてちょっと、カメラを。
    野次馬根性がつい。




    知事のサイド、バックには
    各課から50人も控える。
    意気込みがわかる。




 半分が事務局説明。
 どうしても、セレモニーっぽくなる。
 経済界のトップ連の発言を聞いてて、
 ちょっとプツン。

 「産業観光に重点を置くべきだ」
 「農地転用手続きがネックだ
  産業が発展しない」

 3600万人の首都圏住民が、
 いま北陸に求めているものは何かが
 ちっともわかっていない。
 はあ〜
 で、意を決して発言。

 「金沢にないもの。
 自然とともに生きる農山漁村の
 元気で勝負すべき。」
 ―このままでは、南砺は埋没?

 駅のない、射水、砺波、魚津、
 小矢部などでも危機感がある。
 駅ができる黒部市民の中にも
 メリットがないという声も。

 いきいき富山の
 観光キャンペーンで、
 農山村は
 恩恵を受けなかった。
 歴史・生活文化への
 視点がすっぽり
 抜けていた。


 「40年遅れてやってくる新幹線」と、
 皮肉っぽく中尾インテック会長。同感。

 産業の活性化だけでなく、
 条件不利な農山村が
 元気が出る、
 そんな機会であってほしい。
 東京にも、金沢にもない宝もの。

 終わって、
 農水の担当幹部が、
 そっと、ありがとうと。
 新聞社の政治部記者が
 大事な事なんだよな、とも。
 少しはほっと。

 






 

サリン事件とは

2012年05月26日

    曳山まつりで、
    お世話になった山宿のあるじ。
    美人の奥さまと、棟方志功展へ。

    手みやげは、なんと打ち立てのソバ。
 
  



    庭のウドを天ぷらに。
    槍の先さんで、
    おすすめの、芋焼酎入手。

    「甘みがあるのね♪」

    程よいつゆ。こだわりの粉だ。
    挽きたて。打ち立て、茹でたて。
    取って置きのわさび。
    う〜ん。ソバは、南砺に限る。

    



 おぞましい

 至福のときなのに、
 サリン事件のテレビ特集。
 細切れに横目で。
 見たい。見たくない。
 力の入った検証ドキュメンタリー。
 再現は実に丁寧。

 サリン事件もさることながら、
 オウムとは何だったのか。

 日本の仏教の源流の源流は、
 1000年かけて磨かれたチベット仏教。
 インドの釈迦の教えを、
 チベットの土着の密教と融合させ、
 国家事業で磨きをかけた。
 アジアの知恵であった。

 三蔵法師も、
 大谷探検隊も、河口慧海も、
 禅を世界に紹介した鈴木大拙も
 みな、チベット仏教の経典を求めた。
 命をかけての旅だった。

 オウム マニ ぺメフム
 聖なる真言である。
 南無阿弥…に相当する。
 蓮の花の上に栄光あれという意味。

 その教義をねじまげ、
 おどろおどろとしたカタチだけ真似、
 世紀の犯罪にまで暴走した、
 オウムを許したのは、
 現代の宗教人にも1%は、
 責任があるような気がする。

 若い人の
 心のニーズが掴めていないために。

インドへのあこがれ

2012年05月26日
      富山インド協会が、
      インドとの交流を。

      反日感情の強い、
      中国の次に、
      親日のインドへの流れ。
      経済的には、
      魅力のある巨大マーケット。





 南砺市ゆかりの芸術家たちは、
 96年前に、すでに
 インドをめざしていた。

 日本を代表する日本画家、
 花鳥画の伝統を発展させた、
 南砺市生まれの石崎光瑤は
 大正5年にインドで9カ月写生・撮影旅行。
 大作「燦雨」で、
 第一回帝展でぶっちぎりの
 2年連続の特選。
 (写真は部分)




 ちょうどそのころ、
 詩聖タゴールに招かれて
 インドのタゴール大学で
 2年間、絵を教えていたのが、
 南砺ゆかりの、荒井寛方でした。
 2人はインドで意気投合、
 一緒に3ヶ月間、アジャンタなどの
 仏教遺跡の模写と撮影を続けます。
 そして、
 日本画の改革を誓います。
 インドの文化に触発されて。




 寛方は、仏画の第一人者となります。
 愛娘照子は、南砺市山本出身の
 河合家へ嫁ぎ、
 戦時中は南砺市へ疎開していました。




 寛方は、法隆寺壁画の模写中、
 南砺市の娘の初孫の顔を見たくて、
 魚藍観音の自作の絵を携えて、
 向かう途中で、
 空襲で亡くなります。
  



 後年、小杉生まれの
 郷倉千靱もインドへ向かいます。

 人口爆発のインドへ、
 経済的な活路を求めての動き。
 ちょっと遅い。

 しかし、100年ちかくも前に、
 謙虚に、ひたむきに、先がけた、
 芸術、文化を学びにあの時代、
 インドをめざしたのは
 南砺市のゆかりの人たちでした。
 誇りに思います。

 横浜に移住の河合家のみなさんは、
 いま、タゴールの顕彰のため、
 熱心に取り組んでおられます。

 タゴールは詩人。
 アジア人で最初のノーベル賞受賞
 日本にあこがれた人。


南砺市の奇跡

2012年05月28日
 

      3月に、東京で
      グリーンツーリズムの
      全国ツアー表彰式で、
      国の中山間地域振興担当官。
      このパンフにびっくり。
      南砺市農政課制作。




 みんなで農作業の日in五箇山
 第一回の、相倉棚田の田植えが27日に。
 快晴のなかで約80人が汗を流す。




 全国から、この日を楽しみに。
 企業の若い人たちの研修で参加も。




 つくば大学の黒田教授。ご主人も教授。
 世界遺産ゼミの大学院生たちは、
 稲刈りや、上平地区で
 農作業が義務となっている。
 単位ももらえるのが魅力。
 立派な五箇山道場。
 日本の若いリーダーたちを育てている、
 若いカップル。


 このプロジェクトのルーツは、
 宿願の農業公社たちあげの記念事業。
 利賀村の耕作放棄地に
 胸を痛めていた村民を全国から応援。




 南砺市合併で、利賀村の灯を消すな、と
 若い職員のがんばりで旧五箇3村に
 3つのオーナー制度として発展。
 田植え、ソバの種まき、赤カブの種まき。
 そしてそれぞれの収穫。
 さらに、大収穫祭と7つの事業に、
 全国から、のべ8000人が参加。

 休みの日とて、職員の
 赤ちゃんまで特別参加。かわいいね。

 


 赤ちゃんの、お姉ちゃんも
 泥んこになってお手伝い。
 山からの用水がお気に入りのよう。




 耕作放棄地解消、過疎地域活性化、
 全国の若い人たちを育てる。
 一石三鳥の事業で、
 南砺市の財政支出は60万円ぐらい!
 それも、重機などの事前の費用。
 市の若い職員たちの発想が
 全国でも珍しいかたちになった。
 上司たちも、応援してきた。

 ふだん陽の当たりにくい
 地味な部署での、日常業務のほかに、
 ボランテイアの奉仕。
 他の県内の市町村でも見当らない。




 好天に恵まれ、あっというまに終了。
 冷たいたいら牛乳、揚げパン、
 とん汁が実においしい。

 名物・長麦屋ならぬ長靴むぎやと

 こきりこが、大好評。


 どこまでも、あかるいのだ







 おまけ。
 いにしえから、豊穣を願う
 御田植え神事では、
 若い女性の生命力が主役。
 平成の、五箇山の
 早乙女ですぞ。















早苗の香り

2012年05月29日

        五箇山の新緑を
        キャンバスに。
        相倉合掌集落が
        いちばん、身近に望める、  
        いい場所で。
        奥さんがときおり日笠をさす。
        きなるい。



 棚田の田植えは手植え。
 もう50年前から、田植えは機械化。
 苗代も、ハウスで。




 子どものときのコーリャクは、
 じいちゃんと一緒に、
 箱に腰をおろして苗こぎ。
 濡らした藁すべで、手ごろな一束を、
 ちゃぷちゃぷ泥を洗い、
 くるくる、きゅっと縛る。
 今でもリズムを手が覚えている。




 稲の苗は、早苗。
 とてもさわやかな甘い、
 いい香りがする。好きだ。
 かわいい女の子にも、名づけられた。

 穂ばらみ期の、水田をわたる風も
 また、花粉の香りも加えて、
 独特のいい匂いがする。

 稲刈りのときも、
 乾いた香りもいい。



 外国人も、
 麦わらや、乾し草の香りに、
 同じような郷愁を感じるという。

 日本人の暮らしにも、
 身の回りの
 すてきな香りの記憶が
 失われて久しい。

 我が家へ夜に帰宅するとき、
 庭からいい香りが漂ってくる。
 水仙、桐、雑種ダイコン、
 ウノハナ、金木犀
 甘いスイカズラは最高。
 四季折々に香る。





 
 みんなで農作業の日in五箇山。
 若い人たちが、
 忘れられようとする日本の香りにも、
 関心を持ってほしい。
 食の文化の周辺に、存在する、
 ささやかな楽しみ。





 赤カブ、ソバも
 収穫のとき、おいしい香りがする。



すみません。

2012年05月29日
 

         すみません。
         あとわずかで、
         222222。
   
         こんな、狭い地域で
         のべ20万回以上も、
         拙文を見ていただいたことに、
         感謝しかありません。
         おつきあいいただき、
         ありがとうございます。





 美術館の前の道路脇。
 ウバユリが、
 生き生きと艶のある葉っぱを
 元気よく広げる。

 緑がかった、花は
 気の毒なほど冴えない。
 それがまたいい。



             ウバユリのつぼみ
 

 球根はでっかくて、
 知られざる、食料なのだ。
 ユリ科だから、香ばしい澱粉の塊り。
 飢饉のときの救荒山菜。

 花のあとの莢がいい。
 生け花の欠かせない素材である。

 ところで、
 222222のぞろ目。
 このペースだと、
 きょうの夜?
 踏んだ人、ニアミス。
 5人前後?にプレゼント。

 最新刊の、自然人と、
 万華鏡246号を
 気まぐれにプレゼントします。
 日ごろの、
 アクセスに感謝申し上げて。
 自己申告よろしく。
 メールへでも結構です。
 



 

ヤマボウシの季節

2012年05月31日

      いま、東京から
      帰宅しました。

      南砺市にとって、
      かけがえのない方の
      葬儀にお参り。

      詳しくは、
      改めて。


      驚いたのは、
      東京の、どまんなかで、
      葬儀の会場で、
      私のブログ、
      222222を
      ピタリゲットした方に、
      お会いしました。
      「ワタシがゲットしました!」
      「えッ!あなたが?」
      東京在住の、
      棟方志功ゆかりの人。
      なんという偶然、奇跡。
      
      前後賞とも、
      なんだ へちまだ様。
      惜しい!
      ジャンボ宝くじなら
      両方ともゲットで1億円だあ。
      
      どうもありがとうございます。
      おめでとうございます。


     



 庭のヤマボウシ
 小さな苗が、
 こんなにたくさん、
 花?をつけました。

 花に見えるのは、
 白いガクです。


新幹線の影

2012年05月31日
 
       南砺市の
       文化芸術創造都市を
       考える会。
       第2回は、
       スキヤキ・ミーツと、
       井波木彫キャンプの経緯
       特別報告。

       世界へさきがける、南砺。
       20年の軌跡に感動。




 NPO法人
 グリーンツーリズムとやま
 第9回総会。富山市で。

 ようやく、事務局体制も充実。




 前副理事長の中川県議。
 北陸新幹線は、
 ふるさとづくりの好機でもあると。

 中川県議は富山市。
 松村謙三先生の熱心な信奉者。
 ぜひ、子どもたちの
 副読本にと、射水の四方県議と
 運動をされている。

 閉会のおり、時間をいただいて、
 北陸新幹線のことを、
 発言させていただく。

 東京へのストロー現象は、
 このままでは東京のひとり勝ちであること。
 金沢も、期待に限度。
 富山は、シナリオ、プロデユース次第。
 南砺市は、まず、
 自分たちで知恵を出したい。
 そのあとで、
 プロやコンサルの力を
 借りるほうがリスクがない。


 だれも論じていない
 明と影。

 北陸新幹線の開業の1年後、
 北海道への道が開業するのだ。

 4000万人近い、世界でも異常な
 首都圏人口は、
 単一情報圏でもある。
 自然と生活文化がない、
 水も電気も食料も自給できない。
 情報と権力だけが飛び交う、
 ホンモノが無い、あだ花の、
 虚の世界でもある。

 北海道の情報と、
 北の大地へのあこがれは、
 北陸とは
 桁ちがいという事実。
 JR東日本は遠くへ
 運ぶ方が利益も大きい。
 JR西日本は、まだ、
 大阪までつながっていない。

 日本列島規模で、
 首都圏の
 マーケットをにらむと、
 北陸新幹線は、
 すべてバラ色の夢を
 運んで来るわけではない。
 
 シビアに、現実を見ることも、
 時には大切と、釘をさして終了。


 
 

作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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