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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

岡山の鏡野町議会から視察団。(写真追加)

2010年10月01日
 
       庭のガマズミ。
      とても鮮やかな赤い実をつけた。
      赤い鳥、小鳥♪が、
      運んできて、生えたのかも。

      



  岡山県の鏡野町議会から
  文教常任委員会委員長と委員が
  美術館へお見えになりました。

  棟方志功が、
  終生懇意にしていた、
  詩人の柳井道弘さんの出生地。
  棟方作品も
  あちこち200点もある町。




  棟方志功の愛する人が
  いたとかなんとか。

  ははあ、志功さんは、
  初対面のステキな女性には
  いきなり抱きついて(近眼なので)
  女性の顔を確認。
  ぜひぜひ、モデルになってほしい、と
  リップサースするのが常。
  悪い気しないですよね。

  美術館で、観光の町おこしをしたい。
  識者の先生から、
  南砺市を推薦されたので、とのこと。

  最近、この種の研修や視察が
  全国から増えてきた。

  作家と遺族に礼を尽くすこと。
  安易にまちおこしに結びつけると、
  とんでもないことが…

  謙虚で、熱意のある
  若い学芸員を育てることが、
  まわり道のようで、
  近道、リスクがないこと。

  すでに教育の先覚、
  ペスタロッチ記念館がある。
  ならば、子どもたちとの交流など、
  地域で謙虚に学んだ志功さんと、
  コンセプトを
  整理したほうがと提案。
  志の高さが、
  全国発信になりますよ、とも。 

  著作権は、棟方志功の遺族が
  簡単に許諾しなくなったこと。
  ハードルが高くなった。

  「まちおこし」は善、という気風が
  なんでも、安易にまかり通る。 
  観光と短絡させることへの危惧について、
  具体的に事例を挙げて説明した。

  棟方志功の評価は
  この1年で大きく変わったこと、
  新発見が続いていること。
  メジャーな存在として
  ますます研究が必要なことなども。
  次の世代に、何を伝えるのか。
  当館の失敗事例も率直に。

  昭和という激動の時代を生きた、
  作家の生き方から、何を学ぶのか、
  ムナカタの素顔を求めて、
  地域への貢献のため、
  お互いにがんばりましょうと、
  お見送りした。 

池田悠里ちゃん、よかったね

2010年10月01日
       アメリカ帰りの
       池田悠里ちゃん、
       よかったね。

       職場の昼のニュースでも
       みんな画面を見て、
       祝福していた。

       みんなで募金して、
       いい結果になると、うれしい。

       むかし、同僚の男の子が
       やはり心臓の難病。

       当時の日本トップの
       執刀医のおかげで元気に。
       富山で
       心臓病の子どもを
       守る会ができた。

       35年前に
       血液のがんで、つれあいを
       1ヶ月で亡くしたときは、
       どんな名医もみな匙を投げた。
       「現代の医学では…」
       ドクターの悲しげな表情が
       脳裏に残る。
       今は、いい治療法が確立。

       医薬の進歩は著しい。
       臓器移植も、国内でできるよう
       体制は整いつつあるが。




 花の生命感。
 悠里ちゃんのようです。
 
 ことしの、彼岸花は、
 例年より10日以上も遅い。
 酷暑の影響かもしれない。




 墓地によく植えられたことや、
 球根に毒があること、
 赤色の強烈なことから嫌う人もいるが、




 また、このしべの曲線の
 小気味よさ、花びらの造形美などを
 愛でる日本画家、写真家も多い。







ソバの聖地・利賀村で。

2010年10月02日
     ソバは蓼(タデ)科
     ミゾソバ、アカマンマ、
     イタドリも仲間です。





  みんなで農作業の日in五箇山
  そばオーナー部会の
  お待ちかね収穫の日です。




  7月末に蒔いたそば。
  猛暑で、好天。2ヶ月で
  りっぱに実りました。

  標高700メートル。
  おいしい蕎麦の産地のめやすです。
  平年より、豊作みたい。




  12グループ全員参加。
  38名で、あっという間に
  刈り取りました。




  ちびっこたちも
  お手伝いです。

  


  利賀村が、ソバにこだわることに
  なった、ネパールの
  紅いソバの花。
  
  おいしい、とが乙女の
  新米のおにぎりと、うどんで
  (そばではない)
  めんめん館を後にしました。
  
  日焼けしました。
  頭頂が。



 


 

 

検察官のこと(追加)

2010年10月03日
    ことしのススキ
    例年より遅いとのこと
    利賀村めんめん館前。





 昨今、特捜の検察官の
 不祥事のニュース、てんこ盛り。
 中国の女性報道官の
 きんきん声を聞くよりいいが。

 検事さん。
 私の人脈リストにはない。
 追加も、御免こうむりたいし。

 富山市に住んでいたころ、
 下町の猥雑な3流飲み屋街ばかり
 いつも徘徊していた。

 そのひとつの飲食街に
 古びてさえない、スタンドバーが
 軒を並べていた。
 終戦直後のままの風情が好きだった。
 
 そのひとつ。さびれて流行らない店。
 庶民的な、ママと気があった。
 おばちゃんと、おばあちゃんの中間ぐらい。
 そこの店の常連に検察グループがあった。
 (ママがこっそり教えてくれた)

 仕事の話はしない。
 他人とも決して交わらない。
 目立たない。
 節度を守って、静かに飲んでいた。
 立場を自覚した、別の世界の人種の
 印象がある。
 息抜きの溜まりだったのだろう。

 銀行の幹部だった知人の話。
 若かりしころ、
 東京で女性問題で、トラブル。
 無事解決したのだけれど、
 検察の取調べには参った!
 完璧すぎる。隙がない。自己嫌悪に
 陥ったとも述懐していたが、
 そのときは、居酒屋の飲み話で
 なんとも思わなかった。

 昨今の不祥事は、超エリートの
 権力機構の闇が
 明るみに出ることになった。

 そのきっかけは、特捜の内部犯罪を知った、
 女性検事の涙ながらの内部告発であった。
 自分の出世を閉ざすような、正義感。
 女性週刊誌は、絶賛している。

 朝日新聞は、厚生省の女性局長の
 誤認逮捕をスクープし、
 こんどは、検察・捜査官の逮捕を
 スクープした。
 大手マスコミの現場も厳しい世界。

 はからずも、身内同士で
 特捜に時限爆弾
 仕掛けた結果になってしまった。

 
 
 

どうしても禁煙できない方に。

2010年10月04日

     五箇山の
     日当たりのいい道端。
     可憐な野草
     ナギナタコウジュ
     (薙刀香薷)
     風邪などの薬草で   
     シソ科、強い匂いがします。
     薙刀のように
     一方向に咲くから。





 タバコが大幅値上がり。
 どうしても止められないかたに、
 コレ!西洋キセルです。




 南砺市の立野ヶ原は
 葉たばこの適地で、高級品種の
 黄緑種が生産され、
 貴重な現金収入源になった。
 子どものとき、よくコーリャクした。
 乾燥室の仕事は過酷だった。
 小さいときからタバコのヤニと
 粉塵を吸って育った。

 かって、
 富山県パイプスモーカーズ倶楽部の
 会長をやっていたことがある。
 全国大会が金沢であり、中部ブロックで
 吸引タイム1時間半で勝った。
 立派な国際組織である。

 パイプはがんにならない?と言われていた。
 周囲の人への影響はあるけれど。
 ニコチンはパイプに吸収され、
 煙は肺に入れないから。

 一日わずか2グラムでこと足りる。
 一ヶ月のたばこ代は外国の
 最高級品を吸っても、200円くらい。
 実にいい香りです。
 それにかっこいい。
 火事にもならない。

 そして、いつでもその気になれば
 簡単に禁煙できます。
 
 東京の銀座に専門店があります。
 いつでも手ほどきしますよ。

 (私は、80歳になれば、
  もう大丈夫と、パイプに復帰の予定)
  つれあい:笑う




小沢さん強制起訴

2010年10月05日
 
       萩の花
       秋の風情だけど
       庭になかなか
       育たない。






 シソの花
 キソの話
 関係ないけど。


 きんのから
 小沢さん強制起訴 
 なんだか、
 田中角栄逮捕の頃を
 思い出す。

 数年かかる法廷闘争は、
 70歳ちかい身にはきつい。
 政治生命を絶たれたも
 同然ではないか。

 検察、検察審査会など
 法治国家としてのしくみが
 学習できた意義も大きい。

 政権をめぐる争いは、
 150年前までは、
 必ず内乱の戦争となった。
 無関係の住民も巻き込んで。
 血で血を洗う争いが東西の歴史。

 いい時代に生まれたと、
 思うことにしょう。

 名古屋の河村市長、
 46万人もの署名を集めてしまった。

 宮崎県、大阪府の首長のケースは
 どうも好きになれないが、
 名古屋は、
 失礼ながら面白い。

 内外の情勢は、
 他人事のように、
 眺めている場合ではないのだが、
 さりとて、
 どうにもならない、もどかしさ。

けさの新月

2010年10月06日

      けさの新月。
      5時27分です。
      きょうは、いいお天気。

      いっぽう秋の陽は
      つるべ落とし。




 陽が短くなってきました。
 つるべ落としと言っても、
 これは死語。
 荒木の父の実家に、
 むかし、つるべ井戸があって
 子どもにはとき、
 とても珍しかった。

 小沢さんも、
 つるべ落とし。

 田中角栄以来の、政治スタイルは
 平均年齢31歳の
 市民代表からノーを
 突きつけられた。
 これは、権力闘争とはちがう。

 気のせいか、
 外交問題、資源問題、
 日銀のゼロ金利決定など
 ニュースの風向きが
 変わって来た。

 どんな次元の組織でも
 秩序を失うと、
 回復にどえらい労力がいる。
  

中国の禁断の木の実

2010年10月06日


    アダムとイヴ。
    禁断の木の実は
    りんご。





 全国紙のコラムから

 中国の幹部は、
 日本の自民党の
 研究をしているという。

 蛇蝎のように嫌った、
 資本主義の牙城。
 日本の自由民主党が、
 民主的な選挙で半世紀も
 政権を維持できたのか。

 中国としては、
 なぞなのだそうな。

 まさか、カネと政治のおかげと
 昨今のことを教えられないし。

 禁断の木の実ですぞ。
 中国さん。

協働のまちづくり策定委員会(修正)

2010年10月07日

     秋晴れがときおり。
     五月のような空。
     小春日和なのかも。



 
 第4回の
 協働のまちづくり策定委員会

 今回は市長に
 条例策定の趣旨について
 直接語ってもらった。




 「なんでも、国、県に言えば
 お金がもらえた時代ではなくなる。」

 「行政、議会、市民の役割を明確にしながら
 地域の合意を得た、自立の道へ。」
 
  「財政の逼迫と、
 毎年数億円の税収減少」


 「さりとて、行政サービスの低下を
 手をこまねいて、
 見ているわけにはいかない。」

 自治体経営の危機なのである。
 市民には、
 その実感が伝わっていない。
 

 そこで、
 シビルミニマムという考え方。

 「都市計画や、都市政策の
 最低生活基準を設ける。
 そのうえで、
 積極的な、まちづくりを行う。
 それには、市民の意識の高い
 参加性と、コンセンサスが
 求められる。」

 おおよそ、こういう趣旨だった。

 (以下私論)
 上位計画には、合併時に策定された、
 総合計画が存在している。
 何よりも尊重しなければならない。
 市の職員も常時チェックする指標である。
 しかし、
 コンサルがお膳立てした、
 どこでも似たような
 優等生のスタイルになっている。
 市民生活に実感がわかない。
 数値目標は、大切であるが。

 協働のまちづくり条例は、
 市民参加による、南砺らしさが
 伝わってくるような、
 表現が求められよう。

 策定委員会では、
 市民委員会で討議された前文を
 さらに分科会で吟味した。

 さすが、熱のこもった議論が
 伝わってくる内容である。

 具体案は本文に盛り込まれるだろう。
 しかし、前文は、
 市民による、市民のための
 メッセージとして、なかでも大切。

 言ってみれば、CI。
 コミュニテイ・アイデンテテイー。
 本来、広告用語で、
 企業の「らしさ」、「自己の証明」とも
 訳されている。
 IDカードのように。
 企業のイメージづくりのその手法が、
 コミュニテイ:地域づくりに
 応用されたものである。

 コンセプトという語も、
 やはり広告用語から定着したことば。
 便利ではあるが、お役所は、とかく
 目新しいカタカナ言葉に飛びつくものだ。
 概念、根源的な考え方、の意味。
 あんまり、使いたくない。

 

中国初のノーベル賞

2010年10月08日

    鳳仙花
    まだ、がんばって
    咲いています。


 日本人のノーベル賞受賞の
 ニュースに湧いていたとき、
 世界各国別の
 受賞グラフが出ていた。
 日本は18個
 中国はゼロ…と思っていたら、
 平和賞というのが
 突如中国の劉さんに。

 文化大革命は、少し語られるが、
 天安門事件は、いまもタブー。

 ソ連時代に
 民主作家ソルジェニツインが。
 あのときは、ソ連国内でもめたが、
 今回の中国受賞は、
 徹底して、人民に遮断。

 ちなみに、100年前に
 インドの詩人タゴールは
 アジアで最初に受賞した。
 立派な詩人で、国民に愛されている。
 インドにはタゴール大学もあり、
 日本にもタゴール会がある。
 

なんと!高齢者の万引き

2010年10月09日

   朝日町の山中で、
   仙人のような暮らしの
   知人の隠れ家。
   アイガモのひなたぼっこ。




 小耳にはさんだ、
 非公式な話。

 南砺市の高齢者の
 万引きが、
 他所と比べてダントツに
 増えているのだという。

 買い物するときの、
 ささやかな刺激が好きで、
 よく行くが、
 日中は高齢者が多い。

 なぜ南砺市が。
 経済的な理由よりも、
 「寂しさ」ではないか。
 そうならば、こころの世界。

 「土徳の里」と、
 呼ばれている土地柄にしては、
 その対極にある現実。

 軽犯罪であれば、
 その動機があると思うが、
 データが無いので推測するだけ。
 
 南砺で、
 なにが起きているのだろう。

きょうから岡田繁憲展

2010年10月09日
     きょう9時30分から
     現代を描く
     花鳥画家

     岡田繁憲展
     開幕です。


 9時30分が
 開会式。
 10時から入館されると、
 作家と一緒に
 作品解説を受けながら
 鑑賞できます。
 おすすめです。

 一般500円、高大生300円
 中学以下は無料です。

岡田繁憲さんの人と作品

2010年10月10日
     先月までの
     「ことばの作家棟方志功展」
     おかげさまで、
     4000人近い入館者でした。
     全国から、駆けつけたファンと
     専門家が多く含まれています。
     これまで言われてきた福光時代の
     実像とイメージが180度、
     ひっくり返りました。




 棟方展に引き続いて、
 岡田繁憲展がオープン。
 どちらも、地方で開催はもったいない。
 東京のどまんなかの美術館でも
 おかしくない、と何人もの
 マスコミ人から聞き、うれしいことです。


 
 開会式には、いつもより熱気。
 企画した学芸員の先導で、
 岡田さんご本人の作品解説です。




 とにかく、圧倒されます。
 会場が手狭に感じる、大作のオンパレード。
 33年間の軌跡が、
 肌で感じられる会場構成です。




 うち特選2回、
 解説には、ウラ話も飛び出て
 会場が笑いの渦に。
 作家の人柄でしょう。

 何よりも、花鳥画家としての
 揺るぎのない制作姿勢と哲学でしょう。
 もし、石崎光瑤がここにいたら、
 二人は抱き合っていたでしょう。




 研修室では、ワークショップ。
 日本画を志す人たち20人限定で、
 金箔の技法など、高度な
 指導が土・日の連続して開かれます。
 文化勲章の奥田元宋先生直伝です。

 現在、富山県の日本画家の
 大半が南砺市在住です。
 すぐれた、熱心なリーダーたちの
 存在のおかげでしょう。




 せっかく南砺にUターンしながら、
 3年前、奥さんを亡くし、
 元気がなかった岡田さんも、
 子どもの弁当を作りながら育て、
 長女紫音さんが、最年少(高3)で
 日春展に入賞。
 長男も日本最高の刀剣の研師に入門、
 精進の毎日です。
 (姉妹展を美術館市民ギャラリーで
 同時開催)
 岡田さんに笑顔が戻りました。
 
 













しっとり、庭のいい朝。

2010年10月11日
 
      久しぶり?
      庭のしっとりと、いい朝。
    
      ムラサキシキブ
      ようやく色づきました。




 宿根そばも、咲き始めました。
 ルチンは普通そばの
 200倍も含まれています。
 (国の試験機関に調べてもらいました)
 南砺市の南蟹谷健康茶生産グループで
 商品化されていて、愛飲しています。
 血圧、毛細血管強化に効きます。

 利賀村、瞑想の郷から移植。







 キンモクセイの落花です。
 さっと一雨で、
 こんな具合に散りました。




 あさ、新しく網を張りなおす、
 ジョロウグモの雌。
 この種類は、とりわけ丈夫な
 黄色い糸なので、
 めったに新調しません。

 職(食)、住いっしょで、
 愛の巣もある、効率のいいすぐれもの。

 沖縄の竹富島では巨大なのがいて、
 小鳥ぐらいまら、捕まえられます。




 雌の巣の上部に、
 つつましく、雌の残りの餌で
 囲われている
 小柄なオスです。

 ひときわ丈夫な糸と
 腕力で絡め取られ、
 養われている。
 女はたくましい。
 
 わが身世にふる眺めせし…ひとごとでは
 ないわいな。






古民家―実家です

2010年10月12日
      22日、23日に
      全国屋敷林サミット 
      砺波市で。
      パネリストとして出るために、
      資料整理していたら、
      古い写真が出てきました





 ざっと、40年前。
 立野ヶ原の北の端、土生新です。
 砺波平野、散居村の南端でしょうか。
 ワタシの生まれ育った実家です。

 戦争中に軍に供出のため、
 ほとんどの大木が伐りだされて、
 役に立たない、洞のある
 杉の大木1本だけ残りました。
 船の用材になったとか。




 これは、砺波型民家です。
 高岡のアルミ会社の正月新聞広告で、
 ホクセイ、三共、立山さんなどの
 共同広告用写真です。実家をモデルに。

 「わが家にも、アルミサッシがやってきた!」
  時代を感じますね。


 父と兄がアルミサッシを扱っていました。
 (ただし、YKKさん)
 家族総出の出演でした。

 築170年で、筆まめな祖父の
 詳細な記録が残っています。




 20歳で独立した先祖が21歳で
 建てた家は、最初はわずか10坪くらい。
 仮設住宅の小屋みたいなもの。
 下屋をおろして、拡張。
 30坪くらいに広げた、
 越中型「まぜぶき屋根」になりました。
 萱屋根の本立て柱がしっかりしているから、
 こんな芸当ができます。

 子ども心に、大きい家と
 思って育ちましたが、今見ると、
 まことにちゃちな小屋。
 ここで、最大13人家族が
 住んでいました。

 明治時代までは、
 富山の民家はとても小さかった。
 大正、昭和と豊かになって、
 競って日本一の大きい家に
 拡張しました。




 いわゆる、豪壮で美しい、
 散居村の風格あるアズマダチ。
 もとは、この砺波型の茅葺屋根を
 降ろして、上に瓦を葺いた、
 古民家改造のデザインがもとでした。
 農民の知恵とセンスです。


 



熊五郎。

2010年10月13日


      朝から
      上空をヘリがうろうろ。
      近所のりんご畑に
      熊五郎が大暴れ。
      参ったなあ。
      全国ニュースに。




      ちょうど色づいた。
      熊五郎も、これが食べたかった?

      通学路なので深刻。
      南砺市だけではない。

      ハクビシンも、
      まだ話題になっていないが、
      たしかに住み着いている。
      これも、
      果物が好き。



         

鶴瓶さんも感激

2010年10月14日
      取材で富山市へ。
      別称「秋桜」のコスモスです。




 お天気もまずまず。
 JRの富山駅前。




 意外な場所です。
 花壇は、こまめに変わります。

 鶴瓶さんが
 南砺市の案内を


 例の番組が
 来週の月曜日、18日と
 25日に放送されます。

 南砺市でがんばっている人を
 突然訪問。

 案内した運転手さんが、
 南砺のおかきを、
 スタッフに贈ったそうです。
 なけなしの自分の残業手当から。

 そしたら、
 スタッフからお礼の電話。
 番組中のスタジオで
 おかきを紹介したいとのこと。

 (広告費換算、数千万円!)

 1週間も、朝早く、夜おそく
 ジャンボタクシーを運転して
 南砺市をくまなくガイド。
 すっかり取材のメンバーに
 信頼された結果です。

 うれしい話。
 もてなしの原点ですね。
 楽しみに。

朝日町の山の仙人

2010年10月14日
      世のなかには、
      不思議な人がいるものです。
      なんとも、
      うらやましい、生き方。
      朝日町の山間の谷、
      蛭谷(びるだん)の
      現代の仙人です。    




 長崎喜一さん。69歳。
 県庁のもと課長。

 自分の山地で小屋を建て、
 3匹の山羊を飼って、
 まさに仙人ぐらし。
 バタバタ茶という、日本最古の
 お茶の習俗が残っています。

 


 毎年、小屋を増やして、
 ちょっとした村のようです。




 ツリーハウスもふたつ。
 わがつれあいが昇ったまま、
 降りてきません。





 人なつっこい、山羊が寄ってきます。
 岩魚、アイガモ、と、にぎやか。
 紙漉き小屋、塩作りの小屋。

 全国から、この夢創塾へ
 体験にやってきます。子どもも大人も。
 愛知県知事から、感謝状も。

 最近は、稲や花の炭焼きアートに
 挑戦されて、話題に。

 現在は、NPО法人
 グリーンツーリズムとやまの
 理事長さんです。
 (初代は私でした。えへん)

 炭焼き、塩作り、焼畑、紙漉き、
 自然との共生の日々。
 毎日更新のブログ「夢創塾」も
 ご覧いただければ、よくわかります。

 五箇山や、南砺市の
 グリーンツーリズムの指導を
 いただいています。



ときには、こういう人とも。

2010年10月15日
       写真語・万華鏡の
       226号は、
       北陸新幹線がテーマ。
       話題の小竹貝塚の
       縄文遺跡も取上げる。

       この特集の
       インタビューで、
       このヒトに。




 この方、現在は県のひとづくり財団へ
 まじめに?勤務されている。
 うちの館長室より、小さいなあ。

 実は、45年ほどまえに、
 新人であった中沖豊さんが、ちょうど、
 置県100年という節目を迎えた。
 200ものイベントが組まれ、
 目玉事業も博覧会など7本あった。

 最大のものは、
 2時間にわたる記念式典がハイライト。
 その総合プロデューサーを任される。

 県民会館大ホールを大改装して、
 中国から要人を招き、日本の
 自治大臣も駆けつけた。
 NHKさんも含めてテレビ全局が
 生中継という緊張感。
 記念パレードと大祝賀会。

 ほんとのこと言えば、
 イベントを担当するのは生まれて初めて!

 経験ないだけに、手探りで、
 むちゃくちゃに、スタッフとがんばった。
 
 結果は大成功。
 それ以来、
 県の大型プロジェクトには
 いつも知事の指名で、アドバイス。
 いい勉強をさせていただいた。

 こんど美術館ででも、
 ゆっくり、語り合いたいもんだねえ、と
 力のこもった握手。
 なんだか、
 ともに、富山のために汗を流した
 「戦友」の再会のような気分。
 血色もよく、お元気でした。

 

PRIMAVERAさんが大受け

2010年10月16日
       私の町内の
       公民館主催南砺ツアー。
       33人が、
       初めての南砺へ出現。
       チリの33人とは関係ない。




 まずは、晴れ始めた、
 相倉集落へ。




 勇助主人、池端氏の
 世界遺産を守る苦労と意気に
 みんなが感動。




 美術館、愛染苑のあと、
 やってきました!
 玄関の彫刻が紅葉しています。




 なんといっても、
 地元野菜のイタリアンに感嘆の声。
 きれいに食べ尽くしました。




 事前に朝食を軽くして来いと
 注意していたので、
 みなさん、食欲旺盛でした。




 瑞泉寺の豪壮な本堂で、
 高橋師の名調子に爆笑の連続。
 県東部に人たちには、
 南砺市の信仰心、伽藍に
 カルチャーショックです。




 とどめは、これ。
 彫刻の名工だった2代目白雲さんによる、
 15年がかりのご仏壇。
 日本一の華麗さ、風格にため息です。

 帰りの車中では、
 南砺市の芸術文化、底力、人のやさしさ、
 そして風景に、すっかり虜になったと、
 来年の企画のリクエスト。

 南砺市のホンモノの凄さは
 まだまだ沢山ありますが、
 地元が気づいていないだけです。

 南砺市のどこに、外来者が反応するか、
 それをモニターしてみたツアー企画です。

 南砺ならではのホンモノの生活と文化
 志の高い「人の魅力」が、
 いちばん高い評価でした。


 みなさんに、お世話になりました。
 くたびれて、撃沈。
 














もういちど、このヒト

2010年10月16日

     思いもかけない、多くの
     アクセスありがとうございます。
     調子にのって、
     もうひとつ。あのヒト。





 中田知事の急逝。
 突如、2人の後継候補。

 経済界の押す金岡さんは、
 県民になじみが深い。
 中沖さんは、?????

 政治の世界は、厚いカーテンの奥。
 双方の合意で、中沖さんに絞られた。

 このお二人は、
 富山の未来のため、と
 肩を組んで、
 銀座でしたたか飲んだという。

 シナリオを書いた人のことは
 まだ、差しさわりがあるので、パス。

 ほとんどの人が、
 この新人知事のことを知らない。
 県職員も、マスコミも、
 騒然となって、情報を集めたが、
 よくわからない。

 影武者がいた。Aさんという。
 類稀なる通産ロビイスト。
 万博などの大物プロデユーサー。

 いきいき富山など、
 全国に発信する、あらゆる仕掛けや、
 県政の大きな骨格は、
 この人の頭脳から生まれたといっていい。

 いやあ、このブレーンには
 とことん、泣かされた。ぶつかった。
 殺されそうになったことも幾度か。

 都内の秘密の病院で、
 がん末期のベット脇で、
 仕事の決済を受ける。

 そのとき、はじめて認めてくれた。
 「富山をたのむぞ」と、
 自分の名刺を出してくれて、
 手を握って、数日後亡くなった。

 あと、数年生きておられたら、
 私の人生、
 どうなっていたかわからない。 

 

 

南砺市に「乾杯!」

2010年10月18日
     鶴瓶の家族に乾杯!
     さすが、
     NHKらしい。
     面白く、味のあるまとめ方。




 民宿勇助は
 美味しんぼのまんがにも。
 
 飾り気のない素朴な人情。
 風景に溶け込む、
 世界遺産のくらし。

 都会人があこがれる、
 普段着の生活が
 みごとに紹介されていました。




 池端夫妻の活躍に乾杯!
 勇助で、おとついに、
 コーヒーをいただきました。

 運転士して案内された、
 Kさんは、事故で半身が不自由。
 しかし、Fタクシーさんで
 重宝されています。
 人柄でしょうか。

 この番組の時間は、
 「特Aタイム」と言って、
 広告料金が一番高い。

 したがって、
 全国放送の広告に換算すると、
 おそらく、10億円に相当するでしょうね。



北日本新聞文化賞

2010年10月18日
      美術館の前
      セイダカアワダチソウ
      外来種で、猛烈に繁茂し、
      全国的に問題になった。


      


      今では、すっかり落ち着く。
      日本の秋の風景に。
      アップで見ると、
      名前の由来、
      泡立つような、
      結構きれいな花である。
      ハナアブもたかっている。





 北日本新聞の文化賞
 中尾哲雄さんが、藤森兼明さんと。

 いまごろ?と、思うくらい、
 内外に貢献度の多い人。
 魚津の山中で生まれ育ち、
 厳しい経済状態のなかで、
 文字通りの苦学。努力家である。
 
 富山市で暮らしていたとき、
 同じ町内、同じ班。
 いまも、いろんな場で、
 なぜかお世話になっている。

 国や富山県の、政財界で、
 影響力の大きい存在であるが、
 いつも、貧しいなかからの
 苦労を振り返りながら、
 世話になったかたへの
 心遣いを忘れない立派な人。

 私事で恐縮。
 むかし、
 文化奨励賞というのがあった。
 これから、という意味の賞。
 28年前に戴いたが、
 授賞式は、まことに晴れがましい
 雰囲気である。
 いきいき富山、近代美術館の
 シンボルマークをデザインしたといことと、
 若いクリエーターたちを育てたというのが
 その理由だった。

 その翌年、こんどは父が
 福光のリハビリ友の会で
 代表して受けた。
 親子で連続で、新聞社がびっくり。


 

ことしの冬は大雪か

2010年10月19日

     地球規模での
     異常気象の、ことし前半。
     その反動か、
     この冬は豪雪になるかも。




 お茶の花が、
 咲き始めました。

 下向いて咲くと大雪。
 上向いて咲くと暖冬。
 おばあちゃんが言っていた。
 ほんとかな?

 よく、モズのはやにえの
 位置をバロメーターにもされてきました。
 カマキリもいまが産卵期。
 その高さもめやす、とも聞きました。




 酔芙蓉が
 いまごろから元気で鮮やか。
 これは、2日目の花。
 相当酔っ払っています。
 (私の飲みがけどきの顔とおなじ)
 横に写っている、白いのが
 咲いたばかりの花です。



中国の人事

2010年10月19日

        本日の
        庭での収穫。
        すごいでしょ。
        ことしは
        いずこもアケビが豊作。




 中国のトップ人事。
 習近平ナンバー2が
 2年後に後継者になるという。

 党、国家、軍の3つの権力を握る。

 かっての中国の幹部は、
 長征経験者しかなれなかった。
 国民党軍に追撃されて、
 国内戦の逃避行である。

 負けて逃げることを、「長征」というのは、
 かっての日本軍の「転進」とおなじ。

 現在は、太子党がその資格。
 かっての幹部の子弟。
 3代続く予定の北朝鮮なみ。

 もっとも、
 日本の場合も2代目3代目が、
 後継だから、「家業」のようなものか。
 乱世でない証明である。

 中国の習副首相は、
 文化大革命のとき、辺境の地に
 「下放」運動で飛ばされた。
 父親の配慮であろう。

 最低の環境から、
 2階級特進(特別進級)を重ね、
 体格と風貌が「大人:たいじん」と
 中国人好みである。
 物語がすべて揃っての登壇である。

 北朝鮮は、
 その点、演出が泥臭い。

 反日デモについて。

 朝日新聞の天声人語。
 デモ参加の年代は、
 文革以後の、最も強烈に反日の
 教育を受けた年代だそうな。

 「ぜひ、日本へ招待したいものだ。」
 そして、日本の閣僚が
 めったやたら、コケにされている姿を
 見せてやりたいとも。
 
 朝日のブラックジョークも
 ときには、小気味いい。
 

原さん、ありがとう

2010年10月21日
       棟方志功は
       鯉がことのほか好きでした。
       8畳間の愛染苑の画室を
       鯉雨画斎と名づけたほど。

       鯉が登龍門をのぼり、
       龍になる、という中国の
       故事に、自らを重ね、
       あこがれていました。
    
       南砺から世界へ。
       そのシンボルが鯉でした。




 けさの北日本新聞、1面の
 真ん中にカラーで、
 婦中町の養魚場の紹介が載っています。
 鯉の冬支度です。

 


 美術館のロビーは
 桑山を借景にした庭が好評です。
 特に、池の鯉です。

 ところが、山中にある施設のため、
 冬にイタチが、じっとしている鯉を
 あげていってしまう。
 特に目立つ色鯉ばかりをねらう。
 ま、彼らも生きていかんならんが。
 冬に屋根を作ってから
 被害は少なくなったが、黒鯉ばかりに。

 あるとき、スタッフが
 婦中町を通ったおりに、わずかの
 予算で小さな色鯉をもとめて放した。

 ところが、後日、
 美術館へ見えられて、
 原養鯉場のご主人が、
 「おお、たしかに、おらとこの鯉じゃ。
 こんど、でかいのを持ってきてやるちゃ」と
 ほんとに、
 でかい鯉を放流に持参された。

 見事な紅白の模様。
 最初は、別のグループとして
 泳いでいたが、
 いまは、なかよく餌をねだる。

 庭の池の鯉は
 子供さんに、いちばん喜ばれる。
 いっぺんに、華やかになった。

 原さん、
 ありがとうございました。


 棟方志功さんも
 手を叩いて喜んでおられます。
 
 
  

庭に熊が出た!

2010年10月22日
 
      ゆんべ、
       魚津市の幹部と飲んでた。
       別れた直後、
       中心部に熊があらわれ
       あわれ
       猟銃の的に。




 もう10数年前、
 庭に珍客、
 ニホンカモシカが
 1週間ほど遊んでいった。
 どうも、毎年春に、
 庭へ訪れていた形跡がある。
 ぎびくの新芽などが
 食われていた。
 貯めフンもどっさり。

 近所の人に騒がれて、
 山へ帰った。

 熊なら
 クマったことになる。


 きょうの午後、
 あすの午前と、
 砺波市の散居村ミュージアムで
 全国屋敷林フォーラムに参加。
 南砺市の散居で育った話や、
 屋敷の庭で、花を楽しむ
 そんな提案します。


 あと、おふかい。
 飛び入りで、プリマさんへ
 どうですか。
 チャンスですよ。

オフ会の華です

2010年10月24日

    やっと、いま帰りました。
    五箇山へもひと仕事





 憎いなあ。
 こういう花をかかえて
 駆けつけてくる。

 ほんの、庭でとれたがや。

 華ある人とは
 こんな人。

 華々しいひとたちが
 なんと
 南砺にたくさんおるがか、
 思い知らされました。

 なんのせ、
 ぬぶたあなって、これで失礼。

鶴瓶の家族に乾杯

2010年10月25日
     鶴瓶の家族に乾杯
     後編、観ました。

     前編も良かったけれど、
     後編も面白かった。




 五箇山のひとたちの素顔。
 こんなにユーモアに溢れた地域だったのか。
 ずいぶん、取材しているはず。
 そして捨てまくって、
 編集の妙が、生き生きしていた。

 姉妹の2人の赤ちゃん。
 こういうシーンを見せられると、
 誰でも子どもが欲しくなる。

 麦やと、こきりこ。
 生活感のある場で、本来の民謡が
 自然体で唄われ、舞われる。
 
 久しぶりに、
 五箇山から明るい話題が、
 南砺市が、
 全国2000万人に提供された。
 
 

屋敷林に未来はあるか

2010年10月25日
     22日、23日に
     全国屋敷林フォーラムが
     砺波市、庄川町、南砺市で。

     主催の「砺波カイニョ倶楽部」
     会長の柏樹直樹さんは、
     もと営林署のお役人で旧知の間柄。
     お名前の通りの、
     森と屋敷林を守って一直線の人。




 開会式のあと、砺波市の芳里さん宅の
 大けや木とアズマダチを見学。




 豪壮なでっかい屋敷に
 ばあちゃんが独り、
 仏壇をお守りしています。
 息子夫婦は、家の前に別宅を。




 南砺市の飛騨屋、杉森さん宅。
 門杉など、屋敷林と
 農業を楽しむ杉森家のライフスタイルに
 驚嘆の声が寄せられました。




 城端の根井さん宅。
 おばあちゃんと、お嫁さんが
 明るく迎えてくださいました。
 実にキレイに手入れされています。




 夜は、夢の平コスモス荘で
 遅くまで全国の参加者と議論です。
 翌朝のコスモスはすばらしい。

 本番の
 屋敷林フォーラム
 基調講演や、シンポジュウムで、
 砺波平野の屋敷林のすばらしさ、
 保全は大切、と大学名誉教授さんらが
 絶賛し、強調されました。

 がんらい、へそ曲がりのワタシ。
 5分ほど、画像で、発言しただけ。


 南砺の屋敷林で生まれ、育ったこと。
 湿っぽく、暗い家から都会へ出たかった。

 今は、皮肉なことに、
 屋敷林のある家で、
 あらゆる花や鳥、生き物と共存して
 暮らしていること。
 しんばの始末は、薪ストーブひとつで、
 一石二鳥である。




 内外のお客さんを招いて、
 コンサートとパーティーなど。

 因習的な薄暗い、豪壮な屋敷。
 息子に嫁はんが来るわけがない。
 娘は都会へ出たら帰ってこない。

 チューリップ?
 農産物であって、住民は心から
 花を愛しているわけではない。
 
 屋敷林と民家群の景観を変えず、
 中身の生活スタイルを変えればいい。

 そのためには、グリーンツーリズムなどで、
 大都市圏の30代の女性の
 センスを取り入れるのが最も効果的。

 空いている納屋を改造し、
 薪ストーブ、ベッドのある
 ゲストハウスにすればいい、など。

 異文化、高度な情報の交流と
 受発信が決め手であると、手短に発言。

 受けた。




 





オフ会のきらめき?

2010年10月26日
        オフ会
        いやはや、時間が
        こんなにも早く
        進むものかと
        実感。




 最初から、予感。
 一番くじで、いきなり当たった。
 ヒマラヤ水晶のビッグプレゼント、
 オフ会ならではのイベント。
 みなさんの怨嗟の視線が痛い。

 アップで、光線を加減すると
 美しい虹色が浮かび上がる。

 3回も行ったヒマラヤの
 峰々に想いを馳せる。
 水晶は、やはり神秘的。




 早朝にすることは
 パソコンのチェック。
 今日一日をこれで占ってはじまる。

 吉祥天さんなら、
 お手のものだろうけど。

 あねださん、ありがとう
 みなさん、ありがとう



 

五箇山の赤カブ苦戦

2010年10月27日
 

     豊穣の五箇山ツアー。
     毎年人気の
     赤カブ収穫に、
     金沢や県内から参加。




 ことしは、
 異常な暑さと、豪雨、また猛暑。
 せっかく撒いたタネは流れる。
 撒きなおしても、
 根こぶ病と、虫食いに悩まされる。
 お世話の、
 雪峰倶楽部と農業公社さんは
 ずいぶん苦労された。

 元来、高地の秋冬野菜。
 自然相手ということを痛感。




 標高の高い場所に
 早めに撒かれた畑では、
 丸々とした赤カブが育った。

 ここでは朝夕の露だけで、
 うまく育ったのだとのこと。

 甘く、柔らかく、
 紅と白い身のあざやかな
 在来種を守り育てる努力が
 続けられています。



粗暴な帝国・中国は崩壊する

2010年10月27日
       さぶ〜い
       富山湾に暗雲。
       能登が見える。



 ほんとは、
 対岸の大陸の帝国・中国にも
 暗雲が垂れこめている。

 26日発売の週刊誌P
 作家の井沢元彦氏の特別寄稿から。

 おそらく中国人は今
 「いつ中国は世界一になるか」と
 その日を指折り数えて待っているだろう。

 うんうん
 
 実は、中国は
 何度も世界一になっている。

 中世の闇のヨーロッパに及ばない
 の時代の文化は世界一。
 アメリカという国も存在しないころ。

 明の先の秦、元
 などは、世界に敵う国はなかった。

 ならば、世界の共通語は
 英語でなくて中国語のはずだった。

 中国は歴史を大切にする国といわれる。
 なのに、何度も崩壊するのか。

 それは「中華」思想だという

 世界一強力で、すぐれた民族。
 だから他に学ぶ必要は無い。
 それで、内部からいつも崩壊した。

 地球人類の大きな発明は
 民主主義。三権分立、複数政党制。

 帝国国家の常として、
 都合の悪い情報は国民に伝えない。
 19世紀のままである。

 65年前の日本もそうだった

 そして、日本を徹底的に悪者にしないと
 内部からおかしくなる。
 日清戦争で負けた悔しさは、
 決して忘れず、まだ生きている。

 吹けば飛ぶような小さい島国日本に
 「日出いづる国の天子から申す…
  日の沈む国のそちらの天子は
  そくさいけ…」
 なんて、朝貢もしない。
 なめられるのは屈辱なのである。
 
 いま、国内では
 「共産主義なのに、なぜ格差があるのか」
 という矛盾に当面している。

 中国が21世紀の国家になれば
 真の幸福が訪れることだろう。

 と、いう趣旨でした。

ふしぎ空間、不思議なグラス

2010年10月29日

      南砺市に
      さわやかな風を
      吹きこんでいる
      若いカップルです。




 ガラス造形作家
 鈴木玄太さんの

 くうきのかたち

 福光美術館の市民ギャラリーで
 11月3日まで開催中です。

 3代続く京都の有名な
 漆芸家の長男。

 ガラスに挑戦したいと、
 スエーデンの学校へ。
 あと、スイス、ドイツの
 著名なガラス工房で修業された。

 南砺の空気が好きだ、と
 フランス料理のラモヴェールさんの
 すぐ下に工房を構える。

 大都市の一流デパートの
 個展中心で活動。

 軽やかな、その作品は
 安くはない。でも、
 決して高いと思ったことはない。

 手に持った感触は、
 どこにも、ふたつとない。
 冷やした水を飲んでも
 味が違ってくる。
 この夏は、人気があった。

 工房で、汗を流しながら、
 制作中の姿は、時間を忘れる。

 なんでもない、
 ほんとに、空気のかたち。
 だれもがやっていない、
 やれない作品である。

 来年は
 信州の美術館で
 個展が開催される。
 注目したい、
 人と作品です。


 今から、出かけます。
 東京の日展のパーテーへ。
 あすは、
 テクノホールで
 食のフェスタ。

南砺市は東日本か

2010年10月30日
    へろへろになって
    ただいまPM8:00に
    帰宅いたしました。





 羽田は雨でした。
 いまどきの珍しい台風へは
 房総をかすって、遠くへ。





 富山県内のJR駅で
 エスカレーターが動いているのは
 高岡駅だけ。

 エスカレーターの
 どちら側に身を寄せるか。
 東京は左側。
 関西は見事に右。

 高岡駅では、
 新しく出来たエスカレーター。
 観察していると、この数ヶ月で
 左に身を寄せるようになった。

 南砺市は東日本の文化ということに
 なりそうである。

 富山の企業や出先機関は
 東日本の範疇が多い。

 西では、
 JR、など。
 東では、本社が東京へ転出する。
 経済の絆は圧倒的に東。

 まえに、前の会社が
 地方に分社化したとき、どちらに所属するか
 ずいぶんもめたことがある。

 情報、政治、経済
 どうしても東京に一極集中する。
 それで東日本支社に名称を変させた。

 マスコミ全国紙のA紙と
 Y紙はは東京本社になったし。

 でも、前の会社は、
 西日本にまた変更した。

 歴史的には文化と人脈は西。
 政治、情報では東という土地。

 方言や、うどんのつゆも
 ちょうど日本列島のまんなか。

 はたして南砺市は。 

東京、富山市で南砺ががんばる

2010年10月31日
      日展がオープン。
      六本木の国立新美術館
      工芸、彫刻で
      南砺市の実力が発揮。
      日本画の
      岡田繁憲さんの力作も。





 なんと、彫刻の部から、
 横山豊介さんが、文部科学大臣賞を。
 ホテル・ニューオータニの
 記念パーテイーで祝福。ごきげんでした。
 おめでとうございます。




 パーテイーでは、
 南砺市の作家のみなさんと。
 1000人を超す、会場。
 それでも、ひところより
 ずいぶん少なくなったのだとか。




 新橋の、ビルの3階で
 南砺の前衛書家7人展

 


 イセ文化基金の主催

 時女信子さん、大塚智子さん
 常川あさ子さんら、玄土舎グループの
 みなさんの力作が揃う。

 自然豊かな南砺の風土。
 どこにも属せず、
 書と絵画の垣根を取り払った、
 先進的な活動は小気味よい。
 ずっと前から
 好きだった女性たち。
 拍手をおくりたい。




 忙しいなあ。
 6:55発の富山空港へ。
 テクノホール(私が名づけ親・えへん)
 食のフェスタのオープニング。

 12年まえに、ここで
 全国食文化交流プラザ(食祭とやま98)が
 開催されたとき、プロデユーサーを
 手がけただけに、なつかしい。
 以来、今日まで、県単位で継続。




 ホールが出来たときは、広すぎた。
 いまは会場が狭すぎる。

 立野ヶ原の特産や、
 千華園さん、南砺のかおぶれが
 いっぱい。
 30年ばかり、県の特産品デザインの
 アドバイザーやってたので、
 がんばっている仲間のおばちゃんたちと
 再会した。



作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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