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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

38豪雪のころ

2011年02月01日
        震えるツグミくん
        餌をねだって


        雉のおとっちゃんも。
        そばで見ると、  
        なかなかのファッションセンス。



 先輩で、地元新聞の
 記者だった中村義行さんのブログ

 とやま豆新聞
 
 社会、文化、政治の各部署の
 ベテラン記者だっただけに、
 なかなか鋭いブログ。
 参考にさせていただいている。

 今回は、
 「38豪雪」を覚えていますか

 北陸線が5日間運休。
 死亡者15名
 降雪量657センチ
 最深積雪186センチ
 高岡市公会堂倒壊、
 富山市総曲輪アーケードが落下
 当時の映像記録も添付されています。





 38豪雪のとき、
 私は富山市内の20人あまりの
 中堅の看板屋さんで、デザインしていました。

 会社の作業場の屋根雪下ろし、
 社長本宅の屋根雪おろし。
 職人集団でしたから、
 町内の屋根雪降しをかたっぱしから。
 夕方、お手当てと、一升瓶を持って、
 みなさん帰ってくる。

 カマボコを切って、
 茶碗酒を準備するのは私の仕事。
 体力ないから、
 事務所の留守番役でした。

 行事を計画しても客が来ない。
 看板の仕事がない。
 あと、一ヶ月続いてくれたら、
 いい商売になるがなあ、と、
 父親がわりのような、
 大工さんあがりの工場長が言ってました。
 
 

老後のための消雪装置

2011年02月02日
     
     雨と太陽で、いくらか
     減ったとはいうものの、
     いずこも雪の壁。 
     高齢化と雪対策は、
     切実な問題。
 
     そこで紹介したい、
     わが家の事情。
     ご参考になれば。




 家の敷地の構造から、
 外の通りから玄関まで、
 30メートルはある。

 12年前、
 隠居のためのハウスを建てた。
 確実に齢は取る。
 そのとき、最大のネックは雪。
 輪島の建築士に相談して、
 アドバイスを受ける。

 そこで、庭の歩道を
 舗装と同時に、電気による
 融雪装置をがんばって設置。




 結果は、抜群。
 室内からのスイッチ一つで、
 通路の確保が出来る。
 毎朝の新聞配達、郵便屋さんに
 これまで、荒路をこいでもらって
 申し訳ないという気持ちもあった。

 難点は、
 深夜電力を使うとはいうものの、
 やはり便利は高くつく。

 最初は、悲鳴をあげたが、
 今は、短時間だけ、こまめに入力。
 昔のことを思えば、
 夢のようです。

 車庫の前にも延長して、
 広めに確保。
 ほとんど雪すかしはしません。

雪国の風情

2011年02月03日

          晴天。
          雪面がしわしわに。
          袴腰も久しぶり。



 早朝の雪道。
 ツルツルで滑る。
 いつもすれ違う、女性。
 ニコニコして路を空けて待つ。
 「滑りますよ」
 初めて会話する。



 交差点で、
 除雪直後の早朝。
 横断歩道を雪の壁で、渡りにくい。
 近くの、このスコップで、
 階段を刻んでいると。
 どこかの奥さんが、明るい声で、
 「ごくろうさんです♪」
 笑顔がうれしい♪

 いつもは無言ですれ違う、
 雪のおかげで、
 なんということのない、
 会話が自然に生れる。
 早朝の、
 気持ちのいいスタート。




 金凍る?
 
 夜の与左衛門が貯めた金を
 昼の日左衛門がみな使こうた
 なあんじゃ?


 いろり端で、爺ちゃんが、
 あかしもん(なぞなぞ)を。
 答えは:カネコオリ


 駅のホームのたそがれ。
 昔なら、このまま、
 路地の雪に映える、
 縄のれんの赤提灯へ直行したものだ。
 世事にたけた、
 親父が熱燗をつけてくれる。
 人が恋しくなる、
 なんということのない、
 雪国の風情。






いまどきの健康チェック

2011年02月03日
   
        雪の襟巻き


                     松村外次郎作:富山県民会館前

 3ヶ月に一度、
 行きつけの医院。
 定期健診を受ける。

 主治医の、
 目ざとい発見で、
 早期発見、早期治療で
 一命を取りとめた。

 総合病院での
 昨年暮のドックのデータも
 あわせて、チェックを受ける。

 年齢からいっても、
 あちこち、
 経過観察の項目があるが。
 当面は心配することはない。
 ほっと♪。
 今夜は、いつもより上等の
 ワインを空けよう。

 それにしても、
 35年前に大事な人を、
 難病で失った地獄のころと、
 なんという、
 医学の進歩であろうか。

 当時、阪大医学部の有名な先生に、
 つてをたどって、試料とデータを
 見てもらったが、
 「残念ながら、
  現代の医療の限界ですなのです」と
 悲しい返事だったのは忘れられない。

 その難病は、いまでは、
 当たり前のように
 治療法が確立されているが。


 100項目は優にあろうか。
 2種類のデータを
 パソコンの8年前からのデータと、
 丹念につきあわせ、
 慎重に指でなぞる主治医の先生。
 専門分野だけでなく、
 余病はないか、を特に点検される。
 検査機器の精度も
 飛躍的に高くなっているという。

 南砺市に
 このような、地域にねざした
 ドクターがおられて、
 ありがたい。
 かっての、松井寿美子さんのような
 存在である。

 「先生のおかげで、
 元気に仕事できます」とぺこり。
 笑顔で、診察室から送られた。

新幹線の駅舎デザイン

2011年02月04日
  
              節分。
             ばら撒きます。
              ―菅首相
             (読売・USО放送




 同じ「まき」でも、
 こちらは恵方巻き
 お昼に、惣菜をとおもって
 スーパーの売り場は、
 ど〜んと巻き寿司で占領されていた。
 変な流行。




 北陸新幹線の、
 富山、高岡の駅舎デザイン決まる。
 新黒部も含めて、区別がつかない。

 以前に、
 都市景観デザインや屋外広告条例に
 いろいろ、かかわってきたことがあり、
 自責の念もある。

 ガラス、多用。
 北陸は、そんなに太陽光に
 餓えているのだろうか。
(夏は、富山のほうが
 東京より日照時間が多いのだ)


 サンシップ、富山市庁舎。
 ガラスは、大地震や火災のとき
 凶器に化ける。

 中で働く人にとっては
 明るすぎることは、情緒不安定に。

 事務所や店舗は落ち着かず、
 モノが軽薄に見える。
 
 何よりも、その都市にふさわしい、
 風格と個性が都市の個性として、
 デザインされるべき。
 (金沢駅前のは、ちと抵抗あるが)

 
 直江津も含めて、検討会関係や、
 設計者は、同じ人のはず。
 東京発案で、地元にたいしては
 形式的に伺いを立ててみせる。
 地元にも、すぐれた人材は多い。
 おいしいところは、
 ぜ〜んぶ東京へ。

 南砺市は、直接関係ないけれど、
 数十年、無機質な、品格のない、
 構造物を眺めて暮らす住民にとって、
 一種の罪悪になりかねない。

 いま、
 東京駅が、明治のときの
 元の姿に復元工事中である。
 巨大なガラス箱のビルに囲まれて、
 赤レンガの建物は、
 新鮮で、デザインも文化を感じる。


 提案(プレゼンテーション)の常として、
 立山杉や、なんやかやと、
 地域らしさのキーワードが飛び交うが、
 誰が見ても、理屈抜きに、
 胸に共感を覚えるような、
 デザインは存在するものだ。

 かって、まちの顔づくりのように、
 どこか、
 建築家のおごりが匂う。

 


チェコのビロード革命

2011年02月06日
      
      はれあたまさんの
      ブログに触発されて…

      チュニジア、
      エジプト、ネパール。
      昨今の変化に
      目を離せない。

      


 10年前と、3年前にチェコ・プラハへ。
 いま、ヨーロッパでいちばん、
 経済成長率が高い小国。
 全ヨーロッパの観光客が増大。
 芸術と文化の都で
 しばらく過ごした。

 20年前に、
 ビロード革命が起きた。
 軽く柔らかなビロード(ベルベット)の
 生地に例えられた。
 無血の静かな革命と呼ばれる。
 チュニジアはジャスミン革命。

 ベルリンの壁が崩壊して、
 わずか8日後に、
 民主化を求めるデモが始まり、
 チェコの独裁政権は倒れた。

 体制側の共産青年同盟と、
 反体制の民主化を求める学生が、
 デモ隊に合流した。
 10日あまりで民主化が成立。
 
 中心になった、市民フォーラムの
 代表は作家のヴァーツラフ・ハヴェル。
 著名な歌手や、文化人と、
 学生たちがヴァーツラ広場へ。

 このとき、テレビなどの
 報道が、決定的な役割を果たした。

 国立博物館の前の美しい広場へ、
 2度ばかりいった事がある。
 きっかけとなった、
 学生の焼身自殺の場所には、
 花束が絶えない。

 ネパールも、
 政権交代劇が10年続く。
 統一共産党が首相に。
 武装過激派のマオイストとの確執。
 ここは、アジア的泥沼。
 
 エジプトのムバラク大統領。
 30年の独裁とはすごい。
 アメリカの支援で保った。
 しかし、
 ネット社会が、イスラム大国を
 揺り動かし、
 近隣イスラム諸国に波及している。

 ふりかえって、
 日本。
 なんだか違う次元の感じがする。
 やっぱり、島国なのか。
 
 
 

 

やっとやってくる新幹線

2011年02月07日
      日本一、遅れて
      北陸新幹線がやってくる。





 北陸新幹線を、
 一日も早く。

 そういうキャンペーンが始まって、
 40年以上も経つ。

 せめて、30年前に、
 完成していたら、大きなプラスに。
 あの時の試算で、
 7500億円あれば、できた。
 (当時、鎌倉にあった、
  大手総研会社の
  特大コンピュータで計算しているのを
  見学させてもらった)


 黒部、魚津の連携も
 醒めたまま、新黒部駅ができる。

 高岡の都市軸は、
 南へ、南へとずっていく。

 国鉄がJRに民営化するためと、
 田中角栄の我田引水が、
 このタイムラグを産んでしまった。

 何もしないでいたら、
 北陸新幹線は、
 地方のおいしいところを、
 東京へ運ぶ巨大装置になりかねない。

 富山写真語・万華鏡で、
 226号「新幹線は、いま」で、
 中沖豊、前知事にお会いした。




「 お久しぶりですね。
 お元気そうで。

 それにしても、
 長い道のりでした。」
 数年前より、
 顔色、肌の艶がよかった。
 
 

ときには、こんな昼飯を

2011年02月08日

          冬来たりなば、
      春遠からじ。


           文通友達だった、
           病床の彼女。
 
           作家の父親は、
           手づくりの枕屏風に
           手描きで、
           戦後、しばらく疎開していた、
           南砺の城端周辺の山々
           立野ヶ原の風景と、
           このことばが書いてあった。


 町の旧家の美術品や書籍を
 依頼を受けて蒐集する。
 お宝鑑定団の心境である。
 

 帰りに、昼めし。
 久しぶりの
 食堂
 先代が、
 戦前に金沢で修業された、
 甘くどい、名品のおでん。

 建物は、幕末の加賀藩政時代の
 米蔵を改造し、
 戦後はカフェ。レストラン。
 いまは、
 老夫婦とお孫さんが、
 しっかり、おでんと
 シナそばの味を守っている。

 好きなのは、
 味がしっかりしょんだ、
 タケノコ、ぜんまい、ごぼうまき
 フキ、たくあん。

 香りが鼻腔をくすぐる。
 ガス釜での炊きたてごはん(小)
 ひと口で、至福のひととき。
 こうこの味が、口腔いっぱいに。
 フキとぜんまいは、
 こうでなくっちゃあ。
 胃袋に直行する前に、
 食道にも味覚があることを実感する。
 このあと、
 半日はあとを引く不思議さ。

 味にうるさい、マスコミ関係や、
 都会の生意気な連中を
 黙らせるのが、ちょっと痛快な店。
 



恋するまえに。

2011年02月08日
 

        水ぬるむには、
        ちょっと、
        まだ早いのかも。




 ちょっと、
 見づらいかも。

 美術館の池の鯉たち。
 恋する季節の
 ちょっと前です。
 
 イタチから逃げて、
 安全な場所に寄り添っています。
 黒鯉30匹。
 色鯉10匹。

 色恋ざたは、いまはなし。
 色鯉は、
 イタチには
 地上からも目立つと見えて、
 先に獲られてしまい、
 どうしても、黒鯉が残る。

 婦中町の、
 太っ腹の養鯉場の社長が、
 姿のいい、色鯉を
 放流してくれた。
 ボランテイアで。
 感謝。

 

全国のモデル、砺波地域の生涯学習

2011年02月10日
      こんな冊子
      公民館や、公共施設で
      ご覧になったかた、
      ご存知のかたが
      多いと思います。




 正式には、
 富山県民生涯学習カレッジ。
 略して、県民カレッジ。

 となみ野高校に併設して、
 砺波地区センターがあります。
 きのうは、
 その運営委員会でした。
 南砺市、砺波市、小矢部市の
 ちょうど真ん中です。
 昔の砺波女子高校です。
 
 五箇山地方などの子女が、
 宿舎つきのここで学び、
 すぐれた人材が巣立っていきました。

 実は、ここのシステムが
 全国最先端、日本一の
 生涯学習モデルです。



 なかでも、
 単位制の県立高校の生徒と、
 社会人の受講生と一緒に学ぶ、
 センター特別講座は、36講座もあり、
 パソコンや、芸術文化の
 カリキュラムもぎっしり。
 受講生も、抽選になるのが多い。

 この方式は、
 文部科学省も脱帽で、成功例として、
 全国から驚異の目で見られています。
 富山県内では、
 みどり野高校(新川)、志貴野高校(高岡)
 だけです。



 なかでも、学習サロン。
 たくさんの社会人がくつろいで、
 講座の運営なども、
 和気あいあいで、すすめられています。
 こんど、富山市でも、
 ここをモデルにして設計中です。

 受講生は、
 小矢部、砺波、南砺で同じ人数が参加。
 3月には、新年度の
 各種講座が、発表になりますが、
 南砺の古刹や文化財など
 ふるさと学習や
 郷土料理、パソコンなどが人気。

 いちど、パンフレットを
 手にしてみてください。
 南砺は、
 学びでも、日本一ですよ。

 もともと、少子化で、
 廃校になる運命だった、
 歴史と風格のある立派な校舎。
 地元自治会が中心になって、
 その熱意から、
 こういうスタイルのカレッジが生れました。
 庭木の手入れもボランテイアで。

 公的な施設を、
 地元の熱意と、行政の知恵で
 立派な地域資源に育てました。

 県民カレッジというネーミングの
 お手伝いしましたが、
 カレッジとは、アメリカの
 地域に根ざした、
 開かれた学びのセンターという意味です。
 



 


 

 
 

 

雪のおかげで、こういう景観。

2011年02月10日

       だいぶん、消えつつあるが、
       春の淡雪。

       太平洋側の四国や、
       東京が騒いでる。
       あんな程度で。

       雪のおかげで、
       ふだんより、
       鮮やかに見える風景もある。





 旧福光大橋が、
 拡幅・新装なったとき、
 橋のたもとの2つの両側のビルが、
 外装のデザインを施された。
 ちょっと、珍しいケース。
 対照的な、グッドデザイン。
 いつ通っても、町の顔として
 好きだった。

 ビルの窓をうまく取り込んで、
 軽やかな抽象のパターン。
 違和感がない。

 地元の作家のセンス。
 発注する側のセンスが、うまく
 噛合った、都市景観である。

 雪が積もると、
 いちだんと鮮やかに冴える。

 このモダンンな、外観のお店で、
 南砺の伝統の細工菓子「辻占」を
 扱っておられた。

 戦争末期、
 このお店の息子さんで、
 坂上正秋さん。
 将来を嘱望された、藝大卒の
 彫刻作家であった。
 兵役で富山空襲に遭遇し、
 その若い命を散らせた。
 惜しい。




 遺された彫塑の作品を、
 ブロンズに鋳造して、
 美術館の前庭に、飾られている。

 人生は短く 芸術は長し

名物ママさん、36年の軌跡

2011年02月12日
        雪の、あさぎり
        城端線からの風景。
        気温が下がったとき
        こういう現象が。



 昨夜、久しぶりの
 富山市の居酒屋へ。

 桜木町の隅っこで、
 がんばっている「利休」という、
 小さな小さな居酒屋。

 20歳で、電源開発会社の社員として、
 山中のダム工事の宿舎管理。
 若者のまかないで、人気があった。

 富山市の居酒屋を引き継ぐ。
 国営放送の若きアナウンサーの
 面倒を、出世払いで、
 とことん世話をし、育てた。




 そのお店の36周年記念日。
 当時から、店内は
 まったく変わっていない。

 なぜか、富山放送局からは、
 名物アナウンサーが、
 東京中心に活躍しているが、
 もとはといえば、
 このママのおかげ。
 
 プロジェクトXのあの人も。

 新人が雪深い富山へ、飛ばされる。
 夜は遅い。飯と酒。
 そして、湯たんぽがわりに、
 富山でお嫁さんをもらって、転勤。
 私のかっての部下も、
 持って行かれた。幸せに暮らしている。

 同じ飲み仲間で、ママさんと
 再婚で結ばれ、みんなで祝福したことも。




 店のカウンター脇。
 古い、アナログテレビは、
 ビルの陰で、民放2局しか映らない。
 おまけに、砂あらし画面。

 かっての常連たちが、
 デジタルをプレゼントしてくれるらしい。


雪あかり祭り

2011年02月12日

       第11回、
       南砺雪あかり祭り
       なんとか、最初は
       順調な、
       巨大紙風船上げ。



 最初は、道の駅の
 運営を担う、地元のみなさんが、
 秋田のイベントをモデルにして、
 新しく作り上げた、
 ユニークな冬のお祭りである。

 日本最大の紙風船が完成した。
 ギネスブックに認定され、
 特許も申請。




 4面の絵柄には、3通りがある。
 審査対象部門には、
 南砺市の小・中・高の
 美術部が総参加。

 コンテストがあり、
 田中市長も審査に参加。
 「これだ!」
 みんなも衆議即決で市長賞。
 福光中学校美術部の
 「四季とうさぎ」の大作である。




 そのほかには、
 スポンサー部門と、
 福光美術館の版画年賀状公募の
 作品シリーズもある。
 これも、なかなか人気がある。

 これだけ画面が巨大だと、
 それぞれ、共同制作になり、
 学校あげての行事になる。
 それを観客の前で楽しむ。

 さらに、写真コンテストと、
 ひとつのアイデアが
 協働作業で、
 何度も楽しめるという、
 全国でも例のないイベントに育った。
 もっと誇っていい。

 大敵は、雪と風。
 そこで、風の強いときは、
 大門と、内灘の凧上げの出番。
 100枚の連凧は、
 医王山をバックに、
 空中を駆け上がる。




 実は、この企画を立てて、
 実行したのは
 平均年齢60歳をはるかに超える、
 高齢者パワーであり、地域の団結力に
 あったことに、いまの時代の
 貴重な教訓といえる。







日本で多すぎるもの。

2011年02月13日
      雪あかりまつり。
      主催の道の駅の
      店内は、
      すごく賑わっていた。
      地元の商店とは、
      競合しないような品揃えに
      きちんと配慮されている。

      五箇山、高山など
      ふだん買えない、
      産品やお菓子が多くて、
      わが、つれあいは、
      生鮮食品と一緒に、
      いっぱい買い込むのが常である。




 日本の国で、
 多すぎるもの


 巷間、よく言われるのが、
 現在の日本で、同業が多くて、
 国際競争力が急速に失われているという。
 国内需要も尻すぼみという声だけが、
 なぜか、独り歩き。

 かっては、
 金融機関、証券会社、
 これは、国も強制、介入して、銀行・証券の
 会社名が覚えられない長ったらしい名前に。
 戦時中の、新聞、銀行統合と同じ。

 同じく、自動車メーカー、
 製鉄会社、製薬会社。
 独占禁止、寡占化防止のための
 公正取引委員会とトラブルに。

 最近、痛感するのは、
 大新聞、テレビネットワーク。

 新聞は、活字ばなれが言われて、久しい。
 ネット対応が、試行されている。

 テレビは深刻。
 民放は、広告費収入が大半だけに。
 最近、少し上向いてきた兆し。

 民放各局は、稼ぎどきの
 プライムタイム(午後8時〜11時)は
 少しでも購買力のある若者指向に。
 しかし、番組制作にカネをかけられない。

 視聴率は絶対だから、
 BC級お笑いタレントを並べて、
 騒がしいのが多すぎる。

 さりとて、日中のBSは、
 どこも、ショップチャンネル。
 公共電波の浪費に映る。 
 
 その矛盾が、高齢者へしわ寄せ。
 しっとりとした、ドラマや時代劇は、
 NHKの大河ドラマと、水戸黄門さんだけ?
 あとは時代劇チャンネルで、
 昔の番組を楽しむしかない。

 高齢者よ、もっと怒れと言いたくなる。
 若者に媚びず、叱れ!
 ま、現実が、
 日本の民度といえば、それまで。
 政治も?

 韓流ドラマや芸能番組は、
 その穴埋めになっていて、レベルも高い。

 ローカルの民放で、
 上質の番組制作でがんばっている、
 すぐれたディレクターや、
 新聞で、(中央紙県版も含めて)
 足で、こつこつ調査報道している記者を
 もっと、もっと生かさないと、
 地方は、荒れる。
 
 

なんとのパーテイー

2011年02月14日

           ときおり、
           吹雪やら、陽光やら。
           ストーブの薪が大きすぎ、
           小さなのこぎりでは、
           薪が切れず、
           息が切れる。


           つぐみくん。
           雉がいない間に、
           あわてて朝食。
 



 夕方に、
 片岸 博 さん
 南砺市議会議長就任祝賀会

 きょうは、
 新聞休刊日なので、
 そのヒトコマを。



 発起人のほら吹き男爵。
 ホンモノのほら貝で開幕。




 奥さまを伴って、
 片岸スマイルが、いちだんと。




 お孫さんからの、
 祝福でハイライトに。

 このJA会館が出来たとき、
 大きすぎると、
 県からお叱りを受けたのだそうな。

 250人の参会者でとても
 狭く感じる大ホール。

 お歴々が揃っての、
 こういうおめでたい祝賀パーテイーの
 有難いことは、
 久しぶりに、懐かしい人と
 お会いできることですね。
 なかには、
 いろいろお願い(根回し?)も
 ちゃっかりと、というのが常。





初めてのバレンタイン・チョコ

2011年02月15日

        大昔、純喫茶店へ
        彼女に呼び出しされ、
        目の前にチョコ。
        あわてた。
        本命が他に居たので。
        彼女の目から、
        大粒の涙。
        今も罪悪感がある。
        いい娘だった。 

        職場では、
        義理チョコブームが
        かってはあった。

        いまは、むかし



 ところが、である。
 夕餉の卓上に、
 トリュフのチョコが鎮座。

 「なんちゅ、高いがいね」
 地元のお菓子屋さんの
 手作りなんだそうな。

 初めての、
 いまごろ。

 (なんんか、魂胆があるぞ、
  こりゃ。)


 ま、素直に
 極上のオーストラリア
 白ワインとで、
 2人で、楽しみましたとさ。
 ちゃんちゃん♪


限界集落への試み

2011年02月16日

        山瀬さんも
        紹介されている、
        八尾の
        大長谷で、
        限界集落への
        取り組み。



 村上光進さん。
 帰農塾の
 大長谷塾の塾長。
 
 NPOグリーンツーリズムとやまは、
 県条例による、
 地域活性化センターでもある。

 山里などの、
 地域活性化のために、
 全国から集めて
 交流事業「帰農塾」を開いてきた。

 (南砺市でも、
  年2回開催している。)

 都市住民が、
 本来、深刻の度合いが、 
 限界を超えている集落の
 農作業を、嬉々として
 無報酬で手伝う。
 それも全国から82人も。

 春は山菜、秋はきのこ狩り、
 最初は、渓流釣り(岩魚)の
 同好会が多かったとか。
 すっかり、この地を
 楽しみながら、耕している。

 帰農塾がきっかけで、
 今は通年の
 コーリャク隊に育った。

 「限界集落を消滅させたくない。
  かと言っても、
  十分なお世話をしておれない。
  ふるさとの資源を大切にして、
  このつながりを大切にして、
  地域を守りたい」 −村山さん


 会合で、聞いている人たちは、
 カルチャーショックに近かった。

 なんでも、すぐ
 補助金、交付金で、
 事業をやるもんだと、思われている時、
 痛烈なパンチをくらった。


 

屋敷絵図を描く

2011年02月17日
        年に何回もない
        晴天の早朝。
        常願寺川の風景。



        袴腰も輝いています。




 美術館の市民ギャラリーで、
 いま、
 小矢部園芸高校専攻科の
 屋敷絵図展が開催中。


 20日(日)までだった?と思います。
 すみません。




 生徒は、自分の屋敷を計測、
 絵図面に表現することが課題。

 ユニークなのは、
 切り絵への挑戦です。
 素人ながら、はまる人が多くて、
 さながら、
 素人きり絵展の様相で、
 人気があります。




 中国の紹興市への旅行から、
 題材を得て、
 王義之の蘭亭叙を、
 プロはだしのような、
 精緻な切り絵で再現された作品や、
 旧街道の石仏の点描画集。
 みごとに表装されて、
 圧倒されます。

 本来、庭師の技術取得が目的。
 それが、元気なリタイア組の、
 生涯学習にも発展。
 指導の、長谷川先生の指導のもと、
 グループ展の域を超えていて、
 一見の価値あります。

 夜に、
 父親の実家の通夜。
 お世話になった、
 篤農家で、地域の信頼が
 厚かったかたでした。






花づくめ

2011年02月18日

      富山県庁前の公園。
      大噴水とともに、
      花時計が29年前にできました。
      その、デザインは
      年間5回変わります。


                        2008年

 県内から、2000点近い応募があり、
 昨日は、その審査会。
 南砺市からも入選者が出ました。
 初回から28年間、審査員やっていますが、
 幼稚園児や低学年ほど、
 発想がゆたかで、入選者が多い。


 花時計の隣がNHK富山放送局。
 屋上カメラから、ときおり
 この花時計をバックにして、
 天気予報を放送されていてお馴染み。




 午後から砺波の球根組合へ。
 県や生産者、専門家と、
 チューリップのプロジェクト会議。
 ことしの大雪は、
 収量に影響は少ないが、
 チューリップフェアの花期が心配とも。

 久しぶりに、
 花総合センターへ。
 25年くらい前だったろうか、
 この施設の建設にかかわった。



 フロアには、春の花でいっぱい。

 展示室には、50種類もの
 水仙が飾られていて圧巻でした。

 なかでも、
 この原種の水仙。
 小さいけれど、ペチコート咲きとかで、
 かわいい。

「午前中、千華園さん、見えていましたよ」

 花だらけの一日





 

予算とノルマ

2011年02月18日
       雪国ならではの
       苦労と
       ぜいたくと。

       四季のメリハリがあるから、
       縄文人以来、
       ご先祖さまたちが、
       生活の知恵を身につけて
       今日がある、
       なんて、のんきな事を
       つぶやいてみる。



 予算といえば、
 民間企業時代に、毎月の会議。
 売上げ見通しのまとめ。
 予算会議を召集して、各営業から
 報告を受け、本社へ報告。
 いくら、稼げるか…がテーマ。
 見通しのある営業は元気がいい。
 不況になってからは、
 実に厳しかった。
 耳かきで、仕事をかき集める感じ。
 民間では、
 ノルマ=予算
 


 行政の出先。
 秋に入ると予算会議の準備。
 年毎に厳しくなる。
 行政の場合、
 予算=ノルマ
 限られた原資を、より効果的に
 どう活かすか、が仕事。
 つまりノルマ。
 
 おなじ「予算」と言っても、
 稼ぐことと、使うこととでは、
 正反対。
 頭の切り替えが必要だった。

 国の予算成立が
 最大の政治課題のこのごろ。
 
 県の借金は、
 さらに1兆1879億円に膨らむ。

 国は…考えたくない。
 民は…
 みんな、つつましく、
 収入と支出のバランスを取って、
 毎日を暮らしているというのに。

 先日、農業団体の幹部。
 昔は、世の中の流れは5年とか10年で
 変わるから、心の準備も含めて、
 なんとか対応できた。

 今は、1年ごとに、コロコロ。
 みんな、動揺しています。
  −−ぽつりと。

 

政治家と選挙区

2011年02月19日
      マンダラ画家として、
      世界的な活躍。

      前田常作さん   
      1926年に
      入善町で生まれ、
      1957年、第一回
      国際青年美術家展で大賞。
      翌年、奨学金を得てフランスに
      留学された。



 
 棟方記念版画大賞公募展の
 審査委員長で、ずっとお世話になった。
 利賀村の瞑想の郷でも、
 マンダラ画僧のサシ・ドージ師を
 紹介して、終生の交遊。



 惜しくも、2007年に急逝された。

 福光の旅館で、前田さんと懇談のおり、
 フランス留学手続きの話に。

 富山県出身の国会議員に、
 挨拶と、推薦のお願いに回ったとのこと。

 A代議士。B代議士。
 いずれも、開口いちばんに、
 「君の選挙区はどこだ?」

 そして、松村謙三さん。
 じっと聞いて、
 「私のような者の推薦で
  よろしいでしょうか」と、
 謙虚に。
 もと、文部大臣…であるのに!
 そして、未来の大家となる若き日の、
 芸術家を励ましたという。

 その松村さんのことばに感動し、
 奮起して、内外のあらゆる賞を総なめに。
 武蔵野美術大学の理事長をされた。

 政治家が有権者のために、
 お世話をするのは、普通。

 松村謙三さんは、
 自分の選挙区のことよりも、
 日本のゆくえ、
 何よりも若者の未来を
 真っ先に考える人だった。

 いま、生きていてほしい人。
 

長谷川総一郎教授の退任展

2011年02月20日
 
      

      井波が生んだ、
      彫刻家で教育者の

      長谷川総一郎先生
    
      めでたく、
      このほど定年で富山大学を
      退官される。
      控えめに、退任展。

      高岡文化会館多目的ホールで。
      20日が最終日でした。
      しっとりと落ち着いた会場で
      圧倒される記念展。
      永年ご苦労さまでした。




 長谷川先生には3つの顔がある。
 富山大学もと教育学部・教授
 (現富山大学人間発達学部)
 富山大学芸術文化学部・教授
 五福と高岡のキャンパスで
 あまたの人材を育ててこられた。

 さらに、
 彫刻家として二期会で活躍。
 入賞歴のオンパレード。



 
 「彫刻と美術教育の軌跡」
 まさに、その通りの
 生涯をかけた、40年の足跡である。

 


 なかでも、
 存在感のある、木彫作品。
 二期会ならではの、ユーモアと
 おしゃれさが好きである。
 会場には全部で100点あまり。
 アトリエには、まだ、
 これと同じ点数があるという。

 私の義父が仏師、
 義兄が石彫作家だけに、
 彫刻の世界の厳しさと、
 その魅力を見てきた。

 
 退任展は長谷川先生の
 真摯な生き方の集大成であり、
 年とともに、
 新たな挑戦をされていることが、
 伝わってくる。

 これからは、まぎれもなく、
 南砺市が誇る、
 第一級の芸術家として、
 これまで以上に、
 南砺の文化振興に、
 新たな腕をふるってほしい人。




 

 

會津八一の学規

2011年02月22日


       2ヶ月持っている蝋梅
       ようやく、
       つぼみが膨らんだ
       梅が一輪咲きました。


 いろいろ思い悩み、
 仕事がうまくいかない。いらいらと、
 ストレスが最高潮になったとき、
 恥ずかしながら、
 手帳に貼り付けた、これを
 読むことにしています。

 會津八一の学規

 1.ふかくこの生を愛すへし
 1.かへりみて己を知るへし
 1.学芸を以って性を養うへし
 1.日々新面目あるへし

 生きていることの尊さ、ありがたさ
 未熟な自分。
 深く学んで、
 いつも新しく生れ変わった
 表情でいたい…
 なかなか、うまくはいかないが。

 これは、いまも、
 早稲田大学記念館、
 新潟の會津八一記念館で人気があり
 よく売れるとか。

 あの棟方志功を育てた先生は、
 一に會津八一、二に河井寛次郎
 三四がなくて、五に柳です。

 早稲田の人気教授として、
 学生たちが自宅へ押しかける。
 その時、示したのがこの「学規」

 棟方志功は、30近いのに、
 先生の講義のもぐり学生で、
 ときには、学生と芸術論を戦わせたり、
 先生の代用教員までやった。

 八一は新潟生まれの
 超マルチ文化人、歌人、文学博士
 奈良仏教美術の第一人者。
 やさしい、ひらがなで、
 日本の美を詠む。
 おそらく奈良でいちばん歌碑が多いはず。

 戦中戦後は新潟で。
 棟方志功は、足しげく通ったことが
 当時の日記に記されている。

 年のくった、もぐり学生を
 世界のムナカタに育てた、師も偉いが、
 小学校しか出ていくても
 独学でマルチ芸術家になりながら、
 師を終生敬愛してやまなかった、
 棟方志功も偉い。
 

山田義雄のことば

2011年02月22日
       
       ニュージーランドの
       震災のニュースは、
       これ以上、
       ブログに書けない。
       無事を祈るのみ。
       なにも出来ない虚しさ。


       屋敷の入り口に
       もう、ふきのとうが。




 會津八一に続いて、
 座右の書、短冊。




 富山県で、初めて
 文化勲章を受章された、

 山田義雄文学博士

 目の前にこのコピーを、
 ほんとに、パソコンの右の壁に貼っている。
 
 名なき民にて果てなむと願いてし
 こころ多加比ぬあはれ人の世


 今で言えば、小学卒業で代用教員に。
 文検合格など、すべて独学。
 国文学者として、山田文法を確立し、
 日本の文法を確立させた。

 その、山田先生を師と仰ぐ、
 日本有数の方言学者、故大田栄太郎先生の
 富山市の書斎に懸けられていた短冊である。
 無心してコピーさせてもらった。

 無学歴の山田先生の、
 博士論文の名著、
 「日本文法論」は20年近くも
 大学で放置されていた。

 (神田の古書店で原著が高価で並んでいた)

 権威主義の学者たちにとって、
 独力ではいずり上がって来た
 富山の田舎ものの男は
 とにかく黙殺したかった。
 しかし、実績はどうしょうもなかった。
 
 そういう、学閥の世界の
 ねたみ、やっかみ、意地悪について、

 「私は、市井の一介の
  研究者として死にたいだけ。
  ともに日本語研究という志が、
  たがえるというのは、
  なんという哀れなことか。
  それも世の中というものかなあ」


 偉大な学者の、ささやかな本音。
 落ち込んだ気分の時に、挫折したときに、
 みずからを省みる言い訳にしている。

 蛇足
 山田少年は、代用教員として通う。
 親は、まだ、子どものような
 息子の帰りを心配して、
 提灯をつけて学校へ迎えに来たという。
 子どもが、子どもを教えていた。
 

富山外国語専門学校の災難

2011年02月23日
 次のブログをと、
 用意していたら、世界を
 駆け巡るニュース。

 これは、
 富山も激震の波が襲うと直感した。


 外国語専門学校
 富山の私立ではない。
 「市立」である。
 市民教室が、ガラス工房と同じく、
 長年かけて育ててきた、
 専門学校である。
 歴代の市長や市民がこぞって、
 ここまで成長した矢先。

 富山らしい顔をと、
 ガラス工房は全国区、世界へと発展。
 外国語専門学校は、
 国際人を育てるための、
 先行プロジェクトであったが、
 民間参入で、近年は県内一円からも。

 耐震工事

 前に勤めていた、富山市の
 近代的なおしゃれなテナントビルは、
 阪神淡路大震災のすぐあと、
 大規模な耐震化工事を始めた。
 生命保険会社ビルということで、
 生命に換えられない。

 ところが、この工事で、支社の
 総務責任者として、なんとまあ、
 こんなにまでせんながか、という
 大変な体験であった。
 今となっては先見の決断。

 南砺中央病院の場合は、
 最新鋭の免震構造。
 基幹病院が、
 震災で被害を受けてはならない、
 能登沖地震の大揺れのときでも、
 エレベーターも止まらないくらい、
 完璧だったという。

 ニュージーランドも火山国。
 地震国でも、歴史的建造物は、
 耐震が行き届かなかったのだろう。

 犠牲者が少ないことを願う。

事故の責任の取り方

2011年02月24日

      
      春宵一刻値千金…
      南砺の夕景に見とれていた。


      人生、
      いつ、どんな落とし穴が
      待ち受けているか、
      予想もつかない、
      ニュジーランド事故。


      国会は、
      そんな争い、
      やってる場合か。





 ずいぶん前に、
 富山市で、大きなイベントにかかわる。
 そこで、死亡事故。
 安全対策の手も万全に打ってあったつもり。
 救命道具も身につけて。
 イベント保険もかけてあった。
 警察からも、評価されたほど。
 それでも、
 予期せぬ災難が降りかかる。

 責任者は、
 ひたすら、
 遺族に土下座。

 それでも、
 殺到するマスコミ対応、
 遺族への誠意を尽くす。
 地獄の場面であった。

 その場所には、
 地蔵尊が建っている。
 関係者は、今も、
 命日花を添えて、お参りしている。

 不幸にして、
 事故にあった人は地獄の苦しみ。
 残された、関係者や
 遺族も地獄の始まりとなる。

 富山市の場合の対応も、

 森市長をトップに、
 はんぱではない、
 地獄はこれから待っている。

 
 事故に遭った人に、
 つれあいの元上司もいて、
 重傷とのこと。
 みんな、すばらしい夢を持っていた人たち。

 身につまされる…
 


地震も、収入も消費も日本一

2011年02月27日

       雪の壁が下がってきたら、
       樹木の被害が…




 明け方、ちょっと、ガタガタ。
 5時半ごろ、ゆらり。
 さらに、追い討ちでガタリ。

 3度の有感地震で目が覚める。
 NZ地震で過敏になって、テレビをつける。

 富山県の、年間の
 有感地震は全国最低数だという。
 それでも、近県の震源が多いように感じる。
 資質学者は、
 富山県は立山火山の関係で、
 地盤がしっかりしていて、
 安全だと言われているが、心配になる。
 安政の鳶山の大崩れがあるし。

 今朝の北日本新聞の記事から

 富山県が、
 消費支出が全国一だと。


 世帯収入も東京も含めて2位。

 25年前に、
 県の統計課からの依頼で、
 「富山がわかる本」を編集したことがある。
 全国でも例がなく、
 10数版重ねたベストセラー。

 その当時のデータでも、
 富山県の世帯収入は全国1位
 消費支出は11位だった。
 (勤労世帯のデータです)

 富山県は、女性も働く。
 3世代同居も多い。
 結果、年金収入も多くなった。
 いかにも富山らしい堅実さ。

 消費では、食料品がトップ。
 富山県は魚の移入のほうが多い。

 天災だけでなく、
 火災発生件数も全国一少ない。
 この安全さ。

 豊かさ?
 実感、湧きませんなあ。
 周囲がおんなじだから。

 こうなったら、
 イタリアンやフレンチ、
 極上のそばなど、
 美味しいものを食べて、
 とびきりの音楽を楽しみ、
 美術館へ出かけ、
 自然の花を愛でて、
 ぱあ〜ッと、盛大に使って、
 心の豊かさ、
 日本一を目指しますか。

 





 他県の人たち、
 特に首都圏のひとたちに
 きなるがらせてやりましょ。
 

つばき姫

2011年02月28日
      いのくち、
      つばき姫こと
      藤田節子さんの
      引退?
      再出発?
      記念コンサート




 いのくち椿館に
 いまを盛りに咲く、

 いのくちの香り

 大輪のオリジナル品種。
 もう21年目を迎える椿まつり

 きっかけ作りは、
 旧井口むらおこし事業。
 なあんもない、
 存在感の無い、
 だが、豊な村の顔に、
 椿をテーマに提案。

 村あげての取り組みは、
 いまや南砺に春を呼ぶ
 風物詩に育った。

 その推進に、がんばった1人が
 せっちやん。
 ごくろうさんでした。

 ベルディの有名なオペラ
 「椿姫」の有名な曲は「乾杯のうた」
 まさに、そのイメージ。






 なつかしい、友人たちが、
 次々と登場する、
 なんとも賑やかなステージ。

 南砺には珍しいネアカの
 主催する宴でした。








農家へ跡継ぎの婿はん

2011年02月28日
          ???  
          屋敷林に包まれた工場?
          煙突が?
   
          たまたま、
          戸出の製紙工場と
          重なっただけ。





 椿館でのコンサートに、
 駆けつけた、
 富山市婦中町の山藤さん。

 久しぶりに再会したら、
 とにかく、満面のえがおで、
 うれしそうに、固い握手。

 「やっと、娘のお婿さんが決まって、
  跡をついで、農業をやってくれるがや。
  姓もおらの姓を名乗ってもいいと」

 長年にわたって、
 婦中町のむらおこし事業を
 ともに苦労した仲間。




 父親の代からのぶどう園を継いで、
 ワイナリーも、北陸では
 ここだけという、実績。
 ヘリコプターで、
 若狭の友人の農園へ飛ぶ。
 飛んでる、農家。

 フルートが余技。




 椿姫さんも、
 年に1回のぶどう園ハウス内の
 楽しい収穫祭の常連である。
 400人のパーテイが予約で
 すぐ一杯になる。




 なかでも最高なのは、
 このパラディワイン。
 出来立ての赤ちゃんワインで、
 ほとんどジュース。
 家に着いたころに胃で醗酵して、
 一晩中、心地よい酔い。

 会員には、
 4種類のブドウと、
 2本のワインが送られてくる。




 さっそく隣に、
 ブドウ畑を増やさなければ、と
 張り切っていた。
 富山県で一番の、
 百姓やるんだ、と言っていたのが、
 20年前だった。

 よかった♪


 
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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