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なんと万華鏡

南砺市には、いろんな花が咲き、がんばっている人がいて、面白いことが起きています。

世界ポスター展、光風会展のオープン

2006年07月01日


 
 30日、世界52ヵ国、3,600点という応募が殺到した、富山県立近代美術館の第8回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2006がオープンした。日本だけでなく、世界最大の質・規模に成長した。審査委員長のデザイナー、永井一正さんとは、開館以来、近美のシンボルをデザインを通じてのゆかりがある。
 富山市では、ポスターによる街づくりプロジェクトが進んでいるけど、かっての部下が、現実の生活は苦しいですよと言っていたのが印象に残る。


 世界のトップデザイナーの応募から10倍の競争率で残っただけあって、それぞれのお国がらや文化が比較でき、世界旅行しているような楽しさがある。ぜひ遊びに行ってほしい。

 高岡市立美術館では、第92回光風会展の高岡展が開催中。駆け足でまわったが、富山県からの出品が多く、南砺市ゆかりの作家も。これも見ごたえがある。
 仕事として美術展を見るのは、楽しくもあり、苦痛でもあり。作家の本音がぶつかりあう喧騒が、公募展の魅力なのかも。結論。いま、開催中の石崎光瑤展は、もっとすばらしい!

おはよう。やっと冬眠から醒めました。

2006年07月02日


 
ちょっと画像が不鮮明。
我が家の玄関の箱の、狩人蜂の高級マンションより、
長い冬眠から、ようやくお目覚め。
やく半分が巣立ちました。


昨年秋、薪ストーブの焚きつけ用に
細めの竹を切っておいたら
蜂がせっせと
巣をつくりはじめました。
火葬はあきらめました。



割ってみると、
内部はモルタル塗りの
快適なマンション。
えさの青虫のわきに、
ちいさな卵です。
そっとくっつけておきました。


日本の蜂の種類は5000種。
これは、竹に巣作りする
オオフタオビドロバチ
母親が、庭中の
葉を巻いて隠れている青虫めを
巧みに追い出して捕まえます。


最後にふたを塗り固めて、
子蜂は8ヶ月の間に、
脱皮、さなぎ、冬眠?になります。
これで、庭に
殺虫剤を噴射しなくて済みます。
がんばってくれよな。

男女共同参画?と晩婚化

2006年07月02日

 このブログで、京都人の京都知らずさんから、小子化と男女共同参画について、わかりやすく的を突いた発言がありました。南砺市にこんな足が地に着いた提言をする人の存在と、このような場を提供していただいたことは、実にうれしいことです。
 それに触発されて、私なりの考えを述べてみたくなりました。皆さんの異論をお聞かせください。

 男女共同参画と小子化について、「お金では解決しない問題」という提言に同感するものです。
 それに関連して「急速な晩婚化」という現象にも目を向けることが大事なように思います。
 自分の場合、ひょんな見合い話から26歳で結婚し、翌年息子が誕生。当時でもちょっと早かったなあ、という感想でした。相手も同い年。
いいことばかり続かず、子どもが4歳のとき母親ががんで急逝。父子家庭の修羅場が続きます。
 しかし、私が40歳なかばのころには、子どもも自立。定年までは管理職として、大型の仕事の責任を負って、存分に暴れまわれました。
 その後、よき伴侶に恵まれて、ずっと第二の青春です。


 つたない体験から……結婚が早かったから、仕事の責任の軽いうちに子育てが出来たこと。あとの余裕で(精神、経済)自己に再投資できたこと。地域おこしなどのボランテイア活動や、人脈づくりにエネルギーがむけられた。現在、のびのびと自由に行動させてもらえるのは、すべて早婚の結果論です。
 いまの未婚の若い人たちへ。
 ホントの大人の遊びを含めた、人生が充実させられるのは、早婚に限る。そして早めに自分のライフサイクルを見極めること。(ニートやフリーターに欠落しているもの)ただ、スローなだけの人もいるが。
 それにしても、男性の人生への展望が脆弱。覚悟というものがほしいところです。
 追伸:一人っ子は、それ自体不幸なこと。2人以上でまともと思う。
(うちのだら息子にゆうとるがです)
 ※次回は女性管理職

今朝の北日本。『光瑤』さんが帰ってきた。

2006年07月03日


 
夏を予感する「卯の花」。
それを華麗に描いた石崎光瑤の「筧(かけい)」
弱冠30歳にして文展褒章で、宮家お買い上げになった。
今回、南砺市の財産に加わる。


国や県から、
貸し出し要請が続く、「燦雨」
将来の国宝である。
南砺市へ帰ってきたいきさつを、
もう時効と思うので、その裏話など紹介しました。
16日(日)が最終日です。

 

男女共同参画?女性幹部

2006年07月03日


 いろんな種類の職場に出入りしていました。県内で最も女性管理職が多いのは、小・中学校の先生です。統計でも日本一です。高校も多いですが、みんな組合や女性ががんばったからです。誰かが与えてくれたものではありません。県の教育委員会は意外と男社会。


 富山県庁は、まあまあ。教職員と同じで、公務員の男女賃金格差はありません。それでも、女性幹部は男性の30分の1もいません。そこそこまでは昇進されても。でも、その難関を突破してきた女性は例外なく魅力のある方々でした。俗に言われる、男の敵は女。女の敵も女。(ごめんなさい)やり手と自他ともに認める女性の足を引っ張るのは一般の会社でも、同性が多いです。男にも女にも気配りできるセンスがなければ、女性が頭角を現わすことは困難です。


 サービス業で、女性が主役の業界があります。化粧品メーカー、美容、ファッションや流通、などです。そこの女性幹部は、ほれぼれするほど、女性という性を超えた人間的な魅力があります。同性に信頼されることが、人格を形成していくのでしょうか。
 独身男性諸君。パートナーに選ぶとすれば、女性に尊敬され、好かれている人を選びなさい。絶対間違いありませんぞ。とやまの女性はお嫁さんにするには日本一魅力的ということを、しかと認識していただきたい。あれ?本論から脱線しました。ごめんあそばせ。


※次回は女性経営者

男女共同参画?と女性管理職

2006年07月03日


 10年あまり前。支社次長は総務部長も兼ねていました。部下にすぐれもののベテラン女性がいました。他の男性諸氏より数段能力・見識があり、なんとか昇格させ、将来の管理職の一人として、支社を任せたいと思うようになりました。次長には査定権もあります。査定にはいつもAランクにつけました。賃金格差は比較的少ない会社でしたが。

 ゴルフ、酒、マージャン以外はまるでダメ上司は、取り合わなかった。結論劣等感のかたまりのその男は、優秀な女性を抜擢する意志はひとかけらもなかった。富山生まれ、富山育ちで、運命のめぐりあわせでなった長である。思い出したくも無い。それを飛び越えて役員にまで上申する機会はついになかった。(いまでも彼女は現役でがんばっており、慶弔などの大事な情報をいつも知らせてくれる。)


 東京で、支社グループの合同新入社員採用試験があった。何度か面接官を経験したが、この一発でこの若者の人生が変わるのかと思うと、お互い緊張する真剣勝負であり、実に疲れる仕事である。
 応募者で抜群の成績はすべて女性で占められた。地方支社の将来のために、幹部候補として女性を一人ぐらいは採用すべきではないかと、審査のメンバーは全員漏らしたが、営業重視の社は無視。時代の風を読めなくなった会社の未来は暗いぞ、腹のそこから黒いものが沸いてきて、富山への帰路の足は重かったのを思い出す。


(そんなとこに定年までおるだらもおる)
※次回は女性幹部



虫送り大賞は、なんと、アネハ一級建築士。

2006年07月04日


 今年で第6回になる、ねつおくり祭り協賛前哨戦の、道の駅「虫送りコンテスト」が、午前10時から審査が始まりました。虫送り大賞は、福野高校美術部の、アネハ一級建築士でした。

 審査委員長は、京都精華大学教授の牧野先生。採点では、すんなりといいものに集中した。注目を引いたのは、先日火災事故で亡くなったNちゃんの遺作があり、入賞したが、みんなしんみり。




 小学校の低学年、中学生の作品が面白い。詳しくは5日の新聞でどうぞ。
 午後は県立近代美術館・友の会総会。
午後4時帰宅するも、空が明るく、電動の草刈りを続ける。疲れた。

おかしな夢を見てしまった。

2006年07月05日



 今朝の新聞の記事に出ていた、ムシ送りコンテストのなかで、この前亡くなった中藪慧クンの作品です。いまごろ、天国でこの続きを作っているかもしれない。


 おかしな夢を見てしまった。
仕事が進まない。出張のための特急の時刻表がない。時間が無い。トイレを探すが見当たらない…目が覚めた。トイレへ走って、また寝る。
 今度は、新聞に書いた原稿のおかげで、美術館は超満員?ということはありえないが?また目が覚めた。テレビでは、ドイツが負けたところだった。


 出勤してみると、数日前はトラ刈りだった芝生が、この雨でしっとりとみどり一色になっていた。


 芝生となぜか相性のいい、ネジ花がようやく咲き始めた。可憐なピンクがネジネジとねじれて咲きあがる。
 この花が大好きなのに、造園業者のかたは、芝生の雑草として、キレイに刈ってしまうのである。
 そのあと、小さな球根から、がんばって茎を伸ばし、花をつける。
見た目とちがって、なかなかの頑張り屋である。



男女共同参画?女性起業家

2006年07月06日


 不思議なことに、ひとまわり年長の女性経営者(いまふうに言えば起業家)のお誘いが多かった。変な意味でなく、そこのスタッフや家族とわいわい食事や飲み会、時には仕事のアドバイザー、など他愛のないお付き合いで、パーティー要員の感じでした。


 なぜ自分に?と考えるに、どこか南砺生まれ・育ちが投影されていることに気がつく。おだやかに話を聞く。きつい物言いをしない。南砺市の風土からのいただきものと感謝。要するに危険を感じない、人畜無害なので、安心できるのだそうな。喜んでいいのか、悲しんでいいのか?県東部では、このことが目立つのであります。


 昔も今も、女性が自立どころか起業家になることは、男性の10倍のエネルギーが必要です。たくましい信念。説得力、行動力、そして女性ならではの細かい気配り。はたで見ていても可愛そうなくらいのストレスが襲う。みなさん立派なご主人が支えていますが、大変なようですね。
 男性経営者と違う点は、カリスマ性であり、能弁なこと。1を言えば10が機関銃のように返ってくる。男性のほうは、辟易して腰を引くことになる。

 女性が経営者の場合、業種にもよるが当然女性幹部の登用はしっかりしています。情実人事は無い。一緒に飲んでいても、サバサバしていて、異性を意識することがなく、さわやかです。何となく同志という気分になりますが、そこまで到達するまでのハードルの数々は、想像するしかありません。芯がしっかりした、人間としての魅力をかいま見ます。


 ※次回は女性のクリエーター

嗚呼、ブログランキング。

2006年07月06日



 庭のトマトが樹陰にもかかわらず、ひょろひょろと徒長しながらをつけました。前日の雨のしずくが残っています。それにしても珍しい空梅雨です。


 青いトマトの中に、ひとつだけづいていました。
 朝、ブログを開くと、どっと新しい話題が満載です。わずかこの2ヶ月での新しい体験。新聞を開く習慣とよく似ています。南砺市で誰が、どの家庭が、どんなことをやらかいているか。こんなことまで紹介していい?というのもあり、そのバラエティに思わず笑いがこみあげて来ます。このプロジェクトの愛称を、『なんと大家族』にしませんか。敷居をバリアフリーにして、もっと参加者も増えてほしい。みなさん、最初は授業料を払っています。(失敗ばかりの)その経験をアドバイスすればいい。


 気にしないようにしてきたつもりのブログランキング。25位くらいから、少しづつずってきたのですが、ベスト10まできました。
 このあと、10番〜20番台で、マイペースで書こうと思っています。ちなみにこのブログに登場する花の写真は、庭で勝手に咲いている花のショットです。まあ、順位より、中身かなあ。

 

利賀村のトチの木が、こんなにも大きく育ちました。

2006年07月08日
 

5年前の、利賀村の山林で、芽が出たばかりのトチの実を3個拾いました。

 とりあえず、庭の中でもいちばん日あたりのいい場所に埋めてやりました。が出たら、移植するつもりでありましたが、みるみるうちに大きくなり、もう3メートル近い。


 きょうの昼下がり、わが隠居ハウスから眺めると、梅雨の中休みの陽光にキラキラかがやき、浜風に気持ちよさそうに揺れています。
 伴侶と、このままにしておこうと言っています。本人?は、ここは利賀とはちごとる。この潮の匂いは?と、戸惑っているのでは。そのうちが咲き、がみのるでしょう。


男女共同参画?女性クリエーター

2006年07月08日


 広告関連産業に従事している、表現・制作にかかわる人種をクリエーターと、自分たちで勝手に名乗っています。最も多いのがグラフィックデザイナー。そしてコピーライター、スタイリスト、CMプランナー、イラストレーター。70%前後が女性です。最近では、編集エディター、フリーライター、市場調査、各種アドバイザー、イベントプロデユーサー、インテリアコーディネーターなどいわゆるカタカナ族です。都会のほうに多くは棲息していますが、近年田舎にも蔓延はじめています。


 世の中、理づめだけでは動きません。感性が求められるわけですが、この分野は、もともと女性が得意とする世界でした。マスメディアの発達で、創造性という武器で時代をリードするために、女性はすばらしい能力を発揮しはじめました。
 ICからITCへ。情報伝達の技術から、コミュニケーション。つまり運用ソフト重視へ流れが変わっています。このコミュニケーションでも女性のほうが強いです。
 男女共同参画とは、政策やプロジェクトの企画段階から女性も対等に参加を、と言うのが趣旨だったように思います。その意味でも、女性がリードしている数少ない分野ですが、この流れは大きくなっていくでしょう。


 20年くらい前までは、富山市でも、女性クリエーターが増えてきましたが、それまで、上司や同僚の男性の理解が薄く、待遇などをめぐって、双方の間に入って、か細い神経が磨り減るような苦労をしたことを、懐かしく思い出されます。
 あえて注文をつけるとすれば、女性はともすれば感性に頼りすぎて、理論武装への努力が足りないように思います。男性に付け入れられる盲点となっています。
※くたびれましたので、ここいらで一服。

身をよじって、イナバウアー。

2006年07月09日




 伊勢物語に、みちのくの忍捩摺(しのぶもじずり)誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに と詠まれている花。
 これでも蘭の仲間。ラン科ネジバナ属。雨上がりの一瞬、美術館の芝生にけなげにも一本、立ち上がって咲いていた。、いったん刈り込まれたはずなのに、花茎だけ伸びており、身をよじってイナバウワー。(古い)


 土・日は団体さんが多い。先日の新聞記事から、石崎光瑤展をあわてて見にこられる方も。(16日・日曜日まで)
 八尾の文化協会さんら2グループ。学芸が普段は解説するが、その手伝いでのどがおかしくなった。南砺市はすごい財産を持っていますねと、いっせいにため息が漏れる。定番の記念撮影にも収まる。新調した白いブレザーにアイロンを掛けてきてよかった。

 雨なのに、愛染苑へ来られた若いカップルが、棟方志功の分厚い作品図録を開きながら、小さなベンチで楽しそうに語り合っていた。アットホームな館だから、ほっとするのか。微笑ましい。


シュトウットガルトからの便り。

2006年07月09日



 
一日一回のブログのつもりが、つい、サッカーの試合を見て、追加である。三位決定戦。試合は懐かしいドイツ西南部のシュトウットガルトであった。美術館の仕事で、棟方志功の交流企画展を持っていった、ロイトリンゲン市に隣接する中核都市で、一昨年に行った街である。
 シュトウットガルト市は人口70万。新潟くらいか。森の中に、ダイムラー・ベンツの本社がある。シュトウットガルト市はドイツ有数の美しい中世の都市。ヒトラーも、この街だけは守りたかったが、爆撃でほとんど壊滅。しかし見事に復活させた。

 この写真は、隣の学園都市チュービンゲン。とにかくドイツの町へ入ると夕方5時過ぎには、ビルに明かりが点いていない。みんな帰宅。シュトウットガルト市も例外ではない。
 7時から、ベートーベンホールで、70人のシュトウットガルト・オーケストラ演奏。S席招待であった。こんなホールが3つ隣接し、毎週2000人が着飾って、パートナーと集う。クラシック音楽が生活の一部であることを実感した。


 このオーケストラの主席メンバー<シュトウットガルト弦楽六重奏団>は、福光美術館へ2回、ヘリオスへ一回、メンバーのチェロのハーンさんがカウフボイレン合唱団の指揮者として、井波文化会館へ一回、やって来ている。ゾリステンのリーダーのブーゼンさんや、メンバー全員が歓待してくれた。



 本題でした。ブーゼンさんの手紙。「ドイツは沸いている。日本はいいチームである。」ヒトラーのせいで、ドイツ国民は謙虚であったが、今回3位という盛り上がりは、まあいいか、という気分のよう。東西統一以来の慶事である。
 南砺市ファンの彼らは、来春、来日するかも。利賀村で一泊したことがあるが、とにかく森を歩きたがった。できれば南砺市へ再び招きたいものだ。

男女共同参画?番外編

2006年07月10日



 
 男女共同参画シリーズは、お休みのつもりでしたが、昨日の北日本新聞朝刊に、富川由佳さんの紹介記事が出ていましたので、コメントします。
 富山市で女性誌「まいけ」の編集を志願してスタッフになり、結婚。子どももいて、離婚。詳しいことは本人からも聞いていないが、ダンナの家庭でのフォローの無さが最大の理由らしい。拒食症で緊急入院。骨と皮になって退院し、やっとやっとで私の職場をたずねてきた。あまりの痛々しさに絶句。


 とにかく、自立しなさい。自分のスキルを生かして、少しでも前向きにと励まして、ささやかな仕事を紹介し、富山市の出版社に就職した。
 実家の支えもあり、体力的にも自信がついてきて、南砺市の旧の自治体をあちこち紹介し、どんどん実績をあげ、担当者から、絶大な信頼をうけるまでになった。3年くらいだろうか。がんばりやなので、仕事にブレーキをかけねばということも。


 突然1年前、関連会社の東京営業所へ。そして東京発の新聞記事では出版社の常務にスカウトされてしまった。まだ30代後半である。自費出版のコーディネーターの仕事であるが、本人は、富山でも東京でもおんなじと割り切って、颯爽と第一線で風を切って走っている。そこまで、南砺市のこころやさしい男性たちが育てたともいえる。感謝したい。
 これまで何人もの、離婚しながら大成していく女性を見てきた。男にも女を育てるという夢がどこかにある。そのためには、パートナーはそれ以上の学習と支援という、努力が必要と個人的に思う。それを逃げたとき、男は負け犬となる。特に家庭内での困難に直面したとき、父親の役割は実に大きい。結果、周囲を不幸に陥れてしまう。(恥ずかしながらの体験です)
※本人からのメールが入り、心配かけた親に孝行できました、と元気な返事でした。


コシヒカリ観察日記です。

2006年07月11日




 北陸3県で発売されている、自然史系の雑誌の原稿を書いています。テーマはコシヒカリ種子。ご存知のように富山県は、全国に流通している種籾の60〜70%を生産しています。


 ご存知のように、人気ブランド、コシヒカリは福井で開発され、新潟で育成され、それを育てたのが富山(上市)の人。NHKのプロジェクトXにも紹介されました。


 県の農業試験場では、その種籾の原種の管理をしています。原種、その親の原原種、さらに原原種の元だねが冷凍保存されています。特別に頼み込んで、原種の種を数粒わけてもらい、自宅で発芽させ、デジカメのマクロ撮影を毎日続けています。原稿締め切りまであと10日。ちょっとあせります。


 1週間で、冷凍されていた原種の種籾が、目覚めます。朝は一人前に露を含んで、凛と直立しています。、接写レンズを通して、そのけなげな生命力に感動です。



ひどい雨でしたなあ。

2006年07月12日




 すごい黒雲が、襲ってきました。城端線の福野駅へさしかかった頃です。福光駅で降りると土砂降り。館へ向かうときは雨が止み、到着したら一部青空。いったい、今日の天気はどうなっているの。国際情勢なみやんか。


 前庭の芝生はいきいきみどりでしたが、やっとこさ顔を出したネジ花はびっくりして、お互いに
イナバウアー状態で、からまっていました。


 
川原竜三郎さんのブロンズ彫刻が雨で光っていました。いま、企画展で公開している名作、燦雨は、今日のような強烈な熱帯のスコールをテーマにしています。文字通り、黄金の雨です。16日の最終日を目前に、駆け込みのお客さんが大勢見えました。

※ブログの説明会、汽車時間の都合で途中退席。失礼しました。後ろ髪引かれる気分。次回は、ぜひ交流会の形でお願いします。(余裕あればなおいい)我流で独学でマスターした入力に、愛着がわいて来たこのごろです。システムの不思議なクセも、おもしろい。

ネムの花が咲くと。

2006年07月13日




 少し前からネムの花が、きれいなグラデーション(ぼかし)のお化粧をして咲き始めています。梅雨明けが目前であることの印です。遠くから見ても、どアップで写しても、ロマンを感じさせます。


 むかし広告の仕事で、旧婦中町の宅地開発を手がけました。富山市のベットタウン。つまり寝に帰るのだからと、ねむの木というネーミングを提案して採用に。中心部にネムの並木道を作って…ところが、その会社が倒産。名前が悪かったのかなあ。ほんとにおネムリになってしまって。今もこの町は残っています。


 ネムの花を愛でながら、砺波市太田の、安念千重子声楽研究所(アーベント・ホール)へ向かいました。アフタヌーン・コンサートです。70人でいっぱいのホールで、日本の懐かしい歌曲を楽しみました。クラシックだけでなく、芹洋子(藝大同窓)のシャンソンとエピソードなどもありました。
 住居もここに移されて、東京へ出かけられています。いまどこかで、亡くなった音楽家を記念して音楽祭が税金で計画されています。高齢で、音楽活動もしてない人でした。シュトウットガルト弦楽六重奏団や、安念さんのような、地域に根を下して貢献しているトップクラスの人こそ支援すべきと思いつつ、帰路につきました。

棟方志功の芸業を育んだ、南砺市。

2006年07月15日




 新潟、山梨の美術館に続いて、昨日は庄川温泉で棟方志功の講演をしてきました。北陸3県のある業界の社長など35人を前に、この風土が育んだ棟方論です。
 最近、福光疎開時代の棟方について注目され、美術展、講演、出版、雑誌特集などがあいつぎ、全国の団体予約も増えてきたように思います。

 業界のトップの方々だけに、つたない話でも熱心に耳を傾けてもらえます。
 疎開していた頃の交友関係や、暮らしぶりなど、そして世界のムナカタに飛翔する源泉は何か?など、1時間あまりエピソードを交えて語りました。懇親会、温泉の中、2次会の飲み会でも質問があいつぎ、ちょっと飲みすぎです。
 翌朝は、石川、福井へお帰りのみなさんに、ぜひ愛染苑と美術館へお立ち寄りをと、幹事のかたが呼びかけられました。ありがたいことです。いったん、帰宅して、今夜は利賀村・瞑想の郷です。

ネパール漬けの一夜でした。

2006年07月16日




 もう18年になります。最初の利賀村友好調査団に付いて行って、ネパールとの交流かかわりました。3度、行きましたが、ほんとに気持ちのいい人たちばかりです。
 世界中から登山にネパールへやってきます。しかし、翌年から登山はどうでもよくて、ガイドの若者や娘さんたちに逢うために訪れる観光客が多いのだそうです。
 今度の研修生たちも、恥じらいながらも、陽気で優しく、一度でファンになってしまいます。瞑想の郷での交流パーテーは深夜まで続きました。小さな村が20年近く培ってきた国際交流が、いろんな形で実ってきています。
 関係者のみなさん、ご苦労さんでした。おかげで海外旅行させていただきました。



 瞑水の館は、気持ちよく眠れます。朝食は本格的。夕べに続いて食べすぎです。お昼はおにぎり一個で我慢。五箇山の朝もやは水墨画のようでした。利賀村では、子どもも参加してクリーン作戦。雨の中、ごくろうさんです。


勤務からの帰途、小矢部川、常願寺川は写真を撮れましたが、庄川、神通川も、川幅いっぱいの茶色い濁流でした。

コミックの大雪崩。

2006年07月17日


 通勤は片道電車・汽車19駅を乗り継いで1時間半〜2時間。週刊誌とコミックを女子高生と並んで読みふけります。駅で買ったものは原則駅に捨てますが、それでも家に溜まります。PR雑誌なども増えて、そろそろ資源回収用に束ねようとしたら、大雪崩でうんざり。まあ、わが知性の程度はこんなものである。天気と同じでうっとおしいが、片付けなくちゃ。


 数あるなかで、モーニングが時代の風を意欲的につかんでいる感じ。ジパング、島耕作、カバチタレ、とりぱん、バガボンド、OL進化論…一時間は楽しめる。その間、高校は幾つも入れ替わっている。
 スピリッツは少し落ちる。日本沈没、日露戦争物語り、勉強になったなあ。気まぐれコンセプト、(昔のギョーカイ裏話)美味しんぼ。30分あればいい。それぞれ映画やドラマになったのはご存知の通り。
 あまり品のよくない古本屋で、美味しんぼの全揃いを見つけ、第一巻だけ求める。18年後の今より絵ははるかに素朴で下手。でもストーリーに迫力あり、懐かしい。
 84巻目の日本全県味めぐり富山編では、作者と取材スタッフを案内した。魚だけでなく、南砺市の報恩講や食文化の紹介に特に力を入れたことが懐かしい。近く、越中料理街道の県のプロジェクトが始まるが、南砺市が3つのテーマのひとつになる見込み。美味しんぼのおかげである。
※このところ、数日ランキング急降下。カウントも前日より少なくなっていく。リセットになったのかも。ちょうどこれくらいの位置がいいけど、???

久しぶりにお買い物。

2006年07月18日


ストレス溜まります!





 ずっと父子家庭から、バツイチ時代、再婚とほとんど家事、炊事、洗濯、掃除、子づくり(生ませるほう)をこなしてきましたが、4月から奥方が専業主婦宣言。
 楽しみであった、スーパーのお買い物の機会なくなり、専業主夫としてはストレスが溜まります。広告の仕事が長かったので、生活用品のチェックが習慣として身にどっぷり浸み込んでいるのです。
 環境に完璧な洗剤は?地元産の野菜は?鮮度のいいは?添加物は?厳重にひっくり返して、老眼鏡で確かめます。暮らしに便利な小道具はないか、など、店内探索するだけでストレス解消ができるのであります。
 どうやら、わがつれあいはその気配を感じたらしくて、メゾソプラノでいってらっしゃ〜い!ようやく歩いて5分のスーパーで買い物できました。万歳!

国道304でがけ崩れ。

2006年07月19日




 全国いたるところ災害です。朝、電車はメタメタ。いつも通っている国道304で、がけ崩れです。片側通行でしたが、こんなところがと、びっくりします。応急工事のみなさん、ご苦労さんです。


 高岡駅の城端線ホームは、高校生であふれていました。

 小矢部川も濁流。前のようにねつ送りイベントのステージを、川の中で組んでいたらどうなったことでしょう。

 朝は神通川は川幅いっぱいで、警戒水位を突破。こんな光景を久しぶりに見ました。上流の岐阜県がよほどの降雨だったのでしょう。

 晴れ間をみて、福光駅前で、ステージの設営が進んでいます。あとはお天気次第です。

血圧が気になるひとへ。

2006年07月20日




 普通のソバには、ルチンが含まれていて、末梢血管を丈夫にすることが昔から知られています。ただ、水溶性なので、ソバ湯を飲むのがいいといわれます。
 中央アジアの韃靼の原産、ダッタンそばは、別称ニガソバとも言われ、普通ソバの100倍ルチンが含まれていて、最近人気があります。実よりも葉や茎のほうが何倍も含有量があります。


 利賀村の瞑想の郷周辺に繁っているのは、信州大学名誉教授の氏原暉男先生(世界的なソバ博士)のお世話で植えられた、宿根ソバです。ヒマラヤ周辺のネパールなど原産で、野菜として食べられています。シャクチリソバという和名があり、和漢薬の原料として活用されてきました。
 国の機関に調べてもらったら、ルチン含有量は、ダッタンソバの2倍、つまり普通ソバの200倍ありました。

 ぎんなんの里の、南蟹谷の特産グループに紹介し、商品化しましたが
健康食品として、なんと一服茶屋・道の駅に売っています。お湯で煮出しますが、蜂蜜を加えると飲みやすいです。
 ネパールの人たちは野菜として摘んでいましたが、我が家の庭でも大繁殖。砂糖少々加えた「よごし」にすると、ちょっと酸っぱいおかずに重宝しています。
 個人的なことですが、この1年で夫婦とも、血圧は10〜15下がって、正常です。気分的なものかもしれませんが、まあ、身体に悪いことはないだろうと続けています。
 ちなみに、ソバはタデ科で、イタドリも仲間です。似ているでしょう。すごい生命力があります。晩秋の白い花は風情があるので好きです。

気になる自治体事情?高岡市

2006年07月21日


 石井県知事は富山市の中心部生まれ。奥様は高岡市。タウンミーティングで、高岡の曳山会館建設をという話に。高岡市は新幹線からも高速自動車道も中心部からはずれ、駅南へ大型ショッピングセンターができて、都市軸が南へ南へとずって歩いている。中心商店街はシャッター街、駅前地下商店街も大変である。


 高岡町衆の誇りは御車山曳山。その中心となっている山町筋は賑わいから取り残された、かっての高岡の中心部。開町400年を目前に、商工会議所が呼びかけて、曳山会館を記念事業とすることで、基本構想策定委員会を発足させた。
 しかし地元に適地がなく、古城公園にという案も。これが、地元の3つの新聞の思惑もあって紛糾した。同じく委員の西頭富山大学学長と顔を見合わせ、高岡の全体像の構築と物語りが必要と、何度か提案した。
 マスコミも巻き込んで、予算の厳しいなかでこの400年プロジェクトは厳しい様相である。歴史のある街の再開発や地域活性化は、気の遠くなるような仕事である。
 ちなみに、駅前ウイングウイングは40年近くかかり、お堀端の幹線道路は30年くらい工事していた。

今日で3ヶ月。ブログに愛称つけませんか。

2006年07月22日


 ねつおくり祭りも佳境に入りましたが、実は、今日は記念すべき日です。3ヶ月前にじょうはな座で、このなんと‐e.comがスタートしました。どうなっとるががわからん、この新しいシステムにも、ようやく慣れてきたところです。
 合併効果とでもいいますか、南砺市には、なんと多彩な人たちが集っているのかというのが、実感できます。
 なんだか、南砺市が一つの大家族の気分です。なんとも、いい家族
であり続けたいものです。
前にも言いましたが、もっとたくさんの人たちに参加を呼びかけるため、愛称をつけてはどうかと思います。まだまだ知らない人が大勢います。南砺市出身の人たちにもPRの必要があります。
 そこでついでにロゴもデザインのたたき台ですが作ってみました。
 いろいろご指摘いただければ、いろいろ作ってみます。よろしく。

速報!なぜか日曜の土曜サンバ画像。

2006年07月23日

交通整理のお兄さん。ごくろうさまなあ。
やってきました!トップグループ。
あれ、どこかで見たような。
ステージの裏方アングル。
せっかくだからアップにしました。


生憎の小雨でしたが、かえって熱く燃えたようです。お疲れさんでした。

夫婦の距離

2006年07月24日


 あまり鮮明な写真ではありませんが、右のマイクを持っているかたは
京大名誉教授の故・和崎洋一先生。日本を代表する文化人類学者です。
 富山大学で5年、文化人類学講座を開設されました。大学生たちにとても人気のある名物教授。単身赴任で、お酒ととやまの魚が大好き。アフリカのタンザニアのマンゴーラという砂漠の村に自分の家を持っていました。

 なぜかウマがあい、夜毎ジャズの店で飲みながら語りあかしたものです。富山を去る直前に、スワヒリ語辞典を編纂され、一部いただきました。

 その先生、「夫婦というものはね、年数が経つと、お互い気配を感じる程度がいいんだよ。独りでいるとつい飲んだくれて、富山の時間を無駄にした。気配さえあれば、もっと著作や論文書けたのになあ。」としみじみ語られました。
 気配かあ。その境地はいつの日か。

越中料理のベースは昆布

2006年07月26日


 
 昨日、食のとやま「越中料理」ブランド化推進懇話会開かれる。
三笑楽の山崎委員と、究極の富山の料理は、南砺の報恩講さま料理にありと力説した。
 Kombuは、世界共通語。とやまの味の基本は、日本を代表する昆布にありと提案した。別のプロジェクトでは、南砺のもてなしの伝承料理、そして昆布街道の構想もある

 副座長のインテック中尾会長も、生活に定着している味こそが、県民運動の基本でないかとの発言も。
 先日、福光の昆布専門店で「黒いおぼろ昆布」を求める。自家製だそうな。我が家の食卓で愛用している。
 JR高岡駅のうどんコーナーでは、うれしいことに、その場でおぼろ昆布のおにぎりを作ってくれる。城端のクアガーデンのおぼろ昆布おにぎりも、大好きである。

福光駅前に出没

2006年07月26日



 福光駅前で、若い男3人が、フレッサへ行くお年寄りを捕まえてはジュースをくばっていました。中年や、(私も)若い人は無視。はり薬をボックスに用意しているところを見ると、これもセールス用サービスグッズでしょう。近くの店の人が眉をしかめて、このところずっととのこと。
 むかし、県の消費生活センターのPRビデオを作っていましたから、あきらかな催眠商法です。規制を巧みに逃れます。破格の高額健康器具などの契約をさせられます。一週間内での契約破棄(クーリング・オフ)制度しか対抗手段、無いのでしょうか。自衛しないと、(啓発しないと)片っ端からひっかかります。純朴なお年寄りたちが、「あれ、きのどくなあ〜」という感じでうれしそうに集まっていました。男たちは実にやさしい猫なで声で、笑顔で走り回っています。

気になる自治体事情?小矢部市

2006年07月26日

 小矢部市の大家市長が、今年11月の市長選挙に不出馬。後援会は、松尾春郎助役を指名しました。


 小矢部市の事情は、いろいろありますが、悩みは立地です。金沢への通勤は多いが、高岡、砺波、富山市もかなりある。
 50年前の合併のしこりも強く、いまだに尾を引いている。商工会議所になるべきところが、二つの商工会が健在。


 小矢部市としては、その中途半端さから、強烈な個性の持ち主を首長に選ぶ傾向がある。松本市長はメルヘン建築、大家市長は、クロスランドをランドマークとして選んだ。周囲はいまどき、高いもの作ればいい時代ではないと諌めたが、頑として聞かなかった。


 それはさておき、松尾氏の県庁時代を長年お付き合いしてきた。見た目より15歳若い。(現在60歳)さらに感覚は40代。やさしい人であるが、印象に似合わずしぶとい。内輪の会合で、上司の課長の説に一歩もゆずらず説得してしまった。課長が怒ったのなんのって。はらはら見守ったが、涙を流してじゅんじゅんと自説を曲げなかった。男が惚れる光景であった。砺波市の松下を企業誘致した凄腕である。
 県庁は、助役に地元出身者を決して出さない。ところが松尾氏は生粋の市の真ん中に住んでいる。
 さて、これから、対立候補とのドラマが始まる。


やっと釈放されました

2006年07月27日



 ようやく青空が見られて、太陽がまぶしいです。
 ようやく、南砺中央病院の最終チェックで、仮釈放から、晴れて
釈放になりました。3年近くの闘病に終止符です。院長がにこやかに笑って太鼓判を押してくれました。命の恩人です。スタッフのみなさんありがとう。南砺市にお世話になったおかげです。
 お礼に寄贈したモニュメントの芝生は目に痛いほどでした。
 きわめて初期の発見だったため、費用も少なくてすみ、義理でかけてた2つのがん保険が思ったより多額で、えいっ!とプレゼントしたわけです。はお金に換算できませんものね。


 夜は、つれあい自慢の冷やし中華。イタリアの赤ワインで祝杯を。

南砺市が高く評価されました。

2006年07月27日




 今日のお昼に、高岡の私立幼稚園の園長さんから、お礼の電話。今年の秋、上平での「みんなで農作業をする日in五箇山」赤カブオーナー制度に紹介したのが、とても喜ばれました。
 昨年は、第一回でしたが、種まきと収穫、報恩講まで実に楽しい体験でした。今年は平の相倉で田植えを済ませ、秋の収穫まで、こうりゃく隊のボランテイアがサポートします
 利賀村では、ソバのオーナー制度が始まります。全国初のそば打ち段位の五段認定イベントが準備されています。3000人の段位保持者が南砺市へ熱い視線が集まります。


 実は昨日、18年度の県都市農山漁村交流協議会が開かれました。写真は寺林農林水産部長の挨拶です。この会長兼議長をやってましたので、県の未来戦略会議(知事が議長)と重なって、こちらは欠席です。おまけに新聞社の新工場のお披露目にも出席できず。今週は6つも会合があるので結構多忙です。
 都市との交流で、富山の中山間地活性化が議論されるのですが、昨年からの、みんなで農作業in五箇山のプロジェクトが、とても高く評価されました。ちょっと、議長をやっていても鼻が高かったです。
 

せみしぐれコンサートでした

2006年07月28日



 棟方志功ゆかりの光徳寺で、前住職の高坂制立さん一周忌のせみしぐれ音楽会が開催。
 35年前から、もとN響のフルートで有名な小出信也さんが、コンサートを続けられてきましたが、近年中止になっていました。今回は追悼音楽会です。

 信也さんの妹さん、小出俟子さんとは、10年来ドイツのシュトウットガルト弦楽六重奏の巡回公演でお世話になっています。
 フルートの名曲をたっぷり1時間楽しみました。なんと棟方志功のお孫さん、石井頼子さんも来会。1ヶ月あまり前、山梨以来の再会でした。


楽しいムーミン一家が開幕。

2006年07月29日


福光美術館図録表紙より転載 


 
 夏休みの親子へのビッグプレゼントです。福光美術館で、今日から9月3日まで、アニメーションの原画展を開催です。

 南砺市にメルヘン的なアトリエとギャラリーを構える、アニメーション作家の名倉靖博さんは、わが国を代表するかたです。記念のサイン会には行列ができました。遠くからファンも駆けつけ、いつもとお客さんの雰囲気が違います。

 私の10代は、マンガばかりの毎日でした。読むほうも町の貸し本屋さんの常連で、ミッキーマウスや手塚治虫の絵を真似て描いていました。もし、当時この素敵な原画を目にしていたら、確実に私の人生は変わっていたでしょう。
 なつかしいムーミンやメトロポリスなど、小さなお子さまほど、喜んで楽しんでいます。研修室には、特別編集したアニメのビデオが流れ続けています。おすすめスポットです。

 昨夜に引き続いて、棟方志功のお孫さん、石井頼子さんも来館、愛染苑にご案内しました。


久しぶり「ひらすんま」

2006年07月30日


 わ〜い梅雨明け。

 わ〜い。久しぶりの安息日。

 ひらすんまです。
 2階のベットから、外の榎木、桐、けや木が
 風に揺れていて、極楽極楽。
エアコンなんていりません。

 ロング缶のちびたいビール
 いっき飲み。
 


 長雨で、庭の草が盛り上がって
 繁茂しています。
 電動草刈り機で一汗かきました。
 シャワーのあとも
 また
 ビール
 です。

 夕飯には、
 
 冷えたワインが待っています。

 きょう一日、思考停止


怪獣「モゲラ」だぞう。

2006年07月31日



 アップで写すと、重戦車という感じ。
 庭草刈りで、
 びっくりして飛び出しました。
 懐かしい

 螻蛄おけらです。

 田植えのとき、よく見かけます。
 手のひらに乗っけると、
 指のあいだにもぐり込もうと
 ショベルカーのような前脚の
 ずいぶん強い力で
 押し開けようとします。
 怪獣映画で「モゲラ」というのがあったような
 記憶があります。
 たぶん、これがモデルでしょう。
  
 地中で、
 じいい〜と
 よく、みみずが鳴く、と
 言われている犯人は
 この、おけらです。
 重装備で、地中暮らしなのに
 空を飛べる、すぐれものです。田起しのときに、
 いい遊び相手でしたが、
 水泳も巧みです
 やっぱり、小さな怪獣と呼んでもいいのでは。

 これを殺すとオケラ(無一文)になる
 ということとは関係ありません。


珍味「ひだら」をだらにしないで。

2006年07月31日



 我が家の朝食です。魚津特産の

ひだら
 です。
 富山湾の一本釣りの真鱈は、
 新鮮なものは煮ると甘みが香ります。

 夏はひだらです。
 北洋漁業のメッカでもあったことから、
 加工技術が発達したのでしょう。
 見てくれは良くないし、
 けっこう高い、高級品です。
 富山市の居酒屋、スナックで珍重されてました。

 ひだらやからと、だらにしないで

 日本酒、ビール、ウイスキー水割り、
 芋焼酎
、みんな合います。
 炊き立てのごはんにもいいですね。
 不思議ですね。

 一緒によごしにしたのは、
 利賀村から譲ってもらった
 宿根そば。
 もともと酸っぱいので、
 砂糖を少し加えます。

作者 : 奥のほそみち

石崎光瑤に感動し、棟方志功に共鳴するお仕事です。運転しないから、人の行かない裏通りや、細い道をひたすら歩く。 そこで見つけた話を紹介したい。 雪吊を 終えたる樹々の 斜塔めく          あさぎり         

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