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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

井波の「イモ―ニング娘。」

2011年09月01日
        北陸3県、
        特に富山県の若い女性に
        読者が多いとされる、
        季刊「自然人」
        きょう発売です。




 心泉いなみの杉森桂子さんが
 特集されています。
 コミック「美味しんぼ」にも登場。




 散居村の農家に嫁いで、
 初めて農業を。
 朝はやく、用事があって、
 電話をしても
 「畑へ行っとるが」
 特産の里芋づくりの
 「イモ―ニング娘。」
 なんとの風土に、
 自然体で生きる、さわやかな、
 ライフスタイルは、 
 いろんなところで共感を呼んでいます。




 取材スタッフの、
 文章や写真も洗練されていて
 なんとには、
 こんな風景・くらし・人が
 存在していたんだと
 あらためて気づかされます。

 なお、
 今回からは、連載エッセー
 「城端線で考える」が
 始まります。ちょこっと
 書かせていただきました。





あと3日間です

2011年09月02日
      ゴーヤーの蔓が、
      朝日で障子に
      見事な図柄を
      浮かび上がらせた。




 日本人の、自然との共生が
 伝統美を生み出し、
 井波彫刻の源流ともなっている。




 南砺の至宝展
 「彫刻の源流」

 井波彫刻の名工たちの群像。
 もう、2度とできない、
 名作・名工との出会いです。

 あさぎりさんも
 ブログで紹介


 最終日の4日(日)の午後2時から
 担当した渡辺学芸員の
 解説があります。ラストチャンスです。

 木彫キャンプの期間中は、
 井波総揚げで、超多忙。
 いちばん、見てほしい人たちが
 それどころではない。
 ぜひ、みなさんで、先輩や
 ご先祖さまと対話していただきたい。

 会期中は、
 いろんな現代作家の先生方が、
 足しげく
 お客さまを伴って来館されています。
 さすが、現代を闘っている人たち。
 先人の技術よりも、
 その「発想」の凄さに 
 謙虚に、熱心に見入られています。

 うれしいですね。
 

 

 
 

福野の遅咲き農民

2011年09月03日
    
   どで〜ん
        舶来のパプリカじゃあ。
        うるさい新米百姓が
        いつも、
        ああだ、こうだと。



 さらにうるさい
 注文主の、
 息子のオーナーシェフが
 ああだ、こうだと。

 野菜づくりも楽じゃない。

 南砺市福野で、
 新米農家一年生。
 東京からご夫婦で移住された、
 神田信孝さん。




 ちょっと「はれあたま」
 インタビューされたのも
 「はれあたまさん」
 写していたワタシも「はれあたま」

 富山写真語・万華鏡の
 第236号ができました。

 テーマは、
 とやまの野菜


 五箇山の楮地区、
 赤カブを復元された、
 西 敬一さんにも寄稿いただきました。





 県庁の農水関係者で
 話題になっていました。

 とやまの野菜の自給率は、
 全国最下位の47位。
 地産地消が
 ようやく叫ばれはじめました。
 一石を投じることに…
 






 

どじょうのぼり?

2011年09月04日
      気がかりだった、
      庭の雑草。
      雑草という草はないと、
      牧野富太郎博士。


      いとしくて刈れない、
      というのは嘘。
      なまくらで、刈らなかった。
      台風直下のフェーン。
      3度目の草刈りで、
      すごい汗。
      ビールビール!




 ビールには、
 どじょうのかばやき。

 野田内閣、
 うなぎのぼり、ならぬ
 どじょうのぼり。

 支持率63%?
 中央紙は違うが。

 うなぎのお株を取ってしまった、
 なんとの、かばやき。



般若波羅蜜多とナンマンダブツ

2011年09月04日
      けさ5:38
      台風は富山を嫌がった。
      ありがたや。





      すんません
      門外漢の素朴な疑問。

      ちょっと、
      トゲがあるやも。
      ご容赦。



 先日、東京へとんぼ返り。
 知り合いの居酒屋で、
 事情あって福島から上京の
 20代の娘さんの話。

 実家には被災の3家族13人が同居中。

 福島の宗派は?
「般若波羅蜜多…真言宗と禅宗がほとんど。
 真宗もあるけど」

 ちょっと前のデータ。
 天台・真言が40.2%
 禅宗38%
 浄土宗は3位で18.5%

 ◆ ◆ ◆  

 砺波農民の相馬中村藩への移民から
 (千秋謙治・砺波散村研究所紀要)


 228年前の天明3年、
 東北では大飢饉が続き、餓死者、
 江戸への逃散者で相馬中村藩は
 危機状態に陥った。
 (とやまは被害少なし)

 そのとき、少数派の真宗の住職が
 宗派拡大の許可を得て、北陸、
 とりわけ砺波地方の2・3男坊を
 中心に、移住の勧誘に来た。
      (原町市側の記録)

 現地では、
 条件の悪い土地を与えた。
 砺波地方の移住者は、孤立しながらも、
 お寺を中心にも結束し、
 見事に新百姓として藩の期待に応え、
 移民を成功させて明治を迎えた。

 土葬が当たり前の地に、
 遺体を焼く真宗。
 間引き・堕胎という現地。
 ながらく、反目しあったという。

 災難をきっかけにした、
 ある種の宗教戦争。


 最近の全国紙によると、
 今回の地震・原発事故の支援に、
 ふたたび宗派を糾合して取り組むとのこと。

 ナムアミダブツで
 首までどっぷりの砺波地方のこと。
 あの棟方志功も親鸞の教えと、
 現実のギャップにさんざん悩んだ。
 ともすれば、
 それが当たり前の風土で育つと、
 相手の事情にうとくなる。
 こころしたい。

 宗派が違うと、
 命がけの争いに
 なってしまうのは、
 古今東西おなじ。
 
 不一
 

 
  
 


瑞泉寺さんで考えたこと

2011年09月05日
           4年に一度の
           木彫キャンプも
           成功裏に。お疲れさまでした。

           ちょっと気になったこと。     



 どんな神社・仏閣・教会にも
 聖域というのがある。

 キャンプの閉会式は、
 華やかであったが、阿弥陀さまに
 お尻を向けたまま演奏。
 照明も存分に効かせた
 お仏壇までもが舞台装置の一部。
 あらら、と思った。

 2年前に、
 ドイツの弦楽六重奏団と、井波小学校の
 合唱団によるコンサートのときを
 思い出した。




 まずは、輪番さんの読経。
 神妙に小学生。
 敬虔なクリスチャンの
 世界トップの音楽家たちも、
 仏壇に威儀をただす。



 世界トップ級の
 シュトウットガルト・オーケストラの
 第一バイオリン・ソリスト
 ブーゼンさんが
 美しい旋律を、
 阿弥陀様にむいて
 献曲。

 そのあと、おもむろに、
 扉を閉めてからコンサートが
 スタートした。

 かわいい小学生たちが、
 ドイツ語で「野ばら」を立派に歌い、
 保護者たちから喝采をあびた。
 富山市の弦楽グループも
 感激して、
 興奮さめやらぬ雰囲気。



 彼らは、地方に息づいている、
 日本の文化を尊重して、
 毎年のようにこの10年あまり、
 南砺市へやってくるのが
 楽しみだった。
 このときも、小学生たちに
 プレゼントを用意してきた。
 記念撮影で、
 みんな首に下げています。
 
 この春3月、
 残念ながら、原発事故で、
 チケットまで取りながら、
 ルフトハンザ航空を、
 国が飛ばさず、断念。


 特に瑞泉寺が好き。
 東京、大阪は
 見向きもしない。

 さすが一流の舞台芸術家。
 礼を知っている。


 善徳寺あってのじょうはな。
 瑞泉寺あっての木彫。
 こころの空間が南砺。
 







ついに爆発!

2011年09月06日

       日陰を
       この頃になって作る、
       ゴーヤー。



 
    久しぶりの青空で、
    急につるが元気になって、
    空をさまよう。




 春に、スーパーで
 求めた、あさつきを
 根っこを植えたら、なんと
 こんな素敵な花が咲いた。



 
 ゴーヤーの実が実って
 しばらく、そのままに。

 あろうことか、
 バクハツ
 してしまった!




 つれあいと大笑い。
 いつまでも収穫しないで
 ほったらかしていたもんで、
 とうとう、

 ゴーを煮ヤーして、
 バクハツしてしまった。
 
 近年、日本でニガウリが作れるように
 なってきたのには、
 沖縄でのウリミバエとの
 気の遠くなるような戦いがありました。

 このウリミバエは、
 東南アジアから1919年に侵入、
 年に8回の繁殖で猛烈に増えます。
 日本本土に侵入すると、
 西瓜、キュウリ、トマト、ピーマンまで
 あっというまに大被害を与えます。

 不妊虫放飼という生物農薬で
 50年間、204億円かけて
 沖縄で絶滅させた。
 そのおかげで、
 本土でゴーヤーが、
 普及できるようになった。
 いまも、
 沖縄では、この事業や
 厳しい検疫が
 続けられているという。

 本土進攻を阻止するために、
 沖縄が戦場になった。
 太平洋戦争のときとおんなじ。









ちょっと韓国へ

2011年09月08日
     環境をテーマにした、
     ポスターコンクール。
     その審査に。





 環境保健衛生連合会の主催の
 南砺地区の審査でした。
 すばらしい作品がいっぱい。





 稲刈りがぼちぼち。
 この前の雨で
 倒伏した田んぼもあちこち。
 しゃんとしている稲も。

 品種のせい?
 管理のせい?

 9日から、
 ちょっくら韓国へ。
 そばの花を愛でに。


 30年ちかく前に
 南砺市で始まった、
 そばによるむらおこし。




 全国だけでなく、
 そのDNAは
 ネパール、
 韓国にまで伝播した。
 利賀のみなさんと、
 現場を見たい。
 


南砺市の蒔いた種が韓国で開花

2011年09月12日

      にんにくと、
      キムチの匂いぷんぷん。
      南砺市使節団が
      帰国です。
      懲りずに、
      お土産にキムチ。




 13年前に、
 南砺市へ視察にやってきた、
 韓国の李さんたち。

 利賀のそば祭りを手本にして、
 江原道 平昌郡 蓬坪面
  ぴょんちゃんぐん ぽんぴょんめん
 いかにも麺類に縁がありそうな所。

 南砺のイベントを参考に、
 花の季節に「そば祭り」を仕掛けた。

 過疎の、高齢化、少子化の村。
 1000人余りの村。
 そこへ、
 わずか10日間で、
 40万人もやってきた!

 それどころか、
 冬季オリンピックまで
 誘致するはずみをつけた。
 はんぱな、むらおこしではない。

 しかし、
 その小さな一歩は、
 利賀村から学んだ。




 笑顔が魅力的な
 李さんがここまでやった。

 農業者が増え、
 別荘が100棟もできた。
 契約農家が、どんどん増える。
 道路や、各種施設も
 整備されてきた。




 見渡す限りの
 ソバ畑はみごと。
 村おこしは、
 志と、人だと李さん。
 目標がしっかりしていないと、
 定着しないとも。
 イベントのイベントではダメ。

 行政の補助ありきでは、
 根付かないと、きっぱり。

 昨年、利賀でそば打ちの
 5段を獲得された守田さんは、
 日本一のそば生産地、
 幌加内の町長になって参加。
 先の先を考えて、
 南砺市、そして
 韓国の先進事例を
 町の若い職員を伴って。


韓国の都市化

2011年09月14日
 
       義兄のお通夜。
       美術館の
       開幕準備でてんやわんや。





 韓国は、15年前の風景とは
 大違いだった。
 ソウルから山奥まで高層ビル街、
 高層マンションが林立。
 民家らしいものは
 とうとう見なかった。
 どっか異常。




 ほっとするのは、
 そば祭り会場での餅つき。






 ムシロ織り、縄ない機など
 実家で使っていたものと、
 まったく同じ。





 市街のど真ん中にある、
 両蕃?りゃんばん
 つまり貴族の館博物館。
 その屋敷に飾ってあるのは、
 なんと、農具や民具。
 日本の農具のルーツはこんなところに。
 わら細工オンパレード。





 足踏み稲こき機。
 かっての日本とおんなじ。
 日本統治時代の遺物か。




 急激に変貌する韓国。
 かっての農業を
 記憶にとどめさせ、
 遊びながら体験させている。
 失われた生活文化を
 風化させないようにという意図か。

 




 ゆるキャラが愛嬌をふりまく。
 すっかりテーマパーク。

 なんだか、
 日本の農村の方が
 ほっとする。
 大事にしたい原風景の南砺。





北陸銀行さんから

2011年09月15日
      昨今の世相。
      久しぶりにうれしい話
      南砺の
      子どもたち全員に
      うれしいビッグプレゼント。



 関口照生 写真展

 幸福の国 ブータン

 その企画に、
 北陸銀行さんが
 全面的に支援。

 経済成長だけでなく、
 幸福度も大切、を
 国是にしているブータン。



 中央左から、石黒専務、谷内部長
 浦崎福光支店長
 頭取からの目録贈呈


 市長の主張(マニュフェスト)でもあり、
 関口氏のライフテーマでもある。

 企画に共鳴された、
 高木頭取が、
 ビッグなプレゼント。

 地域の活性化には、
 文化という軸も大切。
 なによりも、未来を担う、
 子どもたちの
 芸術鑑賞活動を支えたい、という
 頭取の信念が形になった。

 小中学生はもともと無料。
 そして、保護者の
 1名は無料招待するというプラン。

 期間中、3連休が3回。
 たくさん参加してほしい。


きょうからブータン展

2011年09月17日
       暑いというより、
       熱い日でした。

       フェン現象の朝は
       剱岳がいい。



 空は、完全に秋の空。
 だけど、気温はどんどん高く。
 日本一を記録した。



 きょう、9時30分から、
 関口照生写真展のオープニングです。
 記念座談会で、
 ブータンの「国民総幸福」とは、
 いったい何だろうかと、
 鼎談がそのあと、あります。
 関口さん、市長、
 そして北陸銀行の高木頭取が参加。
 10時過ぎからです。


 これが、
 あの福光美術館?

 ほとんど、
 テーマパークの世界が
 お迎えします。

 
 水墨美術館で
 刀剣の美を鑑賞してきました。
 二度と見られない、
 郷 義弘の幻の名刀に、
 なるほどと納得。
 得難い機会でした。







ブータン展開幕

2011年09月18日

       幸福の国
       ブータンの写真展
       オープンしました。




 正面の巨大写真
 チャムです。

 単なる民族舞踊ではありません。
 これは、踊るお経です。

 ゾンカ語は、文字を持っていません。
 チベット語の経典をもとに、
 ブッダ(お釈迦さま)の教えを、
 3日三晩、踊りで表現します。
 ドラマチックなダンスです。

 一緒に写っているのは、
 写真家の関口氏と風間氏。
 大きさがわかるでしょう。




 開会式。
 解説に引き続いて、
 3人のゲストで座談会。

 写真家、頭取、市長。
 マイクを持ったら離さないで話す人。
 とりわけ、関口氏は、
 テレビのプロのコメンテーターときた。
 さすがの市長も負けずに…

 経済界のトップリーダーが、
 経済だけでなく、
 こころの充実感をと発言。
 昨今の日本の実情や、
 海外での会議の結果をまじえて、
 説得力がありました。

 後日、新聞紙上で
 その内容が再録されます。
 貴重な「幸福論」でした。



むぎやじゃあ♪

2011年09月18日
     
  泣かせるお天気。
       おかげで、
       ちょっと涼しく?



 にわか雨で、会場管理がたいへん。
 それでも、やはり善徳寺境内がいちばん。
 天蓋がなくなって、風情がある。




 ステージへの移動。
 これも情緒があって、うれしい。




 たぶん臨時のステージ。
 なんにもない境内で、
 麦やの原点のような踊り。
 すごく感動した。





 やってくれるなあ、
 じゃんとこいのお兄ちゃん。

 正調むぎやを
 引き立てるために生まれた、
 じゃんとこいむぎやだが、
 ようやく、棲み分けができた。




 民謡をベースにという
 条件をつけたので、
 高知などのよさこいとは違う。

 おわらと違って、
 内外から踊りに集まってきて
 南砺を盛り上げる。
 重低音、麦屋の影が薄くなる、
 などの異論はあったけれど、
 すっかり、
 むぎやというより、
 南砺の顔に育った。






 踊り手たちの表情は、
 やはり時代だなあと思う。
 アマチュアカメラマンが目立つ。

 町並みと溶け込む。
 つまり「絵になる」ことが、
 大切な町の賑わいづくりの鉄則。
 異論はあったと思うけど、
 定着した。

 10数年前に、
 飛騨古川町(現飛騨市)の
 きつね火まつりを指導。

 その時の目標が、
 「町並みに、女性が美しく見えること。
  そして、カメラマンを興奮させられたら
  大成功」とアドバイス。




 東京のどまんなかでも、
 こんな雰囲気は見られない。
 がんばってきた、
 町の若いひとたちの成果でしょう。

 夜は、
 ケーブルテレビで、
 しっかりと、生中継で
 利賀などの舞台を
 楽しませてもらった。















じゃんとこい蕎麦

2011年09月18日
      
            雨マークの予報が、
            一転して、
            フェンの再来。



 朝のうちはさわやか。
 みんなで農作業の日in五箇山
 土曜日の稲刈りは、
 東京からテレビ朝日の中継車が。
 ブータン展と重なって、欠席。
 
 きのうは、
 上平・楮地区で
 赤カブの苗すぐりと、
 雑草とり。

 庭の草は一本も抜かないで、
 こんなところで草むしりかあ、と
 運転のつれあいは
 つれない。


 ま、すぐり菜のおみやげで、
 なんとかご機嫌。

 帰りは、むぎや祭り2日目。
 むぎやの母さんにばったり。
 「そば、食べてかれ」




 で、まずは、
 じゃんとこい蕎麦。


 おなじみ富山そば研のみなさん。
 そばを打っているのか、
 汗を拭いているのかわからない。



 出た!これぞ、究極の味

 じゃんとこい蕎麦

 素人とはいえ、
 3段位、そして4段位が4人。
 じぶんの一番お気に入りの粉を持参。
 商売抜きのこだわり。

 打ち立て、茹でたて、
 きりりと冷水で締めた、甘みのある味。
 わさびがつ〜んと効く。
 緊張感があって、心地よい。

 全国8000人になったという、有段者。
 ふつう、3段で、
 街のそば屋さんなみという。
 4段では、すぐ開業できる。
 5段位は…「神様」
 おまけに、高価な国産銘柄の粉である。

 東京の有名店より
 はるかに美味だった!

 ああ、
 他所のそばが食べられなくなった。

 
つれあいが、激賞。

 じょうはなビールを、
 きのうに引き続いて、
 珍しく一気に2杯、飲み比べる。

 ああ、
 ほかのビール飲めなくなった。


ど迫力。韓国のそば打ち?

2011年09月19日
     
   かわゆいのダ。
        連れてかえりたいにダ。



 ぽんぴょんめんの
 そば祭り会場で、
 ひるめし。やっぱりソバだ。

 会場で、そば打ち実演。
 これが驚愕なのダ。




 軍服のお兄ちゃんたちが、
 力まかせに、
 こねたソバを押し出す。




 


 そば打ちならぬ、
 押し出しそば?
 
 ごった煮のソバは、キムチのトッピング。
 さすが韓国である。




 今は、
 油圧機の便利なのが
 普及していて、
 隣のお店でやっていた。



石崎光瑤さんが、ここに!

2011年09月21日

 韓国国立民族博物館
 国の威信をかけて、
 4年前に完成したという。

 スケールや、
 展示内容はすばらしく、
 日本の上野の博物館より上をいく?




 その最上階の4階には、
 韓国の所有する最高級の美術・
 工芸品が特別に陳列されている。

 そこに、
 なんと、わが南砺市の誇る、
 石崎光瑤の描く
 牡丹の大作が展示されている。




 これは、
 戦前に日本から韓国に
 送られた名品。




 前田青邨の屏風とともに、
 大切に飾られている。

 数年まえに、
 東京上野の藝大美術館に
 里帰りしてわだいになった作品。

 日本の文化水準を見てもらうため、
 政府が王室に寄贈したものだという。

 韓国ツアーに参加される方は、
 ぜひ、ご覧いただきたい。


私たちは南砺市から学んだ

2011年09月22日
        円高は、
        海外旅行すれば実感。
        40万ウオン。
        日本円で3万円。
        小金持ちの気分。


 3年前に利賀の山祭り会場へ
 ふらりとやってきた、
 ぴょんちゃんぐんのぽんぴょんめんの
 朱 榮浩さん。
 自称、南砺市のスパイ。

 日韓民族芸能コーデイネーター。
 福野でプロデユースしたことも。
 李さんの起こした「そば祭り」や、 
 いま、最も韓国の最大人気の
 「ハーブナラ」を支えている。



 李さんは、サムスンとサンヨーの
 電機メーカーに勤務された、
 エンジニアである。
 50歳で退職し、過疎の山奥で
 ハーブ園のペンション村を開いた。
 農業をやりたかったから。
 「そばの花まつり」も、そこから。

 すべて南砺市のソバによる
 むらおこしから学んだ。

 奥さんは、農業大学で植物を専攻。
 ご主人を説得したのは奥さん。
 ハーブナラの社長さん。
 娘さんは、デザイナー、イラストレーター。
 3人の力で、
 50万人集める、ハーブ園を
 10年足らずで作り上げた。
 現在はスタッフ50人。
 近隣農家へ食材を委託生産している。


 数10棟のペンション。
 実に快適な、森の中の宿である。



 ハーブ園は有料。
 面白いテーマ植物園や野外ステージ、
 ハーブだけの立派なお店。
 あっというまに、
 数十万ウオンが消えていく。

 韓国の人口の半分はソウルへ。
 とうぜん山村は疲弊。
 何度も南砺市へ足を運んで、
 ここまで育てた。





 驚くのは、この地域のがんばりが
 高く評価されて、
 韓国唯一のスキー場が
 冬季オリンピック会場に選ばれるまでに。
 李さんに完成した
 ジャンプ台などを案内してもらう。

 みんな、
 南砺の過疎の村から学んだ。


 追記:
 辺見じゅんさん、急逝。びっくり。
 「なんと万華鏡 辺見じゅん」で
 検索してみてください。
 2007.1月6日掲出。
 惜しい人でした。















とにかく美味しいのダ♪

2011年09月22日
           中国、韓国
           そして日本の食文化。
           共通項も多く、
           そして微妙に違う。



 ハーブ園の森のレストラン。
 ごきげんなひととき。




 朝食は、でっかいスープ。
 器をむしって、浸して食べる。
 あったかい♪
 これだけで、お腹が一杯になる。




 しかしこれからが
 本番のメインデイシュ。
 これで、ここの
 レストランの普通の朝食。




 夜の宴会で出た、
「おたまじゃくし」という料理。
 ???おそるおそる食べてみる。
 にょろりんこん。
 とうもろこしの麺。
 オタマジャクシを食べたら、
 たぶん、こんな感触かも。
 実に香ばしい。




 宴会で出た、
 サムゲタンとかいう、
 でっかいどんぶり鉢。
 若鳥まるまるに、米を詰めたもの。
 まわりはスープ。
 これがなんとも究極の出汁。
 鶏がらを舐りだして格闘30分。
 誰もしゃべらない。
 隣の、北海道の、
 幌加内町長は、
 見事に一滴も残さず。若い。

 ようやく完食。目方の増加が
 実感できる。
 こちらでは、器を手に持つのは
 卑しいこと。

 日本では、器に口をつけて食べるのは
 猫食いとして、
 卑しいとされる。

 口中合味は日韓共通。
 しかし、韓国はいくつもの料理を
 同時に食べて
 口の中でミックスして楽しむ。
 だから、
 一度にド〜ンとお皿が
 ところ狭しと並ぶのだ。
 一つ一つが、味付け済み。

 日本も同じく口中合味。
 だが、日本は、素材の味を
 一品一品楽しむ。
 だから、一皿づつ出てくる。

 韓国の人は焼肉は、
 毎日食べているかのイメージであるが、
 実際は、年に数回だったそうだ。
 野菜を主にして、
 実においしく加工して食べる。
 富山からは、
 北海道、沖縄よりも
 近くて、遠い国。

 




 







 

オロロのいる村

2011年09月24日
       いっぷう変わった
       地域おこしの
       太美山自治振興会。

       おしゃれなイベントと、
       地域の歴史・文化を
       掘り下げる、
       知性を感じるハイレベルな
       取り組みが続く。     



 刀利ダムに沈んだ村、
 50年まえの記録集出版。

 そこに、生涯をかけた
 山崎兵蔵先生を顕彰する本の
 復刻版の刊行、
 県内教育機関への贈呈。

 その一方で、
 エレキバンドの演奏会も。

 昨日は、刀利谷をテーマにした、
 小説「オロロのいる村」の朗読会。
 小さな公民館は、
 入りきれない200人近くの人で
 いっぱいでした。
 遠方のお客さんもいた。





 遠藤和子さんの処女作。
 40年前からのおつきあいである。
 太美山小学校中河内分校の
 ツグミ先生こと産休先生と、
 子どもたちの交流、
 そして、集団離村にいたる話。



 朗読サークルふみの会の
 12人が総出演で熱演の1時間でした。
 ラストの、
 子どもたちの手紙には
 おもわず涙ウルウル。

 遠く金沢からも、
 旧村民が駆けつけました。
 委員会の中心メンバーは
 70代以上で、風雪が刻まれた顔。
 どこか凛とした品性を感じます。
 さすが、山?兵蔵先生の
 薫陶を受けた人たち。



 太美山・刀利メッセージ委員会。
 金沢の公民館長さんなど、
 多彩で、ゆかりの人たちが、 
 金沢と五箇山を結ぶ、
 煙硝の道の調査、フォーラム、
 現地踏査などの実績がある。

 古老のむかしの生活記録を
 記録映像にしたホームページ作成事業、

 山崎先生の絵本づくりなど、
 3年計画で夢の実現に取り組みます。

 地域の資源はなにか、
 どう生かすか、
 いまの時代にふさわしい、
 未来へのメッセージになるような
 モデル的プロジェクトに
 発展してきました。

 とかく、耳ざわりのいい、
 大上段に呼びかける、
 シンポなども悪くはないのですが。
 
 地域住民が主役のシナリオで、
 コツコツ、すすめる。
 それが地域や、
 内外への貢献になればという、
 足が地についた姿勢に
 好感が持てます。

 顔の見える「土の匂い」がします。
 








曼珠沙華贈呈

2011年09月25日
            台風一過?
            寒いくらいですが、
            光線は強い。
            庭の花も
            生気を取り戻しました。


            隠居ハウスからの
            日差しを楽しんでいます。





   曼珠沙華。まんじゅしゃげ
   仏教用語でサンスクリット語の音読。
   manjusaka 発音は
   ちょっと表記が難しい。

 


   天上に咲く四華のひとつとされ、
   見る人の心を柔軟にするという。
   (広辞苑)
   彼岸に咲くので「彼岸花」

   マクロレンズで撮ったら、
   びっくりするような、いい形と色。

   おそらく、
   お釈迦さまが命じて、
   このデザインが生まれたのでしょう。

   デスクトップにしてみたら、
   目がさめる!自画自賛です。

   ためしに、下の写真を
   デスクトップにいかがですか。



   メールをいただければ、
   3メガでお送りします。
   迫力ですよ。








秘境・洞杉探索

2011年09月26日
       秋の風
       秋の光
       庭の彩 
 


 グリーンツーリズムの
 お客さんたちと、
 日本一の急流河川、
 片貝川上流へ。




 急流のため、
 ダムはつくれないが、
 砂防ダムは多い。
 朝日に、水煙がたつ。

 水の神さま、蛇石。
 雨乞いのときや、電力会社が
 お祀りをかかさない。

 2日前に豪雨だったのに、
 もう清流に戻る。


 
 最近整備された、遊歩道。
 安全と、根っこの保護のため。



 石を抱く、巨杉。
 世界遺産の屋久島の縄文杉に
 引けをとらない。



 こういう巨杉が
 約100本も、この周辺に。
 お天気の悪い時や、
 少人数では、気味悪くて入れない。
 
 生命感を感じる秘境。









第一回南砺市環境審議会

2011年09月27日

     久しぶりに、大相撲が
     帰ってきたとおもったら、
     国技でなくて、国際技。
     
     まわしに、
     民族色ゆたかな図柄や、
     国のカラーを取り込んだら、
     世界同時生中継になるのに。




 14歳の挑戦がはじまった。
 まずは、環境美化のお手伝いから
 スタートした。
 がんばって!


 第1回
 南砺市環境審議会
 南砺市環境基本計画の
 策定のための審議会である。




 会長に安田郁子さんが選出され、
 市長から、委嘱状と
 策定の諮問書が交付された。

 素案として、
 <計画の理念>
 生まれてよかった
 住んでよかった南砺市に

 <基本目標>
 ・世界文化遺産・合掌の里にふさわしい山村へ
 ・屋敷林につつまれて暮らす農村環境を守る
 ・みんなで育てる風格のある美しい街づくりを

 山村、農村、まち。
 南砺市は、
 それぞれの景観と住環境が揃っている
 富山県内では
 珍しい地域ともいえる。

 市内だけでも、相互交流と
 環境教育が可能なのだ。

 そして、
 この3つを貫く環境は
 「水」で、みんなつながっている。




 市民ワーキング委員会や
 アンケートなど、
 これから市民参画のプランが
 作られていくことになる。
 協働のまちづくりの一環でもあろう。


 



幸福の国って、なんだ?

2011年09月28日

彼岸花。
       朝日で輝く一瞬。
       こんな鮮やかな花なのに
       日本では、
       忌み嫌われやすい。
       アジア原産の
       外来種である。




 画家の堀文子さんが
 10年前にネパールを旅して、
 描かれた須弥山。
 ダウラギリがモデルとか。




 美術館のブータン展では、
 「なぜ幸福なのか?」という
 質問が多い。
 わかりやすい解説書もあるので、
 読んでほしい。
 



 チャムという舞踏
 大の男が、3日3晩くるくると踊る。
 お釈迦様の教えを、
 踊りで表わしたもの。
 踊るお経である。

 ブータンは
 貧富の差がほとんどない。
 信仰心も篤く、
 完全に生活と一体になっている。

 そして、ヒマラヤ高山の、
 大自然とともに生きている。
 幸福=充足感とでも
 言い換えればいいのだろうか。

 ブータンは95%以上が
 幸せだという調査結果。
 
 先進国では、
 20%台で、日米が
 最下位を争っている。
 

さびしい町だから、まちおこし

2011年09月29日
     「モッタイナイ」と言っていた
     ノーベル平和賞の
     ワンガリ・マータイ女史
     ケニアで亡くなった。

     「もったいない」ような
     朝の陽光が、
     彼岸花に灯りをともす。

     キンモクセイが香る。
     子どもが、
     「あ、トイレの匂いだ」
     と言ったとか。
     芳香剤にあるので。

 



 富山市は昭和、平成と
 2度にわたって、
 大合併したが、
 周辺に、置いて行かれたような
 町がいくつも存在する。

 ほとんどが、
 富山市のベッドタウン化。
 商工会が、
 ただひとつの、地域の求心力、
 最後の砦である。

 かっては、富山の顔でもあった、
 水辺の町での取り組み。
 商店街といえるものは無くなった。

 高齢者だけが住むまち。
 せめて、少しだけでも
 ほっとするような、
 華やぎがほしい。
 そこで、歴史のある町をテーマに、
 照明行燈を配置することに。
 デザインのアドバイスに出かける。

 やわらかい、
 パステルカラーの行燈である。
 住む人たちの
 心にあかりを、というプロジェクト。
 いづれ、報道されるが、
 こんな町だからこそ、
 住民の、生活環境を楽しむという、
 提案がされた。
 がんばりましょうね、と
 別れた。

人生のたそがれ

2011年09月29日
       人生は
       必ず黄昏を迎える
       最後の
       輝きかたは
       人さまざま

       新装なった、
       JR高岡駅の
       橋上駅舎から





 あいついでお2人の来客。
 
 おひとりは自宅へ招いた。
 東京の全国トップのマスコミの
 中枢部署の現場で
 活躍されていた、ジャーナリスト。
 父子家庭でがんばって、
 深夜まで戦場のような職場で
 過ごされた日々。
 典型的な企業戦士。

 2年前、50歳そこそこで、
 きっぱりと早期退職、帰郷。
 父親が元気なうちに
 農作業を学ぶためだという。
 すでに、役員が目の前という、
 ポストを見限って。
 ナチュラリストの資格も挑戦。







 
 もうおひとりは、 
 職場へふらりと。
 数年間、顔を見ていない旧知のかた。
 仕事上の取引を越えた、
 貴重なアドバイザーで尊敬していた。
 実に、誠実な人柄。
 百貨店の将来を嘱望されていた、
 美術部の幹部だった。

 8年前、
 このかたも、すきっと退職。
 母親の介護に徹する。
 そのうち、
 父親も認知症に。

 ご両親を看取ってから、
 都の美術商の資格を取り、
 フリーで再出発しますと、ご挨拶に。

 親のたそがれ、
 自分もそろそろという、
 人生の収穫期。
 それを、決断されて、
 新しい世界に挑戦される。

 おふたりとも、
 この秋の青空みたいに、
 澄み切った、
 さわやかな笑顔だった。
 うれしい。

 










 

作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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