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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

もったいない。ムダ使い。

2006年08月01日




 城端線の終着、高岡駅。
 ホームを降りると
 目の前にこんな風景が飛び込みます。
  
 この意味不明な鉄骨の造形は、
 アートなのだそうです。
 まちのかおという名前です。

 中央から来たキャリアと呼ばれる、
 県庁の幹部に
 なにか富山在職中に残る事業を、という
 へんな動機で
 外国の建築家にデザインさせました。
 県内市町村に10いくつかあります。

 造形作家ならまだしも、
 本国でも評価のない建築家の
 お遊びでした。
 地元の意向もまったく無視。
 この事業の受け入れを拒否した、
 気骨のある自治体もあります。

 ちなみに、
 このモニュメントは
 鉄道のレールが
 空へむかって伸びるイメージとか。

 いまもあちこちに
 環境破壊の
 地元も迷惑のまちのかおが
 残っています。
 もったいない。


懐かしい入道雲です。

2006年08月02日



 お久しぶりねえ♪♪
 入道雲が
 むくむくと
 成長していました。


 高速のサービスエリアで
 
 ソフトクリームを
 注文しました。


 画像は、濃い目に
 彩度を強く
 コントラストをつけてあります。
 デジカメは
 ほんとに便利です。




 高岡では
 これから七夕が
 本番です。
 JR駅構内で
 女子高校生たちが
 大騒ぎしながら
 願い七夕の短冊を
 結びつけていました。
 ねつおくり七夕でも
 見られた光景です。



プール事故の責任の取り方

2006年08月03日



 今度のプール事故、まことに痛ましい。
 防げたのに、起きた不幸です。


 この一連の報道を見ていて、ゾッとしました。それは、管理責任をめぐる話。行政担当は、他人事のような顔での発言が気になりました。
 直接の責任は、末端の下請け業者と学生アルバイトに。中間の委託業者は違法の丸投げです。



 昨今、指定管理者制度が粛々と進行しています。
 私見ですが、この制度は両刃の刃です。
?行革として、民間に委託する。
?業者の入札だが、利益を盛り込む。(税金もかかる!)
 経費は高くつくのを、どこかでそうとう無理をしなければ成立しない。
?事故責任の所在も、うやむや。小さな受け皿では訴 訟に耐えられない。


 県の場合を注意して見ていると、
 文化・スポーツ施設は、ほとんどが県庁OBで構成 される財団か、それに近いグループが受け皿となっ て落札している。(幹部はみんな県庁OB、超大物も います。)
 もともと儲かる事業なら、導入しない。
 なんのことはない、大量に出る、公務員の定年退職 者の再就職先・天下り先を作っているような面がある。
 現場では、命令系統に混乱が生まれ、実に煩雑な人間関係となり、一貫した事業の将来を考えられなくなる。(民間だから当たりまえ)いろんなルールは一応作られますが。
 マスコミは一行も書かないが。
 行革と言う名の毒の部分に思え、他人事で無いので
 ゾッとしています。
 今度のプール事故は、指定管理者制度が出来る前
 からのシステムですが、同じような要素を含んでい ます。

モスクワ美術展オープニングです

2006年08月04日


 日露文化フォーラムの第一弾が、今日4日、朝9時30分から、福野のヘリオスで開幕です。
 絵画だけでなく、映像、造形、写真など多ジャンルの展示です。ソビエト連邦崩壊後、自由になった芸術家たちの作品ですが、ロシアの大地を感じさせる、素朴で力強い現代美術です。


 目の前の席に、典型的なロシア美女が座っていました。通訳でしょう。ちょっと失礼して。
 



南砺市の方向を。総合計画審議会。

2006年08月04日



 
 南砺市の将来方向を決める、総合計画審議会が開催されました。写真は、冒頭の挨拶の溝口市長。前日の臨時市議会での苦労話など。また、440ある各種施設のいい意味でのリストラチャリング(再構築)への決意を話された。
 会議では、重点テーマの絞込みや、ワーキング部会
の必要性などについて発言があいつぎ、文化面での美術、文化財、民俗資料の一元化が望ましいと発言させていただいた。しかし、大きい会議なのでそこで各論が発言できないもどかしさがある。
合併による一体感の醸成が大きなテーマになっていくことが大事のような気がする。


 昼食後、城端線で高岡へ、さらに富山市総曲輪へ。行きつけの床屋さんへ飛び込む。
 総曲輪もずいぶん様変わりを始めた。

 また、もう一度、高岡経由で福光へ。結局城端線を2往復してしまった。車内は涼しいし、読書にはいい。

 夕方、川合田温泉へ。ひなびた湯治場であるが、肌がつるつるになる。太古のむかし、海底だったので弱アルカリ泉。川魚料理が評判。どじょうの柳川鍋は最高だった。

 夕方7:00から、中央会館で、恒例アローザサマーセミナーのガラコンサート。超一流の声楽家が勢揃いで豪華な夕べである。伴奏のピアノも優れもの。
 パイプ椅子でも300人でいっぱい。ちゃんとしたホールならば、もっと楽しめるのに。井波の文化ホールで出来ないものか。音響はいい。ヘリオスはもうひとつ。南砺市は、呉東と比較しても、クラシックの世界は遅れている。忙しい一日であった。川合田温泉泊まり。

炎天下のソバの種まき

2006年08月05日


 
 第2年度に入った、みんなで農作業をする日in五箇山の利賀村編のスタート。ソバの種まきです。オーナー10組のほか、関係者や地元の皆さんで約100名のにぎやかさ。

 とにかくの久しぶりの晴天。開会式のあと、対岸の40アールの畑へ堂々の行進です。やっぱり、「うまいもんな小勢で、仕事は大勢で。」のとおり、あっという間に耕作放棄地で、起耕されたあとへの播種、施肥、覆土とすすみました。
 それにしても暑い。両腕がみるみるうちに、真っ赤に焼けて
7年で、利賀の耕作放棄地が5ヘクタールほど、回復されたとか。継続は力なり。中心になっているのは農業公社です。そして南砺市合併で、五箇山全体のプロジェクトに発展しました。
 そのあと、めんめん祭り会場へ。
 汗を流して二人のソバ打ち名人が、腕をふるっていました。タスマニア新そばの味は格別でありました。みなさん、ごくろうさん。






 

真夏の寿司三昧です。

2006年08月06日


 とやまの寿司はどこで食べても日本一。
 でも、ネタはいまが一番少ない
 東京からの縁者家族を利賀へ案内。
 夕方は、40年来のお付き合いの
 富山市の寿司○へ。(41号線・掛尾)
 それでも、東京の3倍はある、
 地元の新鮮ネタにびっくり。
 

 獲れたての赤いか。
 撮影を忘れるほどのおいしさ
 続いて、珍しい枝豆豆腐と芽ねぎ。
 ほんのり枝豆のかおり。

 いまが旬のアジをしょうがで。軽くかぼすの表皮を摩り下ろして香り付け。続いて大トロを岩塩で。ほんのり甘塩。ここでは、醤油を浸けさせない。




 のり巻き3種。しろエビと生姜に甘酢。
 本場北海道の最高のウニ。
 あわびと、さざえ巻き。
 続いてとどめは
 5本巻き。
 かにとかに味噌、能登のあなご、
 しその梅酢山芋本わさ巻き
 その他で合計17種。
 締めくくりは、ほっかほかの卵焼き。
これだけでみんな満腹。
 お勘定は東京値段の4分の1とのこと。
 富山は、寿司王国でもあります。




 、

ちょっと早めのお盆です。

2006年08月07日


 東京の2番目の義理の兄夫婦たちが、やってきまし た。
 ちょっと早めのお盆です。
 ラッシュに遭わないので、
 何となくそうなるのが恒例です。
 お寺さんも、
 そのほうが、のんびりできるよう。
 仏さまより、
 生きている人間のほうが優先?




 踏みましたあ

 早苗さん、おめでとうございました。
 すごいですねえ。
 私は、まだ半分。
 日、暮れて、道遠しです。

今朝の朝刊・社説に出ています。

2006年08月07日



 今朝の地元紙T紙の社説に、大拙と北陸と題して、「知られざる北陸の偉人」の鈴木大拙について取り上げられています。

 また、教え子の作家・岩倉政治、民藝運動の指導者・柳宗悦のことも。

 ちょうど、コラム「南砺風土記」に書かせてもらっ たようなことが載っています。

 地元、金沢でも
 それほど関心が薄かった、
 まさに知られざる巨人であることが、
 最近注目されています。
 ご参考まで。

庭はいま、昆虫王国です。

2006年08月08日


 昨日あたりから、ナツズイセンが咲き始めました。
 ヒガンバナ科です。
 我が家の庭は、農薬を撒かないので、
 昆虫王国です。
 巣立ったツバメが飛び回っています。


 ウバユリも咲き始めました。
 小さいけれど、接写すれば、
 こんな素敵?なデザインのいもむし君です。

 
 シャクトリムシが、伸びたコスモスの葉に、
 じっと隠れています。
 葉隠れの術。擬態です。
 しかし、
 カマキリの子どもがねらい定めています。


 コガネムシは、われ関せず、とブロンズカラー
 身を包んで一服。
 山椒の葉には、
 クロアゲハの幼虫が活動開始。
 いまは、鳥の糞のつもり。
 放っておくと、
 巨大な青虫になって、
 臭い角を出します。
 もちろん、葉っぱは丸坊主。


 ただいま、
 狩人バチはさなぎです。
 もうじき、マンションから
 青虫のハンターが飛び出してきます。
 生きていくのは大変なこと



次男坊で再婚すると…

2006年08月09日


 次男坊で再婚すると、お盆がややこしいことになります。
 最初のつれあいが32歳で病死。そこで私が35のとき、富山市郊外の西の番に自分のお墓をつくりました。
 ちょっと早いですが、月命日に息子も来て、縁寺の住職さんに読経してもらいます。
 この霊園は、かっての市長が執念をもやして作った公園墓地。常願寺河川敷で、火葬場やセレモニーホールもあります。管理が行き届いていて、つれあいは、自宅近くのお墓は陰気くさいから、こっちのほうが気持ちよさそうだから決めた、なんて言って、お寺さんが吹きだしました。老夫婦の会話ってこんなもの。
福光の旧町部の墓地に恩師のお墓におまいりしたとき、あまりの環境にびっくりしました。


 広大な西の番霊園の中央に、モニュメントとして残されているのは、立山の鳶山の大崩れ(安政年間)の際に流されてきた、大転石です。いかにすごい災害だったかがわかりますし、現在も、立山砂防で大工事が、100年以上も続けられています。
 15日には、魚津のお墓と、南砺市土生新の実家のお墓へハシゴします。立野ヶ原の見晴らしのいい場所です。

郷土の歴史研究に熱くなっています。

2006年08月10日

 ただでさえ暑いのに、東太美公民館で、郷土の歴史文化を研究するため、熱い思いでみなさんが集まられました。
 テーマは、立野ヶ原です。
 地域の活性化のために、4年がかりで、記録集づくりに取り組んでいます。生涯学習の一環でもあります。
 美術館では、この1週間、学芸員研修を受け入れています。南砺市出身の大学生3人が、学芸員の資格を取るための、厳しい実習です。暑さを吹き飛ばしてがんばっています。
 でも、若いこと、ふるさとへの愛情など、こちらも刺激されます。名倉さんの企画展が、いいテキストのようです。
 昨日は、吉江中学の美術部の生徒が大挙やってきました。こちらも熱いです

小矢部川上流で、実演です。

2006年08月11日


 
 写真を中心にした月刊「万華鏡」の編集の仕事をボランテイアで続けています。もう176号目になります。
 今回のテーマは、刀利ダム周辺の、山の恵みと民俗の「樹皮」をめぐって作っています。

 実演は地元の嵐龍夫さんです。上の写真は、嵐さんの持ち山で、スギの樹皮の採取。下はわかりにくいけど、富山のくすりの原料・キハダの採取です。
 樹液の上がりがそろそろ悪くなる時期ですが、プロの手にかかると、見事に剥けます。実にキレイな肌が現われます。
 今日はめちゃくちゃ暑かったのですが、それでも森の中は快適でした。
 森には、無駄な樹木は1本もありません。縄文時代以前から、数千年にわたる日本人の知恵がこの40年前くらいで、ピタッと絶えました。石油とプラスチックの登場が、そうさせたのです。
 もったいない
 ちなみに、樹皮を剥いでも、木は枯れません。環境にやさしい利用方法は実に多岐にわたります。
 

こんなところに眠っていた!

2006年08月12日




 旧福光時代に、入館者が少ないという理由で閉鎖され、地元に払い下げられた、農林漁業資料館が、小矢部川上流の福光温泉の近くにある。
 富山写真語・万華鏡の取材を兼ねて特別に鍵を開けてもらった。
 風が入っていないから、ムッとした空気が襲ってくる。無人の資料館は侘しいものだ。
あった
 シナノキで作られた、小振りのミノゴ(背あての民具)である。シナノキの樹皮を裂き、加工して縦糸に麻の苧糸で編んだものである。
 町の紺屋で特別に染めた麻苧の黒っぽい糸でさらに縫い取り、荷が当るところには、保護のクッションも兼ねて木綿布が取り付けてある。巧まざるグッドデザインで感激した。
 地元の嵐さんが、「これは丈夫で、人間様より長もちするわい」と笑う。
 
 かって、民藝運動のリーダーたちが、内外から精力的に蒐集した、民衆の芸術と呼ばれる典型が、このミノゴのような美しい道具や製品であった。その後、いいものはほとんど蒐集され、安っぽい民藝ブーム、民芸調がはびこる。いっぽう、過大評価もあって、どちらかといえば、茶道と似て、都会の裕福な人たちの趣味の世界となった。皆さんが求めている凄いお宝が、足元にあるのが見えないのかなあ


 ここにある民具類は、高邁な趣味でもなく、ひたすら身近にあった素材で必要に迫られて生まれた形である。そして使い込んだ美しさがあり、第一級の品であり、数千年のときを経た生活の知恵の証でもある。
 この資料館だけでも数百点が蒸し風呂のなかに埋もれたままであり、南砺市の五箇山に散在する民具も日本唯一というものが同じ運命をたどろうとしている。このままでは朽ちて廃棄処分になってしまうし、再現も不可能な南砺市の文化遺産なのだ。東京の駒場、日本民藝館が見つけたらすぐ持っていってしまうだろうし、何よりも、柳宗悦が見たら泣いて喜ぶことだろう。国立民俗博物館でも、のどから手が出るほど欲しい逸品である。
 何よりも、資料的価値を調査研究し、展示演出すれば蘇るものばかりである。あまりに惜しく、痛ましい。
 南砺市の職員にも、この分野のプロがいるけれど、雑用に従事されている。もったいない。

※下の写真は、たけのこの皮で編んだぞうり。コクボ の樹皮であじろに編まれたナタ入れ。現役である。
※このテーマは、9月3日、福井県で行われる、北陸民俗の会で、富山県代表として、加藤享子さんが発表する。9月あたまには、万華鏡176号に特集します

名倉さんのサイン会がありました。

2006年08月13日


 アニメーション、絵本の原画作者、名倉さんのサイン会が、きょう福光美術館でありました。あっというまに、サインと、イラストを描かれます。スナフキン、にょろにょろとか。
 親
子連れ、若いカップル、お孫さんをあやしているお爺ちゃん。いつもと雰囲気が違います。

あす14日(月)は、本来は休館日ですが、お盆なので臨時開館します。

なお、
名倉さんのサイン会は、日曜の午後1時半〜3時半くらいを予定しています。よろしく。 

嫁兼と山本の地名のこと

2006年08月14日


 小矢部川沿いの民家の庭で、トノサマガエルが、ぽか〜んと浮いて、暑さをしのいでいました。レッドデータブック。つまり絶滅危惧種となっています。南砺市の自然の豊かさのシンボルです。

以前に、えぬえぬおーさん、よっちさんから、コメントで地名のお問い合せがあったのを、見逃していました。ごめんなさい。
  
               嫁兼

 福光町史では、嫁が住まいと開発を兼ねるよう勧めたとの由来が書かれています。(1013年)
 しかし、鼠を嫁が君と古語で言っており、鼠と関係あるかもという説。天文19年(1550年)の古文書には、「よめ金」と見える。
 一方打尾川中流に、岩場の渓流があり、深い淵となっていて、釜が淵(地元では嫁が淵)と呼ばれ、かめ穴がたくさんある。お釜の形に小石が流れの作用で掘られていて、それとの関連があるのかもしれない。小学校2年のとき、遠足で歩いていった。

                山本

 山の際にあったから、山本という平凡な由来です。
しかし、歴史的には大変な場所で、城端の善徳寺のルーツはここ。本願寺五世綽如上人ゆかりの実円の墓所があり、戦国時代の武将の館があった。
 私の祖母のふるさとで、ゆるやかな東斜面の棚田が広がる。向かいに東山なみが続き、寝ていると朝日が、鼻の穴に飛び込んでくるところ、と言ってよく囲炉裏端で笑わせた。その実家は横浜へ転出されたが、法隆寺の壁画を模写され、戦前はインドの詩人・タゴール(ノーベル賞)に招かれて日本画を指導した、荒井寛方の愛娘が祖母の実家へ嫁ぎ、山本へ疎開している。南砺市のなかでも最上級の住環境の地です。

おんな石ものがたり

2006年08月14日




 おんな石の由来

 平治の乱(1159年)のときじゃった
 源氏方についとった人たちが
 逃れて
 ここ(立野脇)に住みついたと
 これらの人たちが 
 源氏の守護神である
 八幡宮を建てしゃった

 子孫繁栄のため
 縁結び 夫婦円満
 子宝に恵まれるよう祈願し
 境内に おんな石 を
 村人たちの力で
 小矢部川より運び上げ
 八幡宮に奉納したがやと

 
 
 おんな石が
 その後 おとこ石を恋しいと
 夜毎に泣くので
 かたわらに 仲人石を建て
 さらに おとこ石 を寄り添えたところ
 泣くのがやんだがやと
 
 この石にお参りする人たちは
 願いがかない
 たいへん喜ばれとるがやそうな
 

 

 近年、身ぎれいな奥さまが、赤ちゃんを抱いて
 お参りされているのを、村人がいぶかしがり、
 訊ねたら、金沢から来た。ここにお参りしたら
 子宝に恵まれたので、お礼にお参りしたのだと。
 ほんとにあった話。

 不思議なことに、このおんな石はいつもぬれて
 いるので有名。案内の地元の爺ちゃん(80)が、
 「ぬれとらんな、だいそうどうじゃが」と涼しい
 顔して言ったら、同行の女性2人は、笑い転げて
 いた。
               
            お盆の特集 おしまい

大家族の帰省です。

2006年08月15日


 わが福光の実家は、貧乏人の子だくさんを絵に描いたよう。
 私の育った頃はなんと13人家族。8人兄弟でした。みな健在です。

 
長男の兄の子どもは5人。お盆には孫を連れて帰ってきます。なんと15人。一人あたり3人作っていますから、ここで見るかぎり、少子化というのは、どこの世界の話?

 年に一度の顔合わせでは、子どもの成長が早くて誰が誰の子か区別は不可能です。
 
若手は、まだまだ子作りの最中で、この先どうなるのやら。ちなみに、兄貴は奥さんと二人暮らし。
 それにつけても、我が家のだら息子。もう中年の風格だがい。いつ、孫の顔を見せる気か。その前に、嫁はんの顔を拝みたい。どこかに、こんなだらでも一緒になってくれる、ボランテイア?神様?みたいな人いないモンですかねえ。

8月15日

2006年08月16日


 
 毎年、この日はゆううつになる。
(画像はふるさとの小学校跡地の忠霊塔)

 今年の8月15日は
 ことさらやりきれない。

 テレビはみな同じ
 やっと自然の風景を写している
 番組を見つけた。

 松村謙三は
 非国民
 国賊といわれながら
 中国との
 国交回復に
 政治生命をかけたはず。

 その松村でさえ
 大政翼賛会の
 6年間を恥て
 記録を一切残していない。

 W代議士は
 小泉の地方切捨てに
 真っ向から抗して
 野に降った。
 南砺市の政治家は
 気骨がある。

 仮に
 南砺市民の誇りがあるからと
 隣の昼間人口60万人の
 金沢市民の
 神経を逆撫でするようなことを
 堂々と言って自己満足されては
 かなわない。
 個人ならいざ知らず。


 

2日遅れのお盆です。

2006年08月17日



 我が家では、お盆は17日です。
 理由は義父が、旧満州で戦死したのは、
 終戦の2日後。
 侵攻してきた、
 ソ連軍と交戦し、大陸の土になりました。

 京都帝國大學哲学科を優秀な成績で卒業。
 日本初の哲学者、西田幾多郎の教え子でした。
 専攻は唯物史観、つまりマルクス主義哲学です。
 妻子の撤退を援護するため
 自分が信奉する社会主義国の兵士と
 戦火を交えたのです。
 旧満州では、文部大臣の立場でした。
 当時の手紙や遺書には
 皇国のためとあり
 そう書かねば検閲は通らなかった。
 戦争はいろんな不合理を生みます。




 妻、つまり私の義母は
 生まれたばかりの乳飲み子と
 二人の兄を引き連れて
 旧満州、朝鮮半島を
 乞食や、現地人の仕事の下働きをしながら
 なんと2年もかけて放浪
 帰国しました。
 乾からびた猿の子を3匹抱いて
 還ってきたようだと、
 周囲からびっくりされたという。 
 (3人とも生きてというのは当時奇跡)

 


 また聞きでは、生前、
 この2年間のことを決して口にしなかった。
 これより落ちるとすれば
 娼婦しかなかっただろうと。
 駅頭で、親子4人で呆然としていたら
 あなたは、お子さんのため
 生きて還るのよといわれ、
 はっと、我にかえったのだという。

 娘時代、
 県の女子師範で学んだことが、
 外地でも、帰国後も
 役に立った。
 母子寮から、3人を大学へ。
 
 いま、アトリエの玄関に
 学生時代の油絵が掛けられています。
 モデルはたぶん、
 同室だった生涯の親友
 野村玉枝さんでしょう。
 
 義母の魚津の実家
 桧川文具店は
 戦後、棟方志功の新川地方の
 活動拠点として
 親密な関係でした。
 

ん?いつもと違うお客さん。

2006年08月17日



 毎日200人を超すお客さんで、
 とても涼しい会場の
 美術館はいっぱいです。
 夏休みは
 名倉靖博アニメ原画展です。
 じっくり眺める方ばかりなので
 滞留時間はいつもの倍。
 子ども連れは当然としても
 若い女性が多く、館内は華やいだ感じ。
 ムーミンで育った世代なのでしょう。

 絵本の原画は
 どれだけ見ていても飽きません。
 この作家のイメージ力(脳内?)は
 いったいどうなっているのでしょう。

 毎週・日曜日の午後2時すぎくらいに、
 作者の名倉さんから
 すてきなサインをしていただけます。


 額縁を飾るとき、
 子どもの目線まで下げたら
 いや、見上げるくらいのほうが、
 作品の世界が大きくふくらむからと、
 作者のアドバイスです。
 どこまでも、子どもの心
 なりきった、すぐれた作家ですね。



 分館の愛染苑も健闘しています。
 お盆前後は、全国各地の
 棟方ファンが、
 切れ目なしに見えます。
 棟方住居(鯉雨画斎)には
 クーラーがありません。
 熱のこもった解説をしている
 Yさんは汗だく。
 棟方さんは、どんなに暑くても
 ここで版画を彫っていたんですよ。

 夏は暑くてあたりまえ、なんて。
 Yさんは、手が器用で
 スチールの下駄箱では
 イメージがこわれると、
 自分で手作りでこしらえました。
 こんなところに
 愛染苑の人気の秘密があるのでしょう。
 県外客のほうが多い文化施設は
 富山県でもここだけでしょう。
 ごくろうさん。

眠れる森の美女

2006年08月18日


 日露文化フォーラムの、シベリア・ステート・バレエを、富山市のオーバードホールのS席で観ました。

 南砺市の幹部、議員さんたちがそろい踏み。でも、一般市民はあまり見かけませんでした。
 ステージは、さすが本場クラシックバレエの名手揃い。鍛え方、特に舞台美術や衣装はすごい。
 富山のほとんどのバレエ教室は、クラシックではなく、創作舞踊という中途半端なものが多い。そこで習っているような子どもたちもいて、ほぼ満席だった。

 意外と遅くなって、県立近代美術館のロシア現代美術展のオープニングには間に合わなかった。

 仕方なく、魚津駅前の割烹で、大吟醸の冷酒、生ビール、天ぷら定食で、しめとする。


とかく、「男の子」は。

2006年08月19日


 
 あまりの暑さからか、
 ボードデッキの上に、松ぼっくりひとつ。
 男は孤独なんだなあ。
 なあおまえ。

 むかし、
 小学生だった息子が
 制服のボタンをいくつも飛ばして
 無言で帰ってきた。
 喧嘩だろう。

 担任の女先生は、
 男の子は口が重くてねえ。
 と、嘆いていた。

 わかる。

 いまでも、
 通学の車内で
 存在感がないのは、
 男子高校生。

 あー、いー、うん。
 え? お
 あ行だけでわからんわよ。と
 いつもの会話。
 ひとつ言えば10倍おつりが帰ってくる。
 新婚のときは

 おぬしもあ行だった

 今は凄いことに。
 目と、
 指先だけで、私は動く。
 ゴミ出し、茶碗洗え、スイッチ切る。
 鍵!窓空ける。
 くすり取って。
 はい

 視線と指先だけで 
 会話が成り立つ。
 どちらかが
 介護するとき、されるとき。
 きっと、
 威力を発揮することだろう
 


 
 

45歳以上の男性必読。前立腺がん。

2006年08月20日



 連日、暑いですね。美術館の背景、桑山に後光が射したように、雲が光っていました。
 こんなときは、熱いカレーの昼飯、夕方は焼肉ビール。あとで、にんにくとこってりのラーメンで仕上げ、と行きたいところです。

 おめでとうございます。
 貴方は、前立腺がんの立派な予備軍となりました。

 最近、日本に極めて稀だった前立腺がんが、
 凄い勢いで増えています。

 脂っぽいもの大好き、運動不足、
 ストレスの塊り、なら
 100%保障します。

 南砺中央病院の院長は、北陸でトップの
 泌尿器科の名医ですが、
 この病院の1フロアで足りなくなるほど、
 内外から患者が押しかけています。

 もともと陽の当らない分野でしたが、
 やんごとなきお方がなって、陽が当るように。

 自覚症状があったら、かなり手遅れ。
 血液検査の腫瘍マーカーPSA
 一発でわかります。
 4.0を超すと要注意。0.00単位で
 正確に検出できるようになりました。

 ただし、年齢とともに増える前立腺肥大も
 数値が出ます。そのうちの何%かが悪質です。
 
 おしっこが細くなった、時間がかかる。
 夜中にトイレへ何回も行く。
 それが自覚症状の一部。
 まず、健康診断で、PSAも
 オプションに加えてもらうことです。

 ババを引いた人、地雷を踏んだ人は、
 次回に。

45歳以上男性へ(つづき)

2006年08月21日


 (前回のつづき)
 不幸にして、あなたが前立腺がんの
 初期であったと、最終的に検査結果が出ても
 それはラッキーです。
 他のがんと比較しても、ちょっと違った性質があり
 
 ?ゆっくり進行するがんである
 ?治療方法がいろいろ選べる
 ?ホルモン療法が劇的に効く(ただし2年)


 検査も簡単で確実。
 しかし、ステージが3とか4になると、厄介。
 前立腺がんは再発しやすく
 骨に転移しやすい。(この場合深刻)
 実際、恩師を2人、見送っている。

 アメリカは、有色人種も多く
 このがんの撲滅のため、国家的事業で取り組まれて
 いる。技術も進んでいる。
 南砺中央病院では、
 情報も技術もわが国トップ級。

 早期発見、早期治療はどのがんも
 まったく同じであるが、
 発見しやすいことでは、トップである。
 手術の場合、3週間くらいで、職場復帰可能。
 放射線治療なら、もっと簡単だが
 再発リスクも伴う。

 この病院では
 他の疾患がないか、健康管理やチェックまで
 配慮してもらっているので、
 安心感がある。
 地域医療の原点だろうか。

 

 とにかく気軽に。
 そして生活習慣のご注意。

 

三重苦のまいにち。

2006年08月22日



 玄関に落ちてた
 一匹の蛾です。
 で全身まとい、
 しばし、見とれました。

 ちょうど半年になる、五十肩
 年齢詐称ではありません。
 あと最低半年かかるとか。
 うっかりクーラーかけて寝たばかりに
 夏風邪。せきとのど。
 夜中に咳き込むと、
 つれあいも起してしまい。
 昼は双方とも
 ぼお〜として
 当り散らすだけ。
 おまけとして、
 親知らず歯がシクシク。
 三重苦プラスアルファは、
 この暑さ。

 やけくそ画像です。
 庭のたたきを急ぐ
 巨大いもむし
 何の必要で
 こんなデザインになるのかしら。

このうんち、誰のだ!

2006年08月23日



 だれだ!
 このでっかいウンチは

    それは、ワタシです。

 
なぜか、混色のはずだった、ホウセンカが白花ばかり。
 青虫くんの食欲は旺盛です。
 マユミの実はまだ青いけど、きれいな蛾が、羽根をやすめて?産卵してます。小さい蛾だけど、あっという間に一株を坊主にしてしまいます。
 モルタルには、灰色の蛾の成虫が貼りついていました。
 ナツズイセンは今がピーク。マユミの枝には、青いアケビがバナナのようです。

 ヤマゴボウも黒く色づいてきています。キジバトの大好物で、もうときどき偵察にやってきます。
きょうも平和な楽園でした。




ちょっと刺激的なパーテー。

2006年08月25日


  
 富山市の中心部で、県内各地から集まってくる、ちょっと変わったパーテーを開きました。
 3C会という名前で、第64回目。やく30年前からつづいています。名前の由来は、コミュニテイのコミュニケーションを考える、クリエーターの集い、からきています。会則はなく、会員もいませんが、なぜかいままで続いています。70代から10代まで。職業は全員違います。男女半々。会費3000円で飲み放題、食い放題。
 メンバーは、そのつど、幹事が指名します。
お酒のマナーが悪かったら、次回にはお呼びがかかりません。文化人の集まりでもありません。営業関係と芸術家は呼ばれません。すぐ目先の商売に結びつける人や、自己主張だけで、人の話を謙虚に聞かない人も嫌われます。仲良しグループだけで固まるのを避けるためです。
 今回のテーマは、「私が決断したとき」で、それぞれ2〜3分の自己紹介と、テーマにちなんだ短い気の利いたスピーチを楽しみます。会は2人の幹事で、そのつどリレーされ、運営していきます。
 2時間のあいだ、みんな腹を抱えて笑い転げています。あっという間です。そのあと、2次会へ消える男女も多いし、カップルも生まれます。
 今回は、小矢部市のもと助役が、仲間だったので事実上の選挙の激励会。地元だけでなく、金沢まで含めた各界のブレーンが応援しているようなもの。言ってみればとやまの仕掛け人集団でしょうか。
 とやまでイベントやニュース、いろんなプロジェクトが動くとき、たいてい関係者が関わっています。


 これまでも、池田弥三郎さんや、池田満寿夫さん、佐藤陽子さんなど、有名人も現われましたが、特別扱いはしません。これまで、のべ3000人が参加され
ました。
 地域を変えていくためには、元気を出すためには、こんな横断的で緊張感があって、やたらと楽しい場が必要です。何かにチャレンジしている、素敵な集団といえます。
 南砺市にもこんな会を作りたいと思ってますが。

ちよゑちゃんの物語り

2006年08月25日



 この秋、南砺市で初めての試みですが、棟方志功の関連イベント3連発を準備しています。
 9月16日から、福光美術館で、青森とつないだ棟方志功藝業展(10月29日まで)
 10月14日は、井波総合文化センターで、わらび座のミュージカル「棟方志功〜炎じゃわめく」の公演が一般むけに開催されます。昼と夜の2回。南砺市の中学生は全員鑑賞します。(前売り券発売中)
 さらに、10月7日(土)午後1時から、福野文化創造センター・ヘリオスで、小泉ちよゑさんの「父棟方志功を語る」の講演会があります。入場無料。(おまけに、この講演会に来場された方は福光美術館の棟方展の招待券がもれなくもらえます。100人限定で無料バスが美術館へ送迎という大サービス!)


 福光郊外に、瞞着川(だましがわ)という、カッパ伝説の小川があります。棟方志功は、この川の話をたいへん面白がって、シリーズ版画の名作を作りました。福光美術館の2階、常設展示場に飾ってあります。
 この秋の3つの行事を機会に、棟方志功の二女、小泉ちよゑさんを主人公にした、紙芝居を作ることになりました。発想は、保育園の保母さんです。
 それはいい、ということで
"「ちよゑちゃんとパパとだまし川
(仮称)で、ストーリーがほぼまとまり、原画は、なんと、本人の小泉ちよゑさんが描かれます。小泉さんは洋画家であり、絵手紙グループの会長さんでもあります。


 ちよゑさんが、福光で小学校のとき、小さな自分の家の屋根裏部屋を隠れ家にして、詩を書いていた文学少女でした。(愛染苑の向かい、鯉雨画斎として現在もあります)ひまわりという少女雑誌だったと思いますが、3人の投稿常連でした。あとの2人は、江利チエミ、そして正田美智子さん(現在の皇后さま)でした。

 

いまから、55年前、ちよゑさんは、この小さな窓からどんな世界を想い描いていたのでしょう。
 この秋には、南砺市の保育園で公開発表できると思います。

きょうは何の日。奥の細道です。

2006年08月27日


 旧暦の7月12日。つまり、
 夕べは、今の
 8月26日。新潟県境の

市振で

遊女と一緒に寝過ごし 

ました


奥のほそみちです。

松尾芭蕉が、弟子の曽良と
奥の細道の旅に出て
ついつい、
市振の宿で、
隣部屋の遊女たちと、合コンやっちゃいました。
二日酔いで
頭が痛いけど。
あす(きょう)は
とやまへ
入らないと。

早稲の香や

分け入る右は

有磯海


さらに刺激的なパーテー。

2006年08月27日



 またまた変なパーテーです。
 第32回 万葉の宴(ワタシのネーミング)という
 マニアックな集いです。
 もう10年も続けています。
 万葉集4000首から10首あまりを選び、それを肴に、歌の  解釈、それに合う日本の地酒を10本準備し
 歌のイメージに合う料理を楽しむ。

 昨日は12人で10升日本酒だけで空けてしまった。


 女優のマリ・クリスチィーヌさんは、最初からこのイベントのいちばん最初から、このパーテーのために参加されている。

1回あたりの万葉歌は、せいぜい15首くらいまで。
 そうすると、万葉集をすべて読みきり、ちなむ創作料理を10種ほど食べ、料理名とそのレシピを記録し、7〜8種のいろんなお酒を味わう。英文での解釈もチェックする。けっこう忙しく油断ができない。

 万葉集の4000首の一覧表。赤の印が今回の歌。これまでクリアしたのは約400首。

 問題なのは、あと30〜40年を要すること。誰が最後まで生き残るのか、けん制しあいながら、宴は続く。文化?とはひたすら忍耐。

 興味のおありの方は、枠は少ないけどどうぞ。


五箇山と農業と。

2006年08月28日


 ほんとに、かわいいですね。
 きょう、五箇山の菅沼の畑で
 高岡の市野瀬幼稚園児たちが赤カブの
 種まきをしました。
 うんち教育から、
 食育、農業体験も
 遊びながらもしっかり取り組んでいる
 先進的な幼稚園です。
 この秋の大赤カブの収穫が楽しみです。
 子どもは、泥遊びが大好きですね。
もみじのような手で、
 五箇山の土を愛しんでいます。
 ここの園長さんも
 とても素敵な先生でした。

 実は
 
 五箇山の農作業の

 応援にやってきたのです


 話は7年前にさかのぼります。
 利賀村は、世界の文化村として、まだバブルに
 酔っていました。
 その一方で先祖伝来の水田も、畑も
 荒れ放題でした。
 いわゆる耕作放棄地です。
 国から、条件不利の傾斜地の耕作地に対して
 直接支払い制度を設けることに。
 その条件は
 ?地域で話し合って、5年以上農業を守ること。
 ?おおむね補助金の半分は公的なことに使うこと。
 地域の協定がないと、お金は下りません。
 初めて、地域の農業を真剣に考えることに。
 まさに、やま里は荒れるにまかせていたのです。

 このころ、頼まれて
 各集落の座談会のお年寄りのテープを
 まとめていました。

 農地が荒れるのは、
 身が切られるようにつらい。
 でも、トシで動けない。
 息子はそれどころじゃないし。
 悲痛な叫びの連続でした。


 五箇山の3村は、この機会に
 農業公社を立ち上げました。
 利賀村は、みんなで農作業をする日を設け、
 荒れ果てていた、耕地をソバ畑に復活させます。
 
 合併で
 
 五箇山の
 ほんとの村おこしに発展しました。

 ことしは、その
 第2年目です。
 村人が、村を見捨てていたのを、
 この幼稚園児たちが、復活させようと
 暑いのに、汗を流してくれました。
 
 山里の文化の原点は、

 自然と共生すること。


 演劇も大事です。民藝も大事です。
 土徳もおかきも大事です。
 国際交流もイベントも大事です。
 でも、
 この子どもたちに
 恥ずかしいですね。

菅沼で赤カブの種をまきに。

2006年08月28日


 27日の日曜日の朝から、旧上平、菅沼集落で、
 
 みんなで農作業の日
 
 in五箇山:夏編

 に、参加してきました。
 と、いうより、実行委員会会長なんで、
 夕べの宴で、二日酔いにて参加。

 相倉の田植え、
 利賀のそばの種まき、
 そして、菅沼の赤カブ

 オーナー制度なのですが
 この赤カブ部会は特に人気がたかく
 150人も参加がありました。
 

 半分はリピーターで、家族連れがけっこうあります。
 収穫も、幼児にもできて、
 大騒ぎのイベントになります。
 
 合併効果

 と、呼びたい、
 県内外からの参加による、
 耕作放棄地を復活させながら、
 地域を元気にする事業です。
 この秋には、それぞれの収穫、
 そして、盛大な
 合同収穫祭が
 予定されています。


CM制作の世界

2006年08月29日



 昨夜、TBS系チューリップテレビで、
 特番のドラマが放送された。
 28日は、日本で初めてコマーシャルが放送された
 CM記念日である。

 資生堂の1社提供の
 2時間番組だから、相当力が入っている。

 むかし、地方ではまともな
 CMがつくれず、無念な思いをした。
 結局、毎月のように東京へゆき
 コマーシャル制作をやっていた。




 ドラマは、30歳くらいで自殺した
 コマーシャル界のカリスマ
 杉山登志と、弟のカメラマンのからみ。
 徹底した虚像の世界に
 自己矛盾を感じ
てみずから命を絶って、
 当時のギョーカイにショックが走った。
 閉ざされた世界で、
 独走することの、危うさがあった。


 ドラマより面白かったのは、
 日本の一流企業による
 コマーシャルの歴史が華麗に再現されたこと。
 制作現場、ギョーカイ用語が
 なつかしかった。

 東京にはホンモノがない
 が、
 虚像になぜか魅かれる。
 まだ、気が若い証拠?

 
 


やっとご機嫌がなおった。

2006年08月30日



 やっと、噴火が収まった。
 ちょっとしたこちらの表情、
 ことば。
 絶対見逃さない
 
 神さんが、
 苦労して仕上げた、紙芝居の
 原稿の感想。
 ああ、この程度?という、
 これがいけなかった。

 どうして、一言ぐらい
 ほめてくれないのか

 あんたは、
 いつもそうなんだから!


 そんなつもりはないと、
 弁解しても、
 いつもの手遅れ。

 くら〜ィ一週間

 その原稿を、
 何人もの人が褒めてくれた。


 それを伝えてから、
 雷雨、集中豪雨から、
 晴れ。
 ようやくきょうの入道雲。

 いつになく、夕餉は
 イタリアン。
 いつものとおり絶賛し、
 ワインで酔ったまま、
 皿洗い。

 平和はよみがえった。
 

恋人たち

2006年08月31日


 
 夜8時過ぎの、ある駅のプラットホーム。
 若い、若い二人の語らい。
 うらやましい。トシだなあ。


 わが奥方は、
 まだいくらかご機嫌で、
 お昼は、
 散らし寿司。ごつおさま。


 夜は、
 小泉ちよゑさん
  (棟方志功の二女)の
 ヘリオスでの講演会について
 同級生が集まって、
 打ち合わせました。
 ソバを食べながら。

 先日、男女共同参画のプロジェクトで、
 男性だけの、生き方講座。
 懇談会形式にしました。
 平均年齢60歳。
 ちょいワルで生き残ろう。
 若い女性に、
 ときめきましょう。
 眺めているだけだけど。

 でも、
 やっぱり奥さんに
 ときめくのがいちばん。

 という、結論でした。
作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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