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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

南砺市と男女共同参画−?

2009年06月01日



 南砺
 男女共同参画


 前回は、
 かなり否定的な、悲観的な
 南砺の実情を述べたが、
 別の角度から、眺めてみたい。

 野村玉枝
 
 つい先日に
 97歳で亡くなったばかり。

 明治44年に、立野ヶ原の端
 旧西砺波郡東太美村大字土生新
 字矢留に
 吉井藤三郎の四女として生まれた。

 小学校を主席、皆出席で卒業。
 兄弟は、東大をはじめ、
 ぜんぶ一流大学卒、大会社トップや、
 女兄弟は女子師範卒でみな教職に。

 母親は、子どもを寝かしつけるとき
 小倉百人一首を暗誦させたという。
 玉枝さんは、
 小学校のときから短歌をつくっていた。
 
 詳しくは、富山写真語・万華鏡の
 200号記念号「監的壕」に
 特集されている。
 (なんと一服茶屋・道の駅で販売500円)

 また、このコラム「南砺風土記」の
 早い回に紹介している。

 結論からいえば、 
 終戦間際、全国のベストセラーに
 また、レコードになった歌集を
 出版し、
 戦後、福野高校で
 多くの人材を育てた。

 作家の岩倉政治に認められ、
 棟方志功が疎開中の文化サロンの
 いつも中心にいた。

 芸術文化で、
 南砺市を輝かせた
 素敵な女性であった。


 ありふれた、
 農家出身でありながら、
 母親や姉の薫陶で巣立っていき、
 一時代を駆け抜けた、
 そのあかしは、
 棟方志功記念館「鯉雨画斎」の
 画室の屏風に
 数十人の文化人のサインの
 筆頭に記されている。

 第二の野村玉枝が活躍するとき、
 南砺市の男女共同参画も、
 きっと大きく前進しているだろう。
 

東京へ、おしっこしに。

2009年06月02日
    われながら品が良くないなあ。
    
    いや〜で、厄介な仕事が、
    なんとか片付いたので、気分転換。

    つばきさんではないけれど、
    山と渓谷発刊の「剣岳」特集を買う。
    どのページも、すごい剣だらけ。




    定番。銀座の夜回り。
    資生堂のウインドウです。
    これは、なんでしょう。






    そう。
    数千本の口紅で、
    デスプレイされています。
    むかし、
    こういう仕事もしてました。
    20代。夢おおき青春の
    楽しい職場でした。

    婦人雑貨、洋装店の
    飾り付けがうれしかった。




    朝早く、
    上野駅へ向かう。
    駅のなかで、すでに
    数百人の行列が。
    このぶんでは、
    会場の前には数千人が
    並んでいるでしょう。


    奈良・興福寺の
    阿修羅展が東京上野の
    国立博物館で開催中。

    馬鹿らしくなって、
    JRの指定券を変更し
    すぐ帰ってきました。
    
    開館まえに、すでに2時間待ち。
 
    奈良の興福寺で見たとき、
    これらの仏像は全部ありました。
    観客は1〜2人もいただろうか。
    棟方志功も手本にした、
    釈迦十大弟子も、阿修羅像も
    ゆっくり拝観したことがあります。

    どこか、変ですね。東京は。
    






ウズベキスタンの首都

2009年06月03日



    こんど、サッカー試合の
    行われる、  
    ウズベキスタンの首都
    タシケント。

    先日、1日滞在しました。
    信じられないほどの、
    緑の楽園です。
    草原の国のオアシス都市で、
    200万人が住んでいます。
    かつて、
    あの三蔵法師も訪れました。



    この国立劇場は、
    日本人の抑留者が建てました。
    シベリアから、
    回されてきた人たちです。



    タシケントの
    大きいバザールです。

    オアシス都市は、
    バザールの原点です。

    余談ですが、
    中央アジアでは、
    ウズベスタン航空が
    いちばん大きい。
    大抵中央アジア行きに利用されますが、
    機内食はいまいちでした。


 

南砺に?幻の名刀が。

2009年06月03日
    曜変天目さんのブログで、
    日本刀の知識が
    それなりに深まりました。

    江 義弘(ごう・郷とも)
    28歳で亡くなった、
    富山県・魚津松倉の刀匠です。

    日本の3大刀匠で、数が少ない。
    この刀はほとんどが、
    国宝か、国の重要文化財。

    信長、秀吉、家康、前田など
    大大名しか入手できなかった。



    「江と幽霊を見たことがない」
    と言われるほど、
    幻の名刀です。

    南砺市の曜変天目さん。
    美術刀剣の専門家。
    先日の30日、
    魚津の松倉で講演されました。

    そして、
    20万石以上の大名しか
    見ることのできなかった、
    江のホンモノを
    実物紹介、講演されました。

    松倉はその刀匠のふるさと。
    それだけに聴くほうも
    実に熱心でした。



    何よりも、
    江 義弘について、
    わからないことだらけで、
    本もありません。

    南砺市の曜変天目さんが
    いちばんの専門家です。
    いいお話、
    ありがとうございました。

 

南砺の男女共同参画−?

2009年06月04日


      廃校の木造校舎。
      窓の外に、ゴミグモが、
      せっせと網を新調していました。
      終わったら、
      ぶら下げた食べかすのゴミに
      身を隠します。
      自分の色、かたちまで
      ゴミそっくりの擬態がみごと。




 南砺市の
 


   南砺市の、
   男女共同参画は、特異です。
   しかし、市民はそれほど
   不自由を感じていない。

   その理由は、
   金沢文化の色濃い地域だから。
   歴史的な経緯、価値観。
   金沢と双子に近いからでしょう。

   金沢だけでなく、
   さらに源は京都です。

   女性がイニシアティブを取ることを
   極端に嫌います。
   (砺波市もまったく同じ)
   男女共同参画の理念と、
   180度の開きがあります。

   たとえば、金沢の茶屋街。
   男性の天国です。
   数十人の芸妓さんは、みな独身。
   スポンサーがいます。
   
   彼女たちの生き甲斐は、
   旦那を「男にすること」と
   胸を張って言います。誇りなのです。
   女は、子どもを生んで、
   家庭を守るのが役目―なんて、
   100年前の価値観が生きています。

   噂では、富山の経済人が、
   地元で遊べないから、金沢へ、
   なんて話をよく聞きました。

   富山市にもお座敷文化を、と
   主張している人も多い。

   そんなに強烈ではないけれど、
   影響の残る、南砺の風土で
   男女共同参画の事業をすすめるのは
   たいへんな苦労だとお察しします。

映画「剣岳」の気になるところ。

2009年06月05日



     いよいよ映画
     「剣岳」のPRも佳境。

     前に木村大作監督に
     パーテーで出遭った。
     その粗野なふるまいで嫌いになった。

     30年前、
     北陸銀行の100周年記念で、
     1時間もののドキュメント映画
     「風土記北陸」の
     現地プロデユーサーをしたことがある。
     (文部省特選に)
     当時の奥村名カメラマンの弟子が
     この木村監督のはず。

     奥村カメラマンとまる2年間、
     北陸ロケをともにした友人。
     映画の魅力を教わった。
     カメラマンが監督になることは、
     極めて珍しい。それだけに、
     映像がとてもすばらしいだろう。

     木村氏の経歴を見て、
     考えが変った。
     カメラのレンズで
     剣岳をどう撮るか。
     空撮も、CG(コンピュータ
     グラフィックス)を使わない方針。
     いまどき、大変な映画づくりである。

     監督みずからカメラを廻す。
     映像美に期待したい。
  
     
 

ねつおくり七夕祭り

2009年06月06日


       夏は来ぬ〜♪
       愛染苑の前庭に、
       卯の花が盛り。
       ミツバチが
       せっせと仕事です。



  第53回ふくみつ
  ねつおくり七夕祭り
  実行委員会開催


  7月21日が土曜の三番。
  24日(木)〜27日(日)が夜店。
  伝統ある、イベントも
  いろいろ変わってきました。
  最初の頃は、
  城端線に臨時列車が
  走っていたこともあります。

  今年からは、
  参加型イベントとして、
  各町内ごとの催事が増えます。
  いろんな行事がびっしり。

  「なんとめでた花火」
  25日(金)の20:30〜です。
  私も、ポケットマネーで参加。

もう稲刈り?

2009年06月06日



   日本の最南端、
   八重山諸島の西表島。
   何度も行きました。

   きょうのメール。
   そろそろ稲刈りです。

   ついこの前、
   南砺市の相倉で田植えをしたのに。

   そういえば、インドネシアの
   バリ島へ
   棚田を見に行ったとき、
   稲刈りの横で、
   田植えをしていた。

   きょう、
   某新聞社から、
   南砺市の
   「みんなで農作業in五箇山」の
   プロジェクトの取材があった。

   最近、この取り組みが
   全国区になりつつある。

   カルチャーとは
   「耕す。文化」が語源である。
   と、若い記者にのたまわく。

   まずは、耕すことから
   すべてが始まる。

   JAのAは
   アグリカルチャーの頭文字。
   アグリは大地。
   カルチャーは文化。

   JAさん、
   農業は、あなた方は、
   文化の一翼を担っているのですよ。

17年半という時間

2009年06月07日


        どくだみの花
        名前でイメージが悪い。
        薬草だし、
        花をアップで撮ると
        ほんとに清楚。




   菅家さんの
   えん罪事件


   イメージ(思い込み)が
   独り歩きすると怖い。

   どくだみ程度ならかわいいが、
   えん罪となると、
   許されない。

   戦前の、治安維持法という、
   とんでもない悪法で、
   横浜事件がでっちあげられた。

   戦後でも、
   松川事件、白鳥事件と、
   イデオロギーがらみの
   えん罪事件が続いた。

   近年では、
   性犯罪が主となってきた。
   痴漢の誤認逮捕など。

   警察の肩を持つわけではないが、
   それなりに仕事への
   使命感が、輪をかけたのだろう。

   ちょっと変だなあと思うのは、
   国選でも、弁護人が
   当時はついていたはず。

   どうして17年半もと、
   思うのは自分だけだろうか。
   現代版、レ、ミゼラブル。

   マスコミが増幅する
   イメージというのは
   恐ろしい。
   両刃の刃。
   

利賀村の観光のこと

2009年06月08日



       いま、バラの花が
       庭中が満開。
       これは、挿し木で
       大きく育った。
       つるバラなどは、
       野生的で、魅力がある。



 ちょっと気になる。

 利賀村観光

 利賀村の変遷におつきあいして、
 かれこれ30年近い。

 ブログや新聞でも紹介された、
 東海北陸道の開通で、
 利賀村の観光客に変化がない。
 ちょっと、ショッキング。

 かっては、年間40万人を超えていた。
 演劇や、ソバの
 ちょっと過激なテーマパークのような  
 ユニークな村であった。
 (過去形にしたくない)
 実際には、全国からの
 がんばる村の視察団が半分を占めた。
 合併で、そのぶんが消えた。

 深刻な過疎が続いていたころ、
 村の生存をかけて、
 日夜苦労した若者たちは、
 みな、高齢者の仲間入りしてしまった。

 当時と今と、
 環境は大きく違っているが、
 村民のひたむきさに応えたのが、
 多くのブレーン(利賀ファン)たちの
 存在があったように思う。

 人形劇団主宰者、演出家、舞踏家
 洋画家、民俗学者、歌人、華道家
 世界的ソバ博士、霞ヶ関のお役人。
 出合った人だけで10人を超える。
 壮観というしかない。

 いづれも、当代超一流の
 感性と情報を持った人たちばかり。
 その創造性(クリエーテイブ)が
 世界のТOGAを
 作り上げたと思う。

 現実的には、公共事業と、
 補助事業に頼る村の体質は変らない。

 これまで成功してきた、
 利賀村のビジネスモデルは
 はたして通用しなくなったのだろうか。

 私見であるが、
 このあと、考えてみたい。
 皆さんのご意見も歓迎します。

 
 

利賀村の観光−?

2009年06月09日


        ハマヒルガオ
        朝鮮朝顔とも。

        とにかく、生命力が強い。
        花は、清楚で気品がある。

        どこか、
        利賀村をイメージする。




 ちょっと視点を変えて。
 利賀村の新住民

 観光旅行の醍醐味は、
 その土地の人との出会いである。
 人は人に会うために
 旅をするようなところがある。

 かって、利賀村の
 むらおこし視察団が殺到したとき、
 村のキーパーソン
 (鍵となる人物)たちに、
 直接語り合いたいというのが、
 いちばん多かった。

 グリーンツーリズムの
 全国大会を昨年担当したとき、
 その感を強くした。

 10数年前、新住民になった、
 ある家族がある。
 直接聞いた話。

 小さな子どもが、
 家のなかで事故を起こし、
 運悪く亡くなった。

 町の病院まで遠く、
 手遅れになったのかと悔やんだ。

 が、
 葬儀には、200人もの
 村民が駆けつけた。
 だれひとり、親類がいない。
 まだなじみの薄い新住民の身で、
 子どもの不幸をうわまわる、
 それは感動だったという。

 自分のような者を
 こんなに心配してくれる人々。
 村に永住する決意をした。

 似たような話をいくつも
 実際に聞いた。

 利賀の自然の厳しさは、
 想像を絶する。
 ひらばの住民と比較して。

 人と人の思いやり。
 それに、ぞっこん参って、
 利賀ファンになった人は無数。
 (私も、及ばずながら)

 利賀村の観光戦略を考えるとき、
 利賀に生きている人の、
 魅力
こそが、
 最大の観光資源ではないかと思う。

利賀村の観光−?

2009年06月09日


       自宅から見える、
       剣岳の雄姿です。
       昨日の北日本新聞
       12面に、特集。
       2年後、日本山岳連盟として、
       民間で初登頂したのは、
       あの日本画家・石崎光瑤です。
       たしか、河合良成も。
       映画には、まったく出てきません。
       立山博物館で紹介中。
       南砺市の男たちが
       一番乗りしたのですぞ。  



 ところで、続き。
 利賀村の観光−?

 利賀村のソバによるむらおこし、
 ネパールとの国際交流。
 内外に衝撃を与えて、いちやく
 地域活性化のモデルとなった。

 このころから、
 村では、おかしなことが起きはじめる。

 怪しげな人種が純朴な村人に
 巧みに取り入りはじめたのである。
 流れ者の品のない自称芸術家、作家、
 うさんくさいコンサルタントの群れ、
 リゾートホテルの売り込み、
 ゴルフ場騒動まで、枚挙にいとまがない。
 公費で個人記念館などが続々と。
 ちゃんとした議論もなしに、
 施設は競うように、
 どんどんオープンしていく。

 これまでの、貴重なブレーンは
 頭に来て、村を離れた。
 
 村民の10人に一人が村の職員。
 バブルは、この村でずっと続いていた。
 合併後の苦しみは、
 その後遺症であろう。

 国の補助金は、国民の血税のはず。
 予算がついたら、自分のもの、
 という発想は、深く染み付いている。
 1世帯あたり、億を超える。
 夕張市のことを笑えない。

 せめて、
 最初に利賀村の鉱脈を発見し、
 半定住しながら、人材を育て、
 村にアドバイス続けた、
 洋画家の金沢佑光さん
 もっと大事にしていたら、
 今日の事態を招かなかっただろう。

 利賀村の観光客の減少は、(かっての栄光は)
 人材の起用の問題であろう。
 去るものは追わず、
 来るものは、だれでもいい、
 という、村の哀しい体質がある。

 ならば、
 どんなシナリオが考えられるだろうか。
 

利賀村の観光−?

2009年06月10日



        鵜飼さん。
        日本一のそばうち名人。
        全国2万軒の
        うどん・そばのお店や
        業界団体の組織、
        日本麺類業協同組合の会長。

        東京は上野の名門、
        藪そばのご主人。

        あの、世界そば博覧会にも
        名人館で腕をふるい、
        素人ソバ打ち最高段位の
        認定大会にも、利賀村へ。
        利賀ファンの一人です。



 利賀村を
 一夜にして世界のTOGAにした
 最大の功労者は
 鈴木忠志とSCOTでしょう。

 演劇は「うそ」の世界です。
 なのに、人を感動させる。
 芸術・文化は古今東西そうです。
 日常生活には、なくても支障はない。
 でも、なければ生きている甲斐はない。

 ここんところが、
 利賀村民にとって認識が弱い。


 舞台芸術は、
 利賀村の広告塔の役割でも
 大きな貢献をしています。
 利賀村へ来ないと、
 演劇の業界のモグリにされます。

 そばは「ホンモノ」の世界です。
 日本の、世界の食文化です。
 全国の、むらおこしに
 大きなインパクトを与えました。
 そばの研究者、生産、流通、麺類業者
 消費、すべてのトップが
 利賀村を聖地として、駆けつけます。

 演劇という「虚」と
 そばという「実」とが
 ない交ぜになって、いまの利賀の
 イメージがあります。

 観光戦略を考えるとすれば、
 この性格、スタンスの極端に違う、
 2つのテーマを柱とし、
 磨きをかけることが必要でしょう。

 いろんな施設、イベントに
 エネルギーを使ってきたけれど、
 残ったのはこの二つだし、
 高齢化、限界集落にとっては
 相当の負担になっています。

 なんでもやりたがる村民性。
 しかし、演劇祭とそば祭りだけに
 エネルギーを集中すべきでは。

 また、基礎体力の乏しい現在、
 村民だけでは自立は不可能です。
 都市住民の支援、参加が
 欠かせません。
 ほっとけば、自然死の道しかないし。

 この面では、
 武蔵野市や出身会(母村ネットワーク)などの
 ノウハウを持っている村です。
 大きな財産です。

 また、
 観光資源は、そばと演劇だけでなく、
 「人」「自然」「文化」の
 利賀村ならではの発掘が必要です。
 どこかの真似だけは避けたい。

 具体的には、次に。
 

  

 



 

利賀村の観光−?

2009年06月11日
    きょうの北日本新聞に、
    26ページ、
    「ふるさと風土記」山里を訪ねて?
    グリーンツーリズムの話に   
    私の記事がちょこっと、出ています。




    ツバナ。茅花。チガヤとも。
    若い芽は白くて
    甘いので、おいしい。
    土手に咲く花は、いまが美しい。
    万葉集にも登場。



 「辛口のブログ、
  見てますよ〜」
 利賀村在住の職員が、にやりと。
 ありゃ〜

 利賀村気質

 むかし、利賀のむらおこしのとき、
 村民から注意を受けた。
 利賀村は、バクチ好き。飽きっぽいぞ。

 利賀村は過去3回、
 おいしいバブルを経験している。
 1、幕末にかけて、塩硝の大量注文で潤う。
   合掌造りが、その名残り。
 2.戦中戦後の燃料不足。
   薪と炭で、毎年家が新築建てられるほど、
   めちゃくちゃ儲かった。
   日本中苦しいときに。
 3.ご存知、昭和から平成へ。
   バブルの絶頂期。
   国からの補助金が近隣の町の、 
   一人当たり、10倍も。うはうは。 

 プラスに作用すると、
 挑戦すべきテーマに遭遇すれば
 一致団結、突っ走る。
 その破壊力は、はんぱでない。
 野外劇場、そばの郷、
 ネパールとの国際交流。などなど。

 男も、女も迫力がある。
 村外からのお嫁さん獲得90%以上の打率。
 (能登は、あちこち1万人の町で、
  40歳以上の農家の長男で
  お嫁さんのいないのが
  400人ほども存在した。)

 ただ、人口4000人時代の
 村の組織が、
 800人に減っても温存されている。
 したがって、一人あたりの役職が
 いくつも重なり、多忙なことこのうえない。

 観光などで、新しい活動を展開するとき
 既存の組織の統合、一元化しないと
 本来のパワーが発揮できないだろう。

 とにかく、この村の人たちの
 クルマにはバックミラーがない。
 ひたすら、目標に走る姿は
 脅威というしかない。
 よく、「走りながら考える村」だと
 顔を見合わせて笑ったものだ。

 プラス思考で、村民気質を活かせば
 村もまた輝くだろう。

 ときには、くぎりをがついたとき、
 後ろも振り返ってほしくなる。


 

利賀村の観光−?

2009年06月11日



      昨日10日の4:00〜
      知事を座長とする、
      地産地消県民会議。

      直売所という一方通行ではなく
      「朝市」のような
      生産者と消費者の
      顔が見えるふれあいの
      姿勢が大事ではないか、と発言。
      どこまで、伝わったやら。

  

 手抜き観光

 利賀に限らず、
 五箇山全域にいえること。
 民宿は数あれど、
 自活できるのは限られている。
 人手不足と、高齢化。
 サービスは行き届かなくなる。

 しかし、時代が求めているのは、
 滞在型、体験型、小グループ。
 ときには、シングルの部屋を注文。

 ギャップが多い。
 そこでの提案、
 「手抜き観光サービス」という発想。
 お客さんには、
 最低限度しか、お世話しない。
 勝手に自分でどうぞ、という
 スタイルであるが、
 ヨーロッパのバカンスの形態は、
 実は、これが主流。
 自分で買い物をし、調理する。

 ワーキングホリデーという
 農業などの手伝いをする。

 もっと魅力があるのは
 軽登山、つまりトレッキング。

 現在、南砺市山岳連盟などで、
 「道宗道」の整備が進んでいる。
 歴史とロマンのある、
 物語のあるトレッキングコースである。

 利賀村も含めて、
 五箇山を、日本一の
 トレッキングの聖地に
できないか。

 地元のガイド、
 民宿への波及効果。
 滞在日数や、リピーターも
 大いに期待できる。

 ネパールと親戚の、
 世界の利賀ではないか。
 世界一のトレッキング先進地と
 兄弟ではないか。
 (タカリー族はすばらしい人たち)

 利賀だけでは手に負えない。
 南砺市民が、
 五箇山のトレッキングの
 フィールドに活用すればいい。
 
 中高年の軽登山の人口は
 すごいものがある。

利賀村の観光−? 追加

2009年06月12日
       
        昨日、城端行政センターで
        みんなで農作業の日
        in五箇山の
        実行委員会が開かれた。

        5年目を迎え、 
        中間総括の段階である。
        内外から取材が入る。
        合併の
        シンボル事業に育ってきた。

 


 ずいぶん長い連載に。
 観光の魅力は「食」

 いうまでも無く、
 利賀村はそばであり、 
 そば祭りである。

 食文化での地域おこしが
 大成功を収めて以来、
 利賀村の顔になった。

 それ以外にも、
 民俗学的にも五箇山は
 食文化の宝庫である。

 最大のものは、報恩講料理。
 日本一の精進料理であろう。

 村へ来たよめはん。
 「ほんこさまと聞いたら、ぞっとする」
 その準備の大変さ、
 後片付けの大変さ。
 食べる分には豪華で、美味しいが、
 作るほうは、かなわん。




 観光旅行の楽しみは、
 食文化の体験が大きい。
 そば、報恩講料理についで、
 新たな通年メニューがほしい。

 そこで登場したのが、
 五箇山おやき。
 富山県では、おやき文化はない。
 信州、東北ではメインであるが。

 ふるさと財団がここに目をつけ、
 新規開拓のメニューとして、
 おやきに挑戦した。

 利賀村の凄みは、
 なんでも中途半端にしないこと。
 北陸にネットするマンテンホテル。
 その総料理長を起用した。
 利賀村出身、上平へ養子に行った
 江向博保さんである。

 世界料理オリンピックで、
 堂々の銀メダル獲得の腕前。
 こういう人脈を見逃さない村である。

 地元の食材で、地元の熱心な
 おばちゃんグループが、特訓。

 おやきの具は、
 ウドのきんぴら、クグミ、ひき肉
 伯爵かぼちゃ、切り干し大根、
 さらに、おからも追加。

 もちっとして、香ばしくって、
 ふるさとの味が口いっぱいに広がる。


 村のイベント、県外PRキャラバンなど
 どこでもすぐ完売してしまう。

 利賀おやきでなく、
 五箇山おやきにしたのは、
 合併したのだから、
 五箇山ブランドにという願いがある。

 地道であるが、
 観光の資源作りへの努力である。

 こんなところは、抜け目のないのが
 利賀村なのである。


利賀村の観光−?

2009年06月13日
      鳩山総務大臣。
      「辞任」の発表から、
      3時間後には
      「更迭」の報道に。
      なんだか釈然としない。
      だれの意思なのか、
      180度表現が変った。


      ツルバラの花。
      ほんとは小さい。
      繊細な色彩がいい。
      挿し木から育てた。

      

 利賀村の観光と
 ターゲット

 
 平地区の民宿のおやじさん(故人)
 「利賀村ちゃあ、政治家使うて、
  鉦太鼓たたいて、人を呼ばんならん。
  平は、なあんもせんでも
  人は来るちゃ」

 ある面、言い当てている。
 イベントや、人脈を総動員して、
 誘客をはかる。
 しかも、
 どこにも前例の無いコンセプトを
 きちんと構築して、発信するから、
 インパクトが大きい。

 3代前の副知事さん。
 「利賀村ばかり、肩入れしていない。
  でも、優れた企画を提案してくる。
  他の自治体も見習ってほしい」

 来るものは拒まずの村民性であるが、
 いまの時代、だれでもいい、
 というのは通用しない。

 どんな人に来てほしいか、
 どんな人が来たがっているか。
 そういう市場分析が足りない。

 また、受け入れ側にも限界がある。

 既存のターゲットは
 ・舞台芸術
 ・そば関係
 加えて、生涯学習のフィールドとして、
 ・セカンドスクール
 ・瞑想体験(吉祥天さんのような)
 ・トレッキング(つばきさん)
 ・フラワーウオッチング
 ・写真教室、水墨画教室、
 ・山菜料理教室などのカルチャー系
 ・玩具、彫刻教室

 その他、住民の特技や趣味の世界。
 テーマを絞り込んだ、
 せまい世界のリピーターを
 根気よく育て、自ら楽しむ。

 村あげて、
 がむしゃらに、がんばるのもいいが、
 ときには、住んでいる人の
 マイペースで人を集める。
 そんなことが出来たら、
 利賀はアルカディア(理想郷)であろう。

 例によって、
 高度な技量、情報、センスの持ち主を
 きちんと礼を尽くして迎えること。
 利賀が、これまで成功させてきた、
 ノウハウのはずであるし、
 新たな学習も欠かせない。

 貪欲に必要な情報を集める努力。
 そして教育への、情熱的な投資。

 それが、利賀村の魅力でもあった。
 数多くの奇跡を実現してきた。

利賀村の観光−?

2009年06月14日
       高岡駅で、雷雲。
       入梅というけれど。


       道の駅で
       ほたる・カッパ祭り
       河童先生の牧野先生も。


       ことし、初めて
       川柳を公募したところ、
       全国から、なんと
       1761点も応募があり、
       予備審査、本審査でへとへとに。
       詳しくは、16日の朝刊で。 
  


 利賀で忘れられている財産。
 
 そば資料館

 利賀村が、そばによる村おこしを始めたとき
 そばの郷が整備され、既存の民家を
 何棟も移転させたうえ、
 そのあとに、そばの館が完成した。

 (2006年、そばの郷の山祭り前夜祭)

 アメリカの西部開拓のときは、
 そばが主食であった。荒地ですぐ収穫できる。
 ロシアは、今も日本の10倍の
 そばを食べている。
 両大国はそばのおかげで建国できた。

 信じられないことに、
 世界中でそばの博物館はなかった。
 はじめて、世界のそばのミュージアムが
 誕生したのである。
 (その後信州その他に)

 2階の展示室の半分に、
 利賀の生活展示室があり、その目玉として、
 金沢佑光先生が、精魂かたむけられた、
 2双の屏風の大作が飾られている。

 利賀の四季の産業と、暮らしが
 生き生きと描かれた名作。
 絵本作家で、利賀の生活15年もあり
 この山里のすべてが、
 楽しく理解できる民俗・風俗の
 貴重な絵巻でもある。

 この人里はなれた利賀村へ
 わざわざやってくる観光客は、
 この村の歴史、風土などの生活文化を
 肌で感じるためにやってくる。
 そば文化は、その延長である。

 (利賀村に集う出身会。かって
  利賀村の生活文化を共有していた、
  利賀のファンクラブ。全国15箇所)


 いまとなっては、日本の山村に
 失われようとしている貴重な文化を、
 わかりやすく解説された、
 一対の屏風は、
 埃まみれになっているのが痛ましい。

 日本で唯一のスス竹のかんじき、
 加賀藩が高級特産品として
 生産を奨励した「加賀蓑」など、
 貴重な展示品も。
 それぞれには、物語りが秘められている。

 どう活かすか、というのは
 村が本気になれば、なんでもない。
 ミュージアムの展示品は、
 解説のしかた、PRの努力で、
 生きも死にもする。

 新しいことに走るのもいいけど、
 先人の遺産も光らせてほしい。
 足元のダイアモンドの原石を
 いまいちど、磨いてほしいと願う。
 そういう知恵の
 卓越した村だと思いたい。

 財政の苦しさ、厳しさとは
 関係ない。



 

利賀村の観光−? 訂正追加

2009年06月15日
 地区の役員研修会の懇親会で
 飲んで帰って、ブログを書いているうち
 眠りこんでしまったらしい。
 意味不明の言葉で終わって…失礼しました。
 (汗)





 母村ネットワークの
 シンボルマークである。
 
 かって、これだけの数の村があった。
 デザインは、川上英子さん。

 地域ごとに分教場。
 4000人の村民の4分の一は子ども。
 行き止まり、はんぱでない豪雪地帯、
 (1年の半分は雪に埋まる)
 そばしか作れない。厳しい山仕事。
 そんななかで、希望の星は「教育」

 たとえば、
 大勘場などに奉職した、
 新米の先生は、
 みな大校長になっている。
 教育の原点は、利賀にあった。

 生徒を育てる過程で、
 立派な教育長をも育てた、
 地域の教育力。

 現砺波市教育長、元福光教育長。
 詩人の稗田菫平さん(児童文学)
 みな、利賀村の分校で
 地域と教育の原点を学んで偉くなった。

 戦後、村の総合運動会。
 各集落から、トラックの荷台に乗って
 年に一度、集まってくる。
 大運動会が大盛況だった。

 坂上小学校へ赴任するのは
 大学教育学部出身の若者。
 先生さまは偉い人。
 正月休みには、さとへ帰る。
 村人は厳冬期の先生さまを送迎するため、
 10人もが山の神峠の前後を
 雪ふみしなければならない。
 命がけで積雪4〜5メートルの
 危険な山道を踏み固めて、
 20歳そこそこの教師を迎えに出た。

 (上平・桂分校で教えた先生からも、
  同じ話を聞いた)


 着任した若い新米の先生は、
 最初は嘆いたが、
 感動に変るのに時間はいらない。

 結果、情熱的な教育を受けた、
 若者たちは日本中へ散っていった。

 鈴木忠志さんは、
 「利賀のような自然環境しか、
 日本では人を育てられないんだよなあ」と
 語られたのが印象深い。
 劇団員を、利賀へ連れてきて訓練した理由。

 10数年前、県内外の商工会の
 講演を続けていて、利賀村を語った。

 終わっての懇親会で。
 ガソリンスタンドを経営する社長さんが、
 「うちに、利賀村出身の女性が働いている。
 機転が利き、元気で、あかるい。
 人への思いやりがあって、宝物である。
 が、ひとつだけ。
 村のお祭りがあると、どんなに忙しいときでも
 さっさと飛んでいってしまう。
 でも、行っておいでと。
 そんなに、ふるさとを大事にしているのなら、
 すばらしいことだ」

 似たような話を随所で聞く。
  
 

利賀村の観光−?

2009年06月16日



 昨年の夏。
 利賀村でも限界集落の著しい、
 上畠で2回目の
 上畠アート  
 村の高齢者と、
 若い衆(40〜60歳の数人)が、
 このままでは、自然死を待つだけ。
 しかし、この立派な民家と仏壇。
 変化に富んだ自然景観を、
 なんとか活かしたい。
 
 それを、芸術・文化でという試みである。
 故古川道泰さんと、その仲間たち。
 みんなが集まって、
 イベントが決定された。
 ネーミングも、上畠アートと
 シンプルに。

 

 結局、このイベントには
 千人を超す人たちが集まった。
 集落始まって以来の椿事。

 このことが、
 昨日15日の富山県の
 グリーンツーリズム研修会で報告され、
 反響は大きかった。

 もう手の打ちようがないと
 あきらめていた地域に
 ひとすじの光。

 お年寄りが元気になった。
 皮肉なことに、
 立派な家の、立派な仏壇。
 芸術作品の影が薄くなった。

 中山間地と、
 都市との交流で
 地域がにぎわう。
 グリーンツーリズム活動は、
 新たな滞在型の
 観光戦略のひとつとなりつつある。

利賀村の観光−?

2009年06月17日
      ひっこみつかなくて、
      ずらずら、
      12回まで来てしまいました。
      辛口で、
      あちこち不快な 
      思いをされた方多いと
      お詫びもうしあげます。
      悪意はありません。
      少しでも、
      南砺の誇りのひとつ
      利賀村が
      より元気になってほしい、
      そんな願いからです。
      きたんのないご意見を。




 上畠アートのつづき

 昨年の会場で。
 みんなが、
 ほお〜と歓声をあげたのが、
 会場の玄関に置かれた
 収穫したばかりの、
 「農家の作品」
 立派なアートです。



 いろんな人が
 いろんな楽しみ方をする。
 それが、
 上畠アートのいいところ。


 
 車庫に広げられた、
 特産の伯爵かぼちゃ。
 みなさんに大好評でした。
 現代アートを感じさせます。
 地元では、家屋を提供するだけでなく、
 こんな企画参加を
 最初からできれば
 もっと盛り上がるかも。

 芸術家が一枚加わると、
 かぼちゃの見せ方もアートになります。




 庭先のひまわりが
 とてもあかるい。
 写真になります。
 花も、
 上畠の資源です。

 こんな楽しみかたで、
 みんなが元気になればいいなあ。
       

あっキツネだ!

2009年06月18日
 五箇山だけが、
 限界集落ではありません。
 旧福光・南蟹谷の
 土山地区へ。




 キツネです。
 農道を我がもの顔に
 堂々と歩いています。
 むかしは、
 そんなことはなかった。
 過疎がすすんで、
 イノシシも荒らしまわるように。




 3000本の銀杏が植えられて、
 地域おこしに熱心です。


 ぎんなんの、
 まだ小さい、青い実です。
 秋が楽しみ。



 蓮如上人の旧跡、
 土山御坊あとです。

 これが目的で案内いただきました。

 このすぐ近くが
 福光・光徳寺跡、
 城端・善徳寺跡があります。
 土山御坊はご存知の
 伏木の古刹・勝興寺跡です。

 この見晴らしのいい、
 山郷は、
 中世の北陸の歴史で
 重要な拠点でした。

 南砺市のこころのふるさとです。

 西赤尾の道宗さんは、
 道宗道として、
 甦ろうとしています。

 600年の記憶を忘れないで、
 次世代へ継承するには、
 どうしたらいいかが課題です。



 ちょっと胸が痛んだのは、
 旧土山小学校。
 廃校になったとはいえ、
 ほとんどのガラスが破れて、
 しかたがないのでしょうが、
 かって、
 地域のこころの
 拠りどころでした。

 地域を守ることは
 たいへんです。




 



 

ささゆりと栗の花

2009年06月19日



      土山を
      案内いただいた方に、
      ささゆりを一本 
      いただきました。

      長い道中で、ぐったり。
      枯れたかと思いましたが
      水揚げ1時間で  
      しゃんと。

      花粉にまみれて
      とちのみさん
      ブログの写真とは
      比べようもありませんが、
      大好きな香り。

      一晩で、
      広い家中がささゆりの
      甘く、さわやかな
      そして強い野生の
      匂いが漂っています。

      地区でも
      なんとか増やそうと
      がんばってみても、
      咲くまでに至らない。



      
      いまが盛りの
      おなじみ、栗の花。

      どうにも、
      この香りはいただけない。 

      与謝野晶子も
      詠んでいますが。

      探しても、
      イガはまだ、
      見分けられませんでした。

      同じ里山に
      2種類の香りが漂っています。

南砺市のライバル現る

2009年06月19日
 暇ではないが
 地鉄電車でとことこ。
 旧大山町(現富山市)のあわすの。

 富山県特産品デザインアドバイザー派遣制度で
 私が派遣されました。
 30年前に私が参画した組織。
 ずっと責任者を。



 合併して、富山市なのに、
 五箇山より厳しい環境。
 賑やかなのはスキーシーズンだけ。



 スキー場の前のロッジで、
 地元のばあちゃん10人。
 
 立山おやき
 生産グループです。
 500個単位で、
 イベント会場などで即、完売。
 とても人気のある
 新しいブランドです。

 5年前から長野県などを視察。
 ところが、
 昨年、利賀村で五箇山おやきを開発。
 先に取り組んだのは立山グループ。
 でも、要領がいい、完成度が
 高いのは利賀村グループ。
 西と東のライバルが生まれた。



 利賀村は5人で。
 立山は14人で。
 西と東で競争がはじまる。

 この地区の事情は
 南砺市の中山間地、限界集落と
 まったく同じ。

 地域の元気を、
 高齢者で見つけ出そうと
 がんばっている。

 よきライバル。
 よき仲間である。
 



 

スタッフの力

2009年06月20日


 
 今朝の北日本新聞に
 棟方志功住居の記事が載っています。

 棟方志功記念館 
 愛染苑は、
 福光美術館の分館となっています。




 その向かいが、
 棟方志功の旧居
 鯉雨画斎(りうがさい)

 ただ、移築したあとの
 周囲の雰囲気が、
 愛染苑とはどうも違和感がある。
 
 そこで、
 少ない予算をやりくりし、
 みんなで知恵を出し
 スタッフ総出でガーデニングに
 取り組みました。
 このあとも続きます。

 来館者が倍増しただけでなく、
 旅行会社、観光関係者の
 視察があいついでいます。

 棟方志功が大好きだった、
 いろんな植物を増やしていきたい。

 スタッフの自主的な
 取り組みはありがたい。


 みんな、棟方さんが好きなんです。




 (今年の春、
  ガーデニングの
  打ち合わせ)


入院騒動

2009年06月21日


 自分の広々とした、
 庭の見渡せる書斎で、
 紙芝居の創作中のわがつれあいドノ。

 2日前から、
 調子がおかしい。熱がある。
 持病の偏頭痛。
 身体が痛くて眠れない。
 食欲もない。

 土曜日だったが、総合病院が近いので、
 電話する。
 「熱があります」
 ドクターの反応は早い。

 昨今は、救急車で飛び込むより、
 タクシーでも「微熱あり」のほうが
 対応がいいのでは。

 丁寧にみてもらと、
 真っ先に、鼻の粘膜の細菌検査。
 結果、異常なし。点滴で帰宅。
 鎮痛剤で頭痛も消えた。

 まあ、
 こんなことがあるから、
 老夫婦なんだなあ、の一日でした。

 一人でワインで乾杯。
 

谷内正遠展は、あと1週間

2009年06月22日


    暑い→熱い日でした。

    谷内正遠木版画展は
    あと1週間です。
    土・日と、版画講習会も。
    熱心な生徒さんたち。

    2ヶ月半で3000人かなあ、と
    踏んでいたのですが、
    なんと、一ヶ月で達成。
    そのあとも、毎日団体さんも。
    予定の2倍以上の好評さ。
    金沢からのお客さまが6割。
    珍しいことです。
    ほっとするような、
    北陸の風景のなかでも、
    いまの季節を描かれた作品が
    特に多い企画展です。
    28日(日)までです。

南砺で本格講談の公演

2009年06月22日


     桑山の山麓
     フランス料理を楽しみながら、
     ラモベールの手作り劇場



     いま、東京で
     立川志の輔なみにブレイク。

     講談の神田 蘭さん
   

      
     

     よくぞ南砺へ。
     凄い美人講釈師ですが、
     久しぶりに
     歯切れのいい、
     江戸っ子弁の講談を
     利賀村の友人夫妻と
     しっかり堪能しました。
     演題は、
     小兵の力士出世譚。

     東京出張のおり、
     いつも寄席に通っていたので
     懐かしい。

     福光には公共文化ホールがない。
     こんなとき、
     ミニミニステージであるが、
     極上の舞台が味わえて、
     ラモベールさんに感謝したい。 

だまし川でホタルの乱舞!

2009年06月22日



    棟方志功の次女
    小泉ちよゑさん原画の絵本です。
    (JA福光駅、道の駅に¥1,200)
    少女時代の物語りです。




    棟方志功と
    河童が仲良しになりました。

    一人と一匹が
    眺めていた風景は、
    だまし川のホタルの乱舞でした。




    福光時代に、
    名作「瞞着川」が生まれました。

    その後、世界のムナカタさんに。
    72歳で亡くなる直前。
    ベッドから起きて、気分のいいとき
    むかしの版木を引っ張り出し、
    もう一度刷りなおして、
    さらに、
    鮮やかに彩色しました。
    そして、二度と起きられませんでした。
    
    棟方志功の代表作であり、
    いわば絶筆です。

    いまわの時。
    志功さんの頭の中には、
    福光のだまし川の
    ほたるの乱舞の原風景がありました。

    源氏ボタルですが、
    志功さんは、ここのはもっと凄い。
    法林寺ボタルだと
    名づけています。

    21日の夜、
    ラモベールの講談会のあと
    だまし川に立ち寄ると、
    すでに10人くらいの
    親子連れの観客が。

    数十匹が、
    川面に舞う姿は、
    鳥肌が立つほどの
    幻想的な光景でした。

    カッパ祭りの賑やかなのも
    いいのですが、
    こんな、夢のような世界も
   そっと楽しみたいものです


    地元のみなさんの、
    農薬への配慮や、
    草刈りを控えての
    環境保持のおかげです。 

    志功さんも
    きっと草葉の陰で
    喜んで
    見守っていることでしょう。

     





  

気になる美術館

2009年06月23日


       ノウゼンカズラ
       庭で咲き始めました。
       インド原産?
       石崎光瑤の名作「燦雨」は
       インドのこの仲間がテーマ。
       南の国の花。



 気になる美術館、
 入善町にあります。


 下山(にざやま)芸術の森
 
 発電所美術館
 大正時代に出来た、
 水力発電所が、隣に新築され、
 旧の建屋を北陸電力から町に寄贈。
 それが現代美術館になった。

 できるだけ、
 他館のいい仕事を見ないと。
 いま、塩田千春展。
 てっきり男かと思ったら、
 ドイツで住んで、
 世界的な活躍をしている素敵な女性。

 館内は撮影禁止。
 頼めばOKしてくれるが、
 ここは、ぜひ、みなさんに
 実際に体験していただきたい。

 でっかい空間。
 3機の発電機のうちの1台が残る。 
 大きな導水管もそのまま。

 よほど力のある作家の作品でないと、
 この日本唯一の(世界でも)
 旧水力発電所に負けてしまう環境。

 塩田さんの作品は、
 病院のベッドを30台、
 空から吊るし、昇天する。
 命の水が、ざあざあと降る。
 まさに、
 度肝を抜かれる光景である。

 こういう、
 世界に発信する仕事は
 優れた学芸員とのコラボレーション
 (協働作業)であり、
 入善町の度量の大きさに
 脱帽するしかない。

 なお、この
 発電所美術館への検索件数は
 世界も含めて23万項目。
 (福光は4900、参った!)
 地元の小中学生は、
 毎日、数十人遊びに来る。
 地元が大事にしている。
 
 評判のいい、レストランも。

 

 さわやかな田園風景に、
 新旧の発電所が、なかよく
 デザインを統一して並んでいる。
 (右は新発電所)

 タクシーで駆けつけた、
 若い女性が入館してきた。
 新しい芸術をめざす作家は、
 入善町へやってくる。
 マスコミ取材も多い。
 
 世界の現代美術の作家で、
 ここを知らない人はモグリであろう。
 南砺でやったら、
 蜂の巣をつついたような、
 非難ごうごう。
 大騒動になるのは、まちがいない。

五箇山のオーナー制度好調(画像追加)

2009年06月24日

 24日の、
 北陸中日新聞に、
 
 五箇山のオーナー制度好調

 耕作放棄地ではなく、
 「耕作断念地」と呼びたい、
 そんな思いが記事になっています。

 農地保全に
 現代の「結い」


 この見出しがいい。
 ブロック紙なので、
 南砺市のPRになりそう。




 ただ、
 過去4年間で
 4000人を超す
 都市住民が、
 世界遺産の景観保持もかねて
 取り組んできたのに、
 あんまり
 報道されていない。
 それぞれのシーンでは
 紹介されているが。

 特に、
 中京方面と、
 金沢市に向けて
 伝えたい。
 
 が、
 意外と地元で
 関心が薄かったりする。

 今後の課題は、
 参加者と、地元の方々との
 より親密で、 
 自然体の交流を期待したい。

 グリーンツーリズムの
 一環でもあろう。

 参加のみなさん、
 ありがとう。

足利事件の真実

2009年06月25日
          暑い日が
          続きます。
          草刈りで汗を流し、
          風呂上り。
          冷凍の古いアイスを。
          これがいけなかった。

          夜中に猛烈な腹痛。
          やっと治まる。





          げんきな
          赤いバラ。
          でも、暑苦しい。

 足利事件。
 週刊誌によると、
 菅家さんのえん罪。

 救ったのは、
 実は、一主婦の手紙です。

 この人は、
 同じように
 幼稚園の送迎バスの運転も。

 子どもが好きでなければ、
 できない仕事のはず。


 そこから獄中と
 文通16年。

 現場からの疑問。
 現場からの発想。

 いつも、
 地域活性化の仕事や、
 イベント。
 現場からの皮膚感覚の
 ひらめきが、
 世の中を動かします。

 評論家は
 あんまりあてにならない。


民藝全国大会を南砺市で(補筆)

2009年06月26日
 なんでも、南砺市で
 来年に民藝の全国大会が
 開催されるそうだ。

 ひとのいい、南砺市民のこと。
 全国大会!と聞いただけで
 飛び上がってしまうのです。

 たぶん公金も使われるだろう。
 ちと、気になること。

 昨年出版された、
 宇賀田達雄氏の編著。
 日本民藝協会の70年史。
 棟方志功の娘婿、
 もと朝日新聞の記者で、
 月刊誌民藝の編集者も。



 それを読んでも、
 日本の民藝運動は死に体。
 理念をめぐって、いまだに混乱中。
 高齢化とリーダーが亡くなって、
 各地の協会が解散。

 10年くらい前の富山市での全国大会。
 平均年齢は70歳を越していた。
 今度は80代か。
 ノスタルジアの思い出旅行。
 それはそれでいい。
 湯治場へどうぞ。

 棟方志功は、
 民藝の指導者に見出された恩義から、
 ながく、広告塔の役目をしてきた。

 金沢との対抗意識と、
 富山の安川慶一という立派な
 リーダーや支援者がいて、
 富山は民藝運動の拠点地区となった。
 (安川慶一:富山市の民芸館を
  創設した功労者。いま閉鎖の危機)


 わけても、
 棟方志功は、さんざん利用された。

 南砺市疎開は、
 民藝の枠からどう抜け出すかで
 呻吟していた時代である。

 指導者の柳宗悦は、
 卓越した理論家であったが、
 どこか、
 高所から庶民を見下すようで
 あんまり好きでない。

 名著「美の法門」からは、
 その後の展望が見えないため
 民藝運動は、
 時代からの遺物となりつつある。

 なぜなら、
 その民衆の生活感とほど遠く、
 骨董品を有難がって、
 自慢するサークルになってしまった。
 若い人から
 そっぽを向かれる理由である。

 民藝の作家たちは
 高額商品のブランドとなり、
 観光地の「民芸調おみやげ」として
 当初の高邁な理想が
 どんどん俗化してきた。

 柳らの蒐集したコレクションは
 実にすばらしいが、
 出尽くしたら、それまでである。

 南砺市の山里には、
 すばらしい民具が放置されている。
 これこそ、民衆の生み出した、
 貴重な文化財で、
 使い込んだ美しさがある。
 (無名の民衆の
  芸術作品である)




 小矢部川上流、
 立野脇で使われていた、
 シナ細工の民具。
 極めて貴重なものであるが、
 空調のない倉庫に山積みになって
 ぼろぼろになろうとしている。
 (この蒸し暑さなら)
 南砺市には、
 こういう民具だけでも
 数千点が放置されている。

 管轄は、文化課。
 でも専門家は誰もいない。


 全国大会も悪くはないが、
 足元の美を、
 ないがしろにしないでほしい。

 そういうことで、 
 また、棟方志功を
 利用されては、たまらない。
 
 
 


ふたたび、民藝について

2009年06月27日



     富山ガラス工房の
     野田雄一先生作
     立山まんだらの作品です。
     水琴窟に鎮座。
     高さ20センチの小宇宙に
     まんだらを封じ込めてある、
     不思議な世界です。
     すずやかな、
     水滴の音が響きます。



 来年、南砺市で
 日本民藝協会の全国大会が
 誘致されるとのこと。

 柳宗悦没後50周年記念です。
 全国大会という
 大義名分に踊らされたくないですが、
 ついでに、
 関連記事をコラム「南砺風土記」に
 書いてみました。

 興味のあるかたは、どうぞ。
 
 

北陸の観光、南砺の観光

2009年06月27日


    大事にしている、
    キツネの夫婦。
    利賀村のからくり玩具。
    デザイン原型は
    洋画家・金沢佑光さんの
    傑作である。



 どかんと届いた。
 200ページ近い報告書。


 平成20年度広域ブロック自立施策等
 推進調査事業、というサブタイトル。

  多様で豊かな地域資源を活か
 した北陸地域の交流活発化に
 資する仕掛けづくりに関する
 調査


 国土交通省 北陸信越運輸局の
 調査レポートである。

 とても覚えられないタイトル。
 典型的なお役所仕事でもある。
 はあ〜

 昨年一年間、
 北陸3県をかけめぐり、
 会議を重ねた、報告書。


 南砺市の場合、
 みんなで農作業の日in五箇山の
 ケースや、
 グリーンツーリズム、
 棟方志功の全国PR戦略と
 その事例を紹介して、
 会議では話題になった。



 城端の街づくりと観光も
 特別に紹介されている。

 全国で見た北陸の
 観光戦略のありかたが
 詳細なデータと分析で
 わかりやすく
 具体的に提言されていて貴重である。

 数冊、余分があります。
 関心がおありのかた、
 仕事で必要なかた、
 お知らせください。

きょう5時まで。谷内版画展。

2009年06月28日

 あさ、朝礼やってたら、
 お客さんが続々と。
 即、中止してオープン準備に
 みんな、駆け出す。

 近くの
 温泉の団体さんの
 マイクロバスからも
 ぞろぞろと。
 ありがたいことです。



     内正遠

  木


 とても好評で、
 予定の5割増しの来館者。

 きょう5時で終了です。
 (入館は4時半までお願い)
 冷房が効いて、
 みどりがキレイです。

 午後には、
 谷内先生もお見えです。

 富山や石川の
 ちょうど今ごろの
 田園風景が描かれた、
 さわやかな
 こころ洗われる作品が、
 クチコミで伝わり、
 駐車場のプレートの
 6割が石川ナンバー。

 ちょっと、息抜きに
 お出かけになりませんか。

 500円は、
 安すぎるとのクレームが
 いつも来ます。

うちの庭にも出現!

2009年06月29日

 とちのみさんも、
 書いておられます。





 全国ニュースになった、
 富山市内の
 カモシカ出現。
 その前は、
 舟橋村図書館の話題も。

  実は
 我が家の庭にも
 カモシカ出現!


 ただし、
 10数年前のこと。
 むかしから、春先には
 いつも1週間ほど
 滞在していた様子。

 好奇心が強く、
 声をかけると写真の
 ポーズを取ってくれます。




 どうして一週間も? 
 なぜなら、
 庭の見通しのいいところに、
 カモシカ特有の
 大量の「溜め糞」が。



 
 ぎびきが
 食べられていました。
 庭が広くて、野草だらけ。
 近くの山から、
 りんご畑づたいに
 やってきたのでしょう。

 そっと、共生していたのですが、
 近所の人たちが、
 カメラを持ち出し、
 新聞に載ったりで騒ぎになり、
 山に帰りました。

 周囲は住宅街です。

 バイパス道路ができて、
 以来現れません。
 テレホンカードにしてみました。

 縄張り争いいに
 あぶれた若いオスでしょう。

 ちょっと、
 大阪へ行ってきます。
 
 



映画・愛を読むひと

2009年06月30日


    大阪の心斎橋で、
    近代美術館準備室の
    企画展が開かれています。
    展示の主役は、
    南砺市出身の
    石崎光瑤の「白孔雀」でした。
    昨年、没後60年展で
    お借りした名品です。
    光瑤の扱いが、ここでも
    巨匠(メジャー)になっています。
    うれしかったですね。
    学芸員に、ポスターねだりました♪



    さすが、
    琵琶湖八景。
    車窓のたのしみ。

    谷内正遠さんの版画のよう
    関西は雨でした。



 わざわざ、大阪で。

 映画「愛を読むひと
        (プログラム表紙)

 15歳の少年と、
 21歳の年上の女との愛。
 ちと危ない。

 世界の500万部のベストセラー
 「朗読者」の映画化。
 ドイツ語で作られていたら、
 今年度のアカデミー賞。
 日本の「おくりびと」は、
 この作品になっていたはず。

 アカデミー賞主演女優賞を受けている。

 愛のシーンは美しい。
 ドイツの少年(青年?)は
 15歳で起用され、
 ラブシーンは18歳になってから撮影。

 ドイツのナチスの
 ホロコーストがベースになっていて、
 骨太の高品質の名画。
 久しぶりに、映画を堪能した。

 原題は The Reader
 日本では「愛を読むひと」に、
 あま〜いタイトルに翻訳。

 かって、ソビエトの名画で
 「戦争と貞操」という
 えげつないタイトルがあったが、
 ソ連の原題は
 「鶴の飛び去るころ」
 雪融け時代と話題の芸術作品。
 平和と若い男女の恋の
 実に美しい映画だったが、
 いつの時代も
 日本の輸入映画会社は、
 あんまりセンスがよくない。
 変に打算的である。
 
 

 




作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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