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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

びっくり!ネパールの歯医者さん

2006年12月01日



 ネパールでは、
 歯がだめになったら、人生終わりという
 そんな伝統がある。
 だから、小さいときから
 固い木の実を歯磨きがわりに、鍛える。
 カトマンズの歯医者さんは、
 ただ、歯を抜く。
 それが唯一の治療だったとか。
 80代の長老もみな
 見事な美しい歯並びで感心する。




 日本大使館へ表敬訪問する。
 ツクチェ村との交流に高い評価。
 大使みずから、ツクチェを訪問されている。





 続いて砂防センター、
 政府観光局へ訪問。ここには、
 ネパールの各部族の紹介展示が興味深かった。
 民俗資料には、日本と共通する道具が
 たくさんあった。時間が足りなかった。





 外国人向けお土産店街へ、
 信頼できる宝石店で、
 タカリー族の宝物のネックレスを選ぶ。
 ローマや北欧から1000年以上のときを経て
 大陸を旅してきた珊瑚、琥珀、トルコ石。
 ヨーロッパでは10倍以上で売れるそうだ。
 思い切って、つれあいにプレゼント。



   (現在は、居間に飾ってご満悦)




 夜、タカリー村出身会主催のパーテー。
 皆、カトマンズで成功した人たち。
 利賀村へ研修にきて、
 砺波の酒造メーカーにも来ていた青年と。
 ツクチェ村でアプリコットブランデーを
 醸造しながら、カトマンズで
 アルミ建材のビジネスも手広くやっている。
 タカリーのふるさとはツクチェ村だが、
 彼らの結束は実に固い。




 ラストには、民謡と歌の掛け合い。
 むぎや、こきりこ、
 そして「さくら」をみんなで歌う。
 

これがネパールの歯磨き!!

2006年12月03日


 
 ええッ!

 これが歯磨き??


 18年前に、ツクチェ村へ行ったとき、
 かわいい子どもの写真を撮影。
 お礼にチョコレートをプレゼント。
 鼻水たらした子どもは
 照れくさそうにはにかみながら、
 お礼に自分も噛んでいたものを
 ひとかけら、くれました。
 固い!!!
 ほとんど岩石です。




 今回の旅で、
 この秘密が解けました。
 食事のあとの、歯の掃除に使います。
 スッパリーという、インドの木の実。
 それを割ったもので、
 1時間くらいかけて噛み砕く。
 スクメールという仁丹の味の木の実や
 サージーという甘いものなども
 組み合わせて噛むとさわやかな味がする。
 ネパールの人は、歯磨きしなくても
 大丈夫なのだという。





 この画像はどちらも、18年前のものだが、
 長老たちは見事な歯の持ち主ばかり。
 子どものときから、
 こんな歯の手入れと鍛え方をしている。

 視力も、3から4くらい。
 日本人では1から1.5がベスト。
 (私の裸眼視力は0.1)
 星空を、照明なしで夜道を歩ける。

南砺オーナー事業―新聞記事から―

2006年12月04日





 今朝の北日本新聞。
 ニュース・なるほど欄に
 南砺市の2年度を迎える、
 農業体験オーナー制度の記事が
 掲載されています。




 平の相倉、上平の菅沼
 利賀の坂上などで
 種まき、田植え、収穫などで
 のべ900人の参加者という賑わいだった。
 半分が、リピーターであったと
 いうことがうれしい。

 なかでも、高岡市の
 幼稚園児が何度もやってきてもらったのが
 印象的である。
 子どもは土いじりが大好き。
 食育に熱心な園長さんと
 高岡市のシンポジュウムで一緒になり、
 呼びかけたら、すぐ参加された。
 赤カブ収穫には、
 大勢の保護者が参加されて
 大騒ぎだった。




 中山間地直接支払い制度により、
 3つの農業公社が誕生し、
 南砺市の合併がきっかけで生れた、
 体験型都市との交流事業である。

 来年のさらなる発展を期待したい。

ネパールへ行くには。

2006年12月04日




 ネパールへ行くには。
 わりと簡単・確実になりました。
 普通は、タイ航空を使用します。
 関空→タイ・バンコク乗り換え→カトマンズ
 ロイヤルネパールの直行便も
 ありますが、狭いのと、機材の数が少なく
 不安定要素があります。
 タイ航空はサービスもいいです。
 バンコクで遊ぶこともいいです。




 機内のお土産には、
 きれいな蘭のコサージュの
 プレゼント。(女性のみ)

 費用は30万前後、
 利賀村のツアー企画に便乗すれば
 安心できます。
 利賀の村民は200人は体験されています。
 期間は8日前後で、
 トレッキングつきです。
 乾期の4月ごろと、
 11月前後がベストシーズンです。




 ネパールは現在政変の真っ只中。
 ほぼ収束しつつありますが、
 マオイスト(毛沢東派)の
 影響力が大きく、
 来年5月の総選挙で
 新しい憲法が制定されます。

 外務省は渡航について
 何かと制限していることが多いですが、
 マオイストは、外国人
 特に日本人には絶対手を出しません。
 詳しいことは、利賀の関係者か
 私にお気軽にどうぞ。

タイトル画像変えました。

2006年12月04日



 ネパールの山の写真は、
 いかにもこの季節、寒いので
 タイトルは、庭の山茶花の花に変えました。

 奥方ドノは、
 なぜか、毎年たくあん漬けに
 ご執心です。
 でも、毎年うまくいかない。

 それでも、
 つてをたどって、
 細身の大根50本を入手。
 この段階ではご満悦。

 神様。
 どうか、上手く漬かりますように。
 どうか、こんどは美味しい沢庵が
 食べられますように。




 以前にもらった、
 辛味大根を庭に蒔いた。花が咲いた。
 ラデッシュも花が咲いた。
 どうも両者が混じったらしい。

 なまくらして、
 実がついてもほったらかしにしていたら、
 大風で散らばった。
 それが庭じゅうに野生化して
 あちこちに育っている。
 朝の味噌汁に重宝しています。

南砺の底力

2006年12月05日



 金沢からの出版物である。
 季刊で30号記念の特集記事は、
 塩硝の道

 加賀百万石を支えたのは、
 南砺市である。
 半端ではない力の入った、
 総合的な特集である。




 4年前に
 金沢市と、福光や旧五箇山3村などが
 じっくりと取り組んだ
 研究報告書がベースである。
 たいへんな労作であった。




 さらにその前年に発行された、
 金沢市崎浦公民館の
 研究発表があり、
 その詳細な記録に圧倒される。
 
 富山側に、
 そのような地味で
 レベルの高いテーマと取り組むような
 人はごくわずか。

 新幹線、道州制
 そして、歴史研究などの文化も
 みんな金沢へ行ってしまいそう。



明日はいいお天気に

2006年12月05日




 剣岳の夕焼けです。
 もう、ヒマラヤの光景です。



 夕焼け空が
 まっ赤っか。
 きっといいお天気になるでしょう。




 富山県民会館で、
 第1回越中アートフェスタ。
 ぎりぎり最終日に
 飛び込みました。
 金沢21世紀美術館に匹敵する、
 あるいは、それを越える
 面白い公募展でした。

晩秋の名残りです

2006年12月06日


 
 美術館の最後の紅葉です。
 石崎光瑤が見たら
 必ず作品にしたでしょう。






 ちょっと、東太美まで足を伸ばしました。



 みんなカラスのえさになるのでしょうか。




さきがけて―南砺

2006年12月06日


画像とは関係ありません

 ヒマラヤを駆ける商人・タカリーのことを調べていたら、南砺も輝いていた時代があったことに気づかされた。今から525年くらい前のことである。

 一向宗と他力 
 五箇山の塩硝
 妙好人


 日本のどこよりも「さきがけて」いた、
 そして、内外に大きな影響を与えていた。
 この3つは、
 それぞれ密接な関係がある。

 蓮如の教化による、民衆のパワーが
 地元の既存の寺院を真宗に転宗させた。

 大阪の石山合戦に、
 純度の高い塩硝による鉄砲火薬を届けた。
 加賀藩は、
 五箇山の塩硝のおかげで、
 外様百万石を守れた。

 赤尾の道宗という「妙好人」の存在。

 いずれも、南砺の地が
 日本の最先端を走っていた。
 そんな風土を、
 いま一度みつめてみたい気がする。 

 

南砺と―「土徳」考。

2006年12月07日



 なんとも始末の悪いのが、濡れ落ち葉。
 掃き寄せるのにも、難儀する。


 マルクス流にいえば、いま南砺を徘徊する「土徳」と言う言葉。柳宗悦先生の名言である。
が、
私の個人的な感慨から、「土毒」の側面もあるような気がしてならない。(いい過ぎご容赦)

土徳4つの大罪
?官尊民卑の風土を培った。
 525年前の南砺の宗教戦争は、民衆の蜂起で勝利した。そのパワーに恐れをなした、佐々成正は軍事力で圧殺し、加賀藩は、懐柔策に徹した。
 結果、真宗王国は権力に好都合な支配体制に変質していった。悪く言えば体制順応型とでも。
?官学志向となる。
 私学不在ということもあるが、栄達の道を官学、官吏への道へ。富山県は、全国トップクラスの官学志向で有名であるが、なかでも南砺市は最高。つまり日本でもいちばん?
?起業が難しい。
 この影響は、これまで民間企業育成という、地域の活性化に は、ブレーキになっている。行政は、県内各地と比較しても本気ではなかった。
 排他的なところへ企業進出するな、というのは大手企業の担当者間では常識。
?男女共同参画後発地
 500年にわたる、南砺のこの王国は、女性の発言を封じてきた。現在でも活発に発言・行動されているのは、しかるべき立場・地位の女性か、市外から嫁いできた、しがらみの薄い人ばかり。

南砺市の人口減少は、全国的傾向とはいえ、経済的事情だけではない。風土性もあることに注目してほしい。地域づくりに、南砺は「さきがけて」ほしいものである。

 では、どうしたらいいの?―――次回へ。
(8日、9日は東京へ。ちょっと留守します)

 

南砺の底力―教育力

2006年12月09日


 南砺市の底力は―
 それは教育の力ではないか。

 全国生涯学習フェスティバル
 「まなびぴあ富山‘94」を
 プロデユースしていて以来、
 富山の教育とは何かに関心を持った。


 県内5ブロックにわけて
 それぞれ、数十のイベントを組み立てたなかで
 南砺を含む砺波広域圏が
 ダントツの結束力と成果をあげた。
(5日間で60万人を動員した)

 南砺はいい意味で保守的である。
 学ぶことの真摯な姿勢は、
 真宗王国ならではの賜物であろう。

 物足りないくらい、素直で
 男もやさしい。思いやりがある。

 ある日突然、松村謙三が世に出たわけではない。

 勉学へのあこがれと、
 雑音や誘惑の少ない環境は、
 こんにちでも、プラスに作用している。

 南砺は、人材育成のゆりかごなのだ。

セブ島通信

2006年12月10日



 ほくほく線は、
 すっかり雪景色でした。
 十日町は50センチくらいで除雪中。


 ちょっと息抜きタイム。

 旧友で、もとイベント情報誌の
 社長が、リタイア。
 フイリッピンのセブ島に悠々と暮らしています。
 20歳も若いお嫁さんと。

 週に一回くらい、150字の
 短いメールを送ってきます。


 今度の東南アジア首脳会議が
 延期になったのは、
 治安の不安と、アヨロ大統領へのデモ。
 台風というのは口実とか。

 世界のリゾート地での
 暮らしぶりは、
 抱腹絶倒。
 貧しくても、実に満ち足りている様子。
 何よりも、
 家族がひとつになって、
 かっての日本のよき時代のようです。
 南国です。 

南砺市のシンボル。

2006年12月10日




 得地秀生。
 中学の美術部の1年後輩。
 井波で修業。
 
 40年の苦労を経て
 県の美術連合会の会長、
 総理大臣賞を前例の無い2回目受賞。
 義父の100歳のお祝い。




 本来なら、
 富山市でやるべきパーテーであるが、

 地元主催は
 彼らしい。(失礼)
 美人の奥さんは、わが同級生。




 日曜なのに、
 各界からの参加。
 新聞社は休刊日なのに、
 みなさん取材。
 申しわけないです。

南砺の底力―教育

2006年12月11日




 南砺市の教育力―?です。
 かって、早稲田小劇場、現SCOTを率いる、
 鈴木忠志さんが語っていました。

 東京も、富山も
 人間を教育する力を失った。
 唯一つ、自然だけが
 その力がある。

 


 以前に、有峰文化村の講演で
 養老 猛さんも
 人間の感性を育てる源泉は
 自然である。と、話されました。




 南砺市の総合計画のキャッチフレーズにも
 さきがけて 緑の里から 世界へ
 と、あります。
 五箇山を中心にした森と、
 散居の緑です。

 緑の環境が、南砺市の
 もう一つの底力に加えてもいいのでは。
 単なる自然だけでなく、
 そこに生活し、共生していることが
 南砺らしい点でしょう。

 棟方志功も石崎光瑤も、
 南砺の自然がなかったら、大成していたかどうか。

 かって、富山の教育界では、
 利賀や刀利などへ赴任された
 若い教師たちが
 みな大校長になったと言われています。
 子どもの教育だけでなく、
 南砺市の自然は
 たぐい稀な教育者も育てたのです。

 グリーン・ツーリズム運動も
 この緑の里に滞在してもらって、
 交流を深めようというコンセプトです。
 

 

新幹線と南砺市

2006年12月12日



 とやま未来戦略会議というのがある。
 そのワーキング・グループも
 このほど発足した。

 要は、
 8年後の北陸新幹線が
 金沢まで開業した場合の
 富山県の対応はどうすべきかという、
 それが本音のプロジェクト。

 九州新幹線の視察の結果は、
 終点・鹿児島の独り勝ち。

 何もしなかったら、
 北陸では金沢のひとり勝ちは
 ほぼ間違いない。と、言われている。
 あとは、ストロー現象で
 大都市のみ恩恵を受ける。

 富山県だけでなく、
 南砺市の影響はどうなるか。
 (それまで、自分がどうなっているのやら)




 
 いちばん必要なのは、
 8年後の人の交流がどんな形で
 すすむのかという、洞察力。
 マーケテングであるが、
 現状分析だけでは、うまく行かないだろう。
 外国や日本人の
 8年後のライフスタイルへの
 想像力である

 南砺市に何を求め、期待するのか。
 いまから議論が欲しい。

 それに、南砺の風土が耐えられるような、
 文化力とでもいうものを培いたい。
 
 交流人口を増やすというのは簡単だが。
 
 
 

南砺に必要なもの。

2006年12月12日


  徳兵衛桜が、みぞれのなかで、けなげに咲いています。

 南砺市は、日本全国の中で、
 もっとも経済的、精神的に豊かな土地です。

 データでいえば、
 世帯収入日本一の富山県。そのなかでも
 南砺市は生活に困らない。
 本州一の植生度の豊かな(自然が豊かな)
 富山県。そのなかでもトップの南砺市。
 指定文化財は、高岡市の2倍、富山市の20倍。

 経済・自然・文化がトップ。
 なにか、文句あるか!というのは、
 私としたことが
 乱暴な言葉でありました。
 つまり、ジタバタしなくていい。

 とはいうものの、日常生活で
 ひとつだけ足りないもの。
 それは刺激です。

 隣の金沢か、東京、海外へ行けば
 手に入ります。
 お金と時間があれば。
 それは、過去のこと。芸が無い。

 現在の豊かさを実感するには、
 遠方に友人を作って、
 身銭を切って、
 南砺市へ招けばいい。

 たいしたお金も努力もいりません。
 行政は金が無いのだから、
 ちょっと背中を押せばいい。

 異文化交流
 これさえあれば、
 南砺市は桃源郷です。
 南砺市の豊かさを実感できるし、
 南砺市の夢も、
 恥ずかしいことも、みんな見えてきます。

みんなで農作業in五箇山

2006年12月14日




 きのうの朝いちばん、
 県議会大会議室へ。
 10時から、本会議なのでその前に
 グリーン議員連盟の早朝勉強会。
 あまり縁のない場所なので、ちょっと緊張。
 おなじみの県議さんたちが約20名。

 富山県のグリーンツーリズムについて、
 富山県議会数十年の歴史で
 初めての議員提案による条例が生れて3年。
 全国でも画期的な快挙である。

 県からの報告でも南砺市での
みんなで農作業の日in五箇山」
 特筆される事例として高い評価だった。
 かかわった者としてうれしい。
 議員各氏からも、提言があいついだ。

 東海自動車道、
 北陸新幹線を視野に入れながら
 とやま(南砺)の農山村の魅力と資源は何か。
 都市住民の求めているニーズを
 肌で感じられる事業ではないかと
 ひとこと提言し、賛同を得たと思っている。 

輪島の定食です。

2006年12月14日



 11日(月)、お天気がいいので
 かみさんの用事にあわせて、能登輪島まで。
 お昼に、朝市通りの横丁、
 ままや食堂に入りました。
 輪島定食は、
 みぎすの甘酢漬け込み(骨まで食べられる)
 地元の茶碗豆腐、赤バイ、白バイの刺身。
 赤バイは地元でも貴重な味。
 焼いたブリのあらで煮付けた大根。
 地魚のすり身の味噌汁、たっかん。
 ハサ乾しのごはん、能登のもずく。
 とやまでも食べられない郷土料理。
 隣の老夫婦は、金沢の常連。
 この食堂のご夫婦は、
 福光の春の色食堂よりご年配。
 地元の食材しか絶対使わない。



 ちょっとした穴場です。
 しゃれたのれんは、
 名古屋のお客さんが感激してプレゼントしたもの。
 ごはんという看板が目印。
 帰りは、みそまんじゅうがお土産でした。

 七尾あたりから見た、立山です。
 (アップでどうぞ)

初恋の人に逢ってしまった!

2006年12月14日




 夢には、いろんな彼女が登場する。
 未練があるんだなあ。
 目が覚めたとたん
 一瞬のドラマは消えてしまう。

 講演の帰り、富山駅北口で、
 数十年前の、
 最大の初恋の人に逢ってしまった。

 なんだか、この日本語乱れている。 

 30枚の別れの手紙を書いた人。
 現役のアナウンサー。
 彼女が16歳のときは、
 市電のかわいい車掌さん。
 とやま中の男性が恋をした。

 
 情けないことに、男と言うのは、
 もしも、この人と
 一緒になっていたら、
 こんにち、どうなっていたか、と。
 想像してみても
 どうなるわけでもなく、
 待合室で、3分間。
 じゃあ、元気でね、と手を振って別れる。
 何ということもなく。


 

タウンミーティングと、やらせ。

2006年12月15日




 対話になっていない、
 タウン・ミーティン愚。
 
 フォーラムやシンポは
 舞台裏もずいぶん手伝ってきましたので、
 気持ちはよくわかります。
 でも、やらせは問題外。

 会場からの質問は
 実に緊張感があります。
 フーラム荒らし、とでもいいたいような
 困った常連は必ずいます。

 


 会場からの発言は、
 ほとんど質問ではなくて、自分の自慢話を
 延々と披瀝されて、
 会の雰囲気がしらけてしまいます。
 実にしつこいピントのずれた発言も。

 そんな機会に遭遇したとき、
 座長をつとめたSもと富山大学長が
 発言をさえぎり、
 「わかりました。今回の趣旨とは違いますので
 あなたのご意見を事務局へ届けて下さいね。
 誠意を持ってご返事いたします。」と、
 にこやかに、収めてしまった。
 緊張した会場も
 ご本人も、ほっとしたことがある。

 筋書きどおりのシンポはつまらない。
 そのため、事前打ち合わせは、
 簡単な文書での趣旨案内と、
 当日昼食時30分くらいの直前打ち合わせに
 とどめることにしている。
 本番での緊張感を大切にするためだ。

 パネラーが返答に詰まるような、
 核心を衝いた会場質問は
 シンポやフォーラムの醍醐味でもある。
 壇上にいても、企画・運営していても
 それが楽しい。

 終わってからの
 関係者の懇親会がついているときがある。
 これも楽しい。
 初めて出会うメンバーどうしで、
 新しい交遊関係が生れる。
  

口紅占い―おかしな「特技」

2006年12月15日




 誰にでも、このことなら、
 第一人者なんだ、という「特技」があるものです。
 私の場合、いろんな業種の
 いろんな現場を歩いてきましたので、
 変な特技が身につきました。
 まったく、
 毒にも、クスリにもなりません。

 その?
 女性の口紅占い

 こんなの、
 特技といえるのか?




 人柄や、性格、その日の気分。
 なんとなく察することが出来ます。


 悲しいことに、
 15歳からずっと、
 デザインの現場にいました。
 この仕事は、依頼を受けて、
 いろんな色をアレンジすることでもあります。

 微妙な色彩の持つ、
 多様なイメージを相手に説得する。
 それで飯が食えるのです。

 したがって、
 自分の好きな色というのがありません。
 どんな色でも好きにならないといけない。
 相手が求められる色を提案しても、
 自分のことになると、さっぱり。
 画家なら、自分の好きな色を主張できますが、
 職人は、やってはいけない宿命。




 そんな特技のことを知られたら、
 女性から、嫌われることでしょうね。

チューリップ評論―おかしな特技?

2006年12月16日




 やっと、晴れ間に
 チューリップ球根を植え込みました。

 変な特技?
 10年、20年後に、どんなチューリップが
 人気が出るのか?をアドバイス。


 30年ほど、
 富山県チューリップ優良品種認定委員やってます。
 10年後、20年後の市場に
 どの品種が有望か、なんていう
 のんびりしたプロジェクトがあります。
 (品種改良、圃場量産に年数がかかる)




 県の試験場、生産農家、
 オランダの輸入品種から20種ほど選び、
 どれを導入するかを検討します。
 それぞれ、専門家ばかりです。
 私だけ、素人で、
 イメージを評論するだけ。
 あんまり役にたっていません。




 でも、チューリップが好きになって、
 とうとう最大の原生地である
 カザフスタンへ、2度も
 フラワーウオッチングに行きました。

 来春、どんな花が咲くか楽しみです。

おじじ殺し―おかしな特技?

2006年12月18日


 美術館の近くの道端に、
 初冬だというのに、ヨモギが育っていました。
 暖冬の気配?


 私のお恥ずかしい特技―その?

 8人兄弟の次男坊だったため、
 完璧なおじいちゃんっ子に。
 中卒で住み込み修業4年間は、
 25歳年上の先生と、
 24時間、同居生活、アトリエでの仕事も
 深夜まで二人っきり。

 結果、
 同年輩の人とのコミュニケーションが
 ほとんど出来なくなってしまいました。
 20歳までの多感な時代に…




 デザインや、広告などの仕事は、
 相手を説得できてナンボです。
 談合や入札と無縁で、
 おかげで逮捕されることもなく済みました。

 コマーシャルなどは、
 代理店どうしのバトルが日常。
 どんなプランも、
 プレゼンテーション次第で
 天国か地獄に。

 30分など限られた時間に、
 社長や部長などズラリと並んだ前で
 汗をかきながら 
 アイデアを披瀝しなければなりません。

 そんなとき、
 相手陣列の中央に座っている人が
 決定権を握っています。
 年齢も高い。




 こんなとき、
 おじじ(失礼)の気持ち、価値観が
 手に取るようにわかるということが
 どれだけトクをしたことか。
 年長者と対等な会話ができることが。
 プレゼンは勝率25%が相場なのに、
 いつも高得点で生き残りました。

 いまは、そのおじじのトシというのが
 悲しいことであります。
 いまさら80歳の人を殺してみたって…

サイン偽造―あぶない特技?

2006年12月19日


 この季節なのに、立ち上がっていたのは、
 何という植物なのでしょうか。
 どなたか教えてください。庭に植えてみます。


 こんどは、危ない特技。

 15歳で始めた最初の仕事は、
 先生について、クスリのパッケージデザインを
 仕上げることでした。
 うんと細い筆で、1ミリ角の文字を書き込みます。
 (それで近眼、猫背になった)
 新薬の場合、半分は英文です。
 外国の古雑誌を切り抜いて勉強してました。
   こんな面相筆などの道具で書きます。
 
 デザイン専門学校で
 ボランテイァ講師のときは、レタリングを教え、
 失業中のときは、ガリ版研究会を作り、
 ガリ版の文字の書き方を教えて食っていました。
 
 看板屋さんに拾われたとき、
 文字書き職人にアドバイス。
 いきいき富山などの文字は
 版画風の手描きレタリングです。

 私の人生の大半が、いろんな文字を書くことに
 費やされてきたことになります。

 会社で支社次長を17年。それまで仕えた5人の
 支社長のサインをして、代印を押してきました。
 なぜか、いろんな人の筆跡を
 それらしく真似ることが趣味となりました。
 ちょっと練習すれば、すぐ書けます。
 たぶん、筆跡鑑定もできるはず。

 まだ、悪用したことはありません。
 

金沢vsとやま―けさの新聞から

2006年12月19日



 ずっと愛読している月刊誌に
 日本語版ナショナルジオグラフィックがある。
 世界180ヵ国で920万部発行されていて、
 歴史も118年をこす。
 そのカメラマンが、南砺市へ取材の記事が
 今朝の朝刊に。
 おなじみ「パロ」ロボットくんである。
 この雑誌のカメラマンが主役になったのが、
 映画にもなった「マディソン郡の橋」。
 掲載されたら、影響力は多大である。

 先日、ブログでオーパ氏が紹介されていた、
 小松製作所の記事が、別の朝刊に。
 あわせて、富山から金沢へ進出する
 書店、宝飾店、食品スーパーが、
 迎え撃つ地元の緊張感を高めている。

 むかし、金沢駅隣に
 富山市の資本のホテルが進出した。
 広告の仕事は、その1年前から
 戦略的に動かねばならない。
 いざ、現場で立ち会うと、
 それぞれの業界の、水面下での攻防はすさまじい。
 このときは、陰湿ないじめにあった。

 金沢に集中するのは、
 付加価値の高い業種に特化し、
 ハイテクのモノづくり分野は
 富山という基調は変わらないだろう。

 南砺では、パロのような存在が
 最ものぞましい姿である。

南砺はりんごの適地?

2006年12月20日



 同級生から、
 立野ヶ原産のりんごが届きました。
 甘酸っぱさは、最高。

 


 自宅は、魚津の
 りんご畑の真ん中にあります。
 摘果が終わって、紅葉です。
 2階の窓からの撮影です。

 袋がけしないぶん、省力化のため
 年間10数回薬剤散布します。
 緑色の葉っぱはほとんど見られない。
 したがって、
 地元のりんごはこわいし、
 まずくて食べられません。




 ところが、
 立野ヶ原で実験的に作られた
 このりんごは、
 ほんとに、りんご本来の味がします。
 つれあいに頼まれて、
 再度、注文したほどです。

世界のりんご

2006年12月21日



 日本の7倍の広さがある、
 中央アジア・カザフスタンは
 草原と丘陵、天山山脈、砂漠の国。
 そのなかで最大のオアシス都市でもある
 アルマトイ(アルマアタ)は
 りんごの花咲く都という意味。
 世界のりんごの原生地です。

 この写真は、野生のりんごの花
 絶滅危惧種として、
 レッドデータブックに載っています。
 乾燥と病気に強いので、世界のりんごのの
 園芸種の台木に使われています。





 世界的なチューリップの専門家、
 アンナ博士に現地をガイドしてもらいました。

 南砺市の立野ヶ原丘陵地帯は、
 土地がやせていて、雪が多い。
 まさに、りんごのふるさと、カザフと
 気候条件が同じです。
 
 現在は、三社柿のふるさとですが、
 干柿は大変な手間がかかります。
 後継者の問題もあります。
 りんごの特産地として導入できれば
 同級生の実験的な成果からも
 充分可能性があると思います。
 青森や信州とちがって、
 富山県は収穫期が遅く、
 登熟期間が長いため最高の品質です。
 青森の専門家は、富山県が
 りんごに本気にならないから、
 助かるといっています。

 かって、陸軍演習場であった立野ヶ原。
 干柿づくりから、りんごの里に
 住み分けができれば、
 労働力の分散にもなります。

 りんごは実は儲かる農業なんです。
 魚津の加積地区のりんご農家は
 みなさん豪邸に住んでいます。

運転しない―なさけない特技?

2006年12月21日



 むかしは、
 差別用語の「昭和の○ザリ」とさげすまれ、
 平成の御世には出世して、
 「平成の天然記念物」と呼ばれます。

 ゴルフも含めた丸いボールの
 スポーツは苦手。
 運転できない、というのは
 いまの時代は特技かも。

 奥方は見るに見かねて、
 丈夫なだけがとりえのフランス車を
 ご購入あそばされ、
 ただいま18万キロです。
 わたしは小さくなって助手席専門です。

 運転しないと、長距離通勤は
 動く書斎です。
 公共交通機関だけでも結構生きていけます。

 北陸新幹線が来たら、
 富山県へやってくる人は
 面食らうでしょう。
 公共交通機関の接続の悪さ。
 日本一のクルマ社会ですから。


 メリットもあります。
 いろんな人に便乗させてもらって、
 ドライブ中にいろんな話が
 できることです。
 
 考えながら歩いたり、
 風景を眺めたりできます。

 背をまるめて、駅まで歩きます。
 とぼとぼと。
 一日一万歩は歩いています。
 健康にはいいみたい。

カンボジアの児童画展です

2006年12月24日



 吉江中学の同級生だった、
 辻野 清志氏から
 カンボジアの子どもたちの絵が
 持ち込まれた。




 NPO福光の
 理事長をしている彼らが
 カンボジアの遺跡
 アンコール・ワットの近くで
 出会った、ツヴァイチェック小学校の
 子どもたち。
 学用品を贈ったりしている過程で、
 お返しに児童画をもらった。
 



 南砺市立福光美術館の
 研修室で開催中です。
 かって内線の戦場の
 真っ只中であった村。
 知識人のすべてを虐殺。
 地雷はまだあちこちに埋まっている。
 そんな、厳しい現実と
 子どもらしい夢が描かれています。
 入場無料、火曜日と年末年始休み。
 新年14日まで開催。
 美術連合展もやっています。(無料)
 あわただしいなかで、ちょっと一服も
 なかなかいいものですよ。

これでも大根???

2006年12月25日



 3年前に、
 知人からもらった「辛味大根」
 猛烈に辛いです。
 そばの薬味専用です。

 坪庭のように耕して
 ラディシュ(二十日大根)を蒔きました。
 どちらも、ほとんど手入れをしなくて
 冬もそそまま
 春もそのまま、
 花が咲き、実り、
 タネは庭じゅうに散らばって
 ようやくあちこち収穫してみたら、
 見事に混血していました。
 巨大化したラディシュと
 ピンクの辛味大根。
 どちらも辛味はじゅうぶん。
 葉は「よごし」「いためもの」
 最高です。

 大根には罪はない。
 なまくら家庭菜園の結末でした。

クリスマスで忙しいのは。

2006年12月25日



 クリスマスで忙しいのは
 サンタさんやトナカイさん、
 お店だけではありません。
 教会の神父さんが
 いちばん大変です。

 輪島の中央の丘に
 小さなカトリック教会と
 海の星幼稚園があります。

 ここに40年以上おられる
 ジュリアーノ神父さんは、
 イタリア出身。
 知る人ぞ知る(地元は知らない)
 作曲家でパイプオルガンの名手。

 15年になるお付き合い。
 わがつれあいと、音楽仲間です。
 クリスマスはお忙しいので
 その前に行ってきました。
 異国で、つつましく暮らしておられます。

 中国紹興市の婁ちゃんや
 マリクリスティーヌさん、
 ニューヨーク、チェコからも
 クリスマスと新年を祝う
 メッセージカードやメールが来ました。

 さあ、ガラスを拭かないと
 かあちゃんにどなられそう。 

間に合います。年賀状公募展

2006年12月26日



 年賀状でがんばっている方も
 多いと思います。

 版画の年賀状に挑戦されたかたは、
 もうひとつ挑戦してみませんか。

 第5回 版画年賀状公募展

 1月4日まで、
 〒939-1626南砺市法林寺2010
  福光美術館「版画年賀状係」まで
 送ってください。
 小学生、中学生、一般の3部門ありますが、
 小・中学生の応募が少ないので
 入賞の確率が高いです。
 (宛名面に、〒・住所・氏名・学校名・学年を)

 入賞作品は
 2月の「雪あかり祭り」の
 巨大紙風船に採用されることもあります。
 
 まだ間に合いますのでよろしく。

美しい国

2006年12月27日



 雪ならぬ、雨。
 ちょっとの晴れ間に
 庭で、蝋梅の花を撮影。
 1月末か2月に咲くはずなのに。

 週刊朝日の広告見出しから。

 美しい国

 逆に読めば、
  
 憎いし苦痛

 阿部さんに対抗する小沢さんの
 キャッチフレーズか?

 ならば、
 南砺市美しい医師苦痛しとんな
 かって、
 棟方志功一家のお世話をし、
 地域医療にすべてを尽くされた
 松井寿美子女医さんのように、
 総合病院でも
 若き、産婦人科医、小児科医たちが
 南砺市でがんばってほしい。

ほそみち―全国第4位!

2006年12月28日


 棟方志功記念館・愛染苑の前庭の、志功さんが愛した「侘び介」です。きょうまで開館、正月は4日からです。お正月にちなんだ展示になります。
 


 なんと、
 ほそみちが全国第4位

 残念ながら、
 私のことではありません。

 全国の書店が選んだベストテン。
 でも、プロが選んだ本です。

 えんぴつでなぞる
 奥の細道
 なんでもワープロ、パソコン、
 メールの時代。
 手書きで文字を書かなくなりました。
 最初は売れないだろうと、
 4000部出版。
 書評やテレビで紹介されて
 なんと、90万部を超えて売れ続けています。

 ちょっと、
 年末にうれしい話。

シナそばです。

2006年12月28日



 御用納めの日です。
 40年も民間人でしたから、
 得意先や、県庁へ
 ご挨拶に出向く日でもありました。
 スタッフの労をねぎらって、
 町のあちこちへ支払いに。





 宇佐八幡宮も
 初詣の準備が出来ている様子。
 その向いには、「
 
 食のとやま遺産です。
 戦後変わっていないシナそば。
 ラーメンと呼ぶにはもったいない。

 小振りのどんぶり。
 つゆはあっさりとして、奥が深い。
 やわらかめの麺と、
 はべんひときれ。(わかるかな?)
 おでんと相性のいい、シナチク。
 年暮れの、
 至福のひとときです。

 帰りは雨から、あられ。
 列車ダイヤはめちゃめちゃ。
 とうとう雪模様です。

ことし、うれしかったこと。

2006年12月29日




 年賀状の宛名書き。
 まだ10分の1で、ため息。
 まるまる2日間かかりますが、
 喪中あいさつのチェックで、
 ああ、まだ若かったのにとか、
 ことしも逢えなかったとか、
 いろんな想いが
 書いていて交差します。
 大事な、対話の二日間でもあります。

 なかでも、
 うれしかったことの一つは、
 数十年ぶりに東京まで出かけて
 恩師に会えたことです。
 (コラムにも紹介させていただきました。)
 
 気を取り直して、
 年賀状の山に対面しなくては。

鬼が泣き出す???

2006年12月30日

  石崎光瑤作 燦雨(部分

 今朝の北日本新聞朝刊。
 社会対抗面(業界語)にカラーで
 石崎光瑤の燦雨が紹介されました。

 日本の美術史100年史を飾る、
 名作を紹介、との見出しです。

 来年には日展の富山展が開催され、
 次の年の4月には
 日展100年展が開催という内容です。
  
 来年のことを言うと鬼が笑う。
 再来年だったら、
 鬼が泣くのかしら。

 実は、
 東京の六本木で
 国立新美術館がオープンします。
 その記念展に、
 福光美術館の所蔵する「燦雨」を
 貸し出して欲しいという大仰な
 願い状が届きました。
 全国を巡回して、最後に
 富山県立美術館でも展示されます。
 それがニュースになったもので、
 国宝級という、
 お墨付きをいただいたようなもの。

 来年3月から、しばらくだけ
 燦雨の旅立ち展として、
 福光美術館収蔵作品展を
 予定しています。
 

ムフフ…3億円。

2006年12月31日



 買わなければ当らない。
 買えば、
 当るとは限らない。

 年末ジャンボ宝くじ

 ではでは。

 ・・・・・・・

 40枚買ったのに。
 3000円が一本。
 300円が4本。
 しめて、4200円。

 まあ、今年は
 こんなもんだったか。
 
 紅白で、
 静かに年を越すとしますか。

 本年もお世話になりました。
 どうぞいいお年を。

 カテゴリーで、
 たからくじ―で、変換したら、
 たから悪事となりました。
 身に覚えはない。
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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