nanto-e.com archive

なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

あとわずかで7777

2006年11月01日
 



 今日中に行きそうです。
 ラッキーセブンのぞろ目です。

 あとわずかで

 

 踏まれた方に、

 ささやかな

 プレゼントです。

ネパールへ出かけます。

2006年11月02日




 福光文化祭が開かれました。
 駅前中央会館前には
 すばらしい菊が展示されていました。




 富山大学の、西頭学長の講演は、
 平日の午後なのに、超満員。
 いつもながらの楽しく、わかりやすく、
 南砺のためになる講話でした。




 2階の生け花展には、
 子どもも楽しんでいます。




 これは、草月流・成瀬社中の
 出品作です。
 熊に意地悪しているわけではありません。

 あす3日の夕方から、
 ネパールへ出かけます。
 しばらく
 ブログもお休みです






ちょっと気になるので。

2006年11月03日




 朝露にぬれる、
 ネパールの宿根そばと、
 赤まんま、の花です。

 午後から、
 ネパール行きというのに、
 ブログ中毒症候群
 悲しさ。
 ちょっと気になること。

 週刊ポストに連載中の
 射水市総合病院の元外科部長。
 ノンフィクションライターが迫っています。

 週刊モーニング
 創刊25周年目。意欲的なコミック雑誌。
 東大受験のドラゴン桜が佳境。




 高岡南高校の生徒たち。
 補習が始まっても、元気です。

 延命治療は、終末医療のこと。
 履修不足は、教育の本質論に。
 とやま発のニュースは
 日本列島を駆け巡りました。
 (とやまも結果、貢献した?)

 これから、気になること。
 週刊誌・月刊誌の特集です。
 責任論から、
 教育基本法、教育委員会
 高校の予備校化など
 根の深い議論を、徹底して欲しいもの。
 さらに、
 海外から、笑いものに。
 (自国史、世界史を学ばない国)
 近隣諸国からの反応は?

 なんて、言ってる場合じゃない。
 行ってきます!

ネパールから帰りました。(追加)

2006年11月11日



 ようやく、
 9日間の旅から
 帰ってきました。
 この山は、
 ネパールの中心、ポカラの
 シンボルでもある、
 マチャプチャレという、
 聖なる山です。
 (6993m)
 ネパールの人々は、
 この山がいちばん好きで、
 誰にも登頂させていません。
 魚の尻尾という意味で、
 横から見るとそういう形をしています。




 ポカラ空港から望む
 マチャプチャレと、
 両側に従えている山並みは
 アンナプルナ山群。

 おいおい、
 報告を致します。
 とにかく、眠いので失礼。

これが今回の最大の目的でした。

2006年11月14日



 なんの変哲もない、
 このざらざらした物体が、
 ネパール・ヒマラヤ産の岩塩です。
 なめてみると、
 ちょっぴり甘みがあります。





 昨日発売の
 コミック・スピリッツに
 美味しんぼが載っています。
 
 テーマは、世界の岩塩で、
 ヒマラヤでなぜ塩がとれるのかを
 マンガのストーリーに
 紹介されていました。

 利賀村の皆さんが
 18年前の厳冬期にめざした、
 ツクチェ村とは、
 この岩塩を商うことで
 ネパールいちばんのビジネスを
 成功させた部族、
 タカリー(8000人)の人たちの
 拠点でした。

 チベットから、ネパールを経由して、
 インドへ岩塩を運んだ、
 たぐい稀な商才のある部族です。

 利賀村、そして
 南砺市はとんでもない歴史と、
 魅力を持った
 グループと交流していたわけです。

 

ネパールの古都・パタンのまち。

2006年11月16日



 つれあいが、今流行の風邪でダウン。
 ブログのアップが遅れました。

 初日、ネパールの首都
 カトマンズ(カトマンドウとも)の散策です。
 2000万人の人口の1割、
 200万人がこの首都に集まっていて、
 大変な雑踏です。

 ホテル近くの古都、
 パタンは、魅力のあるポイントです。




 この中でいちばん好きなのは、
 パタン・ミュージアムです。
 ドイツの専門家が設計・展示したという
 完成度の高い博物館です。




 数千年の歴史を刻む、
 ネパールは
 経済的には世界最貧国として
 下から2番目です。
 しかし、歴史、文化、自然
 どれをとっても魅力がつきません。
 なかでも、
 人間的魅力は世界トップクラスでしょう。
 だから、4度も行きたくなる国です。




 博物館前の広場には、
 このような
 露店がいっぱいで、
 時間が経つのを忘れさせます。
 

ネパールの木彫

2006年11月16日




 古都パタンの、
 ミュージアムはそれ自体が、
 木彫の博物館です。





 外観、内装、
 回廊の柱まですべて木彫です。
 それもかなり古い。
 南砺市・井波の皆さんにも
 ぜひ見ていただきたい、
 すばらしい木の文化館です。





 木彫だけではありません。
 石の見事な彫刻、
 蝋型鋳物のブロンズ像など、
 実に多彩で
 技術水準も高度です。
 デザインセンスも卓越しています。
 何日も滞在したい博物館でした。





 ホテル・サンセットビューに
 ようやく落ち着きました。
 3度目の宿です。
 庭には、南国の花が咲き乱れています。
 久しぶりの、
 マンダラ画僧の
 サシ・ドージ・トラチャン師と
 チャカラ氏が待っていました。

 (画像をクリックして見てください)

ポカラという町

2006年11月17日




 首都カトマンズから、
 空路ポカラへ。
 ネパール第二の都市です。
 王様の別荘がある、ペワ湖のほとりです。

 夕食は、定番の
 ネパール料理。
 長粒種(インディカ米)のご飯に、
 豆スープ(ダルカレー)を混ぜます。
 チキンカレーや、
 大根のうんと辛い漬物。
 慣れると、クセになるスパイス味です。




 山中で見かけた、
 ミョウガの花です。ツリフネソウも咲いてます。






 現地の山中で見かけた
 子ども。「ナマステ!」
 質素な家に住んでいます。
 ヒンズー系の顔です。
 肝心のマチャプチャレの峰は
 雲に隠れて見えませんでした。




 ポカラのバザールでござーる。
 ヒンズーが圧倒的なここでは、
 牛は神様です。
 町なかをのんびり歩いています。
 車で轢いたら厳罰です。
 (人間を轢いたときより重い)
 食べると、死刑?
 野菜が欲しそうでした。

山岳博物館に利賀のマンダラが展示。

2006年11月18日



 ポカラ郊外には、国際山岳博物館があります。
 世界の登山家がめざした、
 貴重な資料が展示されていて、
 目を見張ります。
 
 なかに、
 利賀村瞑想の郷主任学芸員の
 田中公明さんが、CGで描いた
 マンダラが、いくつも展示されていて、
 思わずうれしくなりました。




 中には不思議なコーナーも。
 日本人の、山岳部族?のつもり?




 タカリーの部族です。
 36ある部族でも最も小さく、
 8000人と言われていますが、
 ネパールでいちばん活躍しています。
 本拠地はツクチェ村。




 夕景のアンナプルナ山峰。
 タカリー族経営のホテルでくつろぐ。
 このあと、
 とんでもない行程が待っているとも
 ご存じないでいる、わが伴侶。




 11月なのに、ブーゲンビリアが咲く。
 ここは亜熱帯です。

いま、ネパールで起きていること。

2006年11月19日




 実は、いま、
 ネパールでは大変なことが起きています
 7大政党が、
 マオイストと、協定を結びます。
 国王は、象徴つまり、
 日本の天皇と同じ、シンボル的存在に。
 王室の膨大な財産は、国庫へ。

 


 非合法で、武力闘争をしてきた、
 マオイスト(毛沢東派)が、
 (中国は認めていない!)
 武装解除を条件に、
 メジャーな政党となる。
 暫定国会の第二政党になる見通し。
 水面下で、
 根回しがなされているが、
 ネパールは、揺れ動いている。




 確実なことは、
 これで、ネパールは
 議会制民主主義の道を
 歩み始めるということ。
 この10年は、
 波乱の時期であった。

 ネパール情勢を最も正確に伝えているのは、
 ネパール在住の女性・フリージャーナリスト。
 Yahoo!ブログ‐kathmandu journal
勇気ある、聡明な女性です。

みんなで農作業の日in五箇山

2006年11月19日





 五箇山は最後の紅葉です。
 みんなで農作業の日in五箇山
 合同大収穫祭をやりました。

 春の相倉田植え
 夏の利賀・そばの種まき、
 初秋の菅沼・赤カブ種まき
 そして取り入れ。

 内外から200人を超す 
 それぞれのオーナーが参加しました。
 きょうは、合同収穫祭です。





 家族ぐるみの
 そば打ち、ぼたもち、
 赤カブ料理体験に挑戦です。

 



 トチ餅つき、岩魚の塩焼き
 なんでもあります。





 茹でたてのそば、できたてのぼたもち
 赤カブ料理などをいただきながら、
 地元の民謡を
 たっぷり楽しみました。
 オーナーのみなさん、
 お世話のみなさん、ご苦労さまでした。
 来年も、また。

小矢部市長選挙

2006年11月20日



 ときおり、冷たい時雨の降る
 冴えない日曜日でした。

 小矢部市長選挙

 久方ぶりの激戦。
 市を二分する、たたかいが続きました。
 政策(マニュフェスト)が
 よく練られていないまま突入。

 小矢部市と言う存在は何か、が
 議論される機会でした。
 
 以前の、入善町長選挙と
 状況がよく似ています。

 少し前の射水市長選挙でも、
 裏方にかかわりましたが、
 いつも、空しくなるのは
 すぐれた見識、才能ある貴重な人材が
 潰されていくことです。
 
 地域には欠かせない人というのが
 選挙の名のもとに翻弄される。
 あとのしこりは
 10年も続く場合がある。

 南砺市の場合、
 もう少し政治的に
 洗練されているという気がします。
 
 

南砺市そして富山県の未来会議

2006年11月21日




 夕べの雨で、
 けやきの落ち葉がびっしり。
 (濡れ落ち葉にならないように)

 午前は福野庁舎で、
 第5回 総合計画審議会が
 開催されました。




 今回の中心議題は
 基本構想の「将来像」です。
 どうしても、総花的になる総合計画ですが、
 市民が元気が出るよう、
 南砺市の未来イメージを発信する、
 そんな意味を持つテーマです。

 事務局や市民の提案など、
 数々の案を審議のうえ
 市長と会長の意向を勘案して、
 全会一致で

 さきがけて
  緑の里から 世界へ
 


 に決定しました。
 小学生の提案した市章のデザイン、
 駅伝でぶっちぎり優勝の
 中学生たち。
 そんな明るいイメージでしょうか。
 県や他市町にはない、
 新鮮さは、南砺市ならではです。




 わがつれあいにアッシー
 (変換したら圧死と出た! ダイエット、ダイエット)
 を頼んで、富山市へ。

 未来とやま戦略アクションプラン
 推進プロジェクト委員会です。
 石井知事が挨拶で、
 8年後の新幹線対応を構想する意義について
 熱のこもった話です。

 五箇山でのオーナー制度、
 世界遺産、棟方志功などを
 事例として紹介しました。

ジョムソンからツクチェ村へ。

2006年11月21日



 (写真は、アップでご覧ください


 ポカラ空港から、
 ひとっ飛びで、ジョムソン空港へ。
 18年前は、3日間も待たされたところ。
 今昔の感があります。
 ニルギリの峰がまぶしい。




 小さなチベット馬に乗って、
 いざツクチェ村へ。
 3度目の体験ですが、快適です。

 


 行程は約3時間あまり。
 途中、マルファの素敵な街を通り抜けます。




 また、中間に
 マンダラのサシ・ドージ・トラチャン師の
 お父さん、祖父の手がけられた
 古いお寺も見学。
 いま、彼が修復のプロジェクトを
 国際的に組織しています。
 私も帰国前に残金を寄贈してきました。





 いよいよツクチェ村へ。
 入り口では、村人たちが、総出で
 太鼓やレイで大歓迎でした。





 団長の清水さんは、
 18年ぶりの再会でした。





 いつものロッジの中庭でいっぷく。
 外は、初冬のニルギリ(7061m)
 こんな谷間の村です。





 おとなしい馬たち。
 実は、ふだんは放し飼い。
 嫌がって逃げるのを、餌でつって、
 無理やり鞍をつけて仕事させます。
 村の人たちが引き連れて迎えてくれたわけです。
 もう、乗馬は終わりになるかも。
 オートバイの通る道が
 すでに整備されていました。

美しい農村を守るために。

2006年11月22日



 美術館の玄関階段の、
 紅葉が美しさを増してきました。
 昨日は、シルバーさんが
 きれいに雪囲いをされました。
 ことしの冬の備えが進んでいます。




 19年度から、国の新しい事業が
 急遽スタートします。

 農地・水・環境保全向上対策

 わかりやすく?言うと、
 中山間地特別支払い制度のひら場編。
 
 もっとわかりやすく言うと、
 今度は平地の農村部を守ろうという事業。
 高齢化する農村。
 振興住宅地と混在する風景。
 住民ぐるみで、
 美しい農村環境を守ろう。
 そのために、地域ぐるみで
 協定を結び、
 5年、おそらく10年は、
 水路の保全や、花を植えたりする活動に
 補助金を払うというものです。
 南砺市の平地の農村部の
 かなりの集落が該当します。

 中山間地直接支払い制度が生れたとき、
 条件不利の傾斜地で、
 どう農業を守るかが話し合われました。
 そのなかで、五箇山で
 3つの農業公社が誕生しました。
 みんなで農作業の日in五箇山も
 この制度の延長線上にあります。

 今度は、平地の農業への支援です

 生産農家だけでなく、
 地域のPTAや、子どもたち、婦人グループ
 いろんな人たち、組織が加わって
 進めようという事業ですが、
 詳細はこれから。
 しかし、早めに手を上げる必要があるようです。
 くるくる変わる農政。
 見極める議論も急がれます。 

6666踏みました。

2006年11月23日




 ふぇいちゃい様

 6666踏みましたあ

タカリー族の台所拝見。

2006年11月23日





 ツクチェ村のいちばんのロッジです。
 昔は取引先が泊まるので、
 宿代はただ。
 食事代はしっかりいただく。
 チベットからネパール、インドまで、
 料理はバラエティに富み、
 ネパールでもっとも料理がうまい部族として
 国内でも有名です。
 日本料理、そば料理も出てきます。




 利賀村の有志が支援して
 ハイスクールが生れました。
 コンピュータ教室です。
 機材は、タカリー族出身の
 成功者が寄贈しました。
 小学校1年生から英語を習います。
 4〜5ヶ国語は軽いです。




 夜は、村の集会所ホールで
 南砺市一行歓迎のレセプションと、
 かわいい子どもたちのステージです。





 南砺市長からの記念品は
 井波の木彫、
 ネパールダンスは、
 瞑想の郷を思い出します。



 村民600人のうち、
 400人は集まって、一緒に楽しみました。


元気ハツラツとやまの田舎

2006年11月24日



 富山城も晩秋の気配です。

 富山市の自遊館で、
 中山間地域活性化推進大会が開かれました。




 朝日町の長崎喜一さんと、
 福光出身の山村美樹さんの
 掛け合い基調講演が
 満員の会場を沸かせました。
 長崎さんとは、
 同じグリーンツーリズムとやまの
 仲間で、副理事長です。




 パネリストで、
 南砺市を代表して
 薪の音のオーナー、山本誠一さんが
 このブログのPRもかねて、
 すてきなスピーチでした。




 昨日は、
 魚津のしらくら山の学校でも
 シンポジュウムを開きました。
 そこでは、
 上平地区での、
 赤カブオーナー制度の報告を
 してきました。

 グリーンツーリズムは
 地味で、気の長い事業ですが、
 いまの時代、
 いちばん求められていることだと
 実感しました。

県と、南砺市のキャッチフレーズ

2006年11月25日





 けやきが落ち葉を散らし、
 利賀で拾ったトチの木の葉も
 晩秋の趣きです。
 薪も数年分準備できたし、
 3本くらいの細いスギのスンバも
 かき集めて、焚き付けにします。


 昨日のK紙の小さな記事。
 「看板に特徴生かせ」とあります。
 現在、南砺市と同時進行の
 県の総合計画づくりも、
 いよいよ、大詰めです。
 全体像、将来像のキャッチフレーズの
 制定作業です。
 これが、むずかしい。
 過去、県や市町村で苦労しているが、
 いいものは稀で、ダサいのが多い。

 「しあわせに生きる 富山の創造」
 「水と緑といのちが輝く 元気とやま」
 などが使われたが、以来、
 県内では「元気都市○○」が流行った。

 さきがけて 緑の里から 世界へ

 南砺市が「さきがけ」を使ったため
 県も焦ったのかもしれない。
 まさか、これを真似るわけにもいかないし。
 県の総合計画を
 何度も手伝ってきただけに
 なんとなく事情がわかる。

 明治初年のころ、
 富山県は「岩魚県」と呼ばれて有名だった。
 国の施策に、すぐ飛びつくことから。
 その後の県勢は、
 全国にさきがけて近代化の道を走った。
 そのなかでも、
 風土的に南砺地方は、
 すべてに先駆ける風土がある。
 県が使いたがった「さきがけ」
 キーワードを、
 南砺市がいただいてしまった。

ツクチェ村からダウラギリへ

2006年11月25日




 毎日、いろんなことがあって、
 ネパールレポートに
 頭の切り替え大変です。

 ツクチェのロッジで、
 早朝に起きて屋上へ。
 ほとんど雨も雪も無いので
 薪は屋上に積んでいます。
 隣の家と屋上がつながっているので、
 夫婦喧嘩したら、すぐ逃げられるそうです。
 ダウラギリの峰の一部が見えます。




 ツクチェ村の
 タカリー族の仏間です。
 ロキシーと呼ぶ焼酎の
 蒸留の壺が神聖な道具?です。
 真言は、
 「オムマニプムフム」
 南無阿弥陀仏と同じで、
 蓮の花の上に栄光あれ、と言う意味。
 チベット文字で書かれています。




 ツクチェいちばんの、
 格式ある家には、
 100年前に、ここで勉強していた、
 チベット探検で世界的に有名な
 河口慧海の部屋があります。
 アプリコットブランデーを
 醸造している家でもありますが、
 ここの奥さんがいまも使用しています。




 サシさんが、
 チベット仏教の大蔵経の仏典を
 見せてくれました。

 


 ここにある仏典で、
 利賀村の瞑想の郷の
 大マンダラが描かれました。
 すごい学者です。
 仏教の原点がここにあります。




 ツクチェの皆さんに
 別れを惜しんで、
 再び馬に乗って
 コバンの村をめざします。
 18年前とは、
 すっかり違って、
 道路も整備されました。

 

ツクチェ村の夜明け

2006年11月26日



 ツクチェ村の夜明けは遅い。
 11月ということもあるが、
 向かいに7000メートルの峰があるのだから。
 後光が射しはじめた。





 朝食の前に、軽く
 ポップコーンとネパールテイー。
 岩塩の話になったら、
 サンプルを見せてもらった。
 ちょっぴり甘みがある。
 ツクチェ村の少し上流の
 ムスタンというところで、
 岩場から浸出する塩水を精製する。
 タカリー族は、
 この岩塩や、チベット岩塩
 専売する権利を持っていて
 遠く、インドまでキャラバンを
 組んで商って栄えた。
 当時は、日本など比較にならないほどの
 豊かな生活を送っていた。




 馬で次の目的地まで。
 チベット馬は小柄でおとなしい。
 重量級の我がつれあいが乗る。
 馬、文句いわない。
 (つれあいは、この若者が気に入って、
  現在短編の物語りを執筆中)





 コバンの集落への道。
 100メートルほどのがけの急坂を
 馬のたてがみにしがみついて
 かろうじて登る。
 写真どころではない。スリル。





 命からがら、なんとか
 タサンビレッジへたどり着く。
 眼下には、美しい段々畑。



 "
(この画像をポチッとしてください。スケールがわかります
。)

 カリガンダキ(黒い河)の流れ。
 ここが、ネパール随一といわれる、
 商業民族・タカリーの
 ふるさとである。


 

素敵な写真展です。

2006年11月27日




 小矢部市のアマチュア写真家、
 高田 衛 さんの、
 すてきな個展が
 南砺市立福光美術館
 市民ギャラリーで開催中です。
 12月3日(日)まで。




 高田さんは、写真歴まだ数年。
 とても信じられない。
 その作品は
 日本のプロの水準を抜く、
 息を呑むような作品ばかりです。

 今回は、山岳の
 雲のダイナミックなドラマが
 テーマだそうです。

 仕事の合間に、
 日本のアルプスを走破し
 ひたすら、自然のパノラマショーの
 タイミングを待ち続ける。
 
 ご本人は、
 この会場と空間が好きだと
 こだわりかたも徹底している。

 いろんな写真展を見てきたが、
 これほど心を打つ写真展は
 めったに無い。




 


 美術館入り口の
 徳兵衛桜が
 二度目の満開です。

 バックは、桑山の紅葉です。
 変な気分です。

日本の原風景みたいなタサン村

2006年11月27日



 カリガンダキ河は、黒い河という意味。
 チベット高原から、
 ネパールを縦断して、
 インドのガンジスに注ぐ。
 ツクチェ村を拠点とするタカリー族は、
 このあたりに住む、
 チベットより南下した民族。

 利賀村との
 友好関係をつくってくれた、
 アルジュン・トラチャン氏は、
 このダウラギリを望む絶景の地に
 ロッジを作るのが長年の夢だった。
 昨年完成した。






 タサンの村は
 ダウラギリ(8167m)のふもとにある。
 周囲は、タカリーのふるさと。




 ロッジから見下ろすと、
 そこは、日本の
 明治時代の農村風景であった。




 家族総出で、畑を耕していた。




 夜は、暖かい暖炉で
 みんなでくつろぐ。


息を呑む光景でした。

2006年11月28日




 ちょうど満月の夜。
 スイートの部屋の2面いっぱいに、
 月光に輝くダウラギリ(8167メートル)が
 真昼のように浮かぶ。
 この世とも思えない光景でした。
 (アップでご覧ください)

 朝は屋上に出て
 日の出を待ちます。
 温かいネパールテイーのサービスがうれしい。
 頂上に、ようやく
 陽光が紅く射す。
 まだ、月が残っていました。




 朝食のとき、
 利賀にも研修で来ていた
 娘さんが働いていました。
 利賀村にいたときと変わらない
 恥ずかしがりやさん。





 朝食後の
 ダウラギリです。
 いつまでも見飽きませんでした。




 ロッジの庭に
 チャーターしたヘリが
 迎えに来てくれました。



語学の天才ちゃん

2006年11月30日



 タサンロッジから、5人乗りヘリで
 アンナプルナ回廊を30分で
 ひとっ飛びです。
 途中のヒマラヤの峰々は白銀に輝いています。
 この遊覧だけでも来たかいがあります。
 この画像をアップしてみてください。
 中央がアンナプルナの主峰群
 右端がマチャプチャレ。(魚の尾の意味)
 横から見ると、魚の尻尾に見えます。
 聖なる峰として、登頂は許されていません。


 

 ヘリは、無事空港に着陸。 

 ポカラ空港からは、
 ネパールの人々が最も好きな
 マチャプチャレの峰が
 すぐ目の前に仰げます。






 ポカラから飛行機で、
 40分で首都カトマンズ。
 ホテル・サンセットビューの部屋に
 落ち着きました。
 信州戸隠で修業したネパールの
 そば打ち職人による懐かしい日本食です。




 利賀村の一行が必ずお世話になる、
 ヒロコ・トラチャンさん親子です。
 このホテルのオーナーで、
 二女のビヌーちゃんは、
 ただいまアメリカ留学中。
 ハーバード大学建築科3年だとか。
 半端でない。
 
 タカリー部族は
 古来、チベットとインドを結ぶ
 通商の民でしたから、
 語学の才能はネパールいちばんです。
 教育熱心な人たちで、国際化しています。
 英語は小学校1年から習っています。


 この長女アヌーちゃんは、
 18年前、小学5年生。当時は
 ネパール、チベット、タカリー、
 ヒンズー、英語、日本語が堪能で
 我々一行の貴重な通訳であり、
 アイドルでした。
 お母さんのホテルを手伝っています。
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

2015 年
7
8
9
10
11
12
2014 年
2013 年
2012 年
2011 年
2010 年
2009 年
2008 年
2007 年
2006 年
1
2
3
4

なんと-e   このサイトに関して
2006年より2015年まで運用しておりました「なんと-e.com」のブログをアーカイブとして公開しております。
掲載内容はブログ投稿時の内容によりますので情報によって被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。
公開期限は2020年を予定しておりまが、予告なしに変更又は削除する場合がありますのであらかじめご了承ください。