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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

いまどき大幅黒字(訂正)

2009年07月01日
 梅雨らしい梅雨

 空梅雨かと
 思われたけど、
 やっぱり、
 じとじと じめじめ。
 生き生きしてるのは、
 あじさいと、
 カタツムリ。

 いまどき、
 申し訳ないほどの

 大幅黒字。

 7月になりました。
 6月28日で、
 谷内正遠木版画展が
 大好評のうち、
 無事終了しました。



 予定の約2倍の入館者。
 それに伴って、
 売り上げも、
 大幅黒字でした。

 何といっても、
 作品の魅力、作家の
 謙虚な魅力が大きい。


 公立美術館は、
 図書館と同じように、
 生涯学習施設でもあります。
 しかし、
 その気になれば稼げます。
 市民に、還元されるのですから、
 まあ、貢献したかも。

 若い学芸員に企画を任せ、
 がんばった結果でもあります。

 なによりも
 うれしいことは、
 石川県から(金沢含めて)
 大勢の来館者があったことです。
 
 朝から、道を教えてほしいという、
 電話がしょっちゅうでした。
 南砺市へ、誘客の
 広告塔やっています。

派遣社員はいま(補足)

2009年07月02日


      宿根そばの
      白い花が咲き始めました。
      利賀の瞑想の郷から、
      根分けしたのが
      庭いっぱいに育ちました。
      ルチン含有が、
      普通そばの200倍。
      毛細血管を丈夫にします。
     
      このそば茶のおかげか、
      血圧は、ずっと正常。
      フレッサに売っています。



 テレビの番組で

 派遣社員

 特別番組をやっていました。

 オランダの派遣社員の
 レポートです。

 正社員と、同一労働、
 同一賃金も驚きなら、
 3年で正社員。
 国と企業の手厚い補償で、
 信じられないような、
 雇用安定対策です。

 日本では社会問題。
 富山県は、それでもおそらく
 派遣社員の比率は日本一少ない。
 勤勉な県民性もあるが。

 わたしごと

 10代は社員一人の見習い。
 20代は、
 100人の会社の社員見習いから
 正社員に。
 そして失業で、フリーに。
 貧乏社長である。(自営だから)
 さらに30人の会社で正社員。

 5000人の広告会社の
 アルバイト、
 それが嘱託、社員試用。
 正社員、管理職。

 いまは、
 しがない非常勤嘱託で満足。

 ありとあらゆる雇用形態を
 体験してきたことになる。

 なんとしても悲しかったのは、
 非正規労働者という身分。
 夢も希望も無かった。
 なんども経験したが、屈辱だった。
 結婚に自信が持てず、
 とうとう初恋の人とも別れた。

 小さな支社で、
 社員の定例会議に出られない。
 その間電話番。
 (すでに結婚していた)
 会議室から、みんなの笑い声。
 涙が出た。

 女子社員はお茶も出してくれない。
 自分より若い社員たちが、
 日中から仕事と称してゴルフに出かける。
 (それでゴルフ嫌いに)

 技術職は扱いが低い。
 営業のフォローで、得意先へ通う。
 交際費なんてゼロ。
 自分でお茶をいれた。

 管理職になったとき、
 せめて、これまでの体験から
 アルバイト、派遣社員の
 スキルアップと待遇改善にと
 策を弄したが、
 会社、社会、本人の意識の
 壁が厚かった。

 今でも、そのころの
 悔しい夢を見る。
 トラウマは染み付いてしまっている。
 

ネパールは深刻

2009年07月03日



 いま、
 ネパールは
 大変なことになっています。

 伝統ある、王室が退位。
 日本の皇室とも親密であった。

 昭和天皇の亡くなったとき、
 ネパールは2日間、
 喪に服したほど。

 共産党から分かれた、
 過激・武闘派の
 マオイスト(毛沢東派)が
 政権を握ったが、崩壊。

 現在は、共産党統一派の連立に。
 そして、内乱状態。




 2年半前に、
 ネパール、ツクチェ村を
 合併して間もない、
 南砺市が友好訪問しています。




 代表団を
 大歓迎してくれた、
 村民たち。

 いまのネパールの混乱で、 
 外務省は渡航を嫌がります。

 毎日、
 ネパール在住の
 日本人女性のジャーナリストが
 精力的に、
 インターネットで
 ニュースを発信。

 利賀村、そして南砺市として
 はやく交流が復活できることを
 願っていますが。
 



合併後遺症か。

2009年07月04日


       ノカンゾウに
       似ていますが、
       図鑑には出ていません。
       いまが花期。
       どなたか教えてください。




 合併後遺症か?
  
 通勤地獄

 都会だけの話ではない。
 
 合併したら、行政の標準化
 一体感醸成に、職員は率先して異動。
 避けて通れない。

 4年半で、やや落ち着いたが、
 南砺市は、
 なんといっても広い。

 山間地と町場との通勤は、
 東京のように、
 公共交通機関に頼れない。

 私も片道1時間半〜2時間だが、
 電車・汽車・タクシー。
 身体はラクで、本も読める。

 マイカーで毎日となると、
 仕事とはいえ、辛いものがある。

 富山市時代は、
 市内電車利用で10分あまり。
 飲んだら歩いて帰宅が常だった。

 むかしと違って、
 定時に帰られるほど優雅でない。
 おまけに、飲み会
 (ノミュニケーション)に
 足が遠のく。

 現代の行政は、
 住民のニーズが多様で複雑。
 日常業務だけで済むほど、
 仕事は単純ではない。
 マンパワーと組織の協働。

 勤務地でも、地域でも、
 マイカーでは、
 付き合うことは困難になる。

 合併前の、
 濃密なコミュニケーションは、
 とても望めないだろう。

 さりとて、いい解決方法はないし、
 通勤にエネルギーを消耗する。

 町場の皆さんには、
 この実感が伝わらない。


 山間部ほど、
 密度の濃い有形・無形の
 ネットワークで生きてきた。

 行政マンも、地域で
 一体になって、完結できたものだ。

 過疎化、限界集落進行の要因に
 通勤への重圧が、
 かかわっているのではないだろうか。


 
 
 

こんな南砺市職員も。

2009年07月04日



 今朝の朝日新聞に、
 わが、ブログ仲間が
 大きく紹介されています。

 曜変天目さん

 くわしくは、
 紙面をご覧ください。

 春の、
 オフ会がご縁です。

 今月末に、
 いよいよ企画・監修された
 水墨美術館の
 特別展がオープンします。

  南砺市の職員には
 こんな異能の人材がいる!


 なお、
 この画像のなかで
 手にされているのは
 戦国大名から
 垂涎の的だったという
 郷 義弘の名刀。
 国指定の文化財である。

 20万石以下の大名は
 持てなかった。
 持つことが大大名の
 ステイタスだったとのこと。

香りのもてなし

2009年07月05日



     庭で、ラベンダーが
     ちょうど、満開。

     月に一度ほど
     気を使うお客さんが
     館へお見えになる。

     そんなとき、
     近くでフレンチ。
     
     となりのガラス工房の  
     花器に、
     畑のガーデンのハーブが。

     おいしい、冷やした水は
     地下60メートルの
     ナチュラル・ミネラルウオーター

     食材は地元にこだわる。

     都会の感覚では、
     金額は半分以下だけど、
     地元では高いという。

     おみやげの
     ハーブを、ビニールの小袋に。
     冷水を足して。

     自宅の洗面に活ける。
     数日後に庭におろしてやる。

     数年で、庭じゅうが
     ハーブガーデンに。

     もともとハーブは野生だから、
     生命力があります。

南砺市と新幹線

2009年07月05日



       土砂降りの雷雨。
       でも、太陽が。
       キツネ雨。
       石崎光瑤の燦雨とは
       こんな風景かも。
       数日前まで
       虎刈りだった芝生も
       見違えるように
       いきいきしています。




 ふと買った週間東洋経済の
 力の入った特集は
 鉄道進化論。

 なかで、

 北陸新幹線
 5年後に開通すると、


 金沢のひとりが勝ち。

 2年前のこと、
 県の、未来戦略会議で
 九州新幹線を視察の報告。
 「金沢のひとり勝ちになる」
 会議が揺れました。

 やっぱりか。

 夕方、高岡駅の
 コーヒースタンドで、
 なじみのおばちゃんと会話。

 「新幹線ねえ。
 高岡は、いいことひとつもないちゃ。
 関西へ行くのに、
 金沢始発の特急に乗らんなん」

 富山市もストロー現象は
 間違いない。
 みなさん、平静を装っているが
 内心、穏やかでない。

 魚津?
 新黒部まで、わざわざ行かんなん。

 南砺市は?

 金沢の奥座敷に徹して、
 尚且つ、金沢に負けない、
 世界でここだけという、
 オンリーワンであろうか。

 金沢と仲良く。
 金沢に無い魅力に
 磨きをかける。

 それこそ、
 さきがけて 緑の里から
 世界へ、
を展望したい。


 スケールではなく、
 ピリッとくる味わい。
 まずは、
 住んでて良かった。
 悔しかったら、
 住んでみろ、と言えるように。

 

虫送りコンテストの審査

2009年07月06日


      虫おくり
      全国コンテスト。
      有名な、まんがの
      牧野先生と審査。



      くわしくは、
      あすの朝刊に。


      くわやんま(桑山)
      大好評でした。

      七色だんご虫
      小2の傑作です。

      一般的に、
      小学校低学年の
      作品がいい。




剣岳−点の記観てきました。

2009年07月07日
    念願かなって、
    るんるんと手をつないで
    (まさか)
    映画「剣岳‐点の記」



    (私の写真)
    
    原作と映画は別物。
    しかし、
    カットつなぎ、
    脚本がいまいちです。

    老練な演出家がいたらと、
    せっかくの労作が残念。
    撮影監督の限界か。

    ラストの手旗信号は、
    どう解釈しても無理。

    豪雨、吹雪が多すぎる。
    気になることが
    けっこう多くて。

    それでも、
    人物を小さくした、
    山の風景は最高だった。
    もっと、
    堪能したかった。

    次に感動したのは、
    皮肉なことに、
    映画が終わって、字幕。
    その背景の画像がすばらしい。

    錫杖頭の静止画はよかった。

    主役は、
    剣岳と周辺の山々。
    どうして、
    もっとじっくり見せないのか。

    登場人物の演技は
    大河どらまのように、
    がんばり過ぎ。うるさい。

    日本山岳連盟の
    からませかたが、くどい。

    どうしても登場させたかったら、
    南砺市の石崎光瑤、
    河合良成が出てこねばおかしい。

    石崎光瑤のほうが
    山に対する崇拝の念は
    はるかに純粋だったのになあ。

    柴崎の記録には
    長次郎は出てこない。
    世に知らしめたのは、
    光瑤であった。

    まあ、
    映画なんだから、
    ケチばっか、つけなさんな。

    ドキュメンタリーに
    徹してほしかった。
    それくらい、剣はすごい。
    日本の山岳映画は
    もう不可能とされる力作だけに
    どこか、惜しい。

    なんのせ、
    県民として観てきました!
        


    
    
    
    

出たあ〜! 

2009年07月07日





    蒸し暑く、
    じとじとすると
    出番です。

 出たあ〜     

    かたつもりと
    兄弟なのに、
    なぜか
    お前は嫌われる。

    よく見ると
    なかなかの
    ファッションセンス。

    それでも
    嫌われる。

    可愛そうなおまえ

    トイレなので、
    ペーパーでそっと包んで、
    
    ジャ〜♪

利賀村の観光戦略

2009年07月08日



       雨の晴れ間。
       瞑想の郷、
       アジサイが鮮やかでした。



 きょう8日午前、
 瞑想の郷で 
  利賀村地域
 観光強化推進キャンペーン


 びっくりしました。
 きょうの北日本新聞。
 一面トップの記事。

 利賀村の
 観光客の減少。
 記事がでかすぎます。

 でも、
 それくらい深刻でもある。
 タイムリーな記事でした。

 7月25日〜2月28日のイベント。
 なんと49件も予定されています。

 なんでも、
 精一杯がんばる村の体質。
 疲れないか心配。

 現在、未来を展望した
 新しい発想が期待されるところです。

 ネパール交流20周年
 新聞記事で知りましたが、
 本来、1月11日だったはず。
 ツクチェ関係者と、
 新たな展開をぜひと思います。

 突っ込んだ、
 しつこいくらいの
 議論を望みたい。

 新しい顔ぶれが
 利賀村を変えていくことでしょう。

忘れもの。

2009年07月09日



     ひどい雨です。

     自宅で、
     5人の会議。

     そのうち、
     晴れ間が。

     皆さんを
     見送りました。

     玄関の外。
     傘がみごとに
     5本。

     さて、
     どうしょう。

斉藤清策さんとのお別れ

2009年07月10日



       ひどい雨でしたね。
       大雨警報、
       常願寺川の濁流。  
       まあ、
       大事はなかったよう。




 お世話になりました。

 斉藤清策さんとのお別れ



 公私とも、
 とてもお世話になりました。

 太平洋と、シベリアで
 戦争で2度も死線をさまよった。
 農業しながら、日本画の勉強を。

 日本のトップの先生に
 指導を受けながら、
 実力で日展入選を続け、
 遅くに特選。

 コネなしでというのは
 この世界では、実は珍しい。

 芸術家という人種は
 威張っているのは、たいした作品を
 作っていないものだが、
 斉藤先生は、
 華やかな明るい作品で、
 しかも謙虚な人柄。

 同じ花鳥画家として、
 石崎光瑤を尊敬されていた。

 日本画家の盟友、
 大島秀信さんのお別れの
 送る言葉に涙。


 庄川美術館は、
 小さいけれども、目標にしていた、
 地域密着型の美術館。
 それを、
 支えて、育てたのが
 斉藤さんだった。

 また、現在活躍中の作家を
 沢山育て、お世話をされた。

 葬儀には会場に入れきらないほどの
 芸術・文化関係者が参列した。

 ご冥福を祈ります。
 

 

南砺市の景観

2009年07月10日



 五箇山から
 城端へ下りていくとき、
 散居村の展望が
 開けてくる。

 このなんと−eの
 ホームページのタイトル画像は
 IOXアローザからの
 すばらしいパノラマ。

 この五箇山からの
 パノラマも
 いつ見てもうれしい。

 もっと、
 二上山まで見える場所も
 あるけれど、
 クルマは止められない。

 相倉・勇助の
 ご主人が、
 子どもの頃
 夜中に親に連れられて
 家を出発、

 明け方に峠をこえて、、
 散居村の
 パノラマが眼前に開けた。
 城端が見えた。

 世界とは、
 こんなに広いものか

 感激したものだという。
 
 また、お母さんからも
 生前お話を伺った。

 「滋は、城端へつれてってやると
  いうたら、うれしくて、
  なかなか寝てくれんがで
  弱ったちゃあ」

初めてのお客さん。

2009年07月11日



     南砺の至宝展
     きょう開幕しました。

     会場入り口に
     展示した写真。
     111年前の珍しい、
     Mファミリーの
     記念写真です。


     バックの屏風が展示されています。
     中央に写っている、
     着物姿のジュニア。

     かの有名な政治家です。

     その娘婿さん
     98歳。


     この至宝展の
     出品者です。

     杖をついて、
     息子(72歳)のエスコート。
     111年前の写真と、
     出品の家宝を
     じっくりご覧いただきました。

     こういうタイプの
     お客さんが
     初めてですと言って
     来館されています。

     南砺の宝もの。
     それは、
     歴史を刻んで生きてこられた、

     こういう人たちでは
     ないでしょうか。


    

きょう9時半オープニングです。

2009年07月11日
 きょう9時半
 オープニングです。


 南砺 

 合併5周年記念事業で、
 南砺市の、
 城端2点、井波2点、福野2点
 平1点、福光2点と
 まんべんなく名品のお宝が
 大集合です。

 よくもまあ、
 南砺市には、こんなに
 文化財があるという、
 絵に描いたような
 珍しい企画展です。

 当館の女性学芸員が
 初めて取り組んだテーマで、
 彼女の才覚が
 いたるところで発揮されています。
 人材はいますねえ。

 広報と一緒に、
 一枚ずつ、
 無料招待券
 配布されていますので、
 ぜひ。

 10時半から、
 専門家の特別講演が
 おすすめです。

あとわずかで77777

2009年07月12日


   あとわずか65くらいで、
   
   

   踏まれたかた、
   申告ください。

   ご希望のテーマの
   富山写真語・万華鏡を
   お届けします。

   ラッキーセブンの5桁です。 

オオハンゴンソウ

2009年07月12日



      今年は、
      いつもより早い。
      オオハンゴンソウ

      北米原産、
      明治中ごろ輸入され
      いまは帰化。
      2メートルを越す。




      マクロレンズで
      拡大撮影。
      花床が、とても
      美しい造形。

      次第に盛り上がって、
      とうもろこしみたい。

      英名では
      コーンフラワーとも。

      とにかく、
      背が高くて繁殖力旺盛。
      庭中が
      占拠されている。   

連日満員。

2009年07月13日



      母校の
      吉江中学のロビー。
      ン十年前の
      自分の姿を発見。
      棟方志功の
      未公開作品の解説です。
      あすの
      新聞の記事予定。


 連日、
 おかげさまで、
 予想以上の人気です。
 南砺の至宝展
 土曜日、日曜日
 それぞれ300人以上の入館者。
 きょうも、
 南砺市の市民大学90人近く。




 南砺市全域から、
 初めて来館されたかたが多い。

 (何で?わかる)
 (お客さんの雰囲気、表情で)


 解説が丁寧なので、
 皆さんの見学の時間が長い。
 いつもとちがう雰囲気です。
 美術館+博物館の内容。
 欧米では、
 美術館も博物館も
 同じミュージアムで区別しません。





 実は、
 2階の常設展示で
 あの「燦雨」が
 数年ぶりに飾りました。

 ちょっともったいない。

 火曜定休

吉江中学で

2009年07月13日



       画像を
       パソコンで
       整理してたら、
       こんな写真が。
       福光の
       かけしょの前で。


 77777
 ありがとうございました。
 ぴいすけの母さん、
 ニアミス賞です。

 大雨警報。
 近年は
 集中豪雨型の
 梅雨が続くようになった。
 地球温暖化が
 こんなところに?

 都議選の結果。
 微妙な結果に。
 東京は、
 イメージで流れる街。
 無視はできないけれど。

 母校の
 吉江中学で、
 棟方志功の新発見。
 生徒たちと
 鑑賞します。 

川喜田二郎さん亡くなる

2009年07月14日



 2年半前、11月7日。
 ネパールのツクチェ村から、
 ダウラギリのふもとへ、
 南砺市の友好交流団の一行が
 カリガンダキ川を歩いていました。
 そのとき、
 出合ったキャラバンです。
 正面はダウラギリ(8100メートル)


 7月8日に
 文化人類学者の
 川喜田二郎先生が亡くなりました。
 享年89歳

 ネパール学の先駆者で、
 利賀村の友好姉妹村のツクチェ村
 そしてタカリー族の
 研究をされています。

 タカリー族は3万人くらいの
 いちばん小さな部族。
 しかし、ネパール一番の商才と
 チベットとインドの塩の道を
 結んだ優秀な人たちです。
 (万華鏡180号・塩の道、塩硝の道で特集)



 南砺市の訪問団を
 歓迎する、タカリーの子どもたち


 ネパールとの交流の
 基礎情報を提供された恩人です。
 一度、ネパール学会で
 お会いしました。

 むしろ、
 KJ法の創始者として有名。
 フィールドワークの
 情報整理学として、
 企業コンサルタントなどが
 今も応用しています。

 ネパールとの交流は
 過去20年間、主に観光to
 研修者受け入れの事業でした。

 南砺市の専門家グループによる、
 学術的な、
 友好調査団を組織しても
 良いのではないかと思います。
 (第1回だけだった)

 それくらい、
 貴重な情報、文化を持つ
 すぐれた人々なのです。
 信仰、農業、生活文化
 食生活、教育、民俗など
 南砺市からエキスパートが
 参加すれば、
 南砺市のためにもなる
 立派なレポートが出来ます。


 川喜田先生の遺志を生かすためにも。
 

ウイグル族の災難

2009年07月15日
 
 この春に
 カザフスタンへ。
 そのおり、道中で
 隣のウイグル族の
 パン屋さんに立ち寄った。




 人懐っこく、
 子どもたちがかわいい。
 焼きたてのパンを
 プレゼントしてくれた。

 南には、
 ウズベキスタンの
 ウズベク族。

 中央アジアは
 いろんな民族が仲良く、
 共存しているのを目の当たりにした。

 中国ウイグル自治区の
 ウイグル族と、
 漢族の衝突は、
 珍しく、国際世論もあってか、
 情報公開している。

 チベット族の弾圧の場合は、
 闇から闇へ。

 ちなみに、
 関係ないけど、

 中華人民共和国の国名の

 「人民」「共和国」は日本語です。
 「革命」も、明治期の
 日本で作られた。

 誇り高い漢民族が
 国名の3分の2が
 日本から輸出されたことを
 どう思っているのやら。

 いまさら国名を
 大国ともあろうものが、
 変えるわけにもいかないし。

 漢民族のプライドと、
 資源確保への執念は恐ろしい。



 ウイグル美人で〜す。

金守世士夫さんの米寿展

2009年07月16日


    きょう10時
    県民会館で

    金守世士夫米寿展
    
    棟方志功の
    ただ一人とされるお弟子さん。
    88歳でいまも現役。
    版画教室を続けておいでです。



    各界から
    お祝いに駆けつけて
    盛況でした。

    まだ20歳のとき、
    高岡から、城端線で
    棟方志功の住む、
    福光まで足繁く通い、

    米を持参して、
    奥さんが感激されたという。
    金守さんも
    貧乏の極致だった。

    棟方家では、
    金守さんだけ、弟子として
    認めている。



    今季の
    版画芸術誌は
    金守さんの特集号です。



    ひとくちに
    米寿と言っても、
    この道ひとすじです。
    次の卒寿(90歳)の
    準備をされています。

    富山テレビの
    カレンダーの仕事などで
    20年くらい
    ご一緒しました。

    奥様を交通事故で亡くされたとき
    「淋しいから飲もう」と、
    夕方、必ず電話がありました。

    まもなく、
    愛弟子と再婚されて、
    幸せな作家活動を
    続けられています。
    奥様にも久しぶりに再会。

    男は、
    一人では生きられない

    と、いう見本。




 

混迷の政治

2009年07月17日


 ニュースを見るのが
 いやになる。

 こんな時こそ、
 この人。




 南砺が生んだ
 偉大な政治家です。

 松村謙三

 その語録<花好月圓>から

 「――そこで今日
  政治に一番必要なことは
  青年の前途に
  火を燃えあがらせることで
  ありましょう。
  
  これ以外に
  政治の大眼目は
  ありません」


 ヨーロッパ、中国訪問を終えて
 昭和37年、11月10日の談話。

臓器移植のこと

2009年07月17日



       もう初夏?
       袴腰は、
       南砺のランドマーク。



 臓器移植 法案が通った。

 頭では理解できる。
 時間の問題。
 総論は賛成ではある。

 30数年前、
 最初の連れ合いが、急性の
 血液のがんで、一ヶ月で逝った。

 ほとんど交通事故。
 そのとき、
 主治医が別室で、
 医学の進歩のために
 原因究明の解剖を懇請された。

 頭では理解できる。
 でも、
 数時間前まで生きていた。

 親族のトラブルも
 解決していなかった。
 子どもは事態が飲み込めない。

 ぎりぎりの時間で
 自分が決断しなければならない。

 やっぱり、お断りした。

 故人とはいえ、まだ心の中では
 本人は生きている。

 日本人の宗教観と死生観。
 一種の文化。
 迷う。

 ただ、そうはいうものの、
 自分の場合は、
 せめて角膜ぐらいは役に立つかも。

 難しい問題。
 

公文書の保存

2009年07月18日
 先日の全国紙一面トップに、
 日本の外務省の公文書破棄の記事が。

 歴代の外務次官が引き継いできた、
 日本への核兵器持込許可の極秘文書。

 国のトップが、存在を否定してきた
 アメリカとの密約の一枚のペーパーである。

 沖縄の核持ち込み密約文書をめぐって、
 毎日新聞の記者がスクープして、紛糾し
 部数が激減してしまったことがある。

 アメリカはどんな秘密の公文書でも
 公開期限をつけて、封印、保存している。

 日本は情けない。



 斎田正雄さん。
 終戦時に旧東太美村の20歳そこそこの
 職員で、兵事係であった。
 のちに町の助役に。

 終戦とともに、名石工であった父と
 村の明治33年からの
 陸軍演習場の強制接収の公文書記録を
 石の大きな容器を彫って保存しようとした。



 現在もこの容器は、実家に残っている。

 陸軍の関係文書は、アメリカ軍の
 戦争犯罪追求の、
 目を逃れるため焼却処分を
 厳命されていた時代である。

 斎田さんは、数十年にわたる村人の辛酸が
 記録された文書を11冊に整理され、
 昭和の大合併のとき、
 町の図書館に寄贈・保管された。

 そのおかげで、半世紀を越えて、
 富山写真語・万華鏡200号(特別号)に
 「監的壕」として再録できた。
 (道の駅福光に販売、500円)



 長男の道男氏は、
 県庁へ入り、出世を重ね、
 公務員としては最高の副知事となり、
 最近まで、
 遺憾なく手腕を発揮された。

 副知事室でお会いしたら、

 「公文書は、住民の生活の記録。
  保存してこそ、後世に役立つ」
と。

 南砺生まれの親子2代、
 公務員の務めをかたくなに
 続けてこられた。
 

 


 






 

夏の花が咲いた

2009年07月19日



       きょうが土用。
       その3日目が土用の3番。

       一年でいちばん暑い日と
       呼ばれて、
       ねつ送り行事の根拠と
       今日まで伝えられている。
 
       稲熱病が
       蔓延する季節と重なる。

       南砺地方は、
       平野部の奥が深いところ。
       海風が届かず、空気が滞る。
  
       ネツ(イモチ病)は
       農民にとって、
       いちばん恐れられた。

       岩倉政治の名作に
       「稲熱病」がある。
       ねつ送り太鼓も出てくる。

 オニユリ
  

 庭に咲き始めました。
 日本原産とも、東アジア一帯とも。

 三倍体のために、
 種子で増えない。

 


 そのかわり、ムカゴ(珠芽)で
 繁殖するのは、ご承知のとおり。
 ミニ球根みたいで、かわいい。

 オニユリは、
 真夏の太陽に似合う。

 明日の朝刊で、
 東太美地区の記事が出ます。

南砺市のお寺は日本一。

2009年07月20日



 いよいよ、南砺の夏の到来。

  福光ねつ送り
 井波太子伝
 城端善徳寺虫干し


 瑞泉寺アーキビストの
 高橋延定さんから、いただいた資料。

 富山県の仏教系宗教法人数
 浄土真宗の比率72%
 堂々の日本一です。

 (石川70.1%、鹿児島69.2%、滋賀66.5
  熊本53.9%、広島51.3%、福井47.8%)

 さらに富山県内では、
 高岡69%、富山66%、砺波76%、魚津68%、
 南砺88%
 つまり、南砺市は
 文句なしに真宗王国中の
 王国なのであります。
 (道場は含まれていません)

 瑞泉寺、善徳寺という
 大寺の別院があるだけでなく、
 データ的にも証明されます。

 結果、
 歴史的にも、生活文化でも
 浄土真宗の存在の影響は
 日常的に
 無視できないものがあります。

 尊敬する、謙虚で立派な
 宗教人が沢山いらっしゃいます。
 (無意識に敬語になる)

 が、ごぼはんに
 注文をつけると非国民扱いに
 なりかねない環境。

 世界で評価された、
 映画「おくりびと」には
 宗教が登場しません。
 (仏教界ではショッキングな話題に)

 政教分離の建前がありますが、
 時代に即応した、
 社会と地域への貢献が
 宗教人にも期待されます。

 権威だけでなく、
 いま最も必要なこころの救いを。

 それがいい意味で
 誇れる南砺市に。
 
 
 

 

 

夜這いのこと

2009年07月21日



           総選挙に
          突入しました。
          熱い夏。


 はれあたまさんが、
 「婚外子」で、だめんずうお〜か〜の
 くらたまの妊娠で書いておられます。
 (まんがのファンです)

 最近、気分転換に?
 「夜這いの民俗学」(ちくま学芸文庫)
 いやあ、目からウロコ。
 実にアカデミックですなあ。

 100年くらい前まで、
 日本全国の農山漁村では
 夜這いが、
 当たり前だった。

 若い衆はそれで実技と
 学習をしたのである。

 それぞれ約束ごとがあって、
 きわめて自由で合理的。おおらかだった。

 当然、婚外子が生まれる。
 ちゃんと、誰かが認知して
 村は、みんなで育てた。
 後ろめたさはまったくない。

 村ごとに、若衆宿があり
 先輩がきちんと性教育をした。
 日本の1000年の文化なのに、
 明治政府が、近代化と称して
 ぶっ壊してしまったようだ。

キリン+サントリー(追補)

2009年07月21日



 ご承知、
 キリン+サントリー。
 「キントリー」という社名?
 勝ち組どうしで、
 さらなる合併劇が始まる。

 怖いのは、
 他の業種でも
 同じような動きが起きること。

 食品業界の世界企業の利益率はふたケタ。
 日本は2〜3%

 ビール業界を例に取っても
 寡占化、成熟産業。
 少子高齢社会では共倒れ。
 と、いってもトップ優良企業のこと、
 このままでも、
 数十年は大丈夫なのに。

 日本の企業は
 ほとんどガラパゴス状態。

 内輪だけで共存しているうち、
 世界に通用しない細部の競争だけ。

 日本製携帯が典型。
 細かい付加価値の競争ばかりやってて、
 世界では通用しない。

 日本は、ガラパゴス島のように、
 内部だけで進化をつづけるという、
 特殊な環境にある。
 (南砺もそうでないという
  保障はない…)

 トップ企業同士の合併は
 ビールの過当競争?をやめ、
 利益率を上げて、
 世界へ打って出ることが目的。

 全国のビール工場では、
 これから激烈なリストラをやる。
 そうしなければ、
 利益目標が達成できないのである。

 いろんな業種の企業などの
 アドバイザーしてきて、
 企業の論理と、
 従業員、消費者のギャップの
 大きさを痛感している。

 キントリー→金獲り〜?
 
 

残念!日食

2009年07月22日



 10時半に来客。
 話し込んでいて、つい
 タイミングを逃した。

 12時ごろ、
 木漏れ日にわずかに痕跡。

 中学生の頃、
 部分日食を体験。
 木漏れ日が、
 月の形に地面に映った。

 よ〜し、
 ン十年後に挑戦するぞ。

 

きょうは米騒動の日

2009年07月23日



 きょうは

 米騒動の日

 92年前、
 魚津の浜の女性たち
 40名あまりが、
 沖の蒸気船への米の積み込みに
 実力行使で阻止。

 それが富山日報、高岡新報の
 地方記者たちが、全国へ打電。

 全国紙のジャーナリストたちが
 呼応、連携して
 全国規模の運動になり、

 とうとう当時の内閣が倒れました。
 とやまの女性と、
 気骨のある地方の新聞記者の力が
 日本の民主化、社会福祉の
 原動力になりました。




 当時の米蔵が
 かろうじて残っています。
 保存と利活用にと
 NPOをつくって、
 行政などを動かしています。
 とりあえず、
 3000万円で、
 屋根の修復をします。

 (60年安保で
 連日国会を10万人が取り囲んでも、
 岸内閣は倒れませんでした。)

 とやまの浜女房と、
 ジャーナリストの力が
 内閣を総辞職させた。
 日本を大きく変えた。

 米騒動は
 とやまの誇りなのです。

 武蔵野市へ
 友好交流事業打ち合わせに
 行ってきます。
 


オバマが好き。

2009年07月24日



     みんなが騒ぐと、
     しらける、困った性格。


     テレビで、
     世界のトップリーダーの
     評価が放送された。

     ブッシュのときは問題外だったが、
     オバマは世界でトップ。

     プラハでのスピーチ。
     「唯一、原爆を使用した国として、
     核廃絶の責任がある」

     歴代米大統領で、
     だれもいわなかった、
     こんなメッセージを
     初めて演説した。
 
     日本にとっては重い。




     もうひとつ。
     アメリカは
     世界同時不況の元凶。

     アメリカ国内は
     ご承知の通りの深刻な
     100年に一度という、
     経済状態である。

     アメリカがくしゃみすると、
     肺炎になる日本は、
     もっと厳しい経済環境。

     オバマは、
     こんな時だからこそ、
     教育と
     文化の予算を増やす
という。

     心の豊かさが優先するという。
     未来への投資とも。 

     日本は、
     真っ先に減らしている。


     アメリカは嫌いだけど、
     オバマは好きという矛盾。

     コラム「南砺風土記」に、
     小西宗右衛門さんを載せました。

     

不朽の画家ゴーギャン展

2009年07月25日


 
 東京で、
 ゴーギャン展を見た。
 朝、開館と同時に飛び込んだが
 もう人でいっぱい。

 タヒチでの最晩年の遺言のような
 大作が今回のメインである。

 文明に毒されていく、
 人間とはなにかを追求しつづけた。

 約100年前に、
 54歳で南洋の島で亡くなる。
 薬物中毒の
 ほとんど、のたれ死に。

 ゴッホなどと
 共同生活した、後期印象派。
 日本人にも人気がある。

 ゴッホもゴーギャンも 
 生涯で、売れた絵は数点。

 棟方志功が、
 南砺市に暮らしたころと、
 状況はほとんど同じ。

 ムナカタを語る人たち。
 その父親たちは
 当時、棟方志功を軽蔑していた。

 後世有名になると
 とたんに、手のひらを返したように
 棟方とのかかわりの自慢や、
 作品の知識をふりまく。

 しっかり儲けた人もいて
 人の世のあわれを感じる。

 世界の巨匠の生き方と、
 その代表作。
 いつも、
 眺めていて切なくなる。

 富山では
 鉛筆の細密画を描き続けた
 頭川政治さんがそうだった。
 いっしょに飲んでも
 心が洗われたような気分が残った。

ねつおくり七夕まつり速報

2009年07月26日



 2時ごろ、すごい豪雨。
 去年の再来かと思われたが
 なんとか太陽光が。


 本町で、みなさん出番待ち。

 なんで、この人。

 はるばる、郡上おどりが。

 ことしは
 浴衣姿の若い娘が
 めちゃいっぱい。
 来年から、もっと奨励を!

 駅前では、
 まつりの原点、
 ねつ送り太鼓が心地よかった。

 やっぱり、コレ!

 若い女性が集まる。
 オトコが集まる。

 ゆかた姿は、
 ねつおくり七夕まつりに
 よく似合う。





五箇山の原風景検討委員会

2009年07月27日




 きょうも、ひどい天気。
 利賀の百瀬川は濁流がいっぱいに。
 夕方、高岡駅でも
 すごいカミナリ。
 剣岳の夕景、そして薄暮。




 午後から
 利賀行政センターで、
 山村の原風景「五箇山らしさ」
 ガイドライン検討委員会
です。

 20年度に引き続き、
 ことしも取り組みます。

 五箇山全体の魅力は何か、
 すっかり顔なじみの
 メンバーが、撮影した写真の
 検討会です。

 合併したからこその、
 「五箇山はひとつ」と、
 その魅力を探るプロジェクトです。

 これまでにない、
 いろんな、すばらしいアイデアが
 続出しました。

 次には
 外国人のメンバーも
 参加します。

 将来を見すえて、
 これからの時代に先がける
 五箇山の、南砺の、
 新たなるシナリオを模索中です。

善徳寺の虫干し

2009年07月27日


   あわや、と
   思わせる豪雨。
   医王山の雨上がり風景です。



   
   善徳寺本堂。
   信者がぞくぞくと。




   お目当てはこれ、
   虫干しと称する宝物展。
   9つの部屋に分散して、
   期間限定、ミュージアムである。
   城端の文化の地下水脈を
   肌で感じる。
   じっくりと、初めての拝見。

   惜しむらくは、
   若い人たちへのアピールの
   工夫が必要になろう。




   伝、豊臣秀吉の
   枕屏風。源平合戦の図。
   武将たちが、常在戦場を意識してか。
   非常に完成度の高い、
   逸品である。
   現在、開催中の美術館の
   2点の源平屏風と
   併せてご覧いただきたい。




   おなじみ、山門で
   あんころ娘さんが、がんばって。
   夏の風物である。





米価大幅下落か?新潟では。(追補)

2009年07月28日



 出穂の時期。 

 長雨と低温が
 いろんなところに影響。

 24日付けの
 全国農業新聞によると、
 このところ、最高値をつけてきた
 新潟産コシヒカリが(魚沼含む)
 2000円値下げして、
 14,000円台の大幅下落。

 それでも売れない。
 次年度へ在庫持ち越し確実。

 原因のひとつは、生産者・出荷業者との
 直接取引で、販売業者が
 十分すぎる在庫があるため。
 つまり、米余り。

 流通業界に激震が走っている。

 これは新潟だけでなく
 全国のブランド米価の足を引っ張るのは
 間違いないという。

 評価が上がってきた富山産米にも
 波及しかねない。

 影響が大きいからか、
 大手マスコミは報じない。
 
 選挙の争点に不利だから
 政治は取り上げない。
 こんな時こそ、 
 議論すべき重大な話なのに


 景気対策や
 マニフェストでは、
 おいしいバラマキのことばかり。

 この国の農業に
 理念も哲学もない不幸。

 平成の米騒動にならねばいいが。

 

7月の日照時間半分、雨量2倍。

2009年07月29日



 9年前、
 中山間地直接支払制度ができました。
 おおむね、半分は地域の公的な事に
 使いなさいというだけで、
 ハードでもソフトでもいい。

 実に使い勝手のいい補助金制度でした。
 農政としては、珍しい、いい施策です。
 その審議会委員やってました。

 結果、五箇3村では、
 これを機に農業公社を立ち上げて、
 耕作放棄地恢復に、
 「みんなで農作業の日」を展開します。
 五箇山地域のこの事業が
 全国から注目されています。

 子どもたちには「食育」
 地元には地域活性化。
 地球環境的には、
 山村の森を守る。

 しかし、一年前の集中豪雨で
 山林が荒れていることが
 証明されたことになる。

 この7月は
 富山は日照時間は半分。
 降水量は2倍。
 どこか異常を実感する。

続けて、米の話。

2009年07月29日



 すっきりしない天気。

 先の、米価の続き。
 新潟のトップブランドが
 2割近く値下げしても、
 まったく売れない。

 在庫過剰なら、
 また、減反問題が再浮上。

 ところが、
 今年の冷夏、長雨で
 東北、北九州が影響して、
 (北陸も)
 減収の可能性強い。
 品質も低下。

 WTOでも外圧のニュース。
 結果、米価の乱高下。

 基幹産業と化した、
 クルマ産業を保護することと
 引換えの道具が、米の輸入自由化。
 食料自給率が後退します。

 踏んだり蹴ったり。
 そういうときに、
 流通では投機問題が必ず起きます。

 92年前の米騒動で、内閣が
 ひっくり返ったのも、米投機が原因。

 当時は米が生活の基盤。
 現在は、農山村を守る基盤である。

 どっちに転んでも、
 日本の農業・農村の未来が暗くなる。
 困ったことです。

 松村謙三さんは、
 どこかにいないの〜
 

優勝おめでとう!

2009年07月30日



 すごい決勝戦!

 120年のおめでとう!

 15:25

里芋の 粘りがモノ言う 甲子園

2009年07月30日



 優勝が決まった
 その瞬間です。
(NHK)
 当然、テロップ文字を
 準備してあったでしょうが、
 優勝が決まったのと、
 ほとんど同時に、このスーパーが
 画面に出ました。

 そして、夕方に
 富山駅で北日本新聞の
 号外が配られて。
 珍しいことです。 


 里芋の 
 粘りがもの言う 甲子園


 日本一!バットの里から 
 かっ飛ばせ!


 中継で、
 スコアボードをご覧になったと
 思いますが、
 私がデザインしました。

 富山市民球場
 アルペンスタジアムの
 ネーミングも選定。
 
 アルプススタンドから、
 北アルプスが一望にできることから。

 現地で、太陽の角度を検討。
 薬師岳が視角に入るように
 スタジアム全体を
 5度ずらして、建設してもらいました。

 モニュメントは
 南砺市の横山善一さんに
 お願いしたのが懐かしい。

 球場建設特別委員してました。
 野球はさっぱりわからんのに。

 人工芝だけは残念。

どこへ行っても南砺福野の話題

2009年07月31日



  早朝NHKのスポーツニュースで
  全国放送で、きのうの
  南砺福野の活躍が特集されていました。
  朝日の全国版でも大きく。
  
  朝9:30
  水墨美術館の

  大名家秘蔵の

 名刀展オープニング


  なんとブログの
  曜変天目さんが
  実質的に総合プロデュースされた、
  すばらしい内容の名刀展です。

  東京から見えた
  大手新聞社の文化部の偉いさんも
  質の高い企画展であると、
  熱心に鑑賞されていました。

  プロちゅうのプロが褒めていました。

  よく知っている業界人が
  ほとんど見えていましたが、
  展覧会の話題に加えて、
  南砺福野高校の優勝が
  どこでも話題になっていました。
  鼻が高いです。

  このあと、
  どえらい金がかかるだろうなと。
  なあん、大丈夫やちゃ。
  こんなアカルイ話やもん。と。




  テクノホールの
  ボリショイサーカスを
  久しぶりに。



  猫と犬の芸は
  人気があります。

  クマに続いて
  圧巻は12頭の虎の曲芸。

  やっぱり、ホンモノはいい。





作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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