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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

きょう午後4時までです

2012年04月01日

     うれしい想定外
     ザ・セッション!
     Artの俊英展

     
     面白くて、パワー。
     たくさんの入館者。



    安達陽子さんの「早春」
    そっと、近づいて。


    南砺の歌。
    終了後、どこかで飾ってほしい。


 小原治五右衛門の400年。
 14代、15代、16代と、
 3代の皆さんとおつきあい出来た。
 南砺の伝統のすごさ。




 NPOとして、毎年パネル化。
 いい試みです。
 各分野の制作プロセス紹介が
 とても好評です。

 もっとも、城端蒔絵というより、
 「治五右衛門塗り」白漆は
 世界でひとりだけという秘伝です。
 その技術は一子相伝。
 企業機密ですぞ。

 漆で白の色だけは表現できない。
 それで、漆芸家は金や銀、卵の殻を
 代わりに蒔絵で使って研ぎ出す。


 井波木彫のさる方も、
 小原家14代も
 「伝統の技だけでは継承できない。
  作品としての芸術性(クリエーテイブ)が
  なければ意味がない。
  それが難しいのだ」
と、
 苦労を伺ったことがある。
 

 きょう4月1日まで。
 最終日は
 午後4時までです。

 







おめでとう澤田真弓さん

2012年04月02日
        置県100年。
        30年前に、
        県庁前にできた、
        記念の花時計。

        広く、デザインを公募。
        最初から審査員。
        4月1日は始動式。



 スタートは、絆を
 イメージした、花のリボン。

 最優秀は、3歳児(昨年)のデザインで
 過去最年少で話題になった。




 日曜と重なったが、この日から
 新任の土木部長が表彰状を、
 ちびっ子に手渡す。みんなニコニコ。




 井波小学校の、澤田真弓さん。
 7月の植栽になる。おめでとう。
 とてもシンプルで、
 造園業者さんも、作り甲斐があると
 好評だった。南砺で初めて。
 おめでとう。
 テーマは、
 「明るい色で明るい心」楽しみです。




 正午きっかりに、
 スイッチ、オン。
 大噴水も、同時に始動します。

 県内1692点もの応募。
 デザイン学生や大人も含めての、
 激戦で5点が選ばれます。

 すなおな発想、表現。
 とやまの顔らしさ。
 時代の風。
 独創性が審査基準です。 







川原竜三郎さんが亡くなった

2012年04月03日


           南砺市うまれで、
          彫刻家の
          川原竜三郎さんが
          急逝。
          ショック!



 美術館の正面、
 モニュメントは川原さんの代表作。
 南砺市中央病院にも
 ブロンズのレリーフがある。
 美術館運営委員長として、
 先日、会議の議長を
 お願いしたばかり。




 1940年、南砺市広谷生まれ
 1959年、上京し、
  彫刻界の巨匠 圓鍔勝三氏に師事、
  日展などに入選。  
 1960年代にイタリアへ留学。
 ローマ国立美術アカデミー彫刻科入学、
 世界的巨匠ファッツィー二氏に師事。
 ローマの国際展に金賞。
 ジャコモマンズーなどの巨匠や
 作家、遠藤周作氏などと親しくなる。
 20年以上にわたり、
 イタリアで制作活動。
 銀座の一流画廊でよく個展を開かれた。




 ジュデイ・オングさんも、
 このモニュメントを絶賛されていた。
 
 日本における、
 蝋型鋳物鋳造彫刻の第一人者。
 数千年前から、ギリシャ以来の
 ヨーロッパの伝統技法である。

 高岡でも、須賀松園の家系が
 日本型蝋型鋳物の
 技法を受け継いでおられる。




 まだ、これからという
 脂の乗り切った時期。

 なんとーeのコラムで
 ひとり、
 「美術館へ行こう」と、
 鑑賞教育に提言されてきた。

 今夜のお通夜。気候が荒れそうで、
 間に合うかどうか。



 


 
 

列車内に5時間カンズメ!

2012年04月03日

     川原先生のお通夜に
     なんとかと、
     その前に、富山市で
     NPO新採用の面接会議。
     と、途中で
     ローカル線が田んぼの中で
     ストップ。

     だんだん風が強く、
     列車が左右に揺れる。
     いっこうに止まない。

     鉄橋で35メートルの
     風速を観測と、アナウンス。

     9時から、
     とうとう2時半まで
     5時間カンズメに。
     その間も風は強烈。




 そのまま、東京へ向かうつもり。
 3冊、本を用意していて、
 助かった。

 若い女性車掌が、懸命に説明。
 クレームをつける乗客もなし。
 ニュースでは、よくあるが、
 当事者になると、
 案外冷静になるもの。
 社内は子どももおとなしく、
 車掌さんをいたわる。




 ようやく、救援の代行バス2台。
 JRの富山駅から応援も。
 カロリーメイトと、水。
 近くの駅まで、
 つれあいの車で迎えに来てもらう。
 その足で、
 東京行の切符を全額払い戻し。
 ホテルもキャンセル。
 みなさんの対応は、親切。

 とんだ一日でした。



恥ずかしい話ですが

2012年04月04日
         熱くなったり、
         寒くなったり。

         お天気の話では
         ありません。
         男と女のお話。




 大好きなトンカツ
 ではなかった。
 コンカツ。婚活。

 郷ひろみが
 再再婚だとか。やっと、
 私とタイ記録。
 おぬしもやるのう。

 それはともかく、
 恥をしのんでの婚活論。

 30〜40年前までは、
 中卒、高卒で実社会へ。
 10年経ったら、
 だいたい結婚した。

 女性は、
 24歳まで、ほとんど結婚。
 25過ぎたらバーゲンセールよ、と
 騒いでいたものだ。


 ところが、
 親心で、子どもには高学歴を、
 ということから、専門学校、
 短大、大学へこぞって進学。
 結果として、
 就職してから、10年といえば、
 28〜32歳。

 社会の現場では、10年ぐらいで
 ようやく一人前扱い。
 生活への自信もつく。

 近年は、大卒が当たり前で、
 留年、大学院。
 これでは、35歳になってしまう。

 古川柳から
 「できるなら
  かかあ18、わしゃ20歳(はたち)」




 せめてという親心が、
 みんな晩婚、少子化へ。
 そんな気がしてならない。

 出会いの機会が、
 少ないのは事実。
 それは、また別の要因。 


 


日本で初めて氷河の存在が

2012年04月05日
        全国へ、
        世界へ、富山のニュース。
        日本の立山に、
        3か所、氷河が存在する。
        実証したのは、
        立山カルデラ博物館




 中心になって、調査研究されたのは、
 かねて尊敬している、
 学芸課長の飯田 肇さん。
 長いおつきあいである。




 先日も、
 芦峅寺でお会いしたばかり。


 国際的に通用する、
 雪氷学という分野がある。
 立山でそれに挑戦したいと、
 若い学徒が、
 富山で職を求めた。

 ヒマラヤの魔の山、ナムチャバルワ
 7782メートル、未踏峰
 日・中合同隊の初登頂を、飯田さんが
 ハイテク機器を駆使し、
 天候予測で支えて
 世界初登頂を成功させた。1992年
 NHKのドキュメンタリーで見た。

 しばらく、黒部の
 吉田科学館で、プラネタリウムの
 シナリオ制作などで
 子どもたちに人気があった。

 富山に置いとくのがもったいない、
 と、学者の人たちから、よく聞く。

 40年間がんばって、
 ついに歴史的な業績をあげられた。

 志の高い人は、
 まわりを、幸せにしてくれる。


 いま、芦峅寺の活性化に、
 子ども主役のプロジェクトをと、
 地区あげて動き出した。
 その事務局長もされている。
 いま、グリーンツーリズムでも、
 支援をしている。

 800人の住人が半分に。
 危機感がある。
 しかし1000年の歴史の土地。
 国立、県立の施設があり、優秀な
 学芸員が揃っている。
 この人たちが本気になったら
 怖いものは無い。
 

早婚のすすめ

2012年04月06日

       県立水墨美術館。
       平山郁夫展のオープニングです。

       久しぶりの作品も多い。
       それと開会式の参列者が大切。

       なにかとお世話になる方々。
       ごあいさつできる機会。
   
       ―― しごとですちゃ。



 自分流・早婚のすすめ

 富山市で、5度目の職。
 やっと展望が開けかけたころ縁談。 

 生れてはじめてのお見合い。
 同い年の26歳。相手も20日間の年上。
 はるかに、大人の印象。
 (相手は10回目のつわものだった!)

 友だち一人増えたかな、という
 軽い気分だった。

 夜、行きつけのスナックのママさんに
 きょう、こういう人と
 見合いしてみたけど、どうしょうかなあ♪

 ママさん、烈火のごとく怒った。
 あのTちゃん、
 まいにち髪結ってもらっている。
 東京で10年も美容師として、
 銀座店などで修業してきた。

 あの娘と一緒になる気がなけんにゃ
 即刻、この店出入り禁止!
 その剣幕で、押されて結婚。
 
 6年で、4歳の息子を残して死別。
 父子家庭を続けたとはいえ、
 今日あるのは、若く結婚したおかげ。
 自分の人生の時間を充分持てた。

 相手も、自分も完成してから
 結婚していては遅い。
 ピッと来て、感じて、
 未完成のまま
 出来ちゃった、
 というくらいが、あとが楽しい。

 ただ、尊敬する義兄(故人)が、

 夫婦は、共通の目標を持て

 というアドヴァイスは良かった。
 それと、
 価値観(理念、思想)が
 おんなじで、
 性格が正反対
 長持ちするよ、と職場の先輩の弁。

 なんとなく、その意味がわかるまで、
 時間がかかり過ぎた。

 

おすすめしたくない、離婚

2012年04月07日
        魚津市制60周年
        結いの会総会。
        はしご、して、
        飲んで、寝て、
        起きてみたら銀世界。

        なにか、
        お清めの兆し?
        反省しろとのお告げかも。

        ようやく水仙が、
        芽を伸ばす。





 反省ついでに、

 おすすめしたくない、離婚。

 このところ、立て続けに、
 3人の身近な人たちの息子さんが離婚。
 それぞれの事情あってのこと。
 親の嘆きは、他人事ではない。

 我慢することに、慣れていない。
 相談する、仲介する仲人的な
 人生の先輩がいない時代。

 親も、
 「そんなにいやながなら、
  帰ってこられ」と、あっさり。

 またまた、恥ずかしい話。
 慎重に10年おいて、
 息子や周囲の祝福で、再婚。

 が、半年でおかしくなり、
 3年目に離婚。お互い嫌いではなかった。
 周囲の人間関係の葛藤が
 複雑に絡んで。不本意だった。

 結婚するためのエネルギーを1とすれば、
 死別は10.
 離婚は100.
 恥ずかしながらの体験である。

 しかし、死別は、内外の同情で
 自立はめちゃ遅れる。
 甘えてしまう。

 生き別れは、
 しょせん、責任は2人にあるので、
 恥を忍んで、自立するしかない。
 今に見ておれ、しかし、
 他人のせいに出来なくて、
 耐えるしかない。
 それで、がんばるしかない。

 ある婦人会の講演で、
 「生き別れと、死に別れと、
  どちらがいいか」と切り出すと、
 満場の女性たちの目がテンに。

 結論。
 「どちらも、しないほうがいい」

 
 これから、という人に。
 「人には添うてみよ」

 簡単なことですよ♪

再婚のすすめ

2012年04月09日
       
      道の駅の横を流れる、
      棟方志功が名づけた、
      「瞞着川(だましがわ)」が
      温み始めた。
      遠くに医王山。





 人生も、いつまでも冬とは限らない。
 水ぬるむ春は、必ずやってくる。

 乗りかかった船は、
 最後まで漕がなくっちゃ。 
 と、いうわけで。

 再婚のすすめ

 「後添い」という日本語は美しい。
 日本では離婚が増えている印象だが、
 江戸時代は、もっと多かった。
 明治に入っても。

 あの松村謙三先生でも3回。
 終生、わが身の不幸を、
 嘆いておられた。

 死別、のときは前のつれあいの
 イメージを引きずっていると誤解される。
 本人は、それどころではない。
 その日その日、どう生きるか。
 仕事と育児のため、
 あすのために必死で闘っているのに。
 周囲の気くばりが大切。

 生き別れも、基本的に同じ。
 でも、後ろめたさがつきまとう。
 どうしても自分を責める。
 思いっきり、
 生き方を変えるのがいい。
 火事場の馬鹿力ではないけれど、
 チャレンジする目標を持つのがいい。
 
 すると、不思議なことに、
 周囲が放っておかなくなる。




 生命感が息吹く原種チューリップのつぼみ

 前の会社の部下の女性。
 東京からUターン、臨時アルバイト。
 明るく美人。聡明。
 仕事は3倍、非の打ちどころがない。
 ビッグイベントは
 彼女のおかげで大成功させられた。
 正社員の女性たちから怨嗟のマト。

 期限がきて、惜しいけれど、退職。
 自分で起業。東京のキャリアを生かし、
 生命保険のライフアドバイザー。
 あっという間に、実績をあげる。

 そんな絵に描いたような彼女が、
 選んだ相手は、2人の子持ちの男性の
 後添いにさっさと。
 最初は、恥ずかしそうに報告。
 「よし!100点あげる」

 パーテイ―などで、時々会う。
 まだ、保っていますよと笑う。
 子どもたちとも、
 仲よくやっているようだ。
 「よし!今度は200点あげる」

 次に会ったら、300点かなあ。

 再婚や、後添いは、
 プラス志向で
 考えていきたいもの。
 
 挫折したことのある人は
 どこか味がある。

 



 
 
 
 

好きになる女性

2012年04月10日
       儲けものの、
       一日だけの好天。
       黄砂がなければ、もっといい。
       取材で、
       県中央植物園へ。
       ことしの桜の
       ライトアップは、まだまだ。



       かわいい、園児たちの
       お散歩です。
       コンニチワとごあいさつ。




 かわいい園児を見ると、
 お母さんたちの
 しあわせな顔が浮かびます。

 男が好きになる女性

 自分の切ない体験。
 
 なんで、こんな女性に魅かれるのか。
 およそ週刊誌のグラビアに
 載るタイプでないのに、 
 第一印象で、ピピッツと霊感。
 そして、一緒になる。

 10年経って、気が付く。
 いつものこと。(汗)

 それは、母親の顔かたちと
 おんなじだった!

 男は、乳幼児のときから、
 母親の顔が刷り込まれているのだ。
 自分の場合は俗に、
 ステレオ(古いなあ)と呼ばれる、
 ワイドフェースで目がでかい。
 悪く言えば、タヌキ顔。
 良く言えば、竹下景子さん。

 (北陸銀行さんへ竹下さんを
  勧めたのも、意外とその影響かも)


 体型は、安産タイプ。
 腰幅がしっかりある。



       咲き始めた庭のオクチョウジザクラ

 これは、あくまで体験談。

 東京の2人の義兄は、
 妹とそっくりの奥さんを選んだ。
 やっぱり。
 妹=私のつれあい。

 世の女性がた。
 男とは、ことほど左様に、
 母親の影響は大きいものですぞ。

 男は女性を、
 直感で、
 好きになるのです。
 そのあとは、
 あとの祭りということも。



 

職場結婚のすすめ

2012年04月10日

       春、いちばんに咲く、
       マンサクの花。
       愛染苑の志功さんが植えた、
       アカバナマンサク。




 なんとなく、シリーズ化。
 春めいて、
 人生の花が咲く、
 パートナー探し。

 職場結婚のすすめ

 人生の伴侶選び。
 職場結婚が理想という人が多い。

 なぜなら、
 身近に客観的に
 相手を観察できること。
 ごまかしが、きかないのだ。
 連れ添ったら、
 どうなるか、が想定できる。



            キジのカップル
 


 ところが、職場の規模や種類で、
 適当な相手がいないことも多い。

 そんなとき、
 取引関係や、業界の行事などが、
 きっかけになる。
 
 むかし、富山市で、
 男ばかりの職場、「旧国鉄」青年部と、
 女ばかりの
 「地鉄」バス車掌さんの
 合同ハイキングやキャンプ、
 合唱団活動がさかんだった。
 当時、紡績の若い女性も多かった。
 そのお世話で、
 一夏に4回キャンプに行ったことも。

 仕事がらみだと、
 グループごとのおつきあいで、
 共通話題も多い。

 いくつもの、カップル誕生。
 結婚披露のパーテイは
 仲間たちが祝福し、
 100人超えたことも。

 その印刷物デザインと、
 会場装飾を請け負って生活していた。


 20年前?
 利賀村でソバ祭りのイベント。
 青年団が主力で、
 全国からやってきた若い女性の
 送迎で、仲よくなった方も
 多いはずである。
 青年団、商工会、農協(むかし)
 素人演劇、合唱団、
 文学サークル、音楽鑑賞。

 青年の船、青年の翼など、
 出会いの機会はほんとに多かった。

 恋が芽生えるのは「結果」であって、
 共通する目的に、
 参画することが大切。
 志の高さが、相手をすばらしく
 輝かせる。

 コンカツが目的というのは貧しい。

北朝鮮という国

2012年04月12日
             スタッフで、館の
             収蔵庫を点検、整理


      2つの収蔵庫は、もう満杯。
      彫刻群のなかでも異彩を放つ。
      先般、亡くなった、
      川原竜三郎さんの、
      日展、初入選の作品も
      どこか、瑞々しい。


      彫刻家は一般に、長生き。
       70歳は、まだ若い。惜しまれる。



 まったく、関係ないけど、
 昨今の世界を騒がしている、

 北朝鮮という国

 目標は、アメリカへのミサイル。
 崖っぷち外交とも。

 アメリカの基幹産業は軍需産業。
 GNPの20%なのである。
 世界の軍事緊張感は国益に直結する。
 日本も含めて、世界の
 軍需マーケットと、金融で
 アメリカは生きている。

 かって、朝鮮戦争の荒廃から、
 金日成将軍が建国したとき、
 「千里馬」運動というキャンペーンが
 猛烈に始った。
 ソ連と中国のバックアップで。

 当時は、日本の革新的とされる、
 諸勢力、知識人、マスコミは絶賛した。
 理想の政治の国として。

 実際に、当時の北朝鮮総連合会
 富山県青年部と交流会、ハイキングなど。
 新しい国造りをめざす、
 まぶしいまでの元気溌剌とした、
 熱気にあふれた人たちだった。


 朝鮮民主主義人民共和国
 この国名の着色の言葉は、
 明治初期に日本で翻訳された。
 が、実体とのギャップの大きさよ。

 韓国の李承晩政権は強烈な反日。
 当時の日本人の韓国嫌いはすごかった。
 (今は、どのチャンネルも韓流!)

 一党独裁政権は、
 やがてメッキが剥げるが、
 その軌道修正には
 たいへんな犠牲を伴う。
 ソ連の崩壊しかり、
 毛沢東の文化大革命しかり。

 独裁政権の宣伝。
 プロパガンダとも呼ばれる。

 ナチス、ヒットラー時代の
 ゲッペルス宣伝相が、すべて手本。
 日本の東条英機も手本にした。
 孫文も実にうまかった。

 広告技術のテキストとして、
 好き嫌いは別として必須項目。

 国民を(住民を)熱狂させる、
 わかりやすい演説。
 内外へ強烈にアピールする。
 日本をおかしくした、
 小泉・竹中もその口。

 北朝鮮の、ミサイル発射も
 その延長のプロジェクト、プロパガンダ。
 歴史は繰り返す。
 大阪で起きているブームも、
 どこか、きなくさい。

 求心力の欠如した、
 日本の政治にも困るが、
 まだ、ましなのかもしれない。

 ただ、外国に対して日本は、
 外交は存在感がなさすぎる。

 
 

女性は強いのだ

2012年04月13日
       北朝鮮の、
       疑似ミサイルが失敗。
       恰好がつかんだろうなあ。
       大山鳴動。


       庭の裏を片付けていたら、
       こごみぜんまいが。
       クセがなくて、さわやかな、
       春の使者。
       スンバに守られた株。




 若いとき、いろいろと、 
 女性にアタック。
 あえなく、討死。まるで、
 ミサイルが空中爆発したような、
 無残さ。

 そこで、日本女性史研究会で
 この手ごわい相手を学ぶ。
 21の春だった。

 日本人のルーツはDNAからも、
 モンゴル族の末裔。
 ツングース、アイヌ、縄文人、
 また、トルコ(チュルク)カザフ、
 ウイグル族も遠い親戚。

 チベット族も近い。その末裔、
 ブータンは女系社会。
 朝鮮族も女系で、
 日本も、長く女系社会であった。


 源氏物語。みんな妻問い婚。
 万葉集の恋歌もそうでしょ。

 民俗学のレポートでも、
 明治初期までは、夜這いが定着。
 明治政府は、文明開化に恰好悪いと、
 必死に止めさせたが、
 伴侶を選ぶ手順として、
 実に合理的なシステムだった。

 家族の理解、地域社会の認知、
 何よりも、決定権は
 女性のがわにあった。

 ただ、好奇心からの
 日陰のテーマとなって、まじめな
 学問の対象にならない。
 残念。

 一個の魅力的な卵子に
 億という男たちが群がる。
 命がけだった記憶がある?

 昨今は、草食系とされるとは
 ちと情けない。
 でも、
 私のように気の小さい男は
 いつの世にもいるのだ。


雨が苦手な花?

2012年04月14日
            満開の
            わが家の庭の桜
            雨にぬれて。




            雨に会っても、
            水仙は平気。





 ユリ科は水平か、下向きに
 咲くので大丈夫。
 カタクリ、カノコユリも。




        ササユリ:長崎喜一氏撮影

 園芸種は、上向きに咲かせるため、
 品種改良する。
 人間が上から見る。
 市場に出荷するとき、
 上向きが包みやすい。
 人間の都合で
 せっせと品種改良されてきました。

 ところが、
 上向きに咲くユリ科の
 チューリップ。
 困ったことに上向きに咲く。

 カザフスタンで、
 野生のチューリップを見ると、
 40種の大半は
 上向きで咲く、陽気な花。

 


 言ってみれば、コップのような花。
 それで、ちょっ
 とでも
 曇ったり、雨が来れば、
 あっというまに、つぼむ。



    (カザフ高原にて2010)

 大草原で、
 黒い雲が急に地平線に現れると、
 何十万本の花園が、
 見事に変わる。写真に撮れない。
 (撮っておけばよかった)

 花は、生きもの。








 

春のお出かけに

2012年04月14日

            砺波チューリップ公園。
            この小雨で、
            フェアまで間に合うか。



            ちょっと、
            恥らいながら、
            紅をさす。
 




 財政状況が厳しいのは、いずこも。
 さりとて、手を抜くわけにもいかず。

 各美術館は、
 春いちばんの企画展に
 力が入る。


 13日は、県立近代美術館

 近代日本画の巨匠

 黒田清輝展




 あちこちで見た作品ばかりだが、
 やはり、まとまって、
 ホンモノと対面すると、
 作家の魂のようなものが伝わる。
 特に「智・感・情」の
 3部作の油絵大作は存在感がある。
 明治のパリ万博で、本場で高く評価。
 
 当時、日本で裸体画の
 激しい論争を巻き起こした。

 日本の美術の幕開けが、よくわかる。
 解説が丁寧で、勉強になる。
 忘れてはならない、先人。

 5月27日(日)まで


 14日は、
 砺波市立美術館の

 梅原龍三郎 花と名峰

 ルノアールに学んび、
 独自の油絵の世界を作り上げた。
 棟方志功もあこがれた。

 長生き(97歳)されて、
 多くの作品を残される。
 長命というのは作家にとって幸せなこと。

 6月3日(日)まで。
 チューリップフェア期間中は無料

 大型企画だけでなく、
 南砺市にはがんばっている
 若い、そして全国区で評価の高い、
 ガラス工芸作家がいる。

 鈴木玄太さん




 富山市のNAOKI画廊で
 4月15日まで。

 大作のガラス花瓶は、
 なかでも、すばらしい意欲作。
 値段も、すばらしい。

 しっかり小遣いを溜めなくちゃ。

 小品を求めて、満足。

春だなあ♪

2012年04月15日


        美術館の駐車場、
        二度咲き、
        徳兵衛桜を撮影に。





 県東部がルーツの珍しい桜。
 ?
 下の道路から、
 ゲクゲク♪とガマガエルの鳴き声。






 急な、ぽかぽか陽気。
 眠い目つきで、道端へ。
 危ないぞ。




 雄を誘惑している。
 がんばって、追っかける。





 気になるようでしたら、
 クリックを。

 「かあちゃん、
  頼りにしとっちゃ。

  極楽やなあ

  もうちょっこ、目の前、
  池まで、がんばって!」

 「とうちゃん、
  おぼたいないけ。
  ダイエットせんな」

 「愛しとるちゃ♪」

 と、言うとりました。










まちづくりの原点

2012年04月16日
 
      JR福光駅前。
       地区住民総出でプランターに
       植えられたチューリップ。




       この品種の、
       もとは、カウフマニアナと
       いう原種です。
       似てるでしょ。
       向こうに見えるのが、
       天山山脈。
       麦畑の雑草です。




 昭和20年、4月15日。67年前です。
 東京の大空襲から、 
 命からがら避難してきた棟方一家。
 敗戦直前なのに、
 福光大橋の上では、
 荒木と福光の御神輿が
 対面して盛り上がっていました。
 町内の役員は、裃の出で立ち。

 棟方志功は、日本の未曾有の大災害と
 無縁な当地の春祭りにショックでした。
 当時の絵巻物と、
 その下絵が残っています。




 当時、棟方一家が住んだ、
 愛染苑と棟方住居の前で、
 神官が祝詞を。
 隔世の感があります。




 還暦の町衆。
 そろいの華やかなファッション。

 福光の春祭りは、久しぶりの
 日曜と15日のめぐりあわせ。




 福光の春祭り。
 利賀の春祭り。
 共通しているのは、観光客がいない。
 したがって、カメラマンもほとんど。

 利賀村は30年前から、
 そっと、参加。
 主役は獅子舞である。




 獅子宿の前庭で、
 子どもたちが遊ぶ。

 福光は神輿が主役。
 住民の、自分たちのための祭り。

 政治・行政。
 「政」=まつりごと。
 
 まちづくり、
 これが原点だと思う。
 新しい仕掛けばっかりでなく。

 





 




 







数億円相当のブランデー

2012年04月17日
       世の中、
       信じがたいことも
       起きる。

       このブランデー
       レミーマルタンのXO
       時価数億円に相当する。     

 


 3年前、わが家へ、
 全国経済紙Nの文化部の
 えらいっさんが泊まる。

 他の件だったが、話がまとまらず、
 アトリエで、
 むさ苦しい男二人で飲む。

 取って置きの海外旅行みやげの
 レミーXOブランデーで、
 だんだん、ボルテージがあがった。

 南砺市へ戦禍を逃れて、
 避難してきた、棟方志功に
 何が起きたのか…と漏らした。

 Tさんの眼がきらっと光る。

 半年後、猛烈に棟方資料を漁り、
 なんと、
 2ページ10段ぶち抜きで、
 オールカラーの特集。
 それも上・中・下の3回シリーズ。

 著作権の関係で紹介できないのが
 残念であるが、
 それまでの、棟方志功のイメージを
 ひっくり返すことになる。
 結果、
 南砺市のイメージアップに。

 そのインパクトは大きく、
 今も、全国の関係者や棟方ファンに、
 影響が尾を引いている。

 N紙は300万部。
 経済人のトップはすべて目を通す。
 文化欄の評価はダントツ。
 まして、日曜版は最高の注目度。
 広告費はいちばん高い。

 広告費に換算すれば、数億円。

 Tさんは筆が立つので、
 定年を過ぎてもトップが辞めさせない。
 その酒豪ぶりも、社内でつとに有名。
 ほぼ、このブランデーの
 半分を空けてしまった。
 つまり、
 それだけの価値があったお酒。

 つれあいが
 検診で血圧が少し下がった、
 という、程度のお祝いに、
 ちびちびと飲む。

 今夜は、特別の理由がない、
 という理由で、飲んで寝ようか。

 だいぶん減ったなあ。
 ちなみに
 先日、Tさんに電話したら、
 北海道の有名な美術館の館長と、
 美術大学講師を兼務、
 ときにN紙に健筆を振るっておられる。 
 

大輪の?棟方さん登場

2012年04月19日
        旧福光町で、
        200年の伝統が生きている
        新町の商店街。
        ことしも
        薬局前の彼岸桜が
        満開となった。




        満開には違いないが、
        道路のアスファルトと
        コンクリート電柱の
        わずかな隙間から、
        けなげにも咲く。





        ど根性サクラ。
        新町商店街のように、
        しぶとく咲く。




 新潟から、
 うれしい大輪の花が届く。
 けさの北日本新聞・文化欄に
 余すところなく書かれている。

 雪梁舎美術館コレクション。
 富山では初めての、
 棟方志功代表作がほとんど。




 展示作業で、
 いちばん興奮するのは、
 荷解きの瞬間である。

 次々と姿を現す大作。

 担当学芸員が、1年前から
 調査、交渉、資料制作、
 そして先方へ専門スタッフと出向き、
 膨大な数の作品の点検。
 荷造り。搬送。そして荷解き。
 ほとんど肉体労働。




 なかでも最大の作品。
 「群生の柵」
 古事記に基づいた、神々。
 壮大な物語で、
 世界のムナカタになった直後、
 第一回国際版画大賞展に、
 満を期して制作の
 気迫のこもった大作(出品作)

 新潟の美術館で6年前に拝見。
 しかし、改めて大ウインドーに
 飾り付けると、
 そのど迫力に圧倒される。
 棟方志功の霊力が放射する。
 鳥肌が立った。

 美術館の企画展は、
 学芸員にとって、
 作家と同じように「作品」でもある。

 21日(土)午前9:30
 開会式。








貴重な大作

2012年04月20日

       庭に群れて咲く水仙。
       数株が自然に殖えました。
       約1000株あります。
       夕陽の逆光で見ると、
       圧巻です。
       一日出かけず眺めていたい。





 開会した、棟方志功展。
 目玉は、「群生の柵」の大作です。




 昭和32年に制作。
 前年に、
 イタリアのヴェニスのビエンナーレで
 最高賞を取って、
 一夜にして世界のムナカタになった。
 それで、新聞社主催で
 第一回東京国際版画ビエンナーレが
 開催されることになった。

 日本の版画の存在感を
 代表してアピールしようと、
 数か月がかりで彫った、
 これまでにない大作だった。
 古事記に題材を取った神々の日本神話で、
 あらゆる食物や生命の
 誕生と復活の物語。

 海外の審査員たちは、
 棟方の過去の作品では、
 過去最高の作品と評価したが、
 有名だし、前年にベネチュアなどで、
 国際賞を受けているからといって、
 受賞しなかった。
 おかしな日本の画壇、美術界。

 結局、この版画は
 2点しか残っておらず、しかも出品作。

 福光美術館所蔵の、
 「歓喜頌」の大作も、
 依頼者が気に食わないという
 理由で、あまり表へ出なかった。
 これも事情があって、
 本人が刷ったものは、1点だけ。

 両方とも、
 棟方が渾身のこころを込めて
 取り組んだ、
 稀少で貴重な大作である。

 いま改めて作品と対面すると、
 作家のこころが伝わってくる。



             (この看板がめじるし)



 古今東西、巨匠の
 名作と言われるものは、
 発表時、物議を醸すことがよくある。
 時間を経て、評価されるのは、
 いつの世にもある。
 この群生の柵もそのひとつ。


 
 きょう21日(土)
 午前9:30開会式。
 10時過ぎから、捧(ささげ)さんの
 貴重な講演会がおすすめです

 



ホームページが新しくなりました

2012年04月20日

       一重のヤマブキが、
       ようやく、
       開きはじめました。
       早朝の
       太陽光でかがやきます。
       なぜか、
       春の花は黄色が多い。

       春いちばん、
       ミツバチが認識しやすい、
       黄色という説もある。




 10数年ぶりに、
 美術館のホームページを
 大幅にリニューアルしました。

 nanto-museum

 または

 南砺市立福光美術館

 で、検索してみてください。
 「お気に入り」に、どうぞ。

 近年、全国からの旅行会社や
 マスコミ、
 美術関係者の問い合わせ、
 来訪が増えています。
 地方美術館には異例と言われるほど、
 団体バスが内外から増えてきました。

 その際、必ず事前にホームページで
 確認をされます。
 近年、あいつぐ棟方志功などの
 新しい発見や、社会変化に
 応えられませんでした。

 昨年度の市の配慮で、
 新年度に間に合わせることができました。
 
 企画展の情報はもとより、
 収蔵作家・作品の紹介、交通アクセス、
 ホットな話題まで
 デザインも新しいスタッフの起用で
 一新しました。
 ようやく、全国区で南砺をPRできます。

 館長の部屋

 と、いうのを新設してもらいました。
 まめに、裏話などを
 随時載せますのでよろしく。

 俊英展から始って、
 今回の棟方志功展の
 雪梁舎美術館
 捧(ささげ)理事長を紹介しています。

 全国1000店の(株)コメリ
 代表取締役会長。
 新潟で起業、一代で今日に。
 地域貢献、
 文化支援の企業姿勢は、
 未来型の社風です。







 21日(土)午前9:30から、
 捧ご夫妻をお招きして、
 オープニングです。
 10時過ぎから、
 「特別」講演会。
 作品の貸し出しは初めて。
 捧さんの講演も、初めて。
 (どちらも、断っておられるそうです)
 知られざる、企業人のお話は
 めったにないチャンスです。


 ご夫妻は、
 南砺市のためならと、破格の
 ご配慮いただきました。


捧賢一さんのこと

2012年04月22日
      2日間続いて、
      サクラ日和がつづく。
      美術館駐車場脇、
      桑山の山桜も含めて
      3種類のサクラの競演。饗宴。




 棟方志功展
 オープニングは、
 例年より遅めのサクラが祝ってくれた。




 館長の捧賢一さん。
 雪梁舎美術館理事長というより、
 (株)コメリ創業会長。
 全国に1080もの店舗網は、
 最近のこと。社員はなんと10000人。
 売上3000億円以上。
 6年前、お会いした時は700でした。
 それくらいの大会社なら、
 普通なら、立派な外車で運転手つき。

 それが、ご夫婦でJRで高岡まで、
 学芸員の運転で南砺まで。

 前夜は、有志による
 ささやかな会食。会費制。




 渡邊学芸員の作品解説
 (日曜、祝日、団体にも解説あります)
 企画からすべてを手掛けてきただけに、
 トークは面白くて、好評。
 これまでにない、珍しい作品ばかり。
 目録は、入館者すべてに。
 立派な図録は2500円(税込)
 (実は、私が執筆)




 オープニングのあとの、
 昼食は、友の会のみなさんと会食。

 捧ご夫妻、娘さん、学芸員。
 なごやかに、フレンチを楽しむ。

 会長は、定時制夜間高校、 
 農業、米屋の家業を継ぐも、
 もっぱら、当時の若者サークルの
 うたごえ運動に熱中。

 昭和30年代の若い人たちは、
 日本の未来のありかたについて、
 夜を徹して議論したり、
 みんなが集って、アコーデオンひとつで
 ロシア民謡など合唱したものだ。
 いまどきの婚活を
 毎夜のごとく、開催していた。
 村では、青年団活動も
 同じように活発だった。

 
 捧さんは、あるきっかけで、
 商業、流通業の
 社会貢献に目覚め、ホームセンターを
 本格的に起業され、今日がある。
 青年会議所活動でもリーダー。
 若い芸術家育成にずっと尽力。
 現在は経済同友会の重鎮であるが、
 地域社会貢献、災害時ボランテイアなど
 一貫して続けられている。

 実は、会長ご夫妻とは
 2度お会いしただけ。
 青春時代の共通体験をちらっと話しただけ。
 とても人脈と
 呼べるような関係ではないが、
 棟方志功に魅せられてのご縁。
 お見送りのとき、
 手を差し出したら、
 笑顔で力強く握り返された。
 ほっとする。 
 
 



ネパールで起きていること

2012年04月23日


         南砺市が誕生して
         間もなく、
         ネパール・ツクチェ村へ
         友好交流団が派遣された。
         2006年11月。




         平成元年、1989年。
         初訪問から、
         24年の歳月。    
         歓迎するタカリー族。
         


 初めての、ヒマラヤ奥地の未知の世界。
 そのころ、実感したのは、
 政争の激しさ。
 中国とインドの両大国に挟まれて、
 揺れ動く、世界最貧の小国だった。

 しかし、こころ優しい、
 すばらしい人たちとの出会いは、
 利賀村村民一行にとって、
 忘れがたい存在となる。
 ちょうど、昨今のブータンと
 まったく同じ雰囲気だった。

 当時の日本大使館からも
 激励のパーテーでもてなしを受ける。
「ネパール病というのがあるんですよ」
 大使の言葉がいまも印象に残る。

 外務省から、一度ネパールへ
 赴任した人は、
 帰国後、また望んでネパールへ。
 それくらい貧しくも、
 文化度の高い、天国だったのだ。
 まして、ヒマラヤ奥地の
 最少民族タカリーの聖地、
 ツクチェ村は、
 過疎に悩みながらも、桃源郷だった。




 氷河の水を集めて、
 ヒマラヤを貫流する、
 カリガンダキ川。(黒い川の意味)
 この川沿いに、チベットの民は
 ネパールへと。
 ブータンの民も兄弟民族。

 ニルギリという名峰(右)の
 対岸がツクチェ村である。
 紅い、そばしか採れない地域。

 


 カリガンダキを歩く。
 古来、河床は交易通路でもあった。
 今は、クルマで行けるという。
 正面は、高峰ダウラギリ。

 この地上の楽園が、
 この10年、混迷を続けた。
       (つづく) 

 

ネパールで起きていること-?

2012年04月24日
        今朝の新聞広告
        チューリップが
        もっと、
        好きになる本。
        関係者に喜ばれました。


        チューリップが、
        中央アジアの花、というのが
        みなさんびっくり。
        日本で初めての本。




 同じアジアでも、
 10年前までは、花園のような楽園。
 ネパールの話の続き。

 現地に暮らして、
 15年の日本人女性、キヨコ オグラさん。
 ネパールのマオイストに信頼があり、
 貴重なレポートを毎日発信。
 ずっと、チェックしてきた。

 ネパールは、
 国王派と統一共産党が連合して、
 国政を担当していた。
 しかし、武闘派の過激派が台頭。
 王制を廃止。
 中国の毛沢東主義派にちなんで
 マオイストと呼ばれ、国民は震え上がった。
 新憲法も4度延長され決まらない。
 (中国は無関係と表明)

 おだやかな、争いごとを嫌う国。
 観光産業だけが基幹産業で、
 この10年、
 ただでさえ貧しい国が、疲弊しきった。

 一部、兄弟国のブータンに流れ込み、
 問題が起きる。

 行き詰った政治、経済。
 ようやく融和と合意が出来て、
 マオイストは国軍に一部吸収され、
 あとは退職金をもらって、除隊。

 ボロボロになった、ネパール。
 ようやく立ち直りはじめる。
 勇気ある日本女性は、
 外務省も頼りにするジャーナリスト。
 その努力が、
 花ひらくことに。

 南砺市との絆も復活できそうである。

追悼 かんなりさん(写真追補)

2012年04月25日

      桑山の頂上に、
      イカリソウが群生している。
      むかし、一株を
      庭に移したら、
      ずいぶん増えてきた。
      妖精のような花が好き。





 福光本町の
 神成與一郎さんが亡くなった。
 享年87歳。



        2008年11月撮影

 ルーツは神成という地区。
 香具師から子ども向けの店を。
 戦後、町へ出たら、ここで
 珍しいアイスキャンデーを買うのが
 最大の楽しみだった。

 「子どもだましのカンナリヤ♪」
 里の悪童たちが広く囃していた。
 おしゃれな喫茶店「かんなり」の
 マスターにその話をしたら、
 笑って、よく承知されていた。

 実は、神成さんは
 青年団の団長だったころ、
 福井大震災が。
 棟方志功とすぐ、作品頒布会を組織。
 売り上げを持って、福井へ飛んだ。

 棟方志功は、福井大震災への
 全国義捐の第一号となる。

 よく、演芸会も企画された。
 背景は、棟方志功が大作を描いた。
 残っていれば、ン千万円。
 終わって、破って、川へ流した。

 戦時中は、グライダーの教官。
 町の若者たちに、飛行機のエンジニアを
 勧めたために、ゼロ戦の整備士になる。
 特攻隊員にはならず生還。
 家族から感謝されたという。

 また、当時優秀なな無線技師。
 玉砕寸前の、硫黄島へも
 飛んだこともあるという波乱万丈の
 人生だった。




 最後まで、ダンデイーな都会的雰囲気の
 マスターでよくお世話になった。
 ご冥福を祈ります。

高齢者ほど戦力

2012年04月26日
   
             例年にない積雪で、
            チューリップも
            いじけながらも、
            芽を伸ばす。




            深山にあらず。
            庭のコゴメゼンマイ林。
            どんどん増えて、
            三度三度、馬の飼葉ように、
            食べても食べても減らない。




 遅れていた川合田温泉の桜。
 遅れていた、
 スタッフの歓送迎会。
 と、いうより、
 仲間内の花見の宴。
 まるで大家族。



 棟方志功記念館、
 愛染苑は、最近内外の
 VIPの来訪があいつぐ。

 とんでもない大会社の
 トップの方や、
 美術館長なども。
 急な来訪にあわてる毎日。
 しかし、
 どんなお客さまでも同じ扱い。

 スタッフの平均年齢は高い。
 報酬は決して多くはないけれど、
 勤めてから、あっという間に
 みなさん10歳は若く見えるようになる。
 いろんな人と接するからか。

 何よりも、
 語り部という仕事が
 若い人より有利。

 人生経験と重ねあわせて、
 また、日々学びながら若い人に
 語りかけ続けてこられた。
 これまでも、何人も、
 辞めたいと言われるのを、
 何度お願いして、
 続けてもらったことか。

 遠来のお客さんから、
 感激したと、
 お礼のお菓子もときどき。

 南砺の高齢者は、
 もともと元気なのです。

 



現代チューリップ花咲じいさん

2012年04月28日
        南砺市生まれの
        西井謙治さん。
        88歳。
        チューリップひとすじで
        70年。 




 第2回チューリップシンポジュウム。
 女優の磯村みどりさんと。 
 西井さんは、とやまのチューリップの
 現代版花さかじいさん(失礼)
 戦後、砺波園芸試験場や、
 優良品種認定委員(現役)など。
 第一回の
 フェアも企画された。




 もう40年続く、
 県の優良品種認定委員会。
 試験圃場での審査。



   ことしの候補、アレキサンドラ種

 室内での、試験データ検討。
 花の美しさだけでなく、
 あらゆるデータから生産性、など
 10年先まで見通して選定する。




 試験場で、新品種開発の圃場を見学。
 二つの品種を掛け合わせ、
 7年くらいかけて咲かせると、
 なんと、こんなバラバラの花になる。
 (人間もおんなじか)



 先祖の遺伝子がめちゃ混じって、
 みんな違った花になる。
 それから、選抜、固定という
 気の遠くなる作業が続けられる。




 数千本のなかに、
 こんな素敵な一輪を発見。

 すばらしい明るいマゼンタ赤。
 鮮やかなコバルトブルー、
 イエローのしべ。いいバランスだ。

 試験場の技師に知らせる。
 すぐ、目じるしのポール。
 うまく固定されても、市場に
 流通するまで、
 15年はかかるかなあ。
 私が見つけました。
 でも、うまくいっても、
 生きてるうちはムリ。




 

かわいいね

2012年04月29日

        あさいちばんに、
        駆けつけました。

        チューリップを
        撮りたかった。

        会場で見かけた
        この風景。
        みんな、こんな
        時代もありました。




        花園の天使?
        クリックいただければ、
        少し大きくなります。


松村謙三に学ぶ会

2012年04月29日

       昨年、KNBさんが、
       制作された特別番組
       「けんそはん」
       傑出した、
       今の時代にふさわしい視点だった。
       いまも記憶に残る。

       


 松村謙三に学ぶ会、発足。
 新聞で知る。

 提唱者の四方県議。
 新湊で障がい者の関係者の集いに
 講演を頼まれたことがある。尊敬する人。

 小杉、砺波、朝日、魚津、
 首長はみな松村信者。
 お世辞でなくて、心底から
 飲んでいるときには、
 たいてい熱を込めて話される。
 政治家として松村精神は、
 いまも政治家親子に継承されているが、
 松村先の遺族は
 政治家になる気はまったくない。

 県東部のある市の名誉市民の
 推戴式で、流された映像は、
 故筑紫哲也氏の、松村謙三さんを
 取材したときの感動を延々と。
 卓越したジャーナリストが
 もっとも尊敬する先輩、政治家として。

 南砺出身というだけで、すぐ相手は
 松村・棟方の2人を連想してくれる。
 おかげでトクをする。
 どちらも世界に通用する巨人。
 いや、稲塚権次郎さんもいるのだが、
 いまいちで残念。




 松村記念館。
 いつもは鍵がかかっているようだ。




 たまには、空気を入れたいもの。




 110年前の、早稲田大学での
 日記と卒業論文。
 日本の歴史遺産であろう。

 この、「日本農業恐慌論」は卒論。
 日本の農業史、日中国交回復の
 原点である、貴重品。

 現在の国の要人に見てほしい。
 いや、
 昨今の遊びほうけている、
 大学生にこそ見せたい。
 襟を正さざるを得ない聖典。

 この卒論を、日本のトップの
 全国紙に紹介してもらったことがある。

 まったく、新聞社内で反応なし。
 超エリートの若い記者たちは
 松村謙三先生を知らない。
 
 記者はがっくりきていた。
 風化させてはならない、宝物が
 このケースに。
 いつ埃を払うことが出来るか、と
 案じていた。

 ようやく、
 南砺市以外から声があがる。
 外から評価されないと、なかなか
 真価が認められないのは
 棟方志功もおなじ。

 自分に利用価値あるときだけ、
 自分とのかかわりを利用するという、
 困った輩は、
 いつの世にも存在する哀しさ。

 松村先生の顕彰にようやく曙光がさした。
 ありがたい。




 
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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