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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

雪が笑う

2012年02月01日
       写真目線では、
       きれいだなあ。




 これだけ積もると、
 あさ一番、総出で雪かき、
 ごくろうさん。
 来館者は減るけれど、
 かわりに、いろんな人たちが
 難題を持ちこんで来られる。

 ついつい、その話に
 のめり込んでしまう。
 南砺市には、
 志たかく、がんばっている人が
 多いことにうれしくなる。

 館内の会議も、
 ひたすら新年度に向けての
 詰めの会議が続く。
 スタッフも新しくなって、
 見違えるほど明るく、
 すこぶる士気がたかい。
 大切な季節。




 池の雪が
 まるで、笑っているみたい。

 迷コーチさんと、
 とちのみさんの
 ブログを見ていると、
 雪下ろしボランテイアが
 こんな時必要な家が多いと思う。
 特に、高齢化の集落で。

 協働のまちづくり。
 最初聞いたとき、
 こんなときに、
 市民が協同して働く
 プロジェクト?と、
 早合点していた。

 広いようでせまい南砺市。
 きがるに、誰でも
 出来ることで、
 助け合う仕組みが
 できないものか。

 文化もイベントも 
 議論を重ねることも大切。
 でも、
 目の前の
 誰かの難儀に、
 すぐ動くことも大切。

 そんな、明るさが、
 わかりやすさが、今ほしい。

 年寄りが長生きしたことがうれしくて、
 若い人が、子をもやす(生む)ことが
 うれしくなるような。

 平場の人が山間地へ、
 まちなかの高齢者宅へ、
 婚活カップルが、
 明るく応援する。
 いっぺんに、仲よくなれる。
 日本に、そんなまちがあってもいい。
 そのために
 大合併したんだよね。





城端線に?

2012年02月01日
 
      降りしきる粉雪
       散居の屋敷林が浮かんで
       幻想的です。




 城端線で、
 ときたま見かけるようになった、
 外人さん。

 これまで外国人は
 中国が多かったが、
 どうも、
 フランス人の若いカップル。




 観光パンフレットを
 広げて、
 楽しげに車窓を眺める。

 金沢は、
 あきらかにフランス人の
 観光客が増えていると、
 タクシーの運転手。

 町の変化は、
 タクシードライバーに
 聞くのが最良である。
 東京でもおなじ。

 ミシュラン・ガイドの
 三ツ星の影響はじわじわと。
 五箇山観光も、
 センスが
 求められる時代へ。
 従来型観光戦略も
 吟味したいもの。

 5日の金沢での
 南砺ゆかりのつどいで、
 鈴木大拙と、
 五箇山文化について
 講演することに。

 金沢文化を刺激したのは、
 南砺の人たちです。
 特に、五箇山の。

 ようやく、「自然人」の
 城端線で考えた―の
 エッセイ、脱稿。
 ふう〜
 

スズメのお宿 (画像追加)

2012年02月03日
   
      冬の生きものたち。
      冬を生き抜くのはたいへん。

      キカラスウリが
      ぶらぶらしていたが、
      最近になって、
      ようやくクロツグミ♀が
      食べ始めた。




      よほどまずいのか、
      いまごろ熟成するのか、
      わからない。




 雉さん用に、エサを用意。
 ところが、スズメたちがめざとく
 見つけて集まってきた。

 近年、
 スズメの減少が
 ニュースになる。

 人間と共生してきたが、
 巣になる瓦屋根の構造が
 変わったためとか。
 ビル、マンションも増加した。

 ずっと昔、高岡駅前に、
 スズメのお宿で全国に
 有名な家があった。

 3代目勇助塗りの継承者である
 彼谷芳水さんで、100歳近くまで
 元気に創作活動を。

 庭に100個の、
 ひょうたんが吊るされた。
 福岡の菅笠の屋根つき。
 まめに、屑米で育てる。



      北日本新聞1972.12.27広告企画
        「美しい富山」より イラスト:川上英子


 あの土門拳さんも撮影に。

 小さな子供を亡くして、
 庭にお地蔵さんを設置したところ、
 スズメたちが集まり、
 ああ、幼子と遊んでやっているのだと、
 以来、ひょうたんを増やす。
 仕事場まで、安心して
 入ってくるほどに。 

 終生仲よくしてもらった。

 城端の小原治五右衛門塗りが
 絶えないように、
 14代を京都からUターンに尽力。
 しかし、経済的に成り立たず、
 自分の代で、
 勇助塗りは絶えた。

 スズメを見ると、
 竹内栖鳳とともに、あの、
 やさしい彼谷さんを思い出す。

 県の野鳥保護の会副会長で、
 福光のサギのコロニー、
 うずら山の保護のために、
 近隣の農家を説得に歩かれた。




 キジがやってきて、
 おこぼれを狙うスズメたち。



南砺の循環型社会を

2012年02月04日
 
        南砺市に
        新たな光明を、
        という意気込みだった、
        協働のまちづくり。




 ちょっと、ショック。
 新聞で、知る。
 策定委員として、力不足だった。

 条例を作る動機。
 推進体制。
 2つの委員会の審議。
 議会。報道関係。

 それぞれのコミュニケーションに
 ギャップがあった。

 ことばは消えても、
 「協働」という概念は生かしたいもの。

 そのためには、
 異業種交流のような、
 異なった意見の持ち主どうし、
 年齢、立場、性別の異なる出会い。
 意見交換できるような、
 時間と場が、
 必要なのではないか。
 気の合う仲間だけで固まらず。 

 つまり、風邪通しのいい、
 柔軟な、
 人による循環型社会とでも
 言うべきか。

 丸投げや、
 人のせいにせず、
 悩んで、考えぬく。

 いま、必要なものは何か、
 内なる声に
 耳を傾ける時間は、
 孤独だが貴い。
 
 咀嚼が不十分のまま、
 外部からの提案を、
 うのみにする危険。

 成功事例を視察、手本に
 したくなるものだが、
 それぞれ完成までに10年の
 大変な努力の結果である。

 それにヒントを得て、
 モノになるまでまた10年。
 20年の間には、
 時代や環境、価値観、
 ライフスタイルが
 激しく変わる怖さ。

 不思議なことに現場からの
 若い人の発想はたいてい成功する。
 
 貴重な教訓としたい。
 不一。

あの春乃色食堂

2012年02月04日
       テレビ番組も、
       地元の雑誌もあげて、
       グルメばやり。

       そんな昨今ですが、
       ご町内の
       三ツ星レストラン

       なんて、
       ちょっとへそまがり?

       いえいえ、
       富山県内のどの町にも
       必ずある大事な
       食堂がある。
       どっこいがんばっている。

    



 福光宮脇町の春乃色食堂、などを
 県内で取材の
「富山写真語・万華鏡」
 第241号で特集です。

 辻澤 功さんの執筆。
 おでんの味。店の味。
 ご主人の持ち味などが名文で。




 はれあたまさんの
 富山市のとんかつ屋女将の
 インタビューも出色。
 県内あちこちから反響です。

 ただ、なんと言っても
 写真家の眼です。
 この人の目線に圧倒されて、
 数十年です。

鈴木大拙と南砺

2012年02月05日

       金沢本多の森に隣接して、
       昨年10月18日にオープンした、
       鈴木大拙館

       目立たない、
       一見地味でシンプル。
       緊張感のある、
       ミュージアムです。
       フランスからの観光客で
       賑わっていました。



 鈴木大拙は、
 世界に禅と仏教を広めた
 最大の功労者として著名です。
 文化勲章受章者。

 あの、ステーブ・ジョブスも
 現代のフランス人も、
 みな、禅と日本文化から
 インスピレーションを得ています。
 (ゆかりの集いで、山辺県議が
  リヨンへ行った新聞記事の見出しが
  ZENになっていたと教えてもらう) 





 設計は、世界で活躍の
 谷口吉生氏で、
 お父さんも金沢出身の谷口吉郎。
 文化勲章受章者です。




 旧高瀬村・旧井波町出身の
 作家、岩倉政治と、
 吉田龍象は在家で大谷大学へ、
 そして、鈴木大拙先生に師事する。

 岩倉政治は、鈴木教授のおかげで
 大谷大学を卒業し、家庭教師、
 書生、英文出版編集助手をつとめ、
 亡くなるまで生涯私淑した。

 「真人・鈴木大拙」法蔵館刊
 岩倉政治でなければ書けない名著。
 親鸞と、真宗論を展開していて、
 仏教を現代に生かす提言も。




 さらに、行者赤尾道宗を執筆し、
 この妙好人を大拙に紹介した。

 大拙はもっとも尊敬する人として、
 釈迦や高僧ではなくて、
 道宗をはじめ、妙好人を挙げ、
 著書や講演で紹介した。

 吉田、岩倉の話を聞いて、
 疎開中の棟方志功は
 大感激した。

 五箇山の道宗のお寺へ何度も、
 足を運んで、作品を寄進している。
 (著書・板響神に紀行文
  その下書き肉筆原稿、美術館で所蔵)

 南砺のなまぬるい真宗に
 辟易して幻滅していた志功に
 改めて開眼させたのも、
 これら、一連のつながりである。

 金沢が生んだ世界の巨人。
 南砺ゆかりの世界の版画家。
 棟方も文化勲章受章。
 奇しくも3人の受賞者。
 (昨年受賞の大樋さんも
  交流していたので、4人も!)
 それを、つないだ絆。
 ふしぎな縁である。

 金沢の教育長や、えらい人たちが
 みな感動されていた。

 南砺市のみなさんには、
 そんな宝物があったのかと、
 これまた喜ばれた。



      (地図:道宗道の会パンフより)

 南砺の中央の背骨のような、
 道宗道を、全国有数の
 トレッキングコースとして、
 そして南砺市を貫く、
 精神的なバックボーンになればと願う。

 機会があれば、
 図書館でどうぞ。






金沢・南砺ゆかりの集い

2012年02月05日
       金沢のホテルで、
       第20回
       金沢・南砺ゆかりの集い

       金福ゆかりから、
       ずいぶん、盛大に。




 第一部は、記念講演。
 きっかり25分で。

 挨拶、乾杯。


 両市で300人。
 なつかしい顔、かお、カオ。




 定番。
 もちつき太鼓。
 熱演の若い娘さん。
 かわゆい。




 御大もご夫妻で。

 例年になく、
 盛り上がった。
 
 講演の要旨は、
 改めて。







珍しいものと再会

2012年02月07日
       棟方志功の研究に
       いろんな方が
       愛染苑を訪れます。
       油断のならない、
       その道の専門家が多い



 棟方志功の、南砺へ来た
 本当の理由は?
 生涯の最高傑作は?
 立山へは何度のぼったのか?など
 矢継ぎ早に切り込まれる。

 終わって三ツ星れすとらん
 春乃色食堂のおでんで、ぐいッ。
 富山駅まで同道した。

 駅前の仮店舗で、
 ちょっと懐かしいものに再会。




 バレンタインかまぼこ、
 なんだそうな。
 いきいき富山が、
 どっこい頑張っていた。
 30年前の
 私のデザインである。




 隣りの薬局に。
 ミロンという胃腸薬。
 私が中学卒業してすぐ、住み込みで
 デザイン修業した日に、
 いきなり徹夜で一晩で仕上げた。

 中学の美術の先生が、
 たまたまこの恩師と親しく、
 部活で、本格的なデザインを
 習っていたので、抵抗はなかった。
 15歳の春。
 当時よりちょっと変更されている。

 赤玉はら薬は、
 その1年後ぐらいの仕事。
 デザインはまったく変わっていない。
 16歳の春でした。
 55年前の図案が、いまも。

 かなりの早熟少年。

 こんどの震災で、石巻の避難所から、
 悲痛な声で、この赤玉はら薬を、と
 開通したばかりの公衆電話で、
 注文されたと、水橋の
 配置薬業の方から聞いた。

 救援物資のカップラーメンばかりで
 みんな下痢をしていた。
 このデザインでなければ効かないと。
 見ただけで、治るがやとも。
 







遠藤館長をしのぶ

2012年02月08日

       富山には、
       過ぎたるものが
       2つあると、
       全国から笑われた。

       30年前のこと。

    


 富山県立近代美術館と、
 利賀フェステイバルである。

 館長の小川正隆さん
 主宰の鈴木忠志さん
 ともに、静岡出身で、静岡県の
 ショックは大きかった。

 新たに美術館を作るときは、
 富山へ行け。

 演劇評論を書くには、
 利賀へ行け。

 すべて文化は富山詣で。
 長らくそういう時代が続いた。
 このお二人を、
 セットして「芸文とやま」に
 対談してもらった。

 「富山から文化を世界に発信させよう。
  ともに、がんばろうぜ。」


 しまいには、
 鈴木と小川を静岡に取り戻す会まで、
 政財界も巻き込んでできた。

 小川館長は、実に多くの人を育てた。
 遠藤さんもそれに続いた。
 お二人の恩人の
 ご冥福を祈る。

県民カレッジとなみ

2012年02月09日
       参った!

       パソコンの
       受信トレイが満杯。
       四苦八苦しても
       受信不可能。
 
       なんて不便な
       電気製品なんだ。

       夕方、プロに応援を
       頼んで、
       ついでに、パソコンを
       どついたら、復帰。
     
     



 城端線は、ときおり、
 ホワイトアウト状態に。
 ちょっとの晴れ間。

 けなげに、ローカル線は
 時間通りに走り続ける。
 ごくろうさん。
 感謝です。

 北陸線の特急はメタメタ。




 小矢部市旧津沢の
 旧砺波女子高校が、単位制の
 となみ野高校になって久しい。

 その立派な校舎を活用して、
 県民カレッジ砺波地区センターが
 設けられて10年。

 その運営委員会。
 小矢部市、南砺市、砺波市が
 そのエリアだが、
 遠く富山市や氷見市、高岡市からも。

 人気は、
 ふるさと発見講座と
 教養講座。一流の講師陣で
 ぜいたくな内容。
 現地研修も組み込まれている。
 南砺市民の参加がいちばん多い。

 公民館などに、
 講座案内があります。
 もうすぐ、24年度の計画が。

 特別講座という、
 社会人と生徒がともに学ぶ、
 パソコン入門教室など、
 いつも抽選の講座も盛りだくさん。

 こういう方式は、
 全国でも富山県だけで、
 文部科学省が絶賛。

 都会地のカルチャーセンターより、
 はるかに安く、
 はるかに中身が濃い。
 なによりも、
 受講生の熱意と雰囲気がいい。
 県の本部の方も、
 いつも感動して帰られる。

自然エネルギー

2012年02月10日

       いよいよ、南砺の冬の
       風物詩・雪あかり祭り。
       利賀のそば祭り。

       巨大紙風船に、
       版画年賀状展の大賞の
       酒井政保さん(愛知)の作品が
       拡大されて宙に浮かぶ。

       7年間、挑戦続けて
       ついに大賞を射止められた。
       ご本人のお気持ちも
       宙を舞うことに。




 先日、富山市で
 中山間地域の活性化セミナー。
 建設業関係者むけに、
 小水力発電への可能性を
 富山国際大学の上坂博亨教授が講演。

 そのなかで、かって
 日本一の実績を持つ、砺波地方の
 「たにし」と俗称された、
 螺旋水車の事例を紹介された。

 自然エネルギー開発は、
 大きいだけが能ではない。

 江戸時代の日本の人口は
 3000万人。
 食料とエネルギー自給の最低ライン。
 そういうなかで、
 現在の1億2000万人が
 生きていくには、
 どうすればいいか、のお話。




 そして、建設業の農業参入の
 可能性について、
 金沢の自然薯栽培の
 建設業の実践者のお話。
 ユーモラスな語り口に笑いが
 会場を包んだ。
 もうからんけど、
 農業は楽しいという、明るい話題。




 いつもは、講演する側。
 人の話は聞いてみるもんだと、
 おつきあいの、義理で出席したことに
 反省と収穫と。

ちょっとおでかけ

2012年02月11日
ちょっと、おでかけ
ちょっと、おやすみ
です。よろしく。

ちょっと東京へ

2012年02月12日
      そば祭り。
      雪あかり祭り。

      後ろ髪を引っ張られながら
      (引っ張るほど無かった!)
      東京へ。
      恨めしい。




 荒れる日本海。
 越後湯沢は4メートルの雪。




 義兄の彫刻家として、
 地域貢献などの評価で
 文化庁長官賞の受賞のお祝い会。
 佐久間良子さんらとともに。

 前後して、5人の方々と、
 面会、打ち合わせ。
 Uターン希望の編集者。
 いきいき富山館の幹部と意見交換。
 福島から避難で頑張っている人。
 東京から見た、
 富山とは、南砺とは。
 ナマの情報が役立つ。

 北陸新幹線。
 みんな、醒めた見方をする。
 首都圏の人たちの
 ハートを射るのは
 並大抵のことではない。
 地元の空気と
 大きなギャップがある。




 ホテルで
 原稿書き。締切が厳しい。




 スカイツリーは
 どこからでも見える。
 閉塞状態の東京の唯一
 元気のシンボルか。

 そば祭りも、
 雪あかり祭りも、
 好天でよかった。






志賀原発の安全性

2012年02月13日
       石川県志賀町。
       イメージアップも含めて
       全国の子どもたちの、
       版画による
       まちおこしに取り組む。
       審査を手伝ってきた。

       美術館の年賀状公募展で、
       子どもの部大賞は、
       志賀町の高浜小5年
       澤田千裕さん。
       巨大紙風船にも登場。




 きのう東京で、
 偶然に教えてもらった話。

 その方のお父さんに昔お世話になった。
 偉くなって、志賀原発の
 建設プロジェクト担当責任者に。

 とても、
 そういう風に見えない人だったが、
 古文書が読めた。

 地元の過去の古文書を漁り、
 地震と津波の記録に
 たどり着く。

 あった!

 設計済みの堤防や、
 地盤強化を2倍に指示した。

 堤防を2倍にしたら、
 予算も2倍でなく10倍になる。
 ずいぶん社内で
 抵抗があったはずであるが、
 かたくなな、
 その人の性格が幸いした。
 
 原発の是非ではなくて、
 そんな事実もあったということ。

ある協働のまちづくり条例

2012年02月14日
      
      バレンタインデー。
      成果は3個。

      屋根雪が溜って、
      ふしぎな造形をつくります。
      屋根瓦が作用するみたい。




 ある県内の市が昨年秋に策定した、
 自治基本条例。
 地域協働課が事務局。

 地域が自ら動くまちづくり〜
 市民参画と協働のまちづくり。
 前文も、章立ても
 南砺市と基本構成はほぼ同じ。

 少子高齢の急激な進行
 財源の不足、住民ニーズの多様化も
 まったく同じ。

 策定の目的は明快。
 小学校の校下単位の自治振興会。
 13の公民館を拠点として、
 歩いて行けるコミュニテイの活性化と、
 コミュニケーションの充実
である。

 子どもを地域で見守る。
 高齢者を孤立させない。

 さらに、地域の歴史文化を
 みんなで光らせる。
 高齢者ほど、出番が多くて、
 いきいき輝いている。

 この4月から、正式スタートさせる。
 役員、理事会、6つの部会、地域の
 体育やPTA、任意団体、
 福祉や防災にいたるまで、
 35ほどの団体があった!
 それが一本化される。
 現在は、役員を民主的な手順で選考中。
 みなさん、親しい顔見知り。

 現代は、住民のだれもが、
 十重二十重に、地域の
 いろんな組織とかかわって
 生きている時代だ。

 さらに行政は職員も金も出す。
 口はあんまり出さない。

 地域の課題解決や、
 生涯学習や地域の行事も協働で。
 公民館長や、校長先生もメンバー。
 議員さんはつかず離れず。

 町場と農村部の自治振興会どうし
 けっこう楽しんで交流している。

 明治のころ、
 歩いて日常的用事が足せた、
 せまい地域が自治体=行政だった。
 その原点に帰って、
 絆を現代風に培うための条例として、
 動き始めている。

 市民が主体のまちづくり、という
 あたりまえのアクション。
 



南砺市文化芸術都市を考える会

2012年02月15日
        きょうから、
        美術館市民ギャラリーで
        小矢部園芸高校の
        作品展。
        善徳寺の透視図はすごい。
        集団創作・傑作。




 午後、福野庁舎で。
 南砺市文化創造都市を考える会。
 第一回である。




 各界の第一人者、というのは月並み。
 委員の皆さんは、
 南砺市の文化プロジェクトに
 かかわって、20〜30年という、
 少数精鋭のメンバー。

 きょうは、
 利賀フェステイバルを俎上に。
 合併して、初めて
 南砺の宝ものに、
 メスが入る。

 さきがけて 緑の里から 世界へ

 総合計画などのメインテーマ。
 さきがける
 世界へ

 みんな肌触りがいい言葉。
 それより以上に
 「緑の里」を、
 しっかり、見つめ直したいものである。




北陸の観光戦略のために

2012年02月17日
      また、寒波が
      北陸へ。
      早朝にはまだ淡雪。
      新聞配達の軽四の
      わだちが、
      絵を描く。




 北陸新幹線の開業。
 観光についての思惑が、
 3県3様。
 行政の温度差が問題に。

 ならば、
 経済界が連携して
 バックアップすることに。
 北陸経済連合会で、
 広域連携プロジェクトチームが
 このほど発足した。

 過去2年間、
 国交省新潟運輸局が
 研究会を続けてきたが、
 その時のメンバーが引き継ぐ。



    各200ページの膨大な
    最新データがぎっしりの報告書
    南砺市の事例が多く入っている。
    国交省・新潟運輸局発行


 わずか8人。
 でも気心の知れた仲間。
 肩書きでなく、
 すべて実務者、現場人間ばかり。

 当面は、
 「北陸物語」の編纂発行を
 中心にしながら、
 近畿、中京、そして首都圏へ
 プレゼンテーションを
 重ねることになる。



     出来たばかりの第2号。
     オールカラーで、
     70ページ。北経連発行


 3県の違いを尊重しつつ、
 連携させながら
 北陸の観光について、
 統一シナリオを
 提案していくプロジェクトである。

 せっかくの貴重な情報とデータ。
 あまり活用されていない。


南砺の巨人、5人。

2012年02月18日
     
       なごりの雪なら
       がまん、できるけど。

       さざんかが、
       雪の上に紅を散らす。




 なんとは、
 なんとも困った市だ。
 世界的な偉人が
 多すぎる。

 もし、個人的に
 南砺版ノーベル賞を出せたら、

 1.赤尾の道宗さん
 2.稲塚権次郎さん
 3.山崎兵蔵先生

 あとは、
 松村謙三先生と
 棟方志功さん

 世界に、確実に通用する方ばかり。

 なぜ、山?兵蔵先生?

 刀利村に一生を
 捧げたというだけでなく、
 東洋のペスタロッチ、
 いや、それを超えた偉人であろう。

 いまの時代、
 もっとも求められる人。

 あす、金沢で、
 太美・刀利メッセージ委員会で
 DVD発表もかねて、集い。
 50人の部屋を予約。
 ところが100人が殺到。

 稲塚さんも、
 世界に貢献した巨人。
 真っ先に、
 ホンモノのノーベル賞を
 貰うべき人。
 うどんに終ってはもったいない。

 まちづくりには、
 先人に学ぶことも多いのでは。

 きょう18日の朝日新聞
 北陸版に、
 棟方志功・愛染苑のことを、
 コラムで寄稿。
 南砺時代の話。


監的壕のこと

2012年02月18日


     たいへんな雪なのに、
     熱心な有志による、
     立野が原の「監的壕」の
     勉強会を美術館で。

     マイナーツアー企画とか。

     えええッ
     立野が原の
     旧陸軍演習場が、マイナーな
     負の遺産とは!

     立野が原は、
     3万年前の日本最古の
     石器時代遺跡。
     日本でほとんど産出しない、
     メノウが出土し、
     立野が原式ナイフ式石器は
     考古学会をゆるがした。

     加賀藩の殿様の鷹狩場に
     カムフラージュした、
     つまり、錬兵の丘陵地帯。

     戦前70年間にわたって
     旧陸軍演習場として
     強制収用された。
     100万人の若者が、
     ここで汗と涙を流し、
     戦場へ向かった。

     朝鮮戦争勃発で、
     米軍軍属を守るための、
     戦後の警察予備隊基地に、
     米軍、国、県、近隣の町が
     あげて「企業誘致」の感覚で
     大賛成した。

     すでに入植の開拓団と、
     地元農民、
     わずか2000人の
     小さな村だけで、
     命がけで反対して、
     見事にひっくり返した。

     食料増産は国是だった。
     自分たちの土地を
     守るためにがんばった。

     (野田首相と沖縄のみなさんに
      紹介してあげたい)

     

     わが国の
     古代、中世、近世の歴史が、
     ぎっしりの物語り。
     この狭い地域が、
     全国唯一の歴史遺産の宝庫。

     南砺市の
     どまんなかにある資源。
     そのシンボルが
     めだま監的壕です。




     地主、老人会有志が
     ボランテイアで守ってきました。

     もうじき全国から
     注目、視察、見学、研究に
     やってくるでしょう。

     足元の歴史を学んでこそ、
     未来が見えてくる。
     ご苦労様でした。

     

美術協会総会

2012年02月19日
 
     城端線が、除雪のため
      福野で動かない。
      30分はかかると言われて、
      ちょっと焦る。



 福光美術協会総会
 そして懇親会。

 歴史はあるが、
 高齢化も絵に描いたよう。

 


 高齢化といえば、
 畳の上での椅子席は、ありがたい。

 合併して、
 南砺市の日本画連盟と
 洋画連盟はいちはやく一本化した。

 歴史のある美術家協会も、
 南砺市で一本化が
 そろそろ俎上にあげてもいいのでは。
 開会あいさつで提案。

 昨年からスタートの
 「アートで遊ぼう」プロジェクトは
 南砺市全域で参加者が。

 昨年秋でも、館で、
 中学生の美術展も
 南砺市全域で参加してもらった。

 3月3日から、
 アートの俊英展が始まる。
 南砺を中心にした、
 31人の作家が結集する。

 美術協会も、
 南砺で一本化してほしいものだ。
 
 
 

刀利からのメッセージ

2012年02月20日

     
             晴天でした。




 小矢部川と医王山。
 この山奥で、
 小矢部川の源流には
 ダムに沈んだ村、刀利があった。
 聖人、山?兵蔵さんが生涯を
 捧げたドラマの舞台である。

 恩師・山?先生の遺徳をしのんで
 湯涌温泉で50人の集い。
 もう50年前の話。
 ところが100人も殺到。
 大きい部屋もぎっしり。
 想定外。




 平均年齢80歳。最高94歳。
 壮観というしかない。
 50年前、ダムの水没で、
 湯涌へ6割、福光へ4割が離村。
 ま、同窓会。




 この日の特別講演。
 富山民俗の会幹事の仲間、
 加藤享子さん。
 子ども離れを機に、
 小矢部川上流の民俗調査を
 こつこつ、続ける。  

 130年前に、
 4度目の 東本願寺再建。
 造営のために全国から巨木を集めた。
 信仰心の篤い刀利の村人は、
 白山社の欅の巨木を献木した。
 明治初期の奇跡のプロジェクト。
 20日間でのべ3800人が
 14メートル、幹回り3メートル。
 重量3万キロの見事な欅を
 山奥から運び出す。
 小矢部川の水運がきくところまで、
 数百メートル、峠を登り下る。
 山の峰へ引き上げ、降ろす。
 毎日200名が力を合わせた。
 当時の木遣り節も残されている。
 
 現在、東本願寺の最も神聖な
 いちばん目立つところに
 いまも厳然として屹立している。
 いまも美しい木目が光る。

 加藤さんの講演は、
 旧村民が初めて聞く、親たちの話。
 会場は感激のため息。
 涙する人も多かった。

 以前に記録はDVDになり、
 全国10000の寺院に配布された。
 刀利の人たちの
 篤い信仰心の再現記録である。
 全国の本願寺門徒に、
 明治の奇跡として南砺が一躍話題に。





   刀利の語り部、
   南源右衛門さんの貢献は大きい。


 


 上坂・太美自治振興会会長が
 このプロジェクトをまとめられた。
 高齢化だからこそ、
 残り火を掻き立てて、
 2倍がんばれば、世の中が、
 明るくなるんだという、
 みなさんのパワーには圧倒される。

 太美山地区の、かっての仲間たちと
 手をたずさえて、
 ふるさとの物語りを掘り起し、
 未来への夢を共有する。
  
 会場を見ていると、
 高齢者ほど、いたわり、大事にする。
 旺盛な、信仰への篤い想いを、
 互いに語り合い、学ぶ。
 ごぼはんの姿はないのに。
  
 まちづくりとは
 こんなことなんだろう。




 次の企画までがんばろうと万歳!
 それまで息災でえと、
 肩をたたき合って別れる。

 南砺の20代の
 若い人たちに見せたかった。
 なぜなら、
 80歳の皆さんが、
 未来へメッセージを伝えよう
という、
 この迫力。
 はんぱでない若さ!

 恥ずかしかった。









北陸の観光キャンペーン

2012年02月22日
      ちょっとの晴れ間
      蝋梅が、
      ふくいくと香る





 県庁前の花時計花壇の
 デザインコンクールの審査会。
 3歳児から成人まで
 1692点の応募。
 井波小学校からも入賞者が。
 28日に発表です。

 NHKの天気予報の
 バックに登場します。
 楽しみです。  




 北陸3県の観光キャンペーン。
 新幹線開業まじかに開始決定。
 DC(デステネーション・キャンペーン)
 JRの大掛かりな全国展開。
 これまで、1県だけだったが
 3県連携が決まれば初めてとなる。

 それぞれの県の温度差が
 懸念されていた。

 北陸経済連合会が
 音頭を取って、後押しした。
 ようやく、一本化へ。

 富山県は、岐阜(高山)、長野を
 視野に入れて動いていた。
 これが、石川県には気になる様子。

 もっとも、
 富山空港活用のプロジェクト。
 それが羽田や中部国際空港の
 新たな実績から、
 それも怪しくなって、
 このほどプロジェクトが解散。

 さりとて、
 ドラゴン街道の計画もあるし…
 南砺のポジションは微妙。

 なんだか、
 新幹線がらみで、世の中
 落ち着かない。
 
 JR金沢の実務者は、
 「首都圏からお客を運ぶのは
  私たちのしごと。
  その先の二次交通がもんだい。
  滞在型への受け皿作りが
  カギなんです」とも。

協働のまちづくり基本条例への道のり

2012年02月23日

        先日の、市民ギャラリーで
        出品展示いただいた
        農作業の風俗屏風
        幕末にすでに、
        唐箕ができていた。
        つい近年まで使われていた。
 



 みんなで、力を合わせて働く。
 日本の原風景である。

 協働のまちづくりという、
 肌ざわりのいい言葉。
 自省をこめて、ふりかえりたい。

 基本条例策定の見解のずれは、
 最初のボタンの掛け違えだったのでは?

 わくわくして臨んだ、
 第一回策定委員会の冒頭。
 「市長が言ったから」
 「行政として一切口出ししません」
 ??
 
 策定委員会のスタートは
 いまにして思えば
 違和感のある切り出しだった。
 勇を鼓して
 発言すべきだったと悔やまれる。

 現状に、何が問題なのか、
 という入口の議論が少なかった。

 どんなプロジェクトも
 「何かを解決するために」発想され動く。

 事前の論点整理が足りなかった印象。
 専門家が助言すれば、
 素人集団が、文言の議論に
 多大な労力を費やさなくてもよかった。

 もっと、
 市民を巻き込む、
 (と、いうよりも、市民が求めている
  生活実感がわくような)
 広がりが必要だった。
  
 議論は大切。
 さりとて、
 手作りといえばカッコいいが、
 平凡な市民にとっては、
 こころに響きにくい。
 他人事に映ったのではないか。
 残念である。

絵解き文化は、南砺の財産

2012年02月24日

      昨日、県東部の
      あるセミナーで70人。
      ネパール、ブータンの
      幸せとは何か、の
      市民講演会で、
      利賀村の
      瞑想の郷を紹介した。

      1200年前に空海が
      中国より勧進した両界マンダラ
      中期密教がテーマ。

      瞑想の館のマンダラは、
      サンスクリット語による、
      後期密教経典で、
      世界有数の再現事業であった。
      1000年後にまで光を放つ。
      本家のチベットは、
      毛沢東の暴政、文化大革命で
      ことごとく破壊された。




 今日24日、午後1:30〜
 じょうはな座で、フォーラム

 砺波の絵解き文化を探る
 
 絵解き文化は、
 立山マンダラが有名。しかし、
 現在は伝承が難しい。

 井波瑞泉寺の太子伝の絵解きは、
 本家、四天王寺でさえ絶えた。
 わざわざ研究に井波まで。

 研究者の立山博物館の
 福江学芸係長は、
 この研究で、学士院賞を受賞。
 日本で、一介の学芸員が
 初めて受賞と全国の話題になった。




 善徳寺の地元で、
 錚々たる学者が集う。
 日本の語り芸の原点がそろっている、
 南砺の貴重な文化遺産である。


棟方志功と南砺の子どもたち

2012年02月25日
       旧山田村の山田小学校
       片山佐太郎先生と
       その子どもたちとの
       ほほえましい交流。
       けさの、
       朝日新聞「北陸文化」欄に
       ミュージアムの風、
       愛染苑シリーズに載っています。


       小泉ちよゑさん(棟方次女)の描かれた、
       「ちよゑちゃんとパパとだまし川」から。
       絵本のカットです。
       カッパと志功さんです。




 南砺の2大巨刹、善徳寺、瑞泉寺。
 伽藍の豪壮さは、鄙にまれ。
 しかし、
 全国で有名なのは絵解きである。

 立山マンダラも含めると
 日本の絵解き文化の聖地でもある。

 杉浦康平先生のように、
 デザイナーなら、必ず一度は惹きつけられる、
 絵と絵解きの世界。

 立山博物館が出来る前。
 県立博物館構想の段階で、布橋灌頂会と
 マンダラ絵解きの復活を働きかけた。
 30年前の話。

 そして、15年前、
 瑞泉寺の絵解きを、
 富山市民に体験させたいと、
 新聞社のホールを押さえ、
 チケットも販売したが、
 諸般の事情で中止。
 断念した。悔しかった経験がある。




 それだけに、じょうはな座の
 絵解きフォーラムは、
 なんとしても参加したかった。

 善徳寺さん、
 名古屋大学の安部泰郎先生の
 たいへんな尽力で、
 絵解きの競演が実現。
 信じられない企画で感激した。

 名古屋大学の若い学生の
 わかりやすい、声の通る口演。
 瑞泉寺さんの竹部師の格調ある語り。
 善徳寺さんの馬川師の
 涙を誘う名口調の絵解き。

 長野県の善光寺にかかわる、
 石童丸の特別絵解きに、
 隣りの席のおばちゃんが、
 さかんに涙をぬぐい続けていて、
 こちらも、もらい涙。




 テレビも雑誌もない時代、
 古刹での絵解きは、またとない娯楽。
 そして信心を深める場。
 庶民の感動の生涯学習道場。
 磨き抜かれたイベントであろうか。

 立山の場合は、1000年に近い、
 観光キャンペーンとして
 全国のツーリズムの元祖であった。
 とやまの人たちの知恵である。

 日本の語り芸の元祖で、
 節談説教、浪花節、講談、落語へと
 段階的に発展した歴史がある。


 会場の撮影は特別に、
 ノンフラッシュで許可いただく。
 しかし、公開はダメ。
 演者をぼかしで掲出。

 国交省の最近のデータでも、
 南砺市方面への旅行者の大半が
 60〜70代の女性。
 その土地の自然、歴史、文化を
 求めている。
 南砺の先人の「絵解き文化」を
 もっと大切にしたいものだ。
 かけがえのない、
 全国区の無形文化財である。

 県内の民俗研究、歴史研究者も
 たくさん見えていた。
 主催者がおどろく、満員の熱気。

 こんなとき、いつも思うのは、
 市外の人たちが、
 南砺の文化の伝承のために
 ここまで熱心に尽力されているのに、
 地元の若い人たちは、
 恥ずかしいとは思わないのだろうか。
 


 




 

 


 


晩酌のあとで

2012年02月26日

     ゆきつもどりつ、
     春は近づく。

     雨で雪はずいぶん融けた、
     と思ったら、
     また、小寒波?




 「幸せとは
  しごとが済んで湯に入り
  一杯飲んで
  寝るときにあり」

 むかし、世話になった、
 看板屋さんの社長が、語ってくれた。
 
 あわただしい日が終わると、
 台所から、夕餉のいい香りがしてくる。

 「ごはん!」
 「ごはんですよ♪」
 機嫌度がその都度わかる。

 メインデッシュ次第で、
 熱燗にするか、
 とっておきのワインにするか、

 ま、芋焼酎かなあ、
 など、うれしい迷い。

 が、1合を空けるのが精いっぱい。
 つれあいは、舐める程度。
 安上がりなのである。
 (上の写真は無関係)
 しばし陶酔。

 が、それからが
 私の任務が待っている。
 後片付け。
 気合を入れて、ステンレスのシンクまで
 ピカピカに磨く。

 これで、一日が終われば
 言うことがない。

 飲んでると
 風呂に入れさせてもらえないし、
 ひとしきり、パソコン。
 また夜更かし。

 幸せとは…どうもうまくいかないものだ。
 

南砺市の若いパワー

2012年02月27日
       かって目のあたりにした、
       厳冬期の
       ヒマラヤの雪の峰。
       なつかしや。



 7000メートル級の氷河をいただいた、
 雪煙の舞うニルギリや
 8000メートル級の
 ダウラギリか…





 と、思いきや、
 家の前の雪捨て場でした。




 
 3月3日(土)オープン

 第一回 ザ・セッション
    Artの俊英展




 昨日は、朝から
 搬入と展示作業で
 美術館は時ならぬ騒ぎ…

 南砺市には、こんな若い人たち、
 こんな迫力のある作品が
 いったいどこに、
 存在していたのだろうか。
 突然、湧いてきたような異様な雰囲気。

 南砺市を中心にした、
 砺波、小矢部などの若きアーチスト。
 NPO法人
 アートセッションとなみ野、を
 リードされてきた、藤井一範さんら
 31人の息のあった仲間たち。
 若い学芸員の努力で実現した。




 作品を見て、度肝を抜かされる。
 東京の国展や日展、伝統工芸展、
 県展などの出品で、
 常に注目された、
 第一級の傑作ばかり一堂に。
 壮観というしかない。

 伝統の技、あっと驚く抽象。
 子どもが喜びそうな
 楽しいユーモアのある作品。

 県内の市美展などと比較しても、
 レベル、熱気がちがう。
 しかも、美術の
 各分野がバランスよく
 そろい踏みというのがみどころ。

 それこそ、
 クリエイテイブ・シテイの
 認定を受けた、南砺市ならでは。
 つい、うれしくなる。
 元気が出る。

 南砺市、砺波地域は
 アートでひとつになる。
 地域エゴは関係ない。

 開会式などで、
 歌あり、インスタレーションありの
 文字通りセッションを予定。

 開会が楽しみ。





 



城端のねつおくり太鼓復活

2012年02月28日

       淡雪の上に、
       ヒヨドリの羽根跡と
       足跡。
      (わかりにくいかも)
       エサ場から
       驚いて飛び立った、
       造形美。



 昨日の北日本新聞に、
 嬉しいニュース(吉田博昌記者)

 城端・細木集落の
 ねつおくり太鼓の継承の記事。

 ねつおくりは、
 旧福光のブランドメージがある。
 専売特許のような。
 城端のむぎや祭りに負けじと、
 取り組まれたイベント。
 それが今日まで半世紀をかけて、
 育て、継続されてきた。




 昭和15年。
 治安維持法で検束、仮釈放の
 作家、岩倉政治は、監視つきの身。
 しかし、生活しなければならない。

 そこで書かれたのが
 SF童話「空気がなくなる日」と、
 小説「村長日記」である。

 月刊中央公論に発表され、単行本に。
 稀覯本が入手できた。
 ハトロン紙カバー付きで見にくいが、
 親交のあった武者小路実篤の装丁画。

 旧高瀬村出身で、井波の南山見村の
 村勢要覧を参考資料に書いている。
 井口、城端近辺の農村がモデル。

 収載されている短編に
「稲熱病(いもちびょう)」がすばらしい。
 この年の芥川賞の本命であったが、
 当時のご時世から逸した。

 稲熱病に苦しむ農民たち。
 指導員の防除の苦労の見事な描写は
 岩倉文学の最高峰であろう。

 ねつおくりを済ませたとはいえ、
 土用の三番を過ぎても
 猛威を振るう稲熱病に、
 農民たちは
 何度も、何度も狂ったように、
 集落ごとに、田んぼの畔で
 ねつ送り太鼓を打ち続ける。
 成すすべがない絶望感。
 こころを病む主たち。

 南砺一円にあった民俗行事ではあるが、
 ぜひ、この先人たちの
 米作りに命がけだった姿を
 偲んでほしい。

 たぶん、図書館にあり、所蔵されて
 いる方も多いでしょう。

 この夏、県で越の国文学館がオープン。
 イの一番に、主役になるべき、
 富山を代表する作家であるが、
 富山市立図書館に、
 資料すべて寄贈されている。

 戦後、日本共産党に入党する前の
 このころの作品群を高く評価する、
 文学研究者が多い。

 農民の赤裸々な、
 そしてユーモアにあふれた筆致。
 ねつ送りも、岩倉文学も、
 南砺の
 知られざる文化財。

 細木集落の快挙に、拍手。

 




発見!こんなものが!

2012年02月28日
      書庫で、ある探し物。

      ふと、関係ない赤茶けた
      封筒があった。
      ???

      前から探していた、
      北陸新幹線の資料が
      偶然見つかる。
        




 東海道新幹線開通が
 昭和39年である。

 3年後に、
 いちはやく、北陸にもと、
 北回り新幹線建設促進同盟会が
 富山県を中心に
 東京都、長野、新潟〜大阪府まで
 10の自治体で結成された。
 43年前。佐藤首相が約束して発足。

 「北回り」と称している。
 東海道は南まわりという気概!
 このパンフレットは、
 当時、神奈川のホテルででっかい会議、
 そこで提案、了承。
 それから、
 1週間で印刷まで徹夜で仕上げた。
 若かったなあ。
 



 パンフレットの裏面がコレ。
 写真画素が小さいので、読みずらい。

 この子が中学生になったら
 北回り新幹線が、この街を
 走っているだろう…
 そして少年はもっと大きな
 世界を知るにちがいない。

 泣かせますねえ。

 写真は、最初に竹下景子さんを
 担当された東京の著名な写真家。
 竹下さんをモデルに推薦された人。
 目がいいよねと。
 たまたま、見せてもらって、ぜひと懇願。
 夕暮れの小川。
 釣のバケツと竿を持って家路を急ぐ。

 北へ一直線。
 シンボルマークも
 私のデザインです。
 
 これは大型ポスターになって、
 全国に貼られた。
 東京、大阪代表の偉い人も
 ほめてくれた。のだが…

 10年後には
 総工費7500億円で開通する計算でした。
 ぜ〜んぶ国負担。




 関東大震災で、都民が
 避難した7割は、中央線だった。
 非常時・エマージェンシーと
 いう行政用語を初めて知った。
 つまり、代替えになるとの理屈。




 北陸新幹線が開通したら、
 日本列島の時間距離が
 こんなに変わる、という
 プレゼンテーション。
 東京中心の発想である。

 昭和55年というのがミソ。
 ミソつけた。

 田中角栄のゴリ押し、
 国鉄の民営化で、今日まで
 42年もかかった。

 たぶん、県の新幹線対策室も
 持っていないレアもの。
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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