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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

立野ヶ原で、探検です。

2006年09月02日



 イチゴ狩りの里をご存知の方が多いと思います。
 しかし、すぐ近くのめだま監的壕は、知っている人は、わずかです。
 南砺市土生新の真ん中にあって、とても目立つ不思議な歴史遺産です。
 地元の東太美福寿会のみなさんが、この地域の記録を残すことになり、取材中です。
 福光の人でさえも、この目玉カンテッコーを知りません。そこで、福光美術館で、明日まで開催されている、アニメの原画作家の名倉さんを、現地にご案内しました。記録集のはじめの部分は絵本です。その絵を担当してもらう名倉さんに、ぜひ現地見学をと、お誘いしました。

 現地では、同級生が二人、待っていてくれて、イチゴ狩りの畠、カンテッコーの中と周辺をみんなで探検です。コウモリが飛び出しました。
 何よりも、見晴らしがよく、最高の澄んだ秋の空でした。名倉さん夫妻も、感激しながら、しばし、立野ヶ原のパノラマ風景を眺めて想をねっておられました。

 ちょうど、イチゴを作り続けて40年という森井さんも、畑仕事ちゅうでした。
 いちごの里のヌシのような方です。来年のイチゴ狩りのため、この10月には、苗を植えねばなりません。細いランナーと呼ぶ、蔓(つる)が伸びていました。連作を嫌います。親からの、最初のイチローから六郎まであるそうです。それを移植して春を待ちます。

 ほんとにすばらしい秋晴れで、カンテッコーの上から、砺波平野、伏木あたりまで見えました。

帰農塾のスタートです。

2006年09月02日



 富山県と、交流地域活性化センター(NPOグリーンツーリズムとやま)による、
とやま帰農塾が開講しました。



 場所は氷見の八代地区。第2回になり、この2期生の14人は、文字通り全国からやってきました。
 とやまで農業体験し、地元と交流をふかめ、将来とやまで農業に参加しようという、熱心なひとたちばかりです。昨年よりぐっと増えました。(今朝の4紙に出ています。)
 この地区は氷見でも過疎に悩むところですが、地元のリーダーの杉森自治振興会長が、とても熱心で、主婦のかたたちもかいがいしく面倒を見ておられます。
 このような塾を南砺市でもできればいいなと思いつつ、途中で帰りましたが、2泊3日のプログラムを組んで、仲間が5人、ボランテイアでお世話をしています。


 午後5時から、砺波市立美術館で、齋藤清策さんの特別展のオープニングでした。
 齋藤先生は、兵役で辛酸をなめ、生死をさまよい、帰郷のあと30代で日本画の道へ進まれます。早くに日展に入選。しかしかたくなにマイペースで、とうとう特選を実力で2回受賞されています。(特に日展は派閥と師弟関係が濃密で、実力そのまま評価というのは至難のことといわれています。)
 福光美術館の選定委員もながらくお願いしてきました。86歳にして、旺盛な制作活動を続けておられます。

 いつも、石崎光瑤の大作を前に、謙虚に学んでこられた姿が印象的です。華麗な作品の作品が並ぶ会場はとても盛会でした。




八尾おわら7つの大罪

2006年09月04日



 こよみが変わった途端に、大陸からのさわやかな秋風が吹きました。八尾おわら風の盆です。
 富山駅の賑わいは殺人的でしたが、駅員総動員で
 たいしたトラブルもなし。
 朝の特急に乗ったとき、朝帰りのお客さんが、鱒ずしが売り切れでぼどぼど、くどいていました。
 しろえび紀行も特設売り場が構内に。
夕方には、鱒ずしがど〜んと、売り場へ運び込んでいます。
 魚津の金太郎温泉は大衆料金なので、送迎つきでがっぽり。加賀温泉もしかり。富山市市内は、時間調節の大型バスが空のまま走り回っています。3日間で1000台。

 数年前に、富山市の駅前広場、大通りでおわらのイベントをやっていましたが、本場の保存会からのクレームで中止。合併で何かが変わるか?

 10数年前、八尾文化協会主催で、おわらについてのフォーラムやりました。私は、ちょっと過激に、
おわら7つの大罪 
 と言うテーマで話をしました。
 ?地元にお金がまったく落ちない。
 ?3日間のもてなしで、へっとへと。
 ?ゴミの山。トイレ騒動。
 ?添乗員の悲惨さ。
 ?観光客へのサービスやってられない。
 ?
 ?忘れましたが、
 ステージの上から500人の客席を見ると
 ほとんどが、主婦。
 みなさん、ひとつひとつ、
 大きくうなづいておられたのが
 印象的でした。
 帰りに、いしな投げられんな、と
 念をおして無事帰ってきました。
 そのときから、事態は何にも変わっていません

南砺市の山村文化が、民俗学会で評判に。

2006年09月04日



 日本の民俗を研究する学会があり、そのなかの北陸ブロックで、年に一度の研究発表が金沢でありました。6人の発表で、南砺市出身の加藤享子さんが、小矢部川上流域の「樹皮」の利用と、その文化について発表されました。


 現物も説明しながらの、30分の発表は、錚々たる各分野の専門家たちから、圧倒的な評価をうけました。
(富山写真語・万華鏡の今月の176号にも特集させていただきました。)
 それにしても、南砺市に残る貴重な文化財が、各資料館で朽ちていこうとしています。体験されているかたたちも、80歳を超えているのです。人もモノも宝物です。二度と復元はできません。


 新しい文化には、つい興味が向くものなのですが、過去の文化の伝承も、民俗芸能と同じように、手当てが必要だと痛感します。予算がないから…だけで済まされない。

浜松まで、石井頼子さんに会いに。

2006年09月06日


 東京まわりで、浜松へ。
 浜松市立美術館で、
日本民藝館開館70周年記念

棟方志功展

にいってきました。
 棟方志功のお孫さんにあたる、
石井頼子さんの
 ギャラリー・トークに参加するためです。
 福光に疎開していた棟方志功。
 その前の10数年間の作品の特別展です。

 これを見ると、
 福光時代が、
どんな意味があったのかが、
 ほんとによくわかります。
 民藝の仲間たち、先生たちとの
 シアワセな出会い、
 とてつもない、志功のエネルギーと
 ひたむきな努力に
 圧倒されます。
 いつの日にか、南砺市に紹介したい
 作品の数々でした。
 9月5日は
 棟方志功の誕生日。
 それにあわせた、
平日の催事なのに
 すごい人の波。

 浜松城のなかの公園にある、森の美術館。 駅前はたいしたことないですが、浜松タワービルがにょっきり。
 人口60万から、合併で80万人に。
 すんなり合併したそうです。
 太平洋側ベルト工業地帯の
底力でしょうか。

金沢駅の疑問。

2006年09月06日



 金沢駅の賑わいは、みなさんご承知のとおりです。
 テナントの華やかさ、
 人通り。
 巨大な駅前のガラスドームは
 ようやく見慣れてきました。
 
 最近では、金沢の
 中心商店街が地盤沈下したそうです。

 どうしても
 
 生理的に受け付けないのが 

 大ドームを支える木の造形。
 市民のあいだでも不評です。
 どうしても
 モニュメントとしては違和感があります。
 伝統芸能の、
 鼓のイメージだとか。
 巨大なだけに、不愉快になります。
 芸大がある、美術センスの高い
 金沢には似合わない。
 もうひとつ、
 金沢駅裏の
 セメントのモニュメント。
 これは、
 なんともメッセージ性のない
 抽象にしても
 アートの感性とは程遠い。

 とやまでも
 間違ってもこんな悪趣味や
 大雑把なモニュメントは
 ごめんこうむりたい。


ドリーム会という会

2006年09月08日



 もう50年前になりますか。
 南砺市には、福野高校しか県立の
 高校がありませんでした。
 経済的などの理由から、
 学びたい人たちのために
 県立雄峰高校が、
 通信教育で単位を取れば
 高校卒業ができました。
 南砺市では、
 旧北陸荘の准看護師さん、患者さん、
 役場の職員、
 農業青年など、たくさん受講していました。
 私も、その一人です。

 富山市で、雄峰高校の
 同窓会、PTAを兼ねたような
 ドリーム会が開催されました。
 代表委員は、
 森本元北電会長の森本さん。(画像)
 富山を代表するトップ企業が
 数千万円拠出して、
 生徒たちを、
 フランスやロシアへ、
 研修旅行に送り出す支援組織です。
 私は、監事として
 ハンディのある生徒たちのために、
 お手伝いしています。
 南砺で学ぶことは、
 当時、大変なことでした。

下半身の悩み。

2006年09月09日



 生まれは戦中・育ちは戦後。
 つまり、栄養失調の世代。
 そのため、腸が弱く、
 トイレは長い。
 家族は、私がトイレに入ると
 パニッくった。
 田舎は大家族だったから。
 
 8年前くらいに、
 隠居ハウスを建てたが、
 ひとつだけぜいたくを設計者に依頼した。
 トイレを書斎に。
 瞑想空間に





 ステンレス鏡面仕上げ特注。
 水琴窟に、
 ガラス作家の野田先生による、
 立山マンダラの小宇宙。(最初の写真)
 いつも、すずやかな、
 妙音を立てている。



 外国旅行の記念、
 郷土玩具を飾る。
 あとは壁面いっぱいの蔵書。
 
 ようやく
 長年の悩みを転じて、
 極楽の境地となった。
 


きょうのウンチク。

2006年09月10日



 南砺市の菅沼で、赤カブの種まきを
 手伝ってくれた、
 市野瀬幼稚園児たち。

 実は、ユニークな食育活動で実績があり、
 ウンチの話から入って、
 給食のことや、
 食材を育てる体験まで教育している。




 週刊金曜日発行の
 「そしてウンコは
  空のかなたへ」
にも触れられているが、
 あまり話題にしたくない話題。

 みなさん食後と思うので。
 今朝のウンチは、
 まことに、ひさびさ、
 ほれぼれする作品であった。
 こんな日は一日爽快。
 色、つや?香しい香り??
 我がいとおしい分身である。
 でも
 人に見せられないもどかしさ。
 そんなことって、
 ありませんか。

一ヶ月つづく夫婦喧嘩。

2006年09月11日

 

 9月13日は、棟方志功さんの
 命日です。(誕生日は5日)
 福光時代の作品で、もっとも人気があるのが、
 瞞着川(だましがわ)の板画です。

 南砺市の保母さんが、
 この作品を紙芝居にして子どもたちに
 見せてやりたいというアイデアがありました。
 それは面白いと、
 志功さんの二女、ちよゑさんに原画をお願い
 しましたが、
 この作品は、手を加えようが無い
 立派な芸術作品です。著作権もあります。
 そこで、私のつれあいが、
 娘から見た志功さんと、カッパの物語りを
 買って出て、書き始めました。

 出来たものは??
 まずまずと思いましたが、甘い顔をできません。
 ちよゑさんに送っても、
 も一つの反応。
 すっかり、夫婦喧嘩の炎が燃えさかりました。




 棟方家の遺族まで巻き込んで、
 議論を闘わせること
 ついに一ヶ月におよびました。
 ようやく、
 試作品ができました。
 近く、発表することが出来そうです。

 疲れた。

 

かみさんはご機嫌です。

2006年09月14日




 9月13日は、棟方志功の祥月命日です。愛染苑では、9時から、かけしょの竜山住職の読経で、愛する会による法要を営みました。
 
 2ヶ月ばかりかかった、
 紙芝居

 ちよゑちゃんとパパと

 だましがわ


 が、完成しました。
 参列者のむかしの子どもを相手に、
 初公開です。





 50年前、
 文学少女だった
 旧姓棟方ちよゑちゃん が、
 やさしかったパパと、
 ふしぎなカッパの住んでいる
 だまし川の 
 楽しく夢のある
 新しい物語りの誕生です。 

 わがつれあいが
 棟方志功の二女の小泉ちよゑさんと
 わたしとで、
 すったもんだの末に
 ようやく19枚の紙芝居が
 披露でき、
 今朝のK、Tの両紙の記事になり、
 ご機嫌でした。
 お騒がせいたしました。

 とても好評です。
 リクエストあれば、飛んでいきます。
 保育園や、高齢者学級むきです。




 わずか15坪の平屋の家に、
 親子6人が、肩を寄せて、
 暮らしていた家族の物語りです。
 テレビと違って、
 肉声で語りかけることが、
 こんなに心地好いことなのかと、
 新しい発見です。
 




 

爲作大安?

2006年09月14日



 昨日、愛染忌で、
 棟方志功の法要を営みました。
 夜、尊敬する高岡の
 善興寺の前住職、
 飛鳥寛栗師をお招きして、
 棟方志功のエピソードを
 講演いただきました。




 92歳というご高齢ながら、
 足取りも軽く、
 熱っぽく1時間も
 志功さんを語っていただきましたが、
 なかでも、お母さんの歌集に
 志功さんが書き込まれたのを
 拝見しました。

 同席された竜山師が、
 爲作大安(いーさくたいあん)を
 発見して、大喜びでした。
 
 竜山さんによると、
 生前、志功さんがとても
 爲作大安という言葉が大好きで、
 よく書いておられたが、
 実際にはまったく現存していない。

 言葉は仏説無量壽経にあり
 意味は、仏を得んために、
 一切の恐れを捨て、おおらかに
 生きようと言うようなことだったかしら。



 ところで、成瀬社中が
 見事なカッパを作られたのはいいが、
 一夜明けたら、
 一匹が足りない。
 きっとだまし川へ逃げ出したのだろうと、
 大笑いになった。

涙、なみだです。とほほ。

2006年09月15日



 NPOの発足式のおり、懇親会というお酒の席を借りて、ブログの愛称なんと-e大家族
というのを提案させていただきました。


帰ってから、もう一度デザイン仕上げて、事務局へ届けたら????。みなさん逃げます。???。パーテーで女性軍から異議ありで
ダメになったとのこと。聞いてない。涙の一日でした。
「大」をつけたのは、旧8町村がひとつになって、出身会も参加して、どんどん増える大家族のイメージだったんですが。とほほ。

すみません。ちょっと過激な再出発です。

2006年09月25日
    
ん?  




          最後まで
          お付き合い
          ください。


 ごめんなさい。
 1週間のご無沙汰でした。
 たいした理由はありません。
 ご心配
 おかけしました


 手術後、2年間
 治療のため
 女性ホルモンの投与を受けました。

 おかげで、
 かみさんがあきれるほど、
 胸がふくらみました。
 
 その証拠画像です


 相撲ではありませんが、
 やっぱり、
 男のおっぱいは
 見苦しい…ですね。編集長。
 削除、そのうちよろしく。
 
 

ひどい。南砺の女性と男女共同参画。

2006年09月26日



 かねてから気になっていた。
 南砺市の女性と、男女共同参画。
 文化は西高東低と言われるとやまで、
 女性については、
 西低東高。
 つまり「サイテイ」ということ。




 県と、市町村振興協会から出ている、
 富山県市町村要覧を見ると、
 男女共同参画について、
 南砺市がどうもサイテイのようである。
 富山県市議会議長会事務局に電話してみた。




 ものごとを企画し、決定する。
 その参加率を問うのが男女共同参画。
 市議会もその重要なひとつ。
 南砺市は女性議員がいない。
 野党議員もひとりもいない!
 隣の2つの市には女性議員がいるが、
 選挙に出たときの周囲の男性たちの
 すさまじい、悪口雑言攻めにあったと、
 身内から聞いた。
 耳をふさぎたくなるような低レベル。
 県内のほとんどの市町村に
 かかわってきたが、
 南砺市がサイテイであることは、
 事実だった。

 あなたは、どう思いますか? 



14歳の挑戦です。

2006年09月27日



 吉江中学の美術クラブから、
 14歳の挑戦者がやってきました。
 ワタシの後輩です。
 (50年後の!)

 本人よりも、
 館のスタッフのほうが緊張。
 
 棟方志功の企画展で、
 しっかり学び、
 棟方志功の全体像を
 しっかり身に付けなさいね、
 と、
 励ましたら、
 にっこり、「うん」と
 うなづいていました。

 


 初日は美術館の説明。
 2日目からは、
 美術品の取り扱い、
 野外彫刻の手入れ、
 収蔵庫の整理、
 受け付け、監視業務と、
 びっしりカリキュラムが
 組まれています。


 

4000踏んだ方にプレゼント!

2006年09月27日



 4000まであと5つ

 踏んだ人、お知らせください。
 すてきなプレゼント。
 前後賞あり。

なんと!南砺のあこがれの有名人が!

2006年09月28日



 子どもたちは真剣です。
 福光を流れる、
 小さな田んぼの小川。
 その川のカッパ伝説の紙芝居。
 棟方志功さんの名作瞞着川(だましがわ)を、
 二女の小泉ちよゑさんの目から見た、
 50年前のお話が、
 新しい物語になりました。
 10月6日の公表のまえに、
 保育園で、
 テスト発表会してみました。
 読み聞かせは、
 大成勝代(作者)
 題名は

 ちよゑちゃんとパパとだまし川

 

 年長組でもむつかしい言葉になると、
 すぐ、よそ見をします。
 おもしろい擬音が入ったり、
 動きのある絵になると、
 じっと食い入るように見つめます。
 子どもって正直。
 わっと、反応するのが楽しい。
 

 どうなることかと、
 ハラハラ、どきどきの、
 園長さんや、若い保育士さんたち。
 そのうち、保護者の皆さんが、
 お迎えに。

 玄関で、
 お迎えの南砺市ブログの超有名人が、
 綺那ちゃんを抱っこして、
 巧晴くんを迎えにきたお母さんです。
 びっくりしたあ。

訂正して、お詫び申し上げます。

2006年09月29日



 男女共同参画の記事で、
 南砺市に女性議員がいないと
 書きましたが、
 立派に活躍されている希望の星が
 いらっしゃいました。
 訂正してお詫び申し上げます。
(館の女性スタッフたちから総攻撃受けました)




 しかし、
 野党、革新政党市議
 居ないことには変わりはありません。

 富山市の3人の市議は、
 所属は違っても、とても元気です。
 (3人とも古いおつきあい)
 魚津では、革新の女性市議が
 男女共同参画の女性プラン条例を提案。
 保守議員が、それはいい、
 内容に参画させろと、実現しました。
 (ワタシは、その市民委員会会長してます)
 男性も応援して、とても賑やかな
 プロジェクトです。

 黒部、入善、朝日も
 女性議員がリードしています。
 ほんとによく勉強されています。




 議会の模様は、ケーブルテレビで
 中継されますが、
 県東部は緊張感のある議会運営が
 されているように思います。
 議会は、行政のチェックだけでなく、
 政党間のチェック、
 男性の傲慢さと馴れ合いのチェックも
 必要だと思うのですが。



きょうの空は、中央アジアの大気です。

2006年09月30日

 

秋の

 このところの晴天は、天高くです。
 昨年、カザフスタンへ行ったとき、
 行けどもいけども、
 空からは、モンゴル大草原、
 ゴビの大砂漠。
 そしてカザフ高原の草原。
 日本の数十倍の広さです。
 中央アジアの乾燥した空気が
 われわれの上空まで入り込んでいます。
 気持ちいいはずですね。

 そこで、しつこいですが、
 女ごころと 秋の風。

 なんとの女性

 富山県内でも、もっとも男尊女卑という
 古めかしい言葉が生きているのが、
 この南砺市一帯。
 
 理由は2つ。
 南砺の「ごぼはん」
 金沢城下町文化だと思います。


 真宗王国の最も色濃い、
 南砺地方の600年の風土が
 そうさせています。

 城下町へは、企業進出させるな、と、
 全国の企業誘致関係者の、
 秘密の合言葉です。
 金沢だけでなく、名古屋、京都、ほか。
 すべて企業誘致が失敗しています。
 プライドだけ高く、排他的で、
 よそ者を育てようという気概はありません。
 陰湿なところなのです。
 医王山のおかげで、あまり影響はないのですが。

 富山市では、女性のお稽古事で
 お茶、生け花は盛んです。
 どんどん上級めざし、師範の資格をとって、
 将来生活できるくらい、がんばります。

 金沢では、ある程度まで学んだら、
 きっぱり止めます。
 交際のための教養なのです。

 主婦は、子どもを育て、家を守ります
 くるわの女性は、
 男を育てる、ことに誇りを持って生きています。
 南砺市といえども、
 金沢文化の困ったところを、
 しっかり真似ています。
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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