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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

グリーンツーリズム総会にて

2011年06月01日


     まるで、梅雨ですなあ

     生垣の端に、
     卯の花。
     ここから、卯月。
     きょうから6月に。
     夏は来ぬ。

     石崎紅瑶は30歳で
     この花を10000枚描き、
     いきなり文展褒状。
     宮内省お買い上げ、

     名作「筧(かけひ)」
     転々として、
     美術館に所蔵される。
     現在、常設展示場で
     公開中。





 昨夜、富山市で
 NPOグリーンツーリズムとやま
 第8回総会。

 ことしの秋、
 南砺市へ、究極の
 モデルツアー実施を
 発表した。




 南砺のように、
 質の高い観光資源や
 特産が揃っているところで、
 その値打ちをわかる、
 別格のお客を呼びたい。

 「みんなで農作業の日in五箇山」の
 ミニパンフを
 県などの幹部に紹介。

 ええ〜っ、
 南砺市で、
 そんな、すばらしい活動
 知らなかった。
 さっそく研究させます、との
 うれしい反応であった。





いやなお天気

2011年06月02日

       いやなお天気。
       霞が関も。
       いま、そんな空気じゃ、
       ないと思うのに。

       700人あまりの
       国会議員の
       歳費や政党助成金、
       税金です。

       議員の仕事は、
       憲法でも言ってるけど、
       法律をつくること。
       
       非常時だけに、
       議員で考え、議員立法で
       乗り切るのがお仕事。

       解散になれば、   
       1か月、
       大震災の被災者対応に
       空白。


       このお天気で
       喜んでいるのは
       これ。
       
  



       バラは、 
       歓迎だけれど、
       こいつは困る。
       庭の真竹。

       雨後のタケノコとは
       よく言ったもので、
       大小数百本も。




       食べてみても
       わずか数本。

       あちこち配っても、
       追いつかない。
       味はいいんだけど。

だれが勝ったんでしょうかね。

2011年06月02日

        都忘れ
        ミヤコワスレ

        都の、
        政局・政変
        忘れたいな。

        野春菊とも。

  



 国会の、不信任案。
 そんなことに、
 つきあうヒマはないや。

 造反した人が、
 さらに造反した。

 結果。
 だれがトクをしたのでしょう。
 だれが勝ったのでしょう。

 みんな、ダメージ。

 勝ったのは、
 国民の良識だけ。
 国民は、
 見ていますね。

 マスコミ(新聞)も、
 けさは
 半分ほど、自分のことばで、
 社説、論説、コラム、
 緊急特集と寄稿。
 国民視点で、珍しく。

 右も左も、
 中央紙も地方紙も。
 経済紙も、政党機関誌も。
 こぞって…珍しい

96歳、93歳の華ひらく

2011年06月03日
       雨の晴れ間、
       上市の
       県薬用植物指導センター。
       50種類の
       シャクヤクが見ごろ





 シャクヤクならぬ、
 カクシャク、とはこの人たち。




 飛鳥寛栗さん(96歳)
 高岡、善興寺前住職。
 先般、日本の音楽史や
 宗教音楽史の大著を出版され、
 棟方志功とも親交があった。

 こんど、発刊の
 富山写真語・万華鏡の233号に、
 昨今の大震災被害に
 宗教人としての寄稿された。
 依頼して3日間でご持参された。

 「うつろいやすき 世なればこそ」

 諸行無常の教えのこと、
 ご自身の、保育園のすべり台の
 物語りなど、心を打つ。

 大震災について、宗教人は
 こころの救いにもっと活躍してほしい。
 パフォーマンスだけでなく。




 堀 文子さん(93歳)

 これまでの、華々しい画歴は
 言うまでもない。
 が、これまで美術館で個展は、
 開かれなかった。

 過去を振り返るくらいなら、
 創作に励みたいからだそうである。

 そろそろ、トシだからと、
 ようやく、このたび、
 三重県立美術館に続いて、
 あすから、
 南砺市立福光美術館で開催。

 9時30分開会式なので、
 10時ごろからの会場解説会がおすすめ。




 昨年の5月末に、
 立山アルペンルートへ。
 快晴の雪の大谷へ。
 その時の感動の作品など100点。
 (偶然、私も同じ日に立山へ。)



 
    (ニルギリ)

 新作の
 「鶴が渡る、ヒマラヤを越えて。」
 ネパールのニルギリの姿。


 昨年の銀座の個展で、
 ええ〜ッ、あのジョムソン街道の、
 と言ったら
 「そうなのよ」
 ツクチェ村への空港のあたり。
 88歳のときの印象だという。
 ダウラギリは、
 全貌が見れなかったと残念そう。


   (ダウラギリ)

 恐るべき好奇心と、
 エネルギー。
 富山のファンでもある。

 月刊「サライ」に連載され、
 歯に衣を着せぬ論評に、
 綿貫民輔さんなどの
 政・財界トップの熱烈な信者が多い。

 開会式…どうなることやら 

 
 








堀文子展オープン

2011年06月04日

       夕方、帰宅
       ばんめし。

       テレビをつけない。
       ニュース見れば 
       腹が立つからだと。

       黙々と、
       もぐもぐ…




 堀 文子展の
 オープニング。


 熱心なファンが多い。

 作家は93歳。
 クルマ椅子での会場案内。
 とてもお年には、 
 感じられない肌のつや。




 前日に
 空港へお迎えし、
 会場チェック。

 宿で、懇親会。
 一方的な、押しかけファン?と、
 ポスターになった、
 ヒマラヤの写真説明。

 そして、
 カザフスタンの岩絵。





 写真は、同行の
 NPOグリーンツーリズムの
 理事長、長崎喜一氏。
 


 写真を食い入るように…
 「すばらしい、
  ぜひ使わせてくださいね」と。
 また、
 新しいモチーフが
 浮かんだようだ。

 きょうは、

 「アートで遊ぼう」
 第一回の活動。
 金沢21世紀美術館へ、
 子どもたちと、保護者同伴。

 このコラム「南砺風土記」に
 川原竜三郎先生が、
 ヨーロッパでは美術は
 鑑賞教育を大切にしている。
 ちびっこたちが、
 美術館へ出かけるプロジェクトが
 あってもいいのでは、と
 ずっと、提言されています。
 文化課が中心になって誕生しました。

 南砺らしい、企画に育てたい。
 



松村謙三さんの空白

2011年06月06日
             いよいよ
             いちご
             いつもの
            いい味。
            立野が原産は、
            最高。
 



 マスコミは、大連立が
 当たり前のように報じる。

 連立ならわかる。
 大連立とは、いつか来た道。

 ナポレオン、
 ヒトラー、合法的に政権奪取。
 スターリン、
 毛沢東、
 わが東条英機。

 東条は重要戦争犯罪人で処刑。

 日本は1940年に、大政翼賛会。
 つまり、戦争遂行のために、
 大連立で、他の政党を潰した。





 松村謙三さんは、
 政党政治を主張。
 最後の最後まで、
 大政翼賛会に抵抗、
 戦後の保守合同にも
 論陣を張って反対。
 どちらも、周囲から説得され、
 ついに折れて翼賛会へ。
 また、改進党幹事長から
 自民党へやむなく。


 晩年には、三代回顧録や
 花好月圓に、生涯の政治家としての
 発言や、評論が再録された。

 しかし、
 大政翼賛会に加わって、
 戦争を回避できなかったことを恥じて、
 終戦までの5年間は
 すべて、記録は白紙のまま。
 (のちに公職追放)

 非常時には、
 英雄待望論が生まれるのは
 世の東西を問わない。

 あの大政治家にして、
 空白の時代があった。
 おりしも、
 ことしは没後40年。

 顕彰会もあるが、
 中国ツアーの先導役だけでなく、
 現在の政治のありかたに警鐘を鳴らす、
 貴重なテキストとなってほしい。

 またしても、
 国民不在の政局は、
 大政翼賛会へひた走る。


 ※今朝の北日本新聞の
  コラム「天地人」に同趣旨の
  囲み記事が載っていてびっくり。
  まったく偶然とはいえ、
  気骨あるジャーナリストが存在する。


未来のムナカタ集まれ!

2011年06月06日
       この「南砺風土記」の
       コラムで連載されている、
       川原竜三郎さんは、
       イタリアでの作家活動が長い。

       日本では、
       子どもの芸術鑑賞の
       教育が足りないという。

       南砺市の教育委員会や、
       児童の美術教育に
       長年、関わってこられた、
       作農啓一先生や、
       作家の藤井一範さんらで、
      「アートで遊ぼう」実行委員会が
       発足しました。




 第一回は、
 「金沢21世紀美術館で遊ぼう」
 ヘリオスまで、
 すてきなミュージアムバスがお迎え。

 車内で、ちびっ子たちと、
 いろんな、おしゃべり。
 モテたなあ。うれじい。




 南砺市の6つの小学校から、
 33人の4年生までの児童と、
 25人の保護者が参加しました。




 美術館のお姉さん?から、
 展示会場のなかで、 
 絵本の読み聞かせの特別企画。
 熱心に、見入って、
 聞き入っています。


          (美術館の特別許可をいただいて撮影)

 引率の、藤井さんの大作
 爆陶の作品名は「爆―転生」
 子どもたちが、不思議そうに
 あっちから、こっちから。

 外国のトップの現代作家と
 肩をならべて、出品されています。
 (南砺の人は、あんまり知らないけど)

 古代の恐竜の骨格のようでもあり、
 時間の流れ、連続、生まれ変わり。
 どのようにでも、
 感じ取れる、アートの力作です。




 いいお天気だったので、
 芝生広場で、親子でお弁当。

 私は、評判の館内のレストランで。
 うん、これはうれしい。

 第2回は、7月10日と8月7日
 南砺市立福光美術館で、
 土器や土鈴と野焼き体験です。

 小学校の先生は忙しい。
 音楽、美術、書道は時間が少ない。

 南砺の作家たちは
 とかく、教えたがる、作らせたがる。
 
 そこで、保護者が中心になり、
 子どもを主役に、鑑賞教育をと
 いうことになりました。
 合併した、南砺市ならではの
 新しい試みです。

 芸術のホンモノとふれること。
 第一ステージは、
 4〜9歳ごろが理想です。

 お申し込みは、
 福光美術館 0763-52-7576 へ




 









花を育てて3代―祖父編

2011年06月08日


      バラが咲いた♪





 貧しい農家だったが、
 創業3代目の祖父。
 家の前の田んぼのごく一部を
 10坪あまり、限って
 好きな花木を育てていた。

 ほとんど、実生か、
 どこかで見つけた垣根などの
 庭木の枝を所望して、
 挿し木で育てていた。
 見事な庭園というか、
 造園業の庭の様相を呈する。

 高宮の隋順寺さんの、
 お堂の立花作りをご奉仕していた。
 年暮れになると家の広間で、
 背丈を超すような、
 花を孟宗竹の花器に活ける。
 1か月は大丈夫。

 松や菊、千両、などで
 独学ではあるが、生け花の原点である。
 いろんな角度から眺めて、
 時間をかけて造形していく。

 (あねださんの造形盆栽みたい)

 花木は、仏さまに供えるためだった。

 老衰で亡くなるとき、
「数珠を持たせてくれ」
 家人がうろたえて、探すが見当らない。

「なにゆうとるが、あそこにある」
 と、叱りつける。
 数珠は、そこにあった。
 
 手にすると、満足げに
 息を引き取った。 


花を育てて3代―ワタクシ編

2011年06月09日


      いまが盛り。
      ハコネウツギと
      スイカズラ。

      別の花のようで
      実は兄弟。
      スイカズラ属。

      どちらも、咲きがけは白。
      次第に色が変わる。

      ハコネウツギは
      箱根に、
      ほとんど自生していない。
       




 富山市で就職したのは19歳。
 ゼッタイ恋愛結婚論者だったが、
 いやいやながら、
 26歳で生まれて初めて、
 お見合い。
 
 同じように、中学卒で、
 東京で修業。7年。
 姉の店へ帰ってきて、
 同い年。

 ワタクシは金がなく、
 古着屋で買った派手なブレザー。
 (これが良かったみたい)

 おふくろを若く美人にしたような、
 丸顔、デッカイ眼。
 春川ますみのような、タヌキ顔。
 ピピッツ♪

 数日後、本人から
 また、会いたいと電話があって、
 リードされっぱなし。
 ずるずると…結婚。
 意志が弱いのは生まれつき。

 あとで、先方は
 お見合い10回のベテランだったと聞き、
 震え上がる。
 美容師なので、収入は上。
 それじゃ、かっこつかないだろうと、
 新妻は、給料ダウン。

 市内に、70坪の土地を
 世話してもらった。

 少しでも花を育てる庭が欲しかった。

 息子が4つのとき、死別。
 さあ、やけくそ、超多忙、午前様。
 
 息子に、花を育てる体験を
 させるどころでない毎日。

 まったく、
 花に興味がない様子に育つ。
 DNAは途切れた。
 いまごろ。手遅れ。反省。

 それでも、ワタクシは
 性懲りなく、
 カザフスタンへ、
 野生の花を求めて4回も。



         (原種グレーギーの花園)

 いまは、
 毎日、花に囲まれて暮らせる。
 食卓に、花首を飾ってもらえる。




 ありがたい。

 なんけ、終わった花を撮るがけ
 花も人も
 散り際がいいんじゃ♪
 


花を育てて3代―父親編

2011年06月09日

      また、バラが咲いた♪




 おやじは、婿はん。
 ゼッタイ婿にはいかんと宣言して、
 お見合い、一発で
 なぜかすぐに母と結婚。
 私は次男坊。

 どうも祖父と、
 宗教で対立してしまった。
 子ども心に心を痛める。

 父は、祖父に対抗したわけでも
 あるまいが、
 野菜畑に葉たばこの苗床を。
 その横に園芸種の洋花を植えた。
 タキイや大和農園の
 カタログで取り寄せる。

 ガーベラ、キンセンカ、ポピー、
 矢車草などいろいろ…
 当時としては珍しい。

 われわれ子どもにも
 小さな畝を任せてくれたので、
 自分で種を採取、翌春に蒔いた。

 自分で育てた花を、
 小学校へ毎朝のように、
 1里(4キロ)の道を持参。
 教室の竹の花瓶に活けた。
 (当時から草食系男子)


 カザフスタンで見た、
 見渡す限りの、ポピーの原野、
 なんとも表現できない、
 矢車草のきれいなブルーに
 感動したのは、
 父親の花好きのおかげかも。




 なにげなく、
 「おらも、
  田んぼあたらんから、
  ムコに行く」

 おやじは、
 「おらがこんな苦労しとるがに」と
 怒り出したが、
 へえ、とうちゃん、苦労しとるがだ、
 と、しげしげ顔を見た。
 

どっちがホンモノ?

2011年06月11日
      バラは
      咲き放題♪



 いま、美術館の
 市民ギャラリーで、
 造形盆栽の展示と、
 講座。




 どっちが、ホンモノ?

 あねださんの
 魔法の指先です。






 みるみるうちに、
 仕上がります。

 もひとつ。
 ブナシメジの造形。
 こんな小っちゃいのに、
 笠の裏のヒダまで丁寧に細工。





 出来上がりです。

 はあ〜


 きょうの午後1時から
 道の駅で
 カッパ祭りスタート






 




裸で失礼。いや〜ん

2011年06月11日
      隠居部屋。
      トイレにこだわる。
      玄関から見える。

      鏡面ステンレスの
      水琴窟を特注。
      野田先生の
      宇宙をガラスに閉じ込めた、
      マンダラ作品には、
      たえず、水滴が落ちる


      ここは、
      私の第二の書斎。
      思索の小宇宙といえば
      ちょっとキザ。

      世界の旅先の
      郷土玩具が増えてきた。 




 実は、この空間は、
 人間さまだけでなく、
 この季節、
 こいつにとっても快適空間。
 (のようだ)




 ん?ここはどこ?

 朝一番なめくぢと会う因果かな 
            梅津多嘉士
          サンデー俳句王より引用



 あれ、いや〜ん
 わたし、裸なの。見つめないで。
 (かたつむりが殻から抜け出してきた?)

 なめくぢの生きる自然に平和あり
            岩本梨花子


 
 塩を振りかけられる前に、
 逃げ出さなくっちゃ

      朝っぱらから
      くさい話で 失礼

 







だまし川のかっぱ村祭り

2011年06月12日
      棟方志功ゆかりの
      なんと一福茶屋。
      道の駅。





 午後1時から
 開会式。
 かっぱ供養祭
 環境保全を願って、だまし川の
 なまず放流。




 ことしのだまし川の
 ナマズはおっきくて、元気がいい。
 お神酒をしこたま飲ませる。
 暴れまわる。
 うれしかったのか、びっくりしたのか、
 小さな眼をぱちくり。
 ひげを震わせて
 ふるさとへ帰って行った。

 おい河童

   ナマズを騙して 揺れなくせ


 11時から審査会の川柳。
 村長賞に審査員全員賛成で決まる。

 南砺市林道の石並真一さん。
 おめでとうございます。

 助役賞、東京の林さん。

 遠野まで

   南砺のかっぱ 馳せ参じ 

 





 かっぱのふるさと、岩手県遠野市。
 南相馬市へ、道の駅仲間をたづね、
 特産品を
 イベントに合わせて
 大サービス。




かっぱに化けたこの人

2011年06月13日

             どど〜ん
             かっぱ供養塔



 石黒保育園で、
 保育士さんたちの発案から、
 棟方志功の「瞞着川(だまし川)」の
 作品をモチーフにした、
 紙芝居ができ、好評で絵本になった。 

 「ちよゑちゃんとパパとだまし川」

 絵は志功さんの次女、
 小泉ちよゑさん。


 物語は、だまし川のかっぱが、
 吉右衛門のお嫁さんの
 ニャーニャ(子ども)を抱かせて
 くれと懇願する童話。

 そのキッチョエモンのアネマの
 ネンネが、実在する。
 この人。江川吉夫さん。


 かっぱ祭りでは、
 ナマズをだまし川に放流された。



 かっぱに可愛がられて、
 ついに、
 ご本人がかっぱに化けた。

 原作者の
 棟方志功さんも、
 泉下でさぞやびっくり
 されていることだろう。




 



怒らない若者

2011年06月14日
     森の中に凛として
     香りを放つ、
     ササユリの花。
    (朝日町・夢創塾主宰の
     長崎喜一氏撮影)




 日本人なら、いま、
 みな程度の差はあっても、うつ状態。

 素朴な疑問。
 なぜ、若者が怒らないのだろうか。
 
 2度ばかり、チェコを訪ねた。
 プラハの中心、ヴァ―ツラフ広場。

 いつも花が絶えない、聖者
 ヤン・パラフのデスマスク。
 メモリアルの標識である。

 1948年の、ソ連の侵攻に抗して
 焼身自殺した学生。
 「プラハの春」のとき。

 その後、1989.11.10
 ベルリンの壁が崩壊。若者が主役。
 1週間後に、チェコで
 若者たちが決起して、平穏なデモ。

 テレビ局、劇場の俳優、
 オリンピック金メダルの
 チャフラフスカまでが声明、

 一人の死者も出さず、
 一党独裁をひっくり返した。
 「ビロード革命」



        (カレル橋で2007)


 かくして、ソ連は崩壊、
 チェコは独立、
 世界遺産の美しい街は残った。
 主役は、いつも若者。

 さて、日本。
 いま国難のときなのに、
 怒れる若者の姿が見えないなあ。
 坂本竜馬もいないなあ。

 わずか、半世紀前の日本では、
 中卒の工場で油だらけの
 若者たちでさえ、
 夜を徹して、日本の
 未来を語り合ったものだ。
 
 60年、70年安保や
 学生運動に懲りて、為政者は
 キャンパスを郊外へ。
 敷石はコンクリートに。
 すっかり去勢されてしまった。




 
 

 

夜明け前

2011年06月15日

 きょうの朝4:23
 白馬の遠望です。
 デジカメは便利ですね。
 日が長くなりました。




 剣も、
 ずいぶん北側から
 朝日がさします。
 4:53と
 下の写真は6:03





 「明けない夜はない」

 「夜明けの直前がいちばん暗い」

 日本列島、
 被災地、のみなさんも
 そうあってほしい。


 東京の全国会議へ。
 震災のことが、
 中心テーマになることでしょう。


 

全国一だった電力県のとやま

2011年06月17日
      日本海側随一の
      陸軍演習場だった、
      南砺市の中央、
      土生新の立野が原。

      貴重な歴史遺産
      めだま監的壕。
      いちご狩り会場の東に
      これが望めます。




 富山県は、
 全国的にもダントツの
 電力エネルギー県。

 いまも原発なしで
 9,300万kWの発電能力がある。
 平均的な原発10基分である。
 首都圏(東電)の5分の1とはすごい。

 昭和10年のころは、
 全国の17%の発電量だった。
 もちろん日本一。

 黒部川水系、庄川水系は
 発電効率が最高にいい。
 つまり、おいしい―級河川は、
 関電に持って行かれた。

 戦後まもなく、
 朝鮮戦争がはじまった。

 日本でいちばん恐れたのは、
 富山県の主要ダムへの
 空爆とテロである。
 日本のライフラインの要だった。
 どこか、
 福島原発群を想起させる。

 (欧米がいちばん恐れること、
  地震・津波でなく原発への
  テロなのだという)


 そこで、富山に
 軍事基地がいる。
 国、県、近隣の町あげて、
 戦前の立野が原演習場の復活に
 手を組んで動き出した。

 そのとき、
 戦前にさんざん辛酸をなめた、
 旧の東太美村民と
 戦時引き揚げ者などの
 開拓団とで、猛反対した。

 測量に一歩でも入ってみろ。
 「血の雨が降るぞ!」
 
 其の剣幕で、推進者の
 すべてが圧倒されて、
 この話は帳消しになった。
 小さな村の基地反対運動は勝利した。

 結局、あきらめて、
 石川県の内灘へ候補地が移動。
 米軍の射爆場が激しい反対運動の
 すえに、居座った。

 めだま監的壕はそのときの
 モニュメント(記念碑)であり、
 最近、中央のテレビ局や
 雑誌の取材が増えてきたという。

 地元有志は、いまも
 草刈りなどで大切に守っている。

 きょう午後
 刀利離村と聖教育者山崎兵蔵先生の
 50周年記念式典。
 そして「一茎百華」復刻版の発行
 山の人は強い。
 


被災した生き物たちの、命の恩人

2011年06月17日
 
     冷房が効いていない、
     暑い文部科学省の大講堂。
     500人の全国の
     博物館館長会議。

     日本では、 
     博物館、美術館、水族館まで
     細かく分かれているが、
     海外では「ミュージアム」で
     ひとくくり





 朝から、夕方まで
 窮屈な座席で缶詰会議の苦行。
 主要なテーマは、
 公共社会教育施設における、
 危機管理
 東北からの生々しい被災の
 状態が報告される。
 なんと、1779件。博物館568館。
 学芸員も4名ほか。冒頭に全員黙禱。

 


 参加者を圧倒したのは、
 シンポジュウムで発言のこの人、
 山本茂行さんだった。

 (社)日本動物園水族館協会会長
 富山市のファミリーパーク園長でもある。
 ずっと、上野動物園長の指定席だった。
 異色の、地方からの会長。

 報告の凄さ。
 3/11→12、被害状況把握、速報
 3/13支援要望把握。

 動物と、魚は生き物。
 エサが足りないと悲痛な声。


 3/12から、エサの緊急搬送開始
      動物の避難手配、
      見舞金募集、
 同時に世界へも情報発信、
 フェイスブックの英語版立ち上げる。
 これは、劇的な威力を発揮した。
 国内、世界の情報共有、
 組織体制の構築…

 実は、会長の山本さんとスタッフが、
 電光石火で判断、行動し、
 富山から指令を出し続けたのである。

 もともと、こういう時のための
 組織やしくみがあるわけではない。

 富山という地の利が幸いした。
 富山から、日本海側の
 複数ルートから翌日には、
 支援物資を送れた。
 全国60の動物園、水族館が
 協力した。

 相手はすべて生き物。
 人間だけでなく、
 生命の大切さを一番よく知る人たち。


 おりしも、スイスで国際会議、
 メンバーを派遣して訴える。
 4500万円、海外1800万円の見舞金は、
 すぐ、送られた。

 教訓として、
 1.情報(収集・発信)の一元化
 2.情報管理と支援体制の一元化
 3.協会の執行部・事務局と
   ブロックごとの役割分担組織化
 がまとめとして、報告されたが
 こんどの、大震災に
 富山が大きく貢献した。

 該当する14の
 動物園、水族館はほぼ、開館。

 さすが、山本さんが
 全国の会長に選ばれるだけの
 力量を目の当たりにした。
 とやまが光った。

 国や、東電も
 こんな迅速な動きを、
 してくれていたならなあ


 

 

 
  



     

刀利離村50周年式典

2011年06月19日
       刀利ダムが
       出来てから50年。

       刀利の生き神様
       山崎兵蔵先生の50回忌。

       復刻版
      「一茎百華」出版記念会。

       もろもろの想い
       300人で、あふれた





 5集落50戸が移住して50年。
 これだけの関係者が集まることは、
 常識では考えられない。




 この結束の固さ、絆の源泉は、
 この地に一生をささげた、
 山崎兵蔵先生の存在が大きい。




 復刻版「一茎百華」80冊は、
 市長にまとめて贈呈。
 教育関係者にとっては「聖書」




 復刻にあたって、
 序文を新たに執筆いただいたのは、
 谷口典子さん。
 亡くなったご主人が刀利出身。
 遺稿集
「ダムに沈んだ村・刀利」を編集された。

 2冊の本は、姉妹編になるように、
 装丁・デザインを揃えた。
 いま、書店に並んでいるはず。




 谷口典子さんは、
 新婚旅行に刀利を選んだ人。
 大学教授、著名な経済学者、詩人。
 メールと電話だけのおつきあい。
 お会いしたら、
 やっぱり素敵な女性だった。

 山?先生の薫陶を受けた人々
 山奥の小さな中学校の
 そのまた小さな刀利分校。
 一本の茎から、百の華が咲いた。

 えらいのは、
 出身者、縁者だけでなく、
 自治振興会あげて、同級生たちとして、
 この先3年計画で、
 事業を発展させようという姿である。

 北陸農政局長や
 県の農林、中山間地関係者も
 びっくり。

 地域活性化と
 イベントばやりの昨今。

 このような里山の地域ぐるみの
 歴史文化をベースにした、
 知的でおしゃれ、
 それでいてどこか暖かい。
 こんなうれしい取り組みには、
 敬服するほかはない。




 ダムに沈んだ村であるが、
 小矢部川流域に、
 いまも大きく貢献。

 刀利ばんざい。









 







小矢部市の義仲熱

2011年06月19日

       夕焼け。午後7:28
       あした、いい天気かも。




       小矢部市で
       里山の環境を考える
       ミーテイング。

       南砺市の
       みんなで農作業の日の
       五箇山プロジェクトと
       昨日の
       刀利離村50周年の
       取り組みを紹介。
       みなさん、びっくりされた。

       地元のあまり、
       地域とのかかわりの
       話が聞けなかったのは残念。
       行政もノータッチ。
       どうも南砺市とは
       温度差が大きい。




 お昼に、
 打ち合わせを兼ねた
 昼食会で、コレ。

 おやべ歴史弁当「義仲ものがたり」




 なかなか、おいしい。




 傑作は、これ。
 和菓子で、
「戦勝祈願」中に勝栗、
 ゴボウ(生姜でからめた菓子)
 黒豆一式。

 小矢部のみなさん、
 知恵を絞っておられる。 
 ご苦労さまです。
 



わが家の「春闘」が妥結

2011年06月20日


      ナデシコ。
      撫で腰にあらず。
      秋の七草。
      日本・東アジア原産。

      日本の女性の美称
      (広辞苑)

      花言葉
     「深い愛情」だって!




 わがつれあいは、
 このトシになって専業主婦。
 飯炊きばあさんか!
 いえいえ、
 コメを研ぐのはワタシです。
 後片付けも…

 この春から、言わず語らずの
 「春闘」状態。

 共働きのときは2つのサイフで
 問題なかったが、
 こと、ここに至って、
 収入格差。
 家計負担不均衡を衝かれる。

 相手は、もと県の大組織の組合の
 婦人部副部長という闘士。猛者。
 はなから、敵うわけもない。

 で、
 建設的かつ論理的提案があり、
 妥結をみた。
 で、
 機嫌もいい。サービスもいい。

 庭に咲くナデシコ。
 大和撫子と書く。


 財布には早くも秋の風



 
 

食中毒にご注意

2011年06月21日

      大震災の陰で
      忘れられそうな、
      焼き肉店中毒事件。

      パソコンの横に
      こんなものが。




 焼肉酒家えびすの
 サービス券です。
 ちょうどあの日のころ行きました。
 危ない危ない。

 和牛カルビ一皿無料券
 裏は、順番待ちシステムの紹介。
 まさに、超満員でした。
 安いものにはウラがある。

 食中毒にご注意

 もと、保健所長と会合で雑談。
 いやはや、こういうとき、
 地獄だという。

 病院からの一報は、
 たいてい午後5時以降。
 即、徹夜で対応が開始される。
 原因究明と、
 同時に蔓延の防止対策。

 大きい都市は、いろんな
 かかりつけ医にかかるので、
 通報、対策が遅れるという。

 二人以上が発病したら、
 すぐ中毒を疑えと言われる。
 そんなとき、すぐ保健所へも。
 結果は、すぐ出ます。

 魚は、調理に常に水を使うが、
 肉はそうではない。
 生肉は汚染されているのが
 前提と考えなさいとも。

 サイコロステーキは危ない。
 あれは合成肉で、
 調味液を注射するため、
 表面を焼いてもダメ。
「ステーキ」という名前は、
 やめてほしいとも。
 中毒事件で実際、菌が検出された。

 むかし、実家では、
 馬と生活を共にしていた。
 家族のようなもの。
 だから、馬や牛の生肉を
 ゼッタイ食べない。

 助かった♪
 

城端線のセレモニー風景

2011年06月21日

       はれあたまさんの
       「おもてなしのお辞儀」

       いい視点と、画像。
       さすが目のつけどころが。

       よし、
       負けずに、コレ。
 



 高岡駅で、
 いつも見受けられる、
 セレモニーです。

 運転手と、
 車掌さんが威儀をただして
 列車を待っています。




 次の列車が到着すると、
 きりっとした姿勢で引き継ぎの
 挨拶セレモニー。

 見ていて気持ちのいいもの。
 乗客の無事を、
 安全で規律ある運行を、
 守っているという、
 空気が伝わってきます。



 福光駅の額。
 棟方志功さんの揮毫です。
 ガクブチはホンモノ、
 書は複製です。
 旧国鉄のみなさんに
 プレゼントされたものです。
 本物は美術館に収蔵。


 在来並行線が民営化しても、
 このこころは、 
 しっかり受け継いでほしい。



縄文人から学ぶ大震災、津波

2011年06月23日

     朝は、真夏の到来?
     そして、
     どしゃぶり。
     お天気もままならぬ。   




 南砺市は、遺跡の宝庫。
 立野が原の石器や、
 縄文遺跡は全国でも有名。

 その指揮を執っていた人が、
 現在の県の埋蔵文化財センター所長
 山本正敏さん。

 棟方志功の装丁本の
 日本一のコレクターでもある。


 東京の文科省の会議に、
 ご一緒した。

「大震災で、
 これからが大変になる」

 津波被害の教訓から、
 沿岸の漁業など、
 仕事場は海岸近くの平地に、
 公共施設や生活の場は、
 安全な後方の高台に
 復興計画がすすむ。

 ところが、そこは見晴らしのいい、
 遺跡、埋蔵文化財の巣。

「さすが縄文人は
 安全な場所を知っていた」

 

 阪神淡路大震災のおりも、
 再開発行為の前に、
 埋蔵文化財の発掘調査に、
 全国の自治体のプロが
 動員された。
 それも長期に。
 即戦力になる人たち。

 実は、阪神淡路大震災のとき、
 富山県は派遣しなかった、
 数少ない自治体にとして、
 ことあるごとに、
 文科省からチクチク。

 そのころ、県内は
 北陸新幹線などの事前調査で、
 多忙を極めていた。

 こんどは、
 規模も範囲も桁違い。
 これから、全国自治体からの
 息の長い、喫緊の
 取り組みがはじまる。

 4000年前の
 縄文人から、
 現代の我々への
 メッセージなのだろうか。

 

 





 
 

氷見寒ブリまんじゅうか、高岡おやきか

2011年06月24日
       久しぶりの氷見
       雨晴。
       このへんの海中に
       アメフラシが
       棲んでいる。
       晴らすのか、降らすのか。




 県の食品研究所に、
 氷見の天然寒ブリが持ちこまれた。
 一匹のブリから、
 表皮の酵母菌を抽出、選抜

 これが、スグレもの。
 民宿がドブロクをつくり、
 ドブロク特区の認可を受ける。

 お菓子やさんが、それを
 まんじゅうに使ったら、
 抜群の味に。日持ちもいい。



 酵母菌だから、
 魚臭さはない。
 すこぶる美味しいのである。

 富山県は世界一の
 発酵食品の王国。
 氷見市として、新鮮な魚だけでなく、
 保存食文化もテーマにしようと、
 市の若い職員が張り切っている。

 まんが「美味しんぼ」で
 ガンコおやじの板前さんが出てくる。
 それがヒント。




 きのう、呼ばれて参加。
 どっこい、高岡市も
 負けてはいない。
 小さなJA支所のおばちゃんグループ
 地元特産の小麦で
 パン工房を造って大活躍。
 瑞龍寺イベントで、
 高岡おやきを作りはじめた。

 富山県内のほうれん草は、
 80%ここで作られる。
 そこで、おやきの具に。






 参考になったお手本は、
 南砺市の利賀村が開発した、
 五箇山おやき。

 氷見にも、五箇山にも
 負けないでがんばろうと、
 みなさん元気がいい。

 こんどは、農業経験のない、
 若い高岡市担当職員が
 大張り切り。

 県では特産品アドバイザー派遣制度があり、
 すべての費用を負担してくれる。
 全国でも富山だけ。
 30年前に創設に参画した。
 法律や食品試験場、
 流通、マーケテイング
 PRやデザインなどの
 現場に強い専門家集団である。

 立山かんもち、稲積梅、
 はとむぎ茶などは、
 ここから化けた。
 富山県内の特産品開発で、
 世に出たものは多い。

 食の安全、生産振興と、 
 新たなブランドづくり競争が
 くりひろげられている。

 結果として地域の
 イメージアップと
 仲間づくりになっている。
 農、商、学連携で、
 行政がバックアップしている。




177777踏んだ人、どうぞ

2011年06月25日

    富山市の総曲輪
    イベント広場で、
    どど〜んと



 自衛隊のPRキャラバン。
 完全防護服です。
 写真展は、痛々しい。
 自衛隊には異論がつきもの。
 でも、
 この大震災でずいぶん、
 印象が変わったことは確か。





 やがて、
 

 踏んだ方どうぞ。
 ラッキーな方に、
 富山写真語・万華鏡の
 最近号や、ご希望の
 バックナンバーをお届けします。
 ニアミスも含みます。

瞑想の郷のこと

2011年06月25日


        この3日間、
        天空では
        風神・雷神さんが
        大暴れ。

        このぶんだと、
        真夏は
        どうなることやら。




 あさぎりさんや、つばきさん、
 ブログで紹介されていた、
 「満月でヨーガナイト」
 いい企画ですね!

 むかし話になりますが、
 23年前、年号が
 昭和から平成に変わった日、
 1989年1月11日。
 厳冬期のヒマラヤ山中で、
 利賀村の幹部を中心にした、
 ネパール・ツクチェ村で
 友好村提携の調印式がありました。

 事前に、ネパール随一の
 マンダラ画僧がいて、
 日本でマンダラを描きたいとの
 情報を得ていました。

 旅行に際して、
 立山曼荼羅のカラー印刷持参。
 サシ・ドージ師と
 通訳を介して、
 「利賀村で仕事をしませんか」

 宗教施設でも、観光施設でもない。
 日本人に必要な
 こころの瞑想空間を作りたい。
 印刷物を見せながら、
 マンダラの富山で、
 あなたのミュージアムをと説得。
 それで、10年がかりで生まれました。

 ヨーガ教室のような使われ方が、
 本来の構想でした。

 大震災、原発事故
 3年半後に、北陸新幹線。

 数は少なくていい。
 自分のこころと対話する。
 そういう人たちのために
 ますます存在意義が
 生まれる郷です。

 県の水墨美術館で
 大規模な立山曼荼羅展がオープン。

 それに、
 負けない平成の
 世界的なマンダラが、
 南砺市にも。

 
 
 


あと4人です 18:32

2011年06月26日



  あと、
 秒読みとなりました!

立山曼荼羅展(水墨美術館)

2011年06月26日

     立山マンダラは
     とやまの知恵。

     過去最大の
     マンダラ集大成となった。




 49点の貴重な、
 立山曼荼羅が揃った、
 県水墨美術館。
 半分は初めて見るホンモノの迫力。

 オープンに伴う、
 作品解説に紛れ込んで聞く。

 なんと言っても
 この人。福江 允学芸員。




 日本学士院という、
 とてつもない学者の組織があり、
 初めて、ミュージアムの
 学芸員が受賞して、話題になった人。
 しかも最年少で。
 若いけど、尊敬する学究。

 立山信仰はなんであったか、
 全国くまなく、調べ上げられた。

 富山の里山の人々が
 幕末、大奥などに影響を与えた、
 その知恵と行動力に
 感嘆する。

 日本人のこころの
 原風景が見えてくる。

 利賀村の瞑想の郷の
 マンダラには、
 この立山曼荼羅の地獄絵が
 下の部分に描かれている。

 ネパールの画僧、サシドージ師と
 相談のうえ、
 富山らしさということで
 加えられた。


 


堀 文子展へ次々と

2011年06月27日
       晴れ間をみて、

       砺波平野の
       玉ねぎ収穫です。
       地区民総出。
       新しい特産品の誕生。

       先日、高岡で、
       農家のおばちゃんたち。
      「ここでも作っとたが。
       砺波に取られた」
       産地間競争である。



 堀 文子展
 いろんなお客様が次々と。

 昨日も、もとテレビ局の幹部が
 奥さんとお孫さんのお供で。

 事務所の電話は、たいてい、
 美術館の場所の確認。
 初めての熱心なファンということが
 それでわかる。
 遠方が多いようだ。
 県民会館のチラシボックスは
 すぐ無くなった。



 高岡市立美術館友の会から
 40人も遠藤館長の引率で来館、
 恐縮する。

 こんどは、
 富山大学文化芸術学部の
 学生たち一行。
「地方で、なかなか見られない。
 93歳、画家の作風の変化が
 いろいろ学べるし」
 担当教授の話。




 きのうで終了。
 あねださん、高岡の竹田先生。
 どうもご苦労さまでした。

「あっという間だったわ。
 楽しかった」
 ありがたい言葉です。

 マンスリーアート展は、
 館が主催する、市民のための
 オープン・ギャラリーです。
 年間5〜6回開催します。




 皆さんが、
 会場で作られた作品群。
 水がいらないホンモノ。









 

28日は福井大地震だった

2011年06月28日
     
       カラスの奴め!
       ほんとに、
       頭がいい。

 庭のビワの実が色づく。
 まだ、もう少し早い。
 ようやく、という頃
 カラスの襲撃。
 どうして、
 食べごろがわかるのか。

 なぜか、雨が続くので
 甘みが足りない。




 3本もある、
 先祖伝来の梅はもそろそろ。
 カラスの奴め、
 これは熟しても食べない。

 ウメが実ると、
 福井大震災を思い出す。

 庭のむしろに
 収穫したばかりの梅を
 広げていたところ、地震。
 昭和23年6月28日16:13
 福光でもひどい揺れだった。

 福井は空襲で全滅。
 3年後に
 復興したばかりの市街が
 また、全滅。全壊率79.0% 悲惨。
 M7.1、直下型。
 死者3278人。
 続いて1か月後、九頭竜川堤防決壊。
 水害のなかに
 奇跡的に生き残った、
 農業試験場の稲が、
 今日のコシヒカリである。
 不死身の都市、福井。

 大和百貨店は崩壊寸前。
 結局福井から撤退した。

 棟方志功はすぐに、
 青年団と一緒に画会をひらく。
 売り上げた義捐金を持って、
 福井へ走った。
 支援の
 第一号だったそうな。







ある高校生たち

2011年06月28日
      戦後はほとんどが
      貧しかった。

      高度経済成長で、
      ほとんどが中産階級と、
      もてはやされ、
      物質的に豊かになる。

      いま、日本は
      世界有数の格差社会。
     (中国はもっと極端)


             挨拶の水木会長代行 もと校長。富山民藝協会会長 

 きのう、富山市で
 県立雄峰高校「ドリーム会」の
 奨学金給与。17名。

 PTAでも、同窓会でもない。

 昼間単位制、夜間単位制
 通信制、専攻科という4種のコースがある。
 南砺教室もあった。

 経済的、社会的、不登校など
 なんらかのハンデイを持つ生徒たち。
 それでも、
 絵を描きたい、看護師になりたい、
 調理師になりたい、など
 夢をしっかり語る。 




 大半が働いている。
 ほとんどが賃金を家に入れていた。
 大学進学者も多い。

 奨学金の基金は、
 大手企業のトップたちのポケットマネー。
 はんぱでない金額。
 地域学級のあった紡績などの
 企業の支援と、
 私のようなOBのささやかな拠金である。




 奮発して、
 毎年、海外旅行などにも助成。
 専攻科の調理師の卵は、
 ヨーロッパのレストランめぐり。
 みな、プロに育っていく。

 10代から働きながら学ぶ。
 お金の大切さを肌で知り、
 家族や先生、友達の絆は
 実に強くなって育つ。

 会の創設に参加して
 もう23年になった。
 そこに、
 若き日の自分を発見した。

 




 

おくのほそ道

2011年06月30日

    暑い!のにごくろうさま。
    むこうの彼女は涼しそう。




    前庭の芝生の手入れ。
    禾本科以外を枯らす。




 厄介なのは、捩花。
 球根の根が深い。

 可憐な花なので、
 好きなんだけど。
 矛盾。

 おくのほそ道

 ワタシのことではありません。
 旧暦で、
 芭蕉が平泉の中尊寺に
 たどり着いたのは、
 きのう29日のこと。

 五月雨の
  降り残してや 光堂


 世界文化遺産に
 ようやく登録された。
 東北に明るい話。

 戦後、荒れ放題だったとか。
 北原白秋らが、訴えた。

 さすれば、
 五箇山の世界遺産登録が、
 いかに重要なことだあったのか、
 いまごろ思い知らされる。

 テレビインタビューで
 ドナルド・キーンさんの
 日本永住の決断。
 すごい。

 でも、おくのほそ道、
 過大美化しすぎ?

 芭蕉も、
 棟方さんも、
 モーツアルトも、

 生活のために、旅したんだ。 

作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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